No.256371

雪の匂い

咲乃さん

某所に置いたがこっちにも。twitterでとある方のツイート遡ってたら「こんな話読みたい」というツイートがあったんですが、いかんせんそれ鍵付きさんのリツイートだったようで、誰が所望されたのか分からない罠。 だが俺が書きたかったので書いた、反省はだいぶしている。あと地味音さんかわいい。

2011-08-03 00:38:10 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:457   閲覧ユーザー数:449

ふと、寒くて目を覚ました。肩からずり落ちた毛布を引っ張りあげながら時計を見る。10時半を少し回ったところだったが、部屋の中の空気はひんやりして肌寒い。

窓の外を見やる。雨こそ降っていなかったが、空は鉛色の雲に覆われていた。

時折吹く風に窓が微かに揺れて音を立てている。

 

パジャマの上に山吹色のいつものパーカーを羽織りながらそっと起き上がり、目を擦りながら小鍋で牛乳を温める。冷えてしまった指先も、ついでにコンロにかざして温めた。少しはちみつも入れて、吹きこぼれないように様子を見てマグカップに注ぐ。

軽く焼いたトーストにバターとジャムを乗せて齧る。ホットミルクを軽く吹くと、温かい湯気がふわりと散った。マグカップを包むように持つ指先が熱い。

 

ふと、また窓の外を見る。

空は相変わらず雲で覆われ暗いが、雲の流れは速かった。

乾っ風が枯葉を数枚のせて通りすぎていく。

 

まだ温かさの残るマグカップに頬を寄せたとき、唐突に、あの人に会いたいと思った。

思ってから、ひとり苦笑する。

こんな寒い日も、あなたの隣にいられたならきっと温かいのだろうな、なんて。

そう思う自分の勝手さに呆れる。

けれど無邪気な願いのように心に湧いたそれは意識するほどに大きくなって、いつのまにか息苦しいほどに胸につっかえて、まるで溺れているような心地になっていた。

胸元に手をやってもそのつかえは取れなくて、苦しくて膝を抱く。

それでもやっぱり寒かった。そのまま、あの人の事を考えていた。

 

 

そして気がついたら、コートに袖を通していた。

彼に会いに行こうと思った。

一人でいたら凍えてしまいそう、と思って、またそれに一人苦笑する。

手袋をはめ、玄関のドアに手をかける。少し逡巡して、それから思い切って、

 

がちゃり。

 

・・・手をかけたドアが、ちょうど戸口の外に立っていた誰かにぶつかりそうになった。

「あっ、スミマセン」

びっくりして頭を下げる。

 

「あ、いや、大丈夫だよ」

耳慣れた優しい声がした。

顔を上げると、

 

「・・・庵、さん」

彼が、立っていた。

 

彼は丁度インターホンに手を伸ばすところだったと見えて、気恥ずかしそうに左手をコートにしまいながら、

「・・・散歩でも、いかない?」

ちょっと照れくさそうに苦笑して、代わりに右手でそっと私の手をとった。

 

 

 

 

 

 

近所の公園は閑散としていた。二人して隅のベンチに腰をおろす。

さっきまで繋いでいた右手の、かじかんで熱を持った指先がよけい熱く火照るような気がして、下を向いてしまう。さっきまであんなに会いたかったのに、いざ隣に彼がいると、何を話せばいいかわからないし、どんな顔をしたらいいのかもわからない。

地面をかさかさと走る枯葉に目を落としたまま、何を話したらいいんだろうと必死になって考えていると、彼は不思議そうに首を傾げて訊いた。

「・・・どこか、行こうとしてたの?」

「え」

「さっき、コート着て玄関にいたけど・・・」

まさか、あなたに会いに行こうとしてた、なんて言えなくて、私は答えに窮してまた下を向いてしまった。

「・・・・・・・ちょっと、コンビニにいこうと。でも、急ぎの用事じゃないデスから、」

ごまかすように笑って、代わりに彼にも訊く。

「庵さんは、今日はどうしたんですか?」

彼はにこりと微笑んだ。

「・・・オトセちゃんに会いに来ただけだよ」

臆面も無く言ってから、急にひどく照れくさくなったように目をそらして、彼は黙りこんでしまった。

 

頬を撫でる風の冷たさすらどこか遠く感じて、それでも頬は赤くなるから、きっと寒いのだと思う、私も彼も。たぶんきっとそうだと思う。けれど、もうよくわからない。

視線を合わせるのもためらわれて、顔も見れないまましばらく座っていた。

雲の流れは相変わらず速く、鉛色の雲の合間から乾いた薄青がちらりちらりと見え隠れする。もう日は高いのだろう。枝に残った病葉が一枚、梢を離れ、北風に乗って空に舞い上がる。

遠くの方で電線が鳴いている、ような気がした。

 

今更になって寒いのを思い出したように、私は小さくくしゃみをした。

「あ、寒い?」

ちょっとびっくりしたように彼はそう言って首元に手をやった。僅か逡巡して、巻いていたマフラーをとる。

「えっ、あの」

そして、代わりにくるりと私の首に巻いた。

 

「・・・あったかい?」

はにかんだような笑みを浮かべる彼の言葉が、微かに白くなって、すぐに空に溶ける。

 

私は申し訳なく思うのと、とてもとても嬉しいと思うのとで言葉が喉につっかえたまま出てこなくなってしまって、彼が訊いて10秒も経ってから、ひどく小さな声で

「・・・ありがとうございマス」

と言うのがやっとだった。

口元を覆うマフラーが、私の吐息を吸って、また少し暖かくなった。

伏せた睫毛の先を北風がくすぐるが、もう寒くない。

 

 

風の中に、雪の匂いがした気がする。

明日は多分、今日よりも寒いのだろう。

 

 

 

 


 
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