No.266175

【カヲシン】薄明の消失点 サンプル

影人さん

スパコミ発行のカヲシン新刊サンプル。
パラレル、寮で同室になる二人の話。サンプルに成人向け要素は含まれませんが、本はR18です。

とらのあな http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0020/00/56/040020005621.html
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2011-08-09 03:05:05 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1090   閲覧ユーザー数:1083

      プロローグ

 

 

 こんなところ嫌だ、という文句さえシンジは口にできなかった。

 本当なら、そんなこと思ってすらいけないのかもしれない。だが齢十四のシンジには口に出すことを我慢できさえしても、思うことをやめるなど到底無理に等しかった。

 だが、いくらわがままだと責め立てられようが自分の思いをきちんと口にすればよかったのだと、今のシンジなら思う。もしこの門をくぐるあの日の自分に出会うことができたならば「嫌だって言ったほうがいい」と切に伝えるだろう。

 それほどまでに、この空間はシンジにとって息苦しいものだった。

 鬱蒼と茂る草木にいよいよ来てしまったかと鬱々とした煮え切らない気持ちとともに怒りのようなものを抱えていたのは一時間程度のことだ。

 その日の夕方には、目の前にある門の前、ちょうど今と同じ位置に立ち、こんな片田舎の山奥に来てしまったことをひどく後悔していた。

 その気持ちは、恐怖にも似ていた。

 来た、というよりも連れて来られたというのが正しいのだろうが、拒みもしなかったシンジがそんな心持ちだったなどと保護者代わりだった二人は知りもしないだろう。

 ――檻のような門。

 生徒は開くことのできないその門以外に、この山を降りる道はない。あとはただひたすらに広大な緑が敷地を囲み、その緑をさらに大きな柵が囲っているのだ。

 このご時勢にこんな古びた校舎構えだ、蹴破れば穴が開くような柵だと舐めてかかっていたシンジは、その柵を視界に納めたときには「うそだろ」と絶望を唇からこぼした。

 自分の背丈の五倍ほどはある柵は、小指の先ほどしか通らないような穴が規則正しく開いた、鉄の壁と表するにふさわしいようなものだった。

 まさしく檻だ。

 なにをここまで頑丈にする意味があるのかと、笑いたくなったほど。いや、本当は笑えるはずもなかった。なんの気晴らしにもならない小指ほどの穴の先、覗いた先の世界は自分の今居る場所となんら変わらない緑ばかりだというのに、シンジはもうあちら側に出られないのではないかと、そんな思いに胸を締め付けられた。

 そう、いっそう笑いたくなるほどに。

(僕の場所は、もうどこにもないんだ)

 こんな山奥の古臭い学校なんて、絶対に嫌だ。五年もここにいるだなんて冗談じゃない、一刻も早くこんなところ出て行ってみせる。

 これが、これから先二年間、もしかすると五年間通うことになる学校に訪れた初日の、シンジの想いだった。

 

 

   ・

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   ・

   ・

 

 

「迷子?」

 ふと聞こえてきた声に振り返る。

 甘い声だ、そんなことを思い振り返った先にある宝石のような紅い瞳と色素の薄い白磁の肌、白花色の髪に思わず変な声がこぼれそうになった。

 なんて現実離れした――。

 凛と通る甘い声が想像以上に似合う目の前の存在に、シンジは驚きを通り越した感情を抱いた。

 まさか幻覚でも見てるわけでもあるまい、と固く握りしめた拳を胸元に引き寄せる。不安になったときに出る、無意識の癖のようなものだ。

「医務室――ひとりになれる場所を探していて……」

 そもそもこの時間帯に廊下を歩いている時点で、目の前の人物は自分と似たような状況か、それか素行不良な人間というところだろう。

 あまり素行が悪そうには見えないけれど、と不思議に発光しているようにさえ見える、少年の赤い瞳を見返す。

「おかしなことを言うね、人間は誰だってひとりだよ。君だって例外じゃない」

 そうして飛び出した言葉の、現実離れしたことにシンジは面食らい戸惑う。見た目だけではない、むしろそれ以上に彼は突飛なことを口にし、にっこりと誰もが見惚れるような甘い笑顔を浮かべた。

「えっと、あの」

 戸惑い取り繕うような困った笑みを浮かべたシンジに少年はたたみ掛けるように口を開いた。

「それに君、本当はひとりになりたくないんだろう?」

 少年の言葉にシンジはぴくりと肩を震わせ、目を瞠った。黒青いの瞳が零れ落ちんばかりに大きくなる。それを見た少年は優しげな笑みを崩さずに「当たったかい?」と呟いた。

 シンジはハッと息を短く吐くとおもしろくない冗談だ、という体を装いふいと視線を逸らした。これ以上目があっていたら、いらぬことまで見透かされそうだと怖くなったからだ。精一杯の強がりをどう取ったのか、少年は視線の逸らしたシンジをそれ以上追い詰めることもせず「医務室ならそこの廊下をまがったところだよ」と告げ、シンジが礼を口にするよりも早くその場から消えてしまった。

 本当に足音すら立てずに、姿を消したのだ。

(変な、人)

 鮮血のように赤い瞳と、それをさらに鮮やかに魅せるような真白な肌、銀糸のように太陽の光を受けて光る髪を持つ人間などシンジは今まで見たことがなかった。

(人間――本当に人間なのかな)

 ふと思い浮かんだ考えを馬鹿らしいと笑うように口元に弧を描いてみたがそれはあまり上手くいかずに歪なものとなってしまった。

 

 

 


 
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