-AM11:00 真司の部屋-
家事全般が絶望的な真司の部屋とは思えない、とても美味しそうな匂いが部屋中に漂っている。
匂いの発生源であるキッチンに立っていた家主の従兄弟、恵理佳は未だにベッドで熟睡中の兄を起こすために調理の手を途中で一端止め、ベッドへと向かう。
「兄さん、時間よ・・・?」
ゆっさゆっさ。
「ぐー・・・」
熟睡。
遅刻常連である真司の主な遅刻原因はこの寝起きの悪さである。
いつもは目覚ましを5つほど時間差で鳴らし、ようやく起きるかどうかという酷さだった。
しかも昨日の夜は起こしてくれるだろうと期待して朝まで起きていたのだから当然のように起こしても起きるわけがない。
「・・・兄さん、早起きないと・・・」
ゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさ・・・
「んぁー・・・?」
幾度に渡る揺さぶりでやっとの思いでその重く閉じていた瞼をうっすらと開く真司。
だが・・・
「・・・今日は休みだろ・・・寝かせてくれ・・・」
「・・・」
寝惚けているのか、友達との約束なんてすっかり忘れていた。
一度は開いた瞼も再び閉じられ、布団に潜ってしまう。
「兄さん、今日は青砥先輩と約束あるんでしょ・・・?」
「あー・・・しらーん・・・」
思い出させようと友人との約束を教えてあげても、聞こえているのかいないのか、即答でスルーされた。
「・・・」
常人ならばせっかくの厚意で起こしてあげているのにこんな態度を取られては怒るのが当然だが、そこはしっかりものの妹。
こうなることは予想済みである。
「・・・兄さん、起きる時間ですよー」
ぼふっ
言いつつ恵理佳は手に持っていたクッションを寝ている(二度寝しようとしている)真司の顔へと押し付ける。
「・・・」
「・・・」
少々の沈黙が流れる。
がばっ!!!
「殺す気かッ!!」
再び意識を心地よい夢の中へと委ねようとしていた真司は突然の息苦しさに慌てて飛び起きる。
「おはよう、時間無いから早く顔洗って、朝ごはん食べちゃってね?」
「・・・おはようございます・・・」
窒息死させようとしていた妹はしれっとしたもので何事も無かったかのように途中だった調理の仕上げへと向かう。
今日の朝食は真司の要望どおりの白いご飯と焼き魚。
恵理佳が家から持ってきた漬物。
そして豆腐の味噌汁である。
極々一般的な日本の朝食だが、日常的にファミレスかコンビニ弁当での食事しかしていない真司にしてみれば1週間ぶりのちゃんとした食事である。
顔を洗い、使い終わった調理器具を洗っている恵理佳の後姿を眺めつつ手早く朝食を済ませる。
いつものように風呂場まで移動して着替えを完了させ、出かける準備をする。
「それじゃ、そろそろ出るわ」
「あ、兄さん待って。夕飯・・・」
「肉。ハンバーグでもステーキでも、焼肉でも。任せる」
「ん、了解」
出かける前に夕飯の希望を聞かれるのもいつものことなので、恵理佳の言葉を最後まで聞くことなくリクエストをする。
リクエストも済ませ、忘れ物も無いことを確認し、玄関へと向かう。
「兄さん、ちゃんとハンカチとか持った・・・?」
「・・・子供か・・・」
まるで登校前の母と子である。
これでも18歳。
それぐらいの準備を怠るはずは・・・
「・・・まぁ、行って来る」
「・・・待ってて」
真司を玄関に待たせ、恵理佳はパタパタと小走りで部屋へとハンカチを取りに行く。
週に1度とは言え、衣類の整頓も実質恵理佳が全てしているようなものだ。
何処に何があるかは下手すれば家主よりも詳しい。
その証拠に恵理佳はすぐさま戻ってきた。
「はい、帰りは・・・?」
「そうだなぁ・・・いつも通り8時くらいかな。遅くなるようなら電話する」
「ん、いってらっしゃい」
「あぁ、行ってくるわ」
恵理佳からハンカチを受け取り、真司は軽く手をあげながら部屋を出て行った。
「・・・さて、と・・・」
兄を見送り、部屋に一人になった恵理佳はこれからのことを考え、気合を入れると同時に部屋を見回しつつ呟く。
恵理佳にしてみればこれからが本番である。
足の踏み場がないほど汚い部屋ではない。
だが、お世辞にも汚くないとは言えない状態だった。
部屋中に中途半端にまとめられた衣類。
散乱している雑誌を始めとした書籍類。
飲みかけ、飲み終えたペットボトルや缶。
独身男性の一人暮らしとしては普通なのかも知れないが、恵理佳にしてみれば軽くため息を吐きたくもなる状態だった。
(晩御飯の買出しが5時だとして・・・時間・・・あんまり無いなぁ・・・)
多く見積もっても5時間弱。
その間に部屋の掃除。
布団、洗濯物干し。
風呂場掃除。
その他諸々。
とてもじゃないが休憩のテレビを見ながらお茶をするなんて洒落込んでいる暇は微塵もない。
(晩御飯・・・何にしようかな・・・)
晩御飯の献立を考えつつ、恵理佳は一人家事全般へと立ち向かっていった。
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