No.256292

京介全裸待機

pixivから転載。
久しぶりにデイリーランキング入りした作品です。
きっと皆さんの日常ともリンクしていると固く信じています。


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2011-08-03 00:13:30 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:3257   閲覧ユーザー数:2863

 

「クックック。桐乃め。この俺を本気で怒らせた報いをその澄んだ瞳で、その宝石のような眼球で、そのキラキラした両の目で穴が開くまで受けるが良い。はっはっはっはっは」

 笑いが、高笑いが止まらなかった。

 これから妹の身に起きるであろう悲劇を、そしてその後怒り狂った妹とその友人たちによって俺の身に降りかかる惨劇を思うと胸が熱く高鳴った。

「さあ来い、桐乃、あやせ、加奈子、ブリジットちゃんっ! 俺は全力でお前たちを迎えうってやるぞ。くっはっはっは」

 自室の中央で腕を組み仁王立ちしながら妹たちの訪れを待つ。

 妹たちがこの部屋を本当に訪れた時、俺はどうなってしまうかわからない。

 それを想像するだけで胸が、頭が、全身が火照って来る。

 最高の、サイコーの気分だ。超キモチイイーっ!

「この紳士スタイルを桐乃たちに見られれば俺の人生は間違いなく終わる。待っているのは破滅のみ。全ての終わり。終焉の刻。楽しいっ、実に楽しいぞぉおおおおぉっ!」

 一糸纏わぬ生まれたままの姿で妹たちの来訪を待つ。

 ドアに向かって腰を誇らしげに突き出してみる。

 俺の部屋のドアには鍵が掛からない。即ち、誰でもいつでも開け放題。

 妹たちがノックもせずにこの部屋へと入ってくれば、俺の人生はその瞬間に問答無用でジ・エンドっ!

 怒り狂った妹たちによって俺自慢のリヴァイアサンは永遠に封じられ、俺本体もまた天に召されるであろう。

 まさに今、デッド・オア・アライブの世界を俺は生きている。

 生と死の狭間の瞬間にいるという緊張感が脳内からアドレナリンを大量に放出させる。

 そして、思春期の乙女たちが俺の凶暴なリヴァイアサンを見て受けるであろうカタストロフィークラスの衝撃は、想像するだけで叫び出したくなるほどの興奮を与えてくれる。

「最高だぜぁっ! 全裸待機ぃっ!」

 俺は男に生まれて来たことを、思春期の少女が同じ屋根の下にいることの幸せをかみ締めていた。

 

 

 

京介全裸待機

 

 

 

 夏休みに入って1週間が経った。

 とはいえ、受験生である俺に夏休みなんてものは関係ない。

 学校があろうがなかろうが毎日毎日勉強勉強の日々。平日も日曜も関係ない無味乾燥な日々。

 けれど、今年に限って言えばその勉強を家でこなすには大きな障害があった。

「この暑さなのにクーラー禁止は鬼だろうよ、親父……」

 勉強の障害、それは高坂家における今夏のクーラー禁止令の発令だった。

 親父は警察官、つまり公務員ということもあって今夏の節電に積極的に協力している。

 それ自体は悪いことではない。だが、その余波を受けているのが親父以外の家族ばかりだというのがどうにも腑に落ちない。

 俺も桐乃も受験生。家にいる時は基本的に勉強している。なのにその自宅でクーラーが使えないのは何とも酷い仕打ちだ。

 逆に夜になるまで仕事で帰って来ない親父はクーラー禁止令の影響をほとんど受けていない。何つーかこれ、不平等な制度じゃね?

 というわけで俺は一生を左右する大事な大学受験を前にして扇風機だけで頑張っているのが現状ってわけだ。

 けど、この35度を超える猛暑の中を扇風機だけでしのぎ切れるわけがない。

 というわけで俺はこの猛暑を乗り切る為に超クールビズ、即ちパンツとタンクトップのシャツだけで過ごしている。

 まっ、自宅の中なんだしこれで十分だろうよ。

 

