No.266969

真恋姫無双 天遣三雄録 第二十八話

yuukiさん

動き出す者たち

2011-08-09 18:54:20 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:4731   閲覧ユーザー数:3918

 

始めに、主人公を始めとした登場人物の性格にズレがあるかもしれません。

なお、オリキャラ等の出演もあります。

 

そういうものだと納得できる方のみ、ご観覧ください。

 

 

第28話 最近、出番が少ない気がする  by一刀

 

 

男は一人、暗く湿った牢獄の中にいた。

何処からか滴る水滴の音のみが聞こえる牢獄。

 

「、、、、、、、、、、、、始まったか」

 

男は石畳の上に正座しまま、閉じていた目を開いた。

見据えるのは、空っぽで、欠けた貧相な茶碗やら湯呑やらの食器類。

ここ最近、囚人に届く筈の飯が届いていない、それは罪人などに回す食料など無いという事だろう。

 

「ならば、始まったか。戦が。ふん、腐った残飯すら回せぬとは、天下の洛陽も落ちたものよ」

 

男は曇った低い笑い声を出す。

 

「まあ、善いわ。これが儂を追い出した報いよ。豪族どもは今ようやくになって気づくのだろう。洛陽を守っていたのが誰であったのかを」

 

男は狂ったように笑いだす。いや、事実、狂っているのだろう。

 

「くっく、くくくはは、はははくはははは」

 

そして、その狂気に呼応するように、男を閉じ込めていた牢の扉が開く。

男が目を向ければ、そこに映るのは洛陽の豪族達。

 

「儂を裏切った愚か者どもが、今さらなに用か?」

 

忌々しそうな声が地下牢の中に響き渡る。

突然開いた扉に動ずることも無く、男は初見の姿勢を保ったまま。

 

「、、お主を助けに来たのだ。さあ、早くでよ」

 

「我らに、感謝することだ」

 

「助けに来た~?かんしゃ~?」

 

三日月状に開いた口から出るのは、間の抜けた声。

およそ、敬意などというものも無く、感謝などみじんも無い声。

あるのはただ、嘲りだけ。

 

「お前達に感謝するというなら、晩餐で丸焼きにされるブタの足裏に口づけをせねばなるまいな。くくははは」

 

「くっ、ええい!お主、わかっておるのか!今と昔とでは立場が違うのだぞ!」

 

「そうだ!お主を牢から出すも出さないも、我らの心次第なのだぞ!それがわかったなら、大人しく「ならば、出さねばよかろう」なっ、、」

 

「儂はそれでも構わぬよ。困るのは、お前たちであろうが」

 

「ぐっ、」

 

「くっ、」

 

「ふん。田舎者風情にすがり、儂を洛陽より追い出したかと思えば、よもや戦が始まったら我先にと縋り付いてくるとは、屑よなぁ」

 

「、、、、、、」

 

「、、、、、、」

 

「まあ、良いわ。出迎え御苦労」

 

男はそう言うと、初めて体を動かす。

立ち上がり、牢の扉を潜っていった。

 

「そして、死するがよい。愚かなる者よ」

 

その刹那だった。

男の両手に握られた一対の箸が二人の豪族の喉に突き刺さっていた。

 

「警備体制を変えねばなるまいな。棒きれ一つでも、人は殺せてしまうのだから」

 

男のそんな声が聞こえているのかどうなのか。

豪族二人はパクパクと何度か口を動かした後、動かなくなった。

安らかとは、程遠い死に顔だった。

 

「まあ、屑には相応しい死にざまか。天に手を掛けることもせず、安穏と暮らす豚めが」

 

つまらなそうに死体二つを見ながら、男は呟く。

 

「それに比べて、あの男はまだ見どころがありそうではあったな。よもや、わが身を捕えながら、殺しもせぬとは」

 

 

 

 

男は牢獄の中を抜けていく。

ゆっくりとした動作で、堂々とした態度で。

牢屋を出て王宮の廊下を歩けば、何人かの官史とすれ違いはするが、誰も男を止めようとはしない。

それどころか道を譲る。無論、男が類まれなる人格者であり投獄されながらもなお、慕われていたという訳では勿論ない。

むしろ、その逆である。誰もが、男の存在にただ驚き、呆気にとられていただけだった。

 

男の存在は洛陽でも有名で、それはひとえに彼の性格に起因する。

周知の通り、洛陽は腐っていた。董卓、月という統治者が来るまでは終わっていた。

しかし、そんな難物揃い際物揃いの洛陽の中でも、彼の特性は一線を画していた。

 

命令に間違いがあるわけでもない。

仕事をしないわけでもない。

やる気を見せないわけでもない。

手前勝手なことを要求するわけでも。

能力に誤りがあるわけでもない。

 

けれども――男は決して、噛みあわない

 

