No.26641

春愁い

オリジナルJUNE短編小説。「春霞」の続編です。高校3年生になった香純と春樹。同じクラスになりたいと願っていた二人だが、運命はそれを裏切る。

2008-08-24 16:59:15 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:738   閲覧ユーザー数:697

 気の早い桜のために、景色は春らしくないものになっていた。道に立っている桜の木々を見ると、その枝先には、まだ懸命にしがみついている花が申し訳程度に見えるだけだ。主を失った赤い”がく”がその代わりにそろって顔を見せている。中には、もうはらはらと樹下に落ちているものもある。

 高校の校舎が見えてきた。校庭の周りに植えられた桜の木も、同様な姿だ。新入生たちもその父兄もこの桜を見て、さぞがっかりしたことだろう。

 

「今年もまた、一緒だといいな」

 横を歩く春樹が、俺のほうを見て言う。

「ああ。あと1年だもんな・・・」

 俺は感慨深げに答える。

 

 あれから、俺たちはまだ”二度目”を迎えていなかった。春休みの間、一度だけ春樹の家へ遊びに行き、その時、機会が訪れたかにみえたのだが・・・。

 彼の部屋でテレビゲームをし終わった後、全然そういう雰囲気じゃないのに、いきなり彼が抱きついてきた。俺はびっくりして、思わず拒んでしまったのだ。その時は、彼の家族も家にいたし・・・。――彼はその場で謝った。

 そのまま流されて、”やりたいからやる”みたいな関係になることが、俺は怖かったし、嫌だった。

 春樹は俺のなんだろう。ただの友達・・・ではない、今は・・・。かといって、”彼氏”なんて言葉を使うのも嫌な感じがする。俺は女じゃないし・・・。”恋人”なんてのも、今はまだしっくりこないし、恥ずかしい。でも、彼を失ったら悲しい。いつもそばにいたい。どんな言葉を使うにしても、ただ、今までと同じように対等な関係でいられたら、と思う。

 

 坂道を上がり、校門を目指す。入学式を終えたばかりの男女の1年生も、真新しい制服に身を包んで、先輩たちに混じって一緒に坂を上がっている。なんだか、微笑ましい気分になった。2年前の俺たちも、こんなふうだったのだろうか。その坂にも、赤い桜の”がく”が落ちてきている。これがもう少しすると、赤い絨毯になるのだろう。そして、落ちた”がく”の後から、今度は緑色の葉が顔を覗かせてくるのだ。まだ4月だというのに・・・。

 

 二人で校門をくぐる。

「掲示板って、下駄箱んとこの外だったよな」

 春樹が肩から提げたカバンの肩紐を上げながら、言った。

「ああ。去年と一緒だろ」

 クラス替えの発表は、毎年こうして掲示板に張り出されることで行われることになっている。

 どきどきしながら校庭を横切っていく。と、遠くに、ピンク色のひと塊(かたまり)を俺は見つけた。学校の周りに植えられた桜の木は、前述したようにすでに花が散っているのだが、その端に1本だけ、違う花の木が立っているのだ。一瞬あれも桜かな、と思ったが、どうも違う。今まではたいして気にも留めたことがなかったのだが、今日は何故か気になる。なんという花なのだろうか・・・?

 

 そう考えるうち、掲示板の前に着いた。春樹が少し走って、先に見に行った。

「ちくしょう、なんでだよ!?」

 見るなり、彼は悔しそうに小さく叫んだ。俺もすぐ追いついて、見た。

 俺は3年1組。春樹の名前を探した。――だが、そこにはなかった。俺は見間違いかと思って、もう一度しっかりと掲示板を見た。――が、やはりない。

 横に視線を滑らせ、やっと見つけた。――彼は3組だった。

 俺は一瞬、自分がふらついたような気がした。

「ち、がうんだ・・・今年・・・」

 俺は下を向いて、力なく言った。

 3年生は受験の関係で、文系クラスと理数系クラスとに分けられる。文系は4クラス、理数系は2クラス。俺も春樹も文系だから、同じクラスか、せめて隣になる可能性は高かった。隣同士なら、合同の授業もある。しかし、1組と3組とでは、それがない。

