わたしの好きな人は、とても優しい。
その優しさが時折、わたしの胸の奥をキュッと軋ませる…。
昼休み、昼食を終えて教室の窓枠に寄りかかりながら、中庭の方を何の気なしに眺めていたら、ダンボール箱を重そうに運ぶ会長の姿が目に入った。
すると、一人の男子生徒が彼女に駆け寄っていく。
彼だ。
「会長、お持ちましょうか?」
「おお津田!大丈夫だ。このくらい…うわっ!」
会長がつまづいて転びそうになる。
しかし、彼がうまく彼女の体を支えて、難を逃れたようだ。
「おっと。無理しないで下さい。はい、貸して下さい」
「すまんな、頼む」
受け取ったその箱を「よっ」と持ち上げ、そのまま会長と共に、彼は並んで生徒会室の方へ歩いていく。
チラリと見えた会長の表情は、とても柔らかった。
その微笑みを見ていたら、心臓のあたりがなんだかチクチクした。
そのかすかな痛みから逃れるように、その二人の後ろ姿から目を外した。
思わず、口からハァ…と溜め息が漏れる。
しかし、胸の奥をぐるぐる動き回っているモヤモヤしたものは、出ていってはくれなかった。
放課後、先輩二人はまだ来ておらず、生徒会室には彼とあたしの二人だけ。
「えっと…萩村?」
「何?」
「なんでそんな不機嫌そうな顔してるんだよ?」
「生まれつきこういう顔よ。そんなことより、会長たちが来る前に、この申請書の山、少しでも多く片付けるわよ」
外見通りの子どもっぽい態度。
わたしのこういうところが、可愛くない。
分かってるけど。
分かってるけど…。
少し困惑した表情を浮かべる彼をよそに、わたしは、書棚の上の方に並べられている資料を、運んだ椅子に上って取ろうとした。
それがまずかった。
いつもは欠かさない準備運動をやり忘れて、背伸びをして取ろうとしてしまったのだ。
結果、資料を手にした次の瞬間、足がつったわたしは、椅子の上でバランスを崩した。
「どわー!!」
と、まったく色気のない声をあげながら、懸命に踏ん張って体勢を立て直そうとする。
が、健闘虚しく重力に引っ張られ、両手が塞がったまま床に向かって体がどんどん傾いていく。
『この高さからなら間違いなくケガするだろうなぁ』
一瞬でそう判断したわたしは、襲い来る激痛を耐えるべく、目をギュッとつむった。
「?」
しかし、いくら待っていても、少しも痛みを感じることは無かった。
代わりに感じるのは、上半身を優しく包み込む暖かく、少しゴツゴツとした感触だけ。
「ふぅ~。危なかった~。萩村、大丈夫か?怪我してないか?」
彼の声が、いつもと違って、右耳のすぐそばで聞こえる。
驚きパッと目を開けると、そこには、少し長めの襟足とブレザーの山吹色があった。
彼は今、倒れ落ちそうなわたしを、抱きしめるようにして支えてくれているのだ。
その状況を理解した途端、わたしの頬が一瞬で熱くなる。
『近い!近い!!近い!!!』
彼の吐息がわたしの髪を揺らし、彼の匂いをいつもよりも濃く感じる。
普段味わうことのない刺激に、胸がきゅうっと切なく鳴いた。
これ以上こんなに近くで彼に触れていたら、心臓が壊れてしまう。
そう感じた瞬間、思わず苛立ったような大声を出してしまった。
「だ、大丈夫に決まってんでしょっ!は、早く離しなさいよ!」
「そっか、よかった」
ほっとした彼は、わたしの背中に回していた腕の力を緩め、両手でわたしの両肩をそっと押して椅子の上に立たせてくれた。
心地良い温もりが離れていくのが、とても名残惜しい。
素直じゃないわたし…本当に可愛くない…。
わたしのばか…。
「ありがとう…」
椅子から降りると、俯きながら、ぼそりと感謝の意を伝える。
耳が焼けたように熱い。
心臓は、まだバクバクしている。
「いいよ別に」
頬を掻きながら照れくさそうに、はにかみ応える彼。
カワイイと感じてしまう。
…かなりキてるな…わたし…。
「さあ、さっさと作業の続きやるわよ」
プイっと彼から顔を背け、自分の席に戻って、資料を見つつ作業を再開する。まだ動悸が収まっていなかったけど。
しばらくして会長と七条先輩が掃除を終え生徒会室に来るまで、わたしと彼は一言もしゃべらず、黙々と手を動かしていた。
彼も、わたしと同じように、わたしを意識していたのだろうか。
自惚れかもしれない。
でも、作業しながら横目でチラリと見た、長めの彼の髪から覗く耳は、ほんのり赤かった気がする。
わたしの好きな人は、とても優しい。
その優しさが時折、わたしの胸の奥をキュッと軋ませる…。
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綺麗な役員共なタカトシ×スズです。