腐りきった洛陽の中でも、終わってしまった筈の洛陽でずるずると腐臭を撒き散らしながらさらに下層へと向かおうとする。

自分と周りの物を巻き込みながら、堕ちて行こうとする。腐ろうとする。

 

男は誰もに平等で公平に明確な意思を持っていた。

敬い奉り平伏するべき対象である、皇帝にさえ。

 

故に、誰もが男を恐れた、遠ざけようとした。

けれど、遠ざけようとするころには、男は既に漢王朝の中核に潜り込んでいた。

潜り込み、潜みこみ、徐々に漢王朝は腐っていた。終わりきった筈なのに、また終わりに向かっていた。

 

男は、王座の間の扉に前に立つ。腐臭を撒き散らしながら。

男は、扉を潜り部屋を進む。腐肉を引きずりながら。

男は、一人の少女の前に立つ。腐敗した洛陽を立て直した、少女の前に。

 

「気にくわん。気にくわんぞ、董卓。そこは、お前の様なものの座る場所ではあるまい」

 

「、、、、、お久しぶりです。張譲さん」

 

「田舎者風情があいさつなどするな、そんなくだらぬことに時間をとらせるな。何の役にもたたぬというのならせめて邪魔はするな。儂は、そこの座をどけと言っている」

 

その言葉にも、月は動じない。

知っているからだ。男はこういう性格なのだ。

誰にだって公平に平等に明確な悪意を持ち接する。

皇帝陛下にさえ、同じようにこの調子なのだという。

誰かを立てることなどしない。誰かを慮ることなど無い。

傲慢不遜にも程がある。

 

「張譲さんは、変わらないのですね。この洛陽が変わっても、貴方だけは変わらないのですね。知っていますか?いま、この洛陽は攻められています。今、この時のも、多くの兵士の皆さんの命が散っています。民の尊い財産が焼き払われているのですよ」

 

「変わるわけがなかろう。儂は儂だ。有象無象のことなど気にもかけんし、捨てるほどわく民草など眼中にも入らん。兵が死ぬ?財産が焼ける?それが何か、儂の不利益になるというのか?ならんわ、阿呆。ならば、兵が死のうが民が焼けようが構わぬ」

 

「、、、、、」

 

「しかし、儂は儂故にこの洛陽だけは守らねばならん。それはわかるな?董卓よ。儂に利用されるだけ利用された愚かな娘よ」

 

「はい。ですから、私はあなたを此処に呼んだのです。私たちが勝つために、次は私があなたを利用させて貰います。哀れな人」

 

挑発するような口調ではない。互いに思ったことをただ言っているという感じだ。

いや、思っても居ないことを言っているのだろう。

 

「なれば董卓よ。すぐにその座を空けよ。そこは、お前なぞが座る場所ではない」

 

「ならば、一体誰が座るんですか?あなた、なのでしょうか?」

 

「そこは、皇帝陛下の席であろう。劉弁様はご健在か?」

 

「いまさらになって、あなたは皇帝陛下を心配するのですか?あんな真似をしておきながら」

 

「あんな真似?ああ、洛陽の外へと引き摺り回したことか、あれは劉弁様が外の世を見てみたいというから見せたまで。あの年頃の美麗なる子が外に出れば、あのような目に合うのは当然のことであろう?」

 

「だからって、進んで暴力を振るうことはなかったのではないですか?」

 

「愚かなり、董卓。見るとはそういうことであろう?外の世を見れば、洛陽を離れ権力より離れれば、無力な小僧が一人いるばかり。皇帝陛下はその現実が見たかったのではないのか?」

 

「、、、、、、、」

 

月は口を紡ぐ、紡がざる得ない。

確かに、劉弁の見たかった世界というのはそう言う物だったのかもしれない。

子供が一人で出あるけば、暴力など当たり前に振るう大人がいる。

それが、今の大陸の現状。それが、劉弁の見なければいけなかった物。

 

「あの小僧は見るべきであったのだ。先代の帝、霊帝が死した時に大陸目を向けるべきであった。無論、その前ならば知らぬ存ぜぬで済んだであろうがな。皇帝となったのなら、漢王朝を変える力を得たのなら、話は別だろうが」

 

張譲は嘲るように笑う。

大陸の民が天子と崇める劉弁にただ一人、侮蔑を向ける者。

それが、張譲という男。

 

「それを、あの小僧は何もしようとはしなかった。儂のような輩が周りに蔓延っているにもかかわらず、はっ、妹と引き籠るばかりとはなぁ。その上、たまに王宮に来たと思えば、外に出てみたいなどとほざく始末。くはは、ああ、ならばと見せてやったわ。外の世を、この世の現実というものをなぁ!く、くくはははは」

 

命令に間違いがあるわけでもない。

仕事をしないわけでもない。

やる気を見せないわけでもない。

手前勝手なことを要求するわけでも。

能力に誤りがあるわけでもない。

 