「ちょっと、話があるんだけど?」

 俺の部屋のドアがノックされて妹の声が聞こえる。

 桐乃が俺の部屋に入る前にノックするなんて随分珍しいことだった。

「ああ。勉強も一段落した所だから入って来いよ」

 この猛暑の中、これ以上勉強を続けても意味はなさそうだった。

「あっそ。じゃあ入るわよ」

 扉が開き桐乃が入って来る。

 妹は、下は白とピンクの短パン、上はカットソーとか言うらしい水色の半そでシャツを着ていた。

 女ってのは家にいる時でも下着姿ってわけにはいかないから面倒くさいよな~なんて考えが頭によぎる。

 こんな時だけ男に生まれて良かった。ほんと、そう思う。

「ちょっと、アンタっ? 何て格好してんのよ!」

 だが、俺が男の幸せを噛み締めていると妹は突然怒り出した。

 俺のスタイルが気に入らないらしい。けど、だ。

「暑いんだし、家の中なんだし別に良いだろうが。誰かに見られるわけでもないし」

 手をうちわにして仰ぐ。

 妹が部屋に入って来ただけだというのに温度が2、3度上がった気がする。

 扇風機の風を遮られてしまっているからか。うん、暑い。

「この家にはアタシがいるでしょうがっ!」

「別にお前に下着姿見られてもどうとも思わねえよ。それとも、俺のパンツスタイルを凝視したいのか?」

「んなわけがないでしょうがっ!」

 桐乃が手に持っていた飲み掛けのペットボトルを全力で放り投げて来た。

 椅子に座っていた俺は回避行動が取れず、もろに頭にぶつけてしまった。

 

「痛ってぇなあっ! で、何しに来たんだよ?」

 頭を摩りながら妹に尋ねる。

 また人生相談の続きだろうか?

「そ、それはその……」

 桐乃は俯きながら口篭っている。

 よく見れば頬が微かに赤くなっている。ホワイ?

「何だ? 禁断の愛の告白でもしに来たのか? お兄ちゃん大好き。結婚してってか?」

 最もあり得なさそうな可能性を口にしてみる。

「なっ、なっ、何でアタシがアンタなんかに愛の告白をしないといけないのよぉっ!」

 すると妹は予想通りに顔中を真っ赤にしながら怒り始めた。

 うん、実に単純でわかり易いヤツだ。

「んなもん、ただの冗談に決まってるだろ。いちいち真に受けて怒るな」

「冗談っ!? 冗談……そう。冗談に決まってるわよね。鈍感なアンタがアタシの本当の気持ちなんか知っている筈がないし……」

 桐乃のヤツ、今度は急に落ち込んでしまった。一体、何故だ?

「で、用件ってのは何なんだ?」

 イジイジされていても蒸し暑さが増すだけなのでさっさと用件を聞くことにする。

「……用件はね」

 桐乃が恨みがましい瞳で俺を見ながら喋り出す。

「明日この家で水着撮影の仕事があるの。それであやせも加奈子もブリジットちゃんも来るからアンタには1日絶対に部屋から出て来ないで欲しいの」

「何でうちで水着の撮影なんかすんだよ?」

 そういう撮影はスタジオか海行ってやれば良いだろうに。

「雑誌で『自宅で海気分』っていう特集をやるらしいのよ。で、リアリティーを追求する為に家の中で撮影しようって話になったのよ」

「だからってうちで撮影しなくても良いだろうに」

 確かにうちはリビングの広さは撮影に十分かもしれない。が、こんな灼熱サウナハウスでわざわざ撮影せんでも。

「他に適当な家が見つからなかったのよ。あやせの家は両親がそういう撮影に協力的じゃないし、加奈子とブリジットちゃんはマンションだから騒がしくもできないし。1日だけ適当な家を借りるってのもなかなか当ても予算もなくてうちに決まったの」

「よく親父がそんな使用許可出したな」

「省エネを訴える企画でもあるって言ったら喜んで貸してくれたわよ。まあ、クーラーは極力使うなって制限はついちゃったけど」

「あやせやカメラマンたちがぶっ倒れるんじゃないか?」

 下着姿で扇風機を掛けている俺がこんな状態だからなあ。

 

「とにかくっ、明日はあやせたちが水着姿で家の中にいるんだから、絶対に見に来ないこと。あやせたちの水着姿を見たら、アンタの目、潰すわよ」

 桐乃が呪い殺しそうな凶悪な視線で俺を睨む。

「後、アンタがそんなみっともない姿をあやせたちの前に晒したら潰すからね」

「どこを?」

「不能になってから教えてあげるわよ」

 このアマ、俺のリヴァイアサンを本気で潰す気か?

「とにかくアンタのそんな格好を見せられたら、あやせたちの目が腐って瞑れちゃうんだから、絶対に部屋から出て来ないこと! わかった?」

 桐乃が一段と険しい瞳で俺を睨む。

「別にあやせも加奈子も俺のパンツ姿ぐらいじゃ取り乱したりしないと思うんだがなぁ」

 あやせはごく冷静に冷酷にスタンガンを放って来るだろうし。

「うっさいわね! とにかくっ、アンタのその間抜け面もふにゃけた