カイトが家に帰ると、メイコが鼻歌まじりに荷物を詰めていた。あきらかに普通のお出かけではないその荷物の量に、カイトは気色ばんだ。
「どうしたの、めーちゃん!? マスターに不満でもあるの? ちゃんと話し合った? 僕も一緒に話してあげるから考え直して!」
「はあ? なに言ってんのアンタ」
着替えをたたんでいた腕に取りすがられて、メイコは迷惑顔だ。
「めーちゃん、家出するんでしょ?」
カイトが泣きながらそう言うと、メイコはケラケラと笑い出した。
「違うわよ。旅行へ行くからその準備」
「なんだぁ、そっかあ」
そのことばに、カイトはほっと胸をなでおろした。
「全く、そそっかしいんだから」
「ごめんなさい。……じゃあ、めーちゃん、一体どこへ行くの?」
「フジロックよ!!!!!」
急にメイコが声を張り上げたので、カイトはびっくりした。
「ふ…ふじろっく?」
「そうよ! 世界中からアーティストが集まる音楽の祭典! 大自然の中でステキな音楽を浴び続ける夢の3日間! 私は行く、その中に!」
着替えのパンツを握りしめてメイコは歌うように言った。
「そ、そうなんだ、楽しそうだね」
「ずっと行ってみたかったのよー。でもマスターお金ないしあきらめてたんだけど、キヨテルが誘ってくれて!! お金出してくれたのよ! やっぱ安定収入のある人はちがうわー」
小学校の教員である氷山キヨテルは、ボカロにあるまじきことだがやたら金を持っている。
「キヨテル!!? めーちゃん、キヨテルさんと行くの? も、もしかして二人で?」
「そうよ」
あっさりと肯定されたカイトのショックは計り知れない。
「そんな……いけません!!」
大自然の中で二人きり……。開放的な気分になってしまった男女が二人きり……!!
「間違いが起こったらどーするんだよお!!」
「バカね。あるわけないでしょ。私たちは純粋に音楽を楽しみに行くわけで……」
「めーちゃんはそうでも、キヨテルさんはソノ気かもしれないじゃないかっ!!」
「んなワケないでしょー。バカねー」
ケラケラ笑うメイコには危機感のカケラもなく、カイトの不安はいや増した。
「ぼ…ぼくも行くよ! そのふじろっくってヤツに!!」
「はぁー? あんたお金ないでしょ?」
「なんとかするもん!」
めーちゃんのことはオレが守る!
カイトはアイスにかけて誓った。
「はあー。それでバイトでござるか」
女の子でごった返すアイス屋の店内で、ただでさえ目立つがくぽは一種異様な存在感を放っている。自分が注目されていることに気づいていないのか、がくぽはバニラアイストリプルという、なかなかいさぎよいセレクトのアイスを平然と頬張っていた。
「そうなんだ。フルタイムで入ってチケット代と交通費が出せるくらいの給料なんだけど……」
がくぽと相対する店員・カイトもまた、女性だらけの店内では目立つ男だったが、妙にアイスが似合っていてがくぽほどの違和感はない。
「ここ、社員割引が効くもんだから、ついついアイスの消費量が増えちゃって、結果思ったほどお金がたまらないんだよね」
「それはアホでござるな」
「しかもバイト頑張りすぎて歌の練習中に寝ちゃったもんだから、マスターに『バイトなんてやめちまえ!』って怒られちゃって……」
「それもアホでござるな」
「がっくんひどいよー!」
カイトにポカポカ殴られてもがくぽは顔色一つかえずにアイスを頬張っていた。
「しかし、それほど心配せずともよいのではござらんか? 氷山殿は紳士的な人だし、メイコ殿も手を出されて黙っているタイプではござらんだろう」
「分かってないよ、がっくんは!!」
カイトは不満げな顔で言いつのった。
「がっくん、キヨテルさんのステージ見たことないでしょ? すごいよあの人、人格変わっちゃうんだよ! 『かかってこいよ、PTA!』とか言っちゃうんだよ。超ワイルドなんだよ!」
「ほほう」
店の入り口の自動ドアが開いたので、カイトは話を中断して営業スマイルに戻った。
「いらっしゃいま……」
「あれ、カイトさんに神威さん」
そこには両脇をmikiとユキに挟まれた氷山キヨテルがいた。
「キ、キヨテルさん……」
「先生、ユキね、チョコレートアイスが食べたい!」
「先生、ミキはね、先生と一緒にいられたら、何もいらないの……」
「むう!」
ユキがぷうっと頬をふくらませて怒っている。幼女までをも虜にする氷山キヨテル。
「なるほど。ワイルドでござるな」
つぶやいたがくぽに、キヨテルが満面の笑みで近づいてきた。
「ユキちゃんにアイスをねだられてしまって立ち寄ったんです。カイトさん、こんなところでバイトされてたんですね。知りませんでした」
「さ、最近はじめたんで…」
「そうなんですか。でもまたなんで?」
そう聞かれて、カイトはぐっとことばに詰まった。
「カイくんは、ふじろっくというものにいくためにお金を貯めてるでござる」
「ええ!! カイトさん、フジロック行くんですか?」
「ただ、金があまりにも貯まらなくてどうしようと拙者に相談していたのでござる」
「そうなんですか」
キヨテルはしばらく口に手を当てて考え込んだあと、おもむろに言った。
「じゃあ、カイトさん、僕がお金を出しますから一緒に行きましょう」
「いやいやいやいやいやいや、そういうわけには」
「いいんですよ! だって大勢で行った方がたのしいし! それにカイトさん男の人だから荷物もちや力仕事も頼めて僕もうれしいですよ」
満面の笑みでそう告げるキヨテルを見ながらカイトは思った。
こんなに積極的に僕を誘うということは、キヨテルにメイコへの下心はないのではないだろうか? いや、そうみせかけてカイトやメイコを油断させる罠なのかもしれない。罠だとしたらここはヘタに遠慮して後から後悔するよりずうずうしく乗っかった方がいい!
「分かりました! ではおことばに甘えさせていただきます!」
「わあ、やったあ! じゃあ、カイトさんは荷物係兼雑用係をお願いしますね!」
「はい! 任せてください!!」
「よかったでござるな、カイくん。キヨテル殿も荷物持つの半分で済んでよかったでござるな」
「やだなー、なに言ってんですか神威さん」
キヨテルはいかにもおもしろそうに言った。
「僕はお金出すんですよ? 荷物なんて持つわけないじゃないですか。カイトさんが荷物係兼雑用係、メイコさんは女性だからなにもなし、僕はお金を出す係ですよ? よろしくお願いしますよ、カイトさん!」
自分もちょっと行ってみたいからキヨテルに頼んでみようかな、などと考えていたがくぽは一瞬で考えを改めた。
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メイコとキヨテルが二人きりで旅行に行くと聞いて慌てるカイトの話。テル様が黒いです。 フジロックに行くときにテンション上がりすぎて書きました。