けれども――男は決して、噛みあわない

 

 

 

 

「、、、しかし、劉弁陛下も劉協様も、まだ幼いのですよ?迷うことも、戸惑うことも当然じゃないですか。だから、それを助け、補佐することが、私たち諸候や貴方達官史のするべきことなのではないでしょうか」

 

「黙れ。ぶち殺すぞ、小娘。確かに、助けることは容易い。だが、そうしたところでどうなる?悪名高き儂の力を借りたと世に広がれば、結果として漢王朝の権威は地に落ちるではないか」

 

「それは、確かに、、、そうかもしれません」

 

「はっ、まあ、しかし、今となっては別にそれでもよかったのかもしれんがなぁ。結局、漢王朝の権威は地に落ちたのだからな。お前の様な田舎者があの小僧に力を貸したお陰でな」

 

「っっ、、、」

 

「よせよせ、そんなつらそうな顔をするな。別段、お前を責めている訳ではない。元はと言えば、誰からも愛されること無く、貧窮しウジウジと、人としては高みに居ながら、人生の底辺をはってはって、這い周り続けた皇帝一族が悪いのだ。なぁ、、、、小僧」

 

「えっ、へ、陛下。どうして、此処に?」

 

何時から居たのだろうか、張譲が開け放ったままにしていた扉の傍に、劉弁は立っていた。

顔をうつ向け立つその姿を、張譲は嗤う。

 

「、、、すまぬ。董卓。、、お主には部屋で待っているように言われたが、朕は動かずには居られなかったのじゃ、、、すまぬ、すまぬ、すまぬ。朕は、気づかぬ間に、取り返しのつかないことをしていたのじゃな、、すまぬ、すまぬ」

 

「劉弁陛下、、、、もう、顔をお上げください」

 

「すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ、すま、くっっ、、ちょう、じょう」

 

下げ続ける劉弁の頭を、張譲は上から押さえつける。

 

「まだわからんのか。遅い、遅い、頭を下げる時が、認識を改める瞬間が。もはや、漢王朝の失墜は必至。劉邦が巻いた火種も、お前の父が紡いだ糸を、儂が守って来た最後の砦は、お前が消し飛ばしたのだ!努力もせず、泣くばかりで、簡単に他者に頼ったおかげでなぁ!」

 

「くっ、つっ、、っ」

 

「、、、ただ、糸は垂れている。細く、登ったところで行きつく先は地獄の釜の底だがな。奈落よりはマシだろう」

 

「え?」

 

「お前が今すべきことは、頭を下げることではない!勝つ、勝つことだろうがぁ!無法にもこの洛陽に攻め入る軍勢に、思い知らせることだ!愚図で、愚鈍で、暗愚で、それでも、お前の様な小僧が、この大陸の支配者なのだとなぁ!」

 

「ちょう、じょう、、、力を貸して、くれるのか?」

 

「儂は調子に乗っている奴と儂に害を成す者は嫌いでな。天の御使い?反董卓連合?かぁっ、吐き気がするわ。こい、劉弁。軍を率いる。先頭に立てぇ!時間はないが一から仕込んでる!まずはその動きずらい服を脱いで来い!」

 

「う、うむ。わかった。朕は、やる。やってみせるぞ!張譲!ありがとう!」

 

「上に立つ者が易々と頭を下げるな阿呆!ぶち殺すぞ!」

 

「うむ!すまぬ!」

 

バタバタと慌ただしく部屋を出て行った劉弁を舌打ちしながら見送った張譲は、ずっと壁際に立っていた賈詡に話しかける。

 

「ふんっ、ずっと会話にも入らず見ているだけとはな。何を考えているのやら。いや、いい。言わずともわかるわ。お前は、こうなることを望んでいたのであろう?」

 

「ええ、そうよ」

 

「はっ、あの小僧を立ち上がらせる。それが唯一残った田舎者の救いの道か。口を出さなかったのは、保険か?失敗した時の責を、全て儂に被せる為の」

 

「そうよ。月が言ったでしょう?次は、私たちがあんたを利用する番だって。だから、精々働きなさい。アンタ達宦官は、保身にだけは仕事熱心なのがとりえじゃない」

 

「くっ、くはは。面白い。変わったなぁ、賈詡。変わったなぁ、董卓。前のお前達なら、あの小僧に立てなどと辛辣な言葉はかけなかっただろうに。原因は、あの男か」

 

張譲は嗤う。

自分を捕えたあの青年を思い浮かべながら。

無様にとらえられた自分を嗤う。

 

「負けられない、理由が出来たんです。私たちには」

 

「そういうことよ」

 

大切そうな月の首飾りと、賈詡の持つ本を見て。

 

「はっ、そんな安物で心奪われたか。安っぽい雌どもだ」

 

張譲は大爆笑をした。

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
53
2

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択