No.266341

とある勇者と魔王の事情-レクヴァスとニニアの場合-

登場人物の名前はフリーソフトのランダムネームジュネレーターからいただいてます。

2011-08-09 08:17:58 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:319   閲覧ユーザー数:319

 薄紫色の空が、ほのかに明るくなってゆく。

 カーテンを思い切りよく開け、部屋に朝日をたっぷり受け入れさせる。

「んー、いい天気だぁ」

 青年は大きく朝の空気をたっぷりと吸い込む。メガネに反射する強い陽の光を、眩しそうにオレンジの瞳を細める。

 年の頃は二十三、四ほどに思えるが、彼の落ち着いた物腰は、彼をそれ以上の年月を与えて見せる。

 栗色の髪を長く伸ばし、背中でゆったりとした一本の三つ編みでまとめている。

 動きにくそうな服装は、いかにも書生といった印象だ。

 彼が朝日を存分に堪能していると、部屋のドアがカチャリと音を立てる。

 ひょこっと部屋を覗き込むのは、五歳くらいの幼女。眉を下げ、あどけない顔は気弱そうな表情をしている。その様子だけを見ると、どこにでもいそうな小さな女の子だ。

 ただ、彼女は普通の人間とは違う箇所が、一つだけあった。

 両耳の少し上の位置から生えた、羊のような大きな角。

 角は不思議なことに、五色の光りを発している。

 その異形を、しかし、青年──レクヴァスはちっとも気にせず、優しく彼女に微笑みかける。

「やぁ、一人で起きれたんだね。ニニア」

 レクヴァスの顔を見て、ニニアはポッと頬を赤らめる。そして、何やらもじもじと恥ずかしがっている。

「どうしたんだい?」

 レクヴァスがニニアに近寄ると、ニニアはますます赤くなって顔をうつむける。ニニアの全体を確認して、レクヴァスはようやく気付く。

「あぁ、昨日届いた新しい着物を着たんだね」

 ニニアの顔が、ぱっと朗らかなものになる。

「うん、とても可愛いよ」

 華やかな薄紅色を基調とした着物は、ニニアの萌黄色の髪をよく映えさした。半透明な薄布をゆったりとまとうその姿は、まるで小さな天女のようだ。

「ゼフィにお礼しないとな」

 レクヴァスは、お節介な親友の顔を思い出す。

 

 爛々とした紅い瞳の持ち主。

 ゼフィとは、幼い頃に学芸院で顔を会わせて以来の親友だ。

 彼は魔術の天才だった。

 だが、レクヴァスは魔術は一切使えない。元々、魔術力の欠片も無い体質だからだ。

 数十年も昔の時勢だったら、レクヴァスは生まれてすぐに捨てられていただろう。魔術至上主義の時代。魔術が使えない人間に、生きる資格を持たせてれなかったからだ。

 しかし、今は違う。

 元来、人好きにさせる性格の彼は、そんなハンデを物ともせず、師や友人に恵まれ、順調な人生を歩んでいた。

 魔王という宿命を背負った赤子が、地の果てに捨てられるという話を耳に入れるまでは。

 魔術力を持たない者は捨てられ、また、魔術力が強大過ぎる者も捨てられる。その力は、人々に危害を加えるからだ。人々は、彼等を『魔王』と呼び、魔術力の結晶である五色の光りを放つ子供が生まれたら、『地の果て』に捨てる。

 そして、唯一魔王の力が効かない人間、魔術力の無い者を『勇者』と呼び、『魔王』と共に捨てる。

 だが、時は流れ『勇者』は人の世に生きる力を持てるようになった。反対に未だに『魔王』を捨てる習慣は続いている。

 例えそれが、幼子でも。

 魔王として生まれ落ちた者は、寂しい大地の下で、誰一人とも他人に係わらず、死んでいく事が定めなのだ。

 たった一人で。

「何故、お前が行くんだ」

 別れの挨拶に訪れた時、ゼフィはその勝気な瞳から涙を落とした。そして、必死でレクヴァスを止めようとした。

 だが、レクヴァスの決意は変わらなかった。

 彼は今俗世を捨て、魔王・ニニアと共にある。

 

 レクヴァスの黒い瞳に宿った、寂しげな光りに気付いたニニアは、彼の足にしがみつく。

「ごめんごめん。……大丈夫、どこにも行かないよ」

 謝りながら、軽々とニニアを抱き上げる。晴れた青空のような瞳が、じっと彼を見つめている。

「ゼフィにお礼の手紙を書こうか。一緒に」

 レクヴァスの案に、ニニアは嬉しそうに彼の首に抱きついた。

 

 伝えたい言葉は、すらすらと出てきた。自分達の近況、送られてきた品々の礼。故郷にいる人々の様子を尋ねる言葉も書いた。

 それを便箋五枚ほどにまとめたところで、レクヴァスはニニアを見る。

 一生懸命に文字を、一字ずつ丁寧に書いている。小さな手に、筆は少々大きすぎるくらいだ。

 ニニアに文字を教えたのも、レクヴァスだ。

 彼女は生まれつき、口が利けない。恐らくは、強大過ぎる魔術力の影響だろうとレクヴァスは思う。

 歴代の魔王の中で、一番強い魔術力を秘めた者。学者達は、彼女をそう呼ぶ。

 自分を見つめる視線に気付き、ニニアは顔を上げる。そして、慌てて自分の書いた手紙を両手で隠す。

「あぁ、ごめんね。そろそろ出来たかい?」

 ニニアはこくりと頷いた。

 

 小窓を開け、ニニアはひょっこりとそこから顔を出す。手には、先ほど書き上げた手紙。

「いいかい、ニニア。お日様が眠る方向だよ」

 ニニアは頷き、レクヴァスが指差す方目掛けて、手紙を投げる。

 手紙はふわりと風に乗り、淡い光を発し、一羽の黄色い小鳥へと変化する。

 羽ばたいて行く小鳥を見送り、レクヴァスはニニアに話しかける。

「さぁ、少し遅れたけど、朝ご飯にしようか」

 台所へと足を延ばそうとしたレクヴァスの前に、ニニアが立ちふさがった。

 顔を真っ赤にして、折りたたんだ手紙らしき紙を、レクヴァスに差し出している。

「え? これ……」

 多分、先ほどニニアが隠した手紙だ。だが、レクヴァスは確かにニニアの分も一緒に封をしたはず。

 思考するレクヴァスを、ニニアは受け取って貰えないと取ったらしく、小さな肩が震えだす。

「ごめん。ちょっとびっくりしちゃっただけだよ。──ありがとう、ニニア」

 慌てて謝りながら、レクヴァスが手紙を受け取る。すると、ニニアは恥ずかしそうにパタパタと足音を立て、台所へと逃げて行った。

 残ったレクヴァスは手紙を開ける。

「……!」

 そこに書かれていたのは、短いたった数文字の彼へのメッセージだった。

 だが、レクヴァスはその言葉をじっと眺めて、目元を緩ませる。

「ニニア」

 呼ぶと、台所から小さな顔が飛び出した。

「ありがとう。とても嬉しいよ」

 レクヴァスの言葉に、幼い魔王は嬉しそうに微笑んだ。

 

【了】


 
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