 

「こんなのってあるかよ・・・」

 春樹はさらに残念そうに、言葉を吐いた。

 俺も、何を言ったらいいのか分からない。

 二人、2年間同じクラスだったのに・・・。俺は運命を呪った。あと1年しかない高校生活なのに、春樹と一緒に過ごせないなんて・・・。

 それでも俺はなんとか元気を出して、口を開いた。

「・・・でも、休み時間とか、登下校は一緒にいられるじゃんか。昼休みだって・・・」

「お前、それで満足なのかよ?」

 春樹は少しこちらを睨んで言った。

「だって、・・・仕方ないじゃん。もう決まっちまったことだし・・・」

 本当は俺も悔しくて泣けてきそうだったが、どうしようもない。俺は続けた。

「とりあえず、教室に行こうぜ。後で、また話そう」

 彼の肩を叩いて、俺は下駄箱へ向かって歩き出した。今は彼を元気付けたかったから・・・。

 

 

 新しい教室へ着くと、見覚えのある顔ぶれも中にはいた。

「よう。また一緒だな」

 俺を認めると、すぐに近寄ってきた奴がいる。彰(あきら)だった。こいつは2年の時同じ2組だった奴で、こいつと春樹を入れて、何人かでよくつるんでいた。この彰がバスケ部員で、その繋がりで俺たちは東条先輩と知り合った。先輩には、よくおごってもらったり遊んでもらったりした。俺と春樹とは、3年間帰宅部になりそうだが。

「ああ。よろしくな」

 俺は笑って答えた。

「春樹、3組なんだよな。・・・寂しいな」

「うん・・・」

 他人から改めて言われ、俺は気が滅入った。

「でも、春樹も入れてまた遊ぼうな」

 だがまた空元気を出して、俺は彰に言った。

「そうだな。あ、今日始業式終わったら、カラオケ行かねえ? 春樹とか勝彦(かつひこ)も誘ってさ」

「カラオケ? うん、行く!」

 友人の思わぬ提案に嬉しくなって、俺は顔をほころばせた。勝彦というのは、これもまた同じ2組だった奴だ。彼は、今年も2組になった。

 

 チャイムが鳴り、新しい担任が入ってきた。今まで、世界史を教わっていた永田先生だ。40代半ばで、ちょっと中年太りだが授業は面白く、まあまあ生徒から人気はある。顔もそれほど悪くはない。”気のいいお父さん”って感じの人だ。

 俺たちは、黒板に貼ってあった座席表をもとに、それぞれの席に着いた。俺は割と後ろのほうの席だ。彰は真中辺り。

 先生が、定番通りな新学期の挨拶をした。そして、1学期のスケジュールが書かれたプリントを配る。4月は身体測定、5月の終わりに中間試験、6月に体育祭。そんな中、進路説明会や個人面談など、嫌な文字も見えた。とうとう受験か・・・と思うと、気分が落ち込んだ。春樹が同じ教室にいない1年間・・・受験と戦わなきゃいけない1年間・・・耐えられるだろうか、俺に。

 永田先生がプリントの説明をし、腕時計を見た。

「自己紹介をしてる時間はないな。じゃ、始業式が終わった後で、な。さあ、廊下へ出て、みんな」

 と、「え~」とか、「今更自己紹介なんていいよ~」とかいう、男女生徒の嫌そうな声が聞こえてきた。先生の、こういうところをしっかりやっておかないと済まない性格が、ちょっと生徒から嫌がられていた。

 

 

