外に出ると真っ白い息が溶ける程の寒さ。
今日は、殊の外、冷えるな、……なんて思っていたら、
肩に、コート。
【粉雪】
「大佐!」
「冷えるだろう? 茆─カヤ─」
びっくりして振り返ると、優しい声。
たまに、私はこの声にたじろぐ。
指令を飛ばす時の鋭いものでもなく、たまに私を恐れての脅えたものでもなく、ただただ、優しい声音。
どうすればいいのだろうか、と戸惑う。
接し方に、困る。
「寒いな。空も嫌な感じに雲に覆われてる」
吐き出した大佐の吐息も、おそらく真っ白いのだろうと思い……慌ててコートを突っ返す。
「大佐が風邪引いてしまいます!! そ、それに……コートは二つもいりません!!」
「ん? あぁ、そうか。そうだな」
冗談なのか、本気なのか、分からなくて……ちょっと苦笑い。
「しかし、お前のコートが薄そうに見えたから」
「じゃあ、今日あったかそうなの買いますよ……」
「そうか。じゃあブティックまで送ってやろう」
「あ……」
寮住まいの私に気を使い、たまに買い出しにつき合ってくれる大佐。
大佐は、私が一人で「外の世界」に出る事を……何故かとても嫌う。
「別にいいですよ」
「いいじゃないか。コートぐらい買ってやる」
「え?!」
「え?」
はは……と、優しい声が、私の手を引っ張る。
目の見えない、暗い世界に……広がる温もり。
「気をつけろよ?雪が、降り出してきた」
「雪……」
言われてから、ふ、と頬に冷たいものがあたって溶けた。
「いいですよ」
「何がだ?」
「コートです」
「いいだろう。優秀な秘書にせめてもの礼だ」
「いりません。どうせ寮と司令室との往復の毎日なんですから」
「そう言うな」
ふと、降りた沈黙。立ち止まる、大佐。
「段差がある。気をつけろ」
「そ、そんな事ぐらいわかっ……」
なんだかテンパってしまって先を歩こうとして──
ガクンッ
体が、滑って落ちる感覚。
腰に、温もりが伝わる。
「……あ、あの──」
「気をつけろと言った」
「……〜」
恥ずかしさと情けなさで胸がいっぱいになる。
一刻も早く、この状況を抜け出したい。
「ほら、立てるか?」
「……はぃ」
とん、としっかり立たされる。
何も、言えなくて……大佐が、今一体、どんな顔をしてるのだろうと……想像して、赤くなる。
どうせなら、「バカだな」と笑い飛ばして欲しい。
こんな時、目の見えない自分が……嫌になる。
視覚の神経が全てやられてしまっている私の目は、弥牙大佐の様に、レーザーアイにすれば見えない事もない。
しかし、それも仕事にかこつけて拒んでいる。
目が、見えさえすれば……大佐の優しい声が聞こえなくなる様な、気がして。
そんな、バカらしい事を……たまに、ふと考えてしまう。
自分はバカだと、心底感じる。
たまに、大佐があまりに特別な人に感じてしまって……嫌になる。
彼が傍にいてくれるのは、「罪悪感」からであって、それは、「責任」であって……だから、だから──
頭に、何かが被さった感触がして……ハッと我に返る。
「あ、大佐っ」
「雪の降りが増えてきた。エアジェットをとってくるから待っていろ」
「コー……ト」
「待ってろ」
優しい声。
その優しい声に、涙が溢れそうになる。
罪悪感 と 責任 と、それだけで……あんな優しい声になるのだろうか?
だけど、そうであって欲しい。
そうで、あってくれなければ……困るのだ。
そう、とても、困る。
同じ「負」の感情を共有して隣にいるのだ。
それ以外に何がある?
何が残る?
尊敬と、それから……──
いつか、あの人の元を離れなければ……──
粉雪は、しんしんとあの人のコートに降り積もる。
それに紛れて、一雫の水滴が、零れ落ちた。
あの人を、上に立つ人間にしてやりたい。
そうなったら、本当に離れよう。
心が、あまりに近付いて……しまう前に──
end
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0小隊と自衛隊を統括してる蒼桐大佐と、その盲目の秘書、茆(かや)とのお話です。
過去に蒼桐の指令ミスで、視力を失ってしまった茆は「罪悪感で傍に置いてもらってる」と、自分に言い聞かせてます。
だからこそ、そんな大佐を命に代えても守りたいと思っているのが茆なのです。
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