視界に広がった赤が、脳裏から離れない。
目の前に立ち塞がった黒が、胸を締めつける。
立てた両膝の間に顔を埋めて視界を塞いでみても、その情景が消えない。
時折強く吹く風が、心の中までも吹き過ぎてその一部を凍りつかせてゆく。
アクマは、破壊すべきもの。
破壊する以外に救済の方法は無いのだから。そのことに、迷いは無い。
ただ、天災に見舞われるように無理矢理アクマに関わらされてしまった人たちを、
切り捨てることは自分には出来ない。何度同じ場面に出会おうと、きっと何度でも迷う。
何度甘いと言われても、諦めることなんか出来やしない。
それがどんな結果になろうとも、後悔はしない。
「おい」
―――後悔は、したくないのに。
「おい。モヤシ」
「………モヤシじゃありません」
「聞こえてんじゃねェか」
俯いたまま応えたら、頭の上から呆れた声が降ってきた。
もう聞きなれてしまった声の主と目を合わせる勇気がなくて、顔を上げられない。
どんな顔をしていいのか、分からない。
「お前、任務の度に落ち込んでんじゃねェよ、ウザい奴」
――わざわざこうやって僕の傍に来て、
「嫌ならさっさと辞めちまえよ。近いうち死ぬぞ、お前」
そんな、突き放したことを言うクセに。
「迷惑なんだよ、綺麗事ばっかぬかしやがって」
本当に、迷惑だと思っているのなら、何故、―――
「――…何で僕を庇ったりなんかしたんですか……!」
顔はまだ上げられないまま、腹立たしい、もどかしい気持ちを吐き出した。
そうやって一度口に出してしまえば、堪えていた気持ちが堰を切って流れ出してゆく。
何故、あのとき。何故、僕を。何故、君が。何故。
攻撃を躊躇った僕の前に、飛び出したりなんてしたのか。
ただそれを、自分を庇って傷を負った相手にぶつけることは出来なくて、行き場のない想いが、
体内を駆け巡る。
胸が、痛い。
「あなたに怪我をさせるつもりは無かったのに」
やっと、顔を上げた。想像していた通り、視線の先には呆れ返った彼の顔。
「そんなことか」という表情がありありと見える。あまりに想像通りの顔をしていたから何だか可笑しくて、
唇が歪んだ。
「ひでェ顔」
そうやって、馬鹿にした顔で鼻で笑いながら彼は、それでもここに居る。
彼を傷つけた、僕のそばに。
「怪我なんかでガタガタ言うんじゃねェよ。――すぐ、治るしな」
彼の身体のことは、コムイさんから聞いて少しは知っている。ただ、そのことを口にする時、
彼の瞳が翳る理由を、僕は知らない。
僕は、彼のことを、知らない。
「それでも、痛くないわけじゃない。僕は――あなたが苦しむのを、見たくない」
「自惚れんな。それで自分が犠牲になって死ねば満足かよ?そんなことで曲げちまう甘ったれた信念なんざ、
さっさと捨てちまえ。ウザってェんだよ」
「そんなこと、なんかじゃないです。…――僕は」
あなただから、苦しめたくないんです。
台詞の続きは声に出せなかった。
また俯いた僕へと注がれる視線は感じていたが、しばらく彼もまた何も言わなかった。
「お前、前言ってたろ。誰かを救える破壊者になりたいって」
ふと、発せられた彼の言葉に、思わず彼を見上げてしまう。
「見せてみろよ。そんな甘えた考えが通用するかどうか、見せてみろ。出来なかったら笑ってやる」
口調は相変わらず冷たい。冷たい、が。
「だから、迷うな」
『見届けてやるから』
突き放した態度に隠れている優しさに、堪らなくなった。
彼に傷を負わせた僕を、驚くほど簡単に許すばかりか、そんな言葉までくれる。
このひとは、酷く、優しい。
「……人のこと甘い甘い言うくせに、一番甘いのはあなたなんじゃないですか」
「あぁ?」
わざと偽悪的な態度を取るこのひとには、これくらいの憎まれ口がきっと、丁度良い。
凄い目つきで睨まれているのに、何だか嬉しくて笑ってしまう。彼はいっそう怪訝な顔をしたけれど、
頬が緩むのは止められなかった。
「気持ち悪い奴」
呆れたように、舌打ち付きで背を向けてしまう彼が、
「お前もさっさと戻れよ。風邪でも引かれたらコムイがうるせェ」
歩き出しながら、捨て台詞ひとつ。
その彼を追って、僕もまた立ちあがった。さっきまで、地面と同化してしまったかの如く重かった足が、
簡単に動いた。僕になんかお構いなしに歩く彼と、肩を並べる。
「神田はいつから僕の保護者になったんですか」
「こっちだって迷惑だ。コムイに聞けよ」
吐き捨てるように言う言葉に、また笑みが浮かぶ。
「コムイさんは、神田の機嫌が悪いと僕に泣きつくんですよ」
「……あの野郎」
凶悪な瞳で見えない相手を睨む彼を見ていたら、声を出して笑ってしまった。
一陣の風が僕たちを吹き抜ける。
それはもう、冷たくは感じなかった。
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以前Dグレサイトに置いていた神アレをサルベージ。