 廊下を歩いて、体育館へと向かう。その途中の窓から、先ほど気になった花の木が見えた。名前を知りたいな、と思った。

 廊下の先を見ると、春樹の後ろ姿があった。生徒はきちんと並んで歩いているわけではないから、俺は小走りで彼のほうへ近づいていった。肩を叩いた。

「春樹」

 思わず、声が弾んでしまった。彼はすぐに笑顔で振り向いてくれた。

「彰がさ、今日学校終わったらみんなでカラオケ行こうって。行くだろ?」

「へえ。どっかで待ち合わせてる?」

 二人、並んで歩いた。

「ううん。それはまだ。下駄箱出たとこでいいかな?」

「ああ。終わったら、すぐ行くよ」

 その答えに、俺は心が晴れた。

 

 始業式の間、俺はずっとこの後の楽しみを考えていた。何を歌おうか、春樹と一緒に何か歌えたらいいな、とわくわくしていた。ふと3組の並んでいる辺りを見るが、春樹のほうが背が高いので、並び順は後ろのほうらしく、俺からはそのままだと見えない。振り向きたいが、校長が挨拶している時で、みんな静かに聞いているので、目立ってしまうだろう。ここの生徒たちは、こういう時は割と真面目なのだ。あんまり話が長い時は、私語が始まってしまうのだが。

 だが、校歌斉唱の前、生徒がちょっとがやがやしている時に、やっと振り向いて春樹のほうを見た。彼もすぐ気付いて、目が合うと微笑んでくれた。

 

 新しいクラスで憂鬱な自己紹介を終え、帰りの挨拶を先生がすると、一斉に生徒は席を立ち、新しい仲間や今までの仲間に声をかけたりしていた。その声は騒がしい。

 彰が来た。

「俺ちょっとさ、トイレ行ってから行くから、先に待っててくれよ」

「あ、そう。分かった」

 それで、隣の勝彦をまだ誘ってなかったことに気付いたので、2組へと赴いた。教室の外で彼らのホームルームが終わるのを待ち、出てきたところで声をかけた。彼も喜んでついて来た。

 二人で校舎のすぐ外で待っていると、最初に彰が来た。

「春樹は? まだ?」

「うん。何やってんだろ」

 勝彦が言う。と、すぐに春樹は来た。手を振っている。

「ごめん。センセの話が長くてさ」

 彼はおどけて笑った。 やっと、彼とゆっくり並んで歩ける。二人だけの話は、できないけれど・・・。

 

 4人で、駅前のカラオケ店へと向かった。

 ほかの二人は、俺たちのことを知らない。俺たちのほうからも、誰にも関係が変わったことを話す気はなかった。学校では、今まで通りに過ごしたい。

 4人は歩きながら、他愛ないことを話していた。彰が新しいクラスにいる、女生徒の話をした。可愛い子いた? と、勝彦が俺に聞いてくる。俺は、適当に答えておいた。

 実は今日、女子のことなんてまるで見ていなかった。考えるのは春樹のことばかりで・・・。俺は彼に抱かれてからというもの、女のことは眼中になくなってしまった。

 それまでは、自分の最初の相手は女になるだろうと思っていた。ほかの同級生の男子同様、女の体に興味があったし、好きになったりもした。実際に付き合ったことはないのだが・・・。俺は女の子に対しても、自分から告白できるタイプではなかった。なんとなくいいな、と思う子がいても、いつも見ているだけで終わってしまうのだ。向こうから、というのは今のところない。きっと女の子から見たら、俺は男らしくなくて、頼りないのだろう。

