・進路
「進路、どうするの」
学校からの帰り道、彼女は自転車を押しながら、すべての感情をどこか焼却炉にでもぶちこんできたような顔つきで俺に問うた。
「うん――」
答えられずに空を見やる。季節柄、まだ日は高い。いい天気だ、光の精霊が喜ぶだろうから、家に帰ったら呼び出してやろう。無意識のうちにそう考えている自分が、嫌いだ。
「するんでしょう」「何を」「進学」
それなりに座学の成績は良かった。進学しようとすればできる筈だった。このご時勢だ、父は俺に何度も大学へ行って立派な社会人になれと言う。わかっている、それが一番良い。俺に精霊術の才能はない。精霊術士として就職できる可能性は限りなく低い。三年生になっても上位精霊を呼び出せない学生なんて、よっぽどのことがない限り企業は採用しちゃくれない。
「しないよ」
それでも、俺は。
・復習
扇風機が軽い唸りを上げる横で、栗田は俯いて本を読んでいた。そっと近付いて覗き込むんでみる。先端にぼんやりと光を燈した栗田の存外華奢な指が、古臭い装丁の本のページを捲るところだった。
「何?」
目線も上げずに栗田が問う。
「いや」俺は言い訳をするみたいに視線を逸らして息を吐く。「新しい魔道書?」
「そう。授業で配られたんだ」
真面目な表情で文字列をなぞる、その口元にふと笑みが浮かんだ。
「こうやって光属性の魔力をあげないと文字が出てこないの。やんなっちゃう」
「予習か」
「復習だよ」
あんたも剣くらい磨いておいたらどうなの。試験、近いんでしょう。ちらりと視線をこちらへ流してそんなことを言われたものだから、俺は苦笑いしながらそっぽを向くはめになる。
・時代遅れ
「先生」
「うん?」
梅雨明けの屋上。先生はフェンスに凭れながら煙草をふかしていた。
「校内は禁煙ですよ」
「お前だって一息つくつもりで来たんじゃないのか」
言われて、ポケットに突っ込んだままの自分の手を見下ろす。ポケットの中の手は煙草の箱を握り締めている。
「メンソール系は喉に悪いからほどほどにしろよ」
「先生の銘柄ほどタールもニコチンも入ってないので」
ばれたか。そう言って先生は笑う。僕は先生の隣に立って、同じようにフェンスに凭れた。
「そろそろグリフォンが産卵期に入りますね」
「怒りっぽくなるからなあ、俺はヤニ臭いらしくて近寄らせて貰えん」
「先生」
「なんだ」
「魔法騎獣学って、もう時代遅れなんですかね」
「……」
先生は目を細めて煙を吐き出した。紫煙がゆるゆるとたゆたいながら空へとのぼってゆく。はるか上空を魔動バイクが走っているらしく、魔法光が空に細く跡をつけていた。
「魔動機って便利ですよね、壊れたら直せばいいし、自分の魔力さえ注いでいれば疲れて止まることもない。噛み付いたりなんて絶対にしない。それに比べて、騎獣は」
グリフォンは気性が荒いしマンティコアは空を飛べない。ワイバーンは乗りこなすのが難しいし、ペガサスはすばらしい乗り物だが処女しか乗せようとしない。なにより、どいつも長時間走らせると疲れてへばってしまう。
「……そうだな、確かに、騎獣は不便かもしれん」
「……」
今度は僕が沈黙する番だった。もぞもぞとポケットの中の煙草を弄りながら、魔動バイクの跡から目を逸らす。でもなあ、と先生は続ける。
「魔動バイクも魔動装甲戦車もそりゃあ便利だが、あいつらは呼んだって来やしない。主人が動けなくなったときに鳴きながら助けを求めてくれたり、怪我をした主人のかわりに戦ってくれるなんてこともない。俺からしてみりゃあ、結局困ったときに頼りになるのは魔法騎獣なんだよなあ。俺がアナログ人間なせいもあるんだろうけどさ」
便利じゃないかもしれないけど、頼りになるぞ。騎獣は。
そう言って先生は屋上のコンクリートで煙草の火を消し、吸殻をポケットに突っ込んだ。そんなことしたらまた奥さんに怒られますよ、と言おうとしてやめる。
「魔法騎獣学の授業までには戻って来いよ。じゃ」
ひらり、僕に向かって振られた手がドアの奥に消える。
先生が階段を下りる音を聞きながら、とても小さな声で、はい、と応えた。
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タイトル通り。現代日本の学生がファンタジーを学んだら。