ふぁ、と欠伸をこぼしたシンジにすかさずカヲルが「寝不足?」と首を傾げた。さすが、よく見てるわね、なんてその一部始終を見ていたあたしが思うようなことでもないけれど、その一身に注がれる情めいたものを見ると思わず感嘆してしまう。
自分にも似たようなことができるかと問われたら、否だ。
誰よりも秀でているというプライドのような、自分とその他大勢をわかつラインを持って生きてきた。十七年も。長くはないが、決して短くはない歳月。生まれ持ってしての才能、天才、神に愛された子。
そう言われて生きてきたけれど結局、最後に行き着くことはなかった。それはあたしの前にいきなり、そのラインを意図もたやすく超える存在が現れたから。しかも、三人も。
プライドもへったくれもあったもんじゃない、と拳を握った悔しさを未だに昨日のことのような鮮明さで思い出せる。手のひらに食い込んだ爪は、ラインを消し去った切っ先のようにあたしを傷つけた。
恨んだ。
神に愛される? 反吐が出るわ。あたしは自分の実力は自分のものだと思っていたし、理解してもいた。それなのにぽっと出の三人がなんの気もなく戦って勝ったからって、あたしは天才じゃないなんて証明にはならない。あたしは紛れもなく天才であったし、今もそうだと思ってる。虚しいなんて感情もない。あたしはエースパイロットよ。いえ、エースパイロットだった、だ。
でも、本当に反吐がでるのは周りの言葉を鵜呑みにして付け上がった自分の存在。持ち上げるだけ持ち上げて他の対象に容易く移動していく存在を、まるで自分が特別なのだと勘違いして。
身の丈にあった行動は未だにうまくない。
恨むだけ恨んで、欠点汚点だっていやになるほど目について、それなのに使徒を倒す名目がなくなったら相手の嫌なところなんてぽんっと飛んでいった。
そんな三人も、今ではこうして顔を突き合わせて一緒に食事をとるような仲になっていた。自分でも、だいぶ丸くなったと感心するのに、シンジときたら「まだ性格はきついよ」などとのたまう。そうさせてるのはあんたの態度よ、と言い返したら「ほら、そういうところ」と簡単に指摘してくるのだからまた眉間に皺がよる。
「まぁでも、あのころの君に比べたら断然、可愛いものだよ」
そうしてフォローのつもりか(もしそうだとしてもあたしに対してじゃなくシンジに対してだろう)さらりと言ってのけたカヲルにこれ以上ないというくらい嫌な顔をする。アンタはあたしのこと、これぽっちも知らないじゃないと吐き捨ててやりたくなる。そもそもこいつがここにいること自体おかしいのよ、とも。
だってそうでしょう? なんで使徒であるアンタと、仲良くお昼を囲まなきゃいけないの!
*
サードインパクトが世界を包んだ日、消えたと思ったあたしがこの世界にもう一度産み落とされた日。
あたしの左目が世界を映さなくなった。
正確には、もう左目すらなくなっていた。
これがシンジを拒んだ結果なのかどうかはわからなかったけれど、普通に生活ができるようになってからもどこか余所余所しかったあの態度から見るに間違ってないように思う。けれど別に恨みはしなかった。
あたしの選んだ結果だから。その変わりに入った義眼はあまり心地のいいものではなかった。定期的な健診は未だに続いている。
「調子は悪くないわね、いいわ」
最初はどうなるかと思ったけど、と笑うリツコはあたしの心配というよりも自分の研究成果がいいことを喜んでいるようだった。けど、こういうところも嫌いじゃない。下手に心配したふりをされるよりかは全然いいわ。
「まだ続けなきゃいけないわけ?」
十六になったばかりのあたしは一カ月毎に行われる定期健診の煩わしさに段々嫌気がさしていた。もう始めてから一年が経つ。そろそろ診る必要もないと思うのにリツコは首を縦には振らなかった。そもそも医学の出でもないくせに、とは思ったけれど口にはしない。
「また見えなくなるよりいいでしょう?」
こういう辛辣なことをさらりというんだから本当にいい性格してるわ。
「まぁねー」
けどずっと続くよりはいいわと口にすれば「そんなに長いこと月に一度の健診を続けるつもりはないけど」と答えが返ってくる。
(けど?)
「月に一度ではないけれど、定期健診は長いこと続くわ」
「そんなのって耐えられないわ」
あたしの言葉に笑ったリツコはそれ以上なにも言わず自分の仕事の山を片すだけだった。結局答えも得られないままリツコの元を去る。
「ファースト」
ドアを出た先にいたファーストに声をかけるとちらりとこちらを見ただけで中に入って行こうとする。その態度にムカついて腕を掴んで、冷たさに驚く。リツコに聞いた話じゃ、人間と同じものになったって言ってたけど本当なのかしら。そもそも人間じゃなかったって時点で眉唾ものだわ。本当に人形だったとでもいうのかしら。
「ちょっと! 無視しなくてもいいじゃない」
声を荒げるあたしに構った様子もなく首を傾げた優等生は「なに」とだけ唇にのせると硬質な赤い瞳でこちらを見た。別に用はないわ、とも口にできずに押し黙るあたしに「腕、離して」なんて言ってその冷たい目であたしの手のひらを見る。
嫌な気分。
胸がざわざわする。別にそこまで邪険にしなくてもいいじゃないと腹が立った。
少し力をこめて握ってから乱暴にその手を離すとふと折れてしまいそうだ。けれどあたしのちょっとした嫌味も乱暴な素振りも気にしたふうもなくリツコの待つ部屋の中へ入っていってしまった。なによ、馬鹿みたいじゃない。
「ふんっ」
あたしだけが気にかけてる。その事実が腹立たしくて仕方ない。別に慣れ合うつもりもなかったけれど生き残った自覚がある身としては少しくらい譲歩してもいいかも、と思ったのに、あの態度。
(気取っちゃって)
左目がつきりと痛んだ。
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EOE後設定で焦れるアスカとレイの話。若干数在庫があるので夏コミにも持っていきます。