傷ついた世界
自分の人生で自殺を考えたのは今回で二回目だった。
べつに、自殺を二回しか考えたこともないほど、楽観的に生きてきたわけではない。
真剣に、自殺を計画したのは二回目ということだ。
一回目はちょうど一年前。
高校受験に失敗した時だった。
偏差値の高い私立をねらっていた私はことごとく不合格となり、滑り止めで受験した国立の高校に入学することとなった。
入学したのが滑り止めであろうと、高校生活への期待に胸を膨らませたものだった。
しかし……
私が夢見ていた高校生活とは、かなり違っていた。
当たり前のように授業中に騒ぐ男子。
当たり前のように学校へ化粧をしてくる女子。
そして、それを見て見ぬ振りをして注意しない教師。
静かな、そして平和な学生生活を送りたかった私の思いとは異なった現実。
勉強に集中する事はできず、塾での成績は落ち込み……
中学の友達からは馬鹿にされた。
そして……
私は自殺を決意した。
自殺の方法は、飛び降り。
駅のホームからではなく、ビルの屋上から飛び降りる方法を考えた。
真面目な性格のせいか、わざわざ本で、飛び降りる際にどのくらいの高さから落ちれば死ねるのかを調べた。
決行する日は両親が海外へ出張する日にした。
両親には少しでも私の死を遅く知ってほしいと思ったからかもしれない。
自殺決行当日、家からバスで十分くらいの住宅街の外れに来た。
住宅街の外れには古びた撤去寸前の廃ビルが並んでいた。
その中から、一番高いビルを選ぶと階段を一段一段上がり、屋上を目指した。
カツ、カツ、カツ…………
と、革靴で乾いたアスファルトを鳴らす。
何も考えず、頭の中をただ無にする。
カツ、カツ、カツ…………
何も考えなければ、死は怖くない。
カツ、カツ、カツ…………
心のスイッチを切る。
カツ、カツ、カツ…………
両親の事も、友達の事も考えない。
カツ、カツ、カツ…………
自分が生きていればどんな未来があるか?
カツ、カツ、カツ…………
なんて事も考えない。
カツ、カツ、カツ…………
ただ、階段を上がるためだけに足を動かす。
そして、そのままビルの屋上まで行き、まるで宙を歩くように進めばいいだけ。
考える必要もない。
イメージする必要もない。
前に足を運ぶという簡単な行為。
ビルの屋上に出ると、一メートルもない柵を越えた。
目の前に広がる街の光景。
オレンジ色に広がる夕日。
これが人生最後の夕日になるんだ。
さあ、一歩前に踏み出そう……
そうすれば、もう……
何も考えずに……
何も苦しまずに……
いられる。
そう思って、一歩前に足を踏み出した。
しかし……
無意識に行けば良かったものを、意識して踏み出してしまったせいか、宙に足を踏み出す事はできずにいた。
半歩どころか、つま先さえ上がっていなかった。
足が上がったと思っていたのは、私の頭の中だけ。
前に進んでいたと思っていたのは、私の頭の中だけ。
震えが、足先から太もも、腰、胸、手、二の腕、肩と順に広がる。
そのまま、柵を手でつかみ座り込んでしまった。
震えたまま、動けなくなる。
背中を冷たい何かが落ちていく。
ああ……私は死ぬのが怖いんだ。
まだ、死にたくない……
頭では死にたいと思っていても、身体はそれを拒否していた。
心のスイッチが切れていなかった。
生とは死より残酷なもの……
自殺をためらった私はそれから、ただただ行く日も何も考えず何もせず、日々を過ごしていった。
喜びすら、悲しみすら感じない毎日が繰り返される。
目標、目的なんて物はない。
時が流れるのを待つだけ。
それが何も解決にならないと分かっていながら、無為に日々を過ごした。
今思えば、偏差値の良い学校に転入すれば良かったのかもしれない。
でもその時、私はそんな事すら考える事ができないほど心が死んでいた。
空っぽ。
そんな感じだった。
まるで、人形のように……
空っぽの存在。
元々、私は生まれた時から空っぽの存在だったのかもしれないと思うほどだった。
年が明け、春になっても、私は空っぽのままだった。
十ヶ月もの間、そんな状態が続いた。
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見本誌は、ここまでとなっております。
続きが気になる方は、イベント会場のサークルブースにて本誌を
手に取って頂けると幸いです。
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