「・・・香純?」

 春樹が横で、俺の顔を覗き込んで声をかけた。俺ははっとして顔を上げた。

 ほかの二人と離れて、歩く速度を落とした。

「今日・・・二人になれないか? カラオケ終わったら・・・」

 俺は胸が熱くなった。でも、後で話そうと言ったのは、俺だった。

「うん・・・。なれるかな? ほかの二人・・・」

「適当に言えばいいさ。今日さ、俺んち・・・夜まで家族いないんだ。兄貴は友達と遊びに行くから飯いらないって言ってたし、親も仕事だから・・・」

 彼は小声で囁くように言った。

 春樹のお兄さんは今年大学4年で、まだ春休みらしい。二人の息子が受験と就職活動で、親御さんも大変だな、と思う。

 それよりもこれって・・・”誘われて”いるのだろうか。俺はさっきよりも心臓の鼓動が早まるのを感じた。でも、いきなり言われても、まだ心の準備ができていない。

「あ、後で・・・。二人になったら・・・」

 はぐらかしてしまった俺。春樹の不満そうな顔を尻目に、俺は彼より少し先を歩いて、彰と勝彦を追った。

 

 「やっぱ、上手いな香純」

 勝彦が言った。俺が、好きなR&Bの男性ソロ歌手の歌を歌っている時だ。歌が終わって、次の曲が始まった。今度は彰だ。あるバンドの、激しい歌を歌い始める。

 俺はマイクを置いて、次の曲を探すべく歌本のページをめくりながら、言った。

「上手くないよ。下手だって」

「またまた。きっと今年も誘われるぜ、享(とおる)に。お前、すげー歌ってる声きれいだもん」

「じゃ、普段は?」

 俺は本から顔を上げすに、冗談めかして聞いた。

「いや、普段もいい声だけどさ」

 勝彦も笑う。春樹は俺の前の席に座って、黙って歌本を見ている。彰は、一人自分の世界に酔っている。

 享は軽音楽部の奴で、1年の時一緒のクラスだった。音楽の授業で俺の声を聴いてからというもの、しつこく何度も軽音に入らないか、と誘ってくるのだ。俺のほうはまるで興味がないというか、人前で歌うなんて柄じゃないから、ずっと断り続けている。文化祭の前になると、ことさらにしつこい。

「春樹はどう思う?」

 勝彦が彼に振った。春樹は本から顔を上げた。

「そりゃ、いい声だとは思うけど・・・香純が嫌がってんなら、しょうがないじゃん」

「そうかなあ。もったいないと思うけど・・・。俺、一度くらい見てみたいな、香純のボーカル姿」

「よせよ」

 そんな会話をしながら俺は、『こうやって、放課後は今まで通りみんなで遊べるんだ。それほど落ち込むこともないかな』とちょっと思っていた。

 

 

 4人でのバカ騒ぎが終わり、やっと俺と春樹とは二人きりになれた。俺は最後に春樹と一緒に歌った男性デュオの曲を思い出しながら、彼と並んで駅へ向かって歩いた。

「あ、ちょっと本屋寄っていい?」

 春樹は思い出したように言った。

「うん。いいよ」

 それで、駅前にある大き目の本屋へ入った。彼は漫画雑誌のコーナーへ行った。

「俺、こっち見てくから・・・」

「そう」

 彼は短く答える。

 俺は思うところがあって、趣味のコーナーへ行った。が、園芸の本には載ってないかもしれないな、と思い直して、図鑑のコーナーへ行った。花の本を手に取った。ページをめくる。春夏秋冬、季節ごとに花々は載っていた。目当ての花を、見つけた。そこには、こうあった。

『里桜(さとざくら)』

 写真を見ると、ピンク色の可愛らしい八重咲きの花が咲いている。桜よりも遅く咲く、と説明に書いてあった。これだ。

「何見てるの?」

 雑誌を買い終えたらしく、紙袋を脇に抱えた春樹が、俺のほうへ来た。俺はなんだか恥ずかしい気がして、すぐに本を閉じてしまった。

「いや、なんでもない。行こうか」

 

「さっきの話なんだけど・・・どうする?」

 歩きながら、春樹はもう一度この話題を出した。俺は思わずつばを飲み込んだ。二人きりになれた。こんな機会は、あまりないかもしれない。でも・・・。俺はまだ迷っていた。

「・・・ひとまず、お茶でも飲みに来ない?」

 そんな俺の気持ちを汲み取ってか、彼はこう言った。

「うん。それなら・・・行くよ」

 俺は静かに答えた。まだ夕方までは間があり、日は高い。駅前には俺たちと同じように、始業式を終えた学生が多かった。

 

 何日ぶりかの彼の部屋。男の子らしく、バンドやサッカー選手のポスターが壁や天井に貼ってある。彼が、アイスティーを載せた盆を持って、入ってきた。この間も、こうやってアイスティーを持ってきたっけ。昼飯はさっき、カラオケ屋でいろいろ注文して済ませていた。

  ガラス製のテーブルの上に盆を置き、彼は制服の上着を脱いだ。ハンガーにかけると、おもむろに俺の横に座ってきた。背中側には、ベッドがある。二人、それに寄りかかった。

「この間・・・ごめんな。いきなりあんなことして・・・」

 いきなり本題か、と俺は緊張した。

「いや・・・急だったから、びっくりしちゃって・・・。俺のほうこそごめん・・・」

 と、顔を上げると、彼の顔が間近にあった。俺は思わず身を引いた。

「謝るなよ。悪いのは俺なんだから・・・」

 そう言って、右手の甲に彼の右手を置いた。俺は話題を変えようと、別のことを言った。

「き、着替えないの?」

「いいんだ、そんなの。・・・1年間、お前が同じ教室にいないなんて、俺やっぱり嫌だ」

 だが、春樹は話を戻してしまう。

 その悲しげな声に、胸が熱くなった。載せられた手をそのままにして、俺は言った。

「だって、しょうがないじゃないか。先生たちに今更変えろ、なんて言えるわけじゃないし・・・」

 

「そんなの分かってる。でも、なんでお前、平気なんだよ。俺、辛いよ」

 いつになく弱気な彼に、俺は戸惑った。最初の時は、あんなに強引だったのに・・・。まるで、立場が逆転したみたいだった。彼の気持ちを落ち着けようと、俺は右手を動かして彼の手を握った。すると、春樹は頭を俺の肩にもたせかけてくる。彼の少し茶色い、ストレートの短髪が目の前にある。

「香純・・・」

 そのままの体勢で、彼は泣きそうな声を出した。どきりとした。

「な・・・なんて声出してんだよ。どうしたんだよ? お前らしくもない・・・。クラス違ったって、放課後とか休み時間は一緒だろ? だからそんなに深刻に悩むことは・・・」

 さらに、彼は体を寄せてきて、俺の胸に顔を埋めてしまった。どうしようか一瞬手を泳がせたが、そっと、遠慮がちに彼の背中に手を添えた。

「そういうことじゃない。お前の呼吸をいつも感じていたいのに、こんなのってないだろ? お前のこと、好きなのに・・・」

 

 彼からの告白以来聞いていなかった言葉を聞いて、彼の背中に添えた手に、俺は知らず力を込めた。

「春樹・・・」

「香純・・・好きだ・・・」

 その声は、悲痛に聞こえた。彼はゆっくりと腕を伸ばして、俺に抱きついた。

「好きだ・・・香純・・・香純・・・」

 繰り返される彼の言葉が、胸に痛く響いた。一体、どうしたのだろう。彼のいつもの冗談・・・? いや、とてもそんな雰囲気ではない。きっと、本気だ。俺は彼を、抱きしめたくなった。

「春樹・・・顔、上げて・・・」

 言いながら、彼の肩を持ち上げた。泣いているかと内心緊張したが、悲しげな表情はしているものの、泣いてはいなかった。その顔を見て、俺はどうしようもなく、彼が愛(いと)おしくなった。

――俺たちは、自然に唇を重ねた。

 

 俺から彼の制服を脱がせて、脱がせながらベッドへと寝かせた。自分も裸になった。だが、俺はこっちのほうは自信がなかった。初めてなのだから・・・。彼の顔を見下ろしながら、しばらく何もできないでいた。

 それでも、腕を額にやって悲しげな顔をしている彼を見ると愛おしさが募り、自分から再び口付けた。首筋に、胸に、俺は自分の気持ちを押し付けた。腹の辺りまでくると、額にやっていた腕を、彼は俺の髪に移した。そのまま、何度かなでてくれた。だがその仕種を――優しさを感じているうちに、俺は自分が彼を欲しているのか、それとも逆に愛されたがっているのか、分からなくなった。――彼のものの手前まで来て、唇の動きを止めてしまった。なんだか、怖い気がした。彼を汚(けが)すような気がした。俺は顔を上げ、彼の表情から気持ちを読み取ろうとした。再び上へ上がり、胸のあたりまで体を戻した。

 

 すると春樹は、片手で俺の頬を包んだ。

「香純・・・」

 彼の瞳は潤んでいるようだった。とてもきれいだった。もう片方の手も、俺の頬に当ててきた。じっと俺の瞳を見つめる。俺はその手の熱さに、自分の気持ちをはっきりさせた。だが彼のほうはどうなのか、まだ決めかねていた。

「春樹・・・ごめん。俺・・・どうしたらいい・・・?」

 と、彼は頬に当てていた両手を動かして俺の頭を引き寄せ、強く口付けた。キスしながら、俺を逆に押し倒した。

「俺、抱きたい、お前を・・・。いいか・・・?」

 上から囁いた。

 そう言われ、嬉しくなる自分がいた。俺はゆっくりと頷いた。

 

 俺は彼の上に乗っていたが、体の中には彼を感じていた。彼の中に入って彼を感じるより、自分の中に彼を感じていたい。奥に来てくれればくれるほど、彼に愛されているのだと深く思える。俺は彼の愛が欲しさに、自分からも揺れた。愛するより、愛されたい。それが、俺が彼に望むことなのだ。彼を慰めたかったのに・・・これでも、慰めていることになるだろうか・・・? 俺は今心に、男の自分が存在していないことを感じた。いるのはきっと、女の自分だ。俺は自分の不甲斐なさに、愛し合いながら泣いてしまった。

 

「・・・泣くなよ」

 春樹は、体を横にした俺の肩に、手を優しく置いた。

「なんで、こうなるんだろう・・・。俺、男なのに・・・。お前を、慰めようとしたのに・・・」

「そんなこと、気にするなよ。すごい、安心したよ。俺今、すごい安心してる。さっきまで、気持ち滅茶苦茶だったのに・・・。やっぱり、お前がそばにいなくちゃだめだなって思った」

 俺は体を反転させて、彼と向き合った。

「・・・俺、女役しかできないし・・・つまんない奴だよ?」

「そうじゃない。そんなこと、重要じゃない。俺もお前もお互いが好きで、お互いを必要としてる。大事なのは、そのことだろ?」

 彼は優しい声と表情で、囁きかけた。手を、握ってきた。

「そうかな・・・」

 俺はその手を頬に引き寄せ、彼の手の熱さを感じながら言った。

 

 

 ピンク色の八重咲きの花。花々の間から、日の光がこぼれてくる。俺はそのまぶしさに、目を細めた。

 里桜の下に立って、俺はこれからのことを考えていた。

「・・・春樹」

 そばにいる彼に、呼びかけた。

「ん?」

 春樹はズボンのポケットに手を入れたまま、俺を見た。

「この先を、面白くするのもつまらなくするのも、自分次第だと思わないか・・・?」

「そうだな」

 彼は微笑みながら、下の土を踏みしめて近寄ってきた。

 そうして、また二人で花を見た。その花びらは、とても柔らかそうだった。

 春にはやはり、春らしさを演出してくれる花が必要なのだ。

 

END


 
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