雨季
方向オンチな徹が歩いていると
今日も新しい場所に着いた。
それは雨の日だった。
act:1
「私の顔を知りませんか?」
髪が腰の辺りまで伸びた女の人が傘も差さずに
木の下にしゃがみこんでいた。
「はあ。」
徹は一つため息をついて足を止めた。
「こんな所で傘も差さずに・・風引きますよお姉さん。」
徹は学生鞄から折りたたみの傘を片手にさした傘を持ったまま
という器用な格好で取り出した。
「ありがとう。」
そう言った声から人間だったら本当にお姉さんだな
と、徹は思う。
しかし、顔がそこにはなかった。
いわゆる“のっぺらぼう”という妖怪の一種だろうかとも徹は
思う。
「どういたしまして。」
ふっと優しい笑顔でそういうと徹はまた道を歩き出した。
「あなたは私の顔がどこにあるか知らない?」
お姉さんは何もない顔を徹に向け、ない口で呼び止めた。
「ごめんなさい、そっちのことでは役にたてそうにないや。」
振り返らずに徹は、そう言うとまた歩き出すことにした。
(探し物をしている彼等には関わるなと言われてたかな?)
徹はミミに言われていたことを思い出していた。
(怒るだろうな・・・。)
徹は切りそろえられていない爪を出して、歯を剥き出しにした
ミミの姿を想像していた。
明日も天気は雨らしい・・・。
act:2
「やっぱり・・・。」
徹は生徒玄関の前で傘の意味もなさそうな雨の降り方を見て、
ため息をついた。
「徹、一緒に帰ろうぜ。」
数少ない友人である遠藤和也が珍しく徹をさそった。
「部活は?」
徹は和也に向けて目を少し動かすと、ワンタッチ傘のボタンを
押す。
「この雨だからさ、帰れって。」
続けて和也も紐をびりっと剥がしボタンを押す。
「でも俺、用事があるから・・・。」
すたすたと徹は和也に背を向け歩いていく
「うわ、友達がいのない奴!!」
和也はそう叫ぶと傘を素早く閉じて校内へと走っていった。
(友達がいってなんだよ。)
徹は心の中で呟くと昨日と同じ場所にたどり着けるように
念じた。
道をどういう風に進むかは徹に選択権がない。
「あれ?」
昨日とは違う場所だった。
少し似ていると思うのは同じ種類の木が立っているからだろ
うか。
ピシャ!!ザーー。
遠くの方での雷を合図にいっそう雨が強くなる。
「うわ。」
徹はとりあえず、少しはましであろう木の下へと身体を滑り
こませた。
ポトリ。
傘を閉じた徹の顔に上から一粒の水が落ちる。
やっぱり少しは雨が落ちてくるかと徹は木の上の方を見上げ
た。
「ああ。」
徹の目には木から浮き上がる女の顔が写った。
act:3
「お姉さん。顔を上げてみる気にはなりましたか?」
何度か試してやっと徹はこの場所にたどり着いていた。
やっぱりこの日も雨で、前と違うのは今日が日曜日で徹が制服
ではないということだけだ。
「私を見てもあなたは逃げないのね。」
口のない声はやっぱりどこからか聞こえる。
「なれてますから。」
少し困ったように徹は苦笑いを浮かべた。
「・・・ありがとう。」
お姉さんはそう言って立ち上がると木の上を見上げた。
「私の顔はどこかしら?」
呪文のように奇妙なアクセントで声は言った。
「私の身体はどこかしら?」
木の上からいつかの顔が呪文を唱えていた。
***
「うわ、すっげえ晴れてる。」
月曜日の放課後だった。
「お前部活は?」
徹はうっとおしいほどの光を発している太陽を見上げながら
和也に聞いた。
「今日はねえよ。」
和也はこの前のことを根に持っているのかふてくされながら
答えた。
「よし。じゃあこれでも差して帰ろうぜ!!」
徹は鞄から折りたたみ傘を取り出すと和也の方に投げた。
「必要ねえだろ。」
そういいながら和也は嬉しそうに笑った。
(帰ったらミミに報告しに行こう)
徹は和也を置いて走り出していた。
END
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方向オンチ少年シリーズ第2弾。
梅雨の季節に透が出会ったのは…。
この作品は①と共に6年程前に書いた作品です。