マリア・バイルシュミットと久しぶりに会ったのは、走り梅雨の降る日だった。前日にはこちらへ到着し市内を見回っていたらしい彼女は「こっちはよく雨が降るんだな」とからりと笑った。
「わざわざこのような遠方まで、よくいらしてくださいました。もうすぐ雨期に入るのですよ」
「そうなのか、うちではもっと寒い時期に降るな」
へえ、と私は椅子を引く。彼女はダンケ、と苦笑して腰を落ち着ける。靴音が静寂を鳴らす。私は彼女の向かいの椅子に座った。黄金色の髪は短く整えられ、青い瞳が細められる。部下がお茶とお茶請けを運ぶまで互いに無言だった。
「不満顔だな」
一口、優雅な所作で紅茶を飲みカップを下ろす。彼女がそうできることを、私は彼女の無意識の振る舞いから知っていた。一見すると荒々しい彼女の、しかし柔らかな視線や呼吸から。
彼女は美しい。
「そうですか?まあ、件の弟君を拝見する機会になかなか恵まれないのが残念と言えば残念ですが」
「私が自慢ばっかしてるしな。ま、次はあいつを寄こすよ。……私はもう引退だ」
雨はやまない。
言葉が脳内で反芻する。
あなたの中でもはや世界は思い出なのか。
「私はあなたに師事したのであって、あなたの弟に傾倒しているわけではない」
「怒るな」
わかっているというように軽く手を振る。細い髪が音もなく揺れた。
彼女は歌うように語る。
私たちのありかたは稀有だと思うよ。
私たちは『本当』に姉弟だ。それはまさに『私たち』にとっては奇跡だろう。
私は神から与えられたこの奇跡を愛しただけさ。
愛の前においては、もはや幾許の不安もない。
「詭弁だ」
言わずにはおれなかった。彼女の言葉のすべてが私には作り物だ。
彼女の手をつかむ。
彼女は振りほどこうともしなかった。
彼女の瞳は知らない夢を見ていた。
「あなたはどうなるのです」
「未来と歌っていくだけさ」
ずっと、時を越えていける、私だけが。そう彼女は陶酔するように目を瞑った。
梅雨入りはAnfang der Regenzeit/20101009
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マリア・バイルシュミットとある男の話。
ギルベルトだけ女性で、古いものなので若干本家と設定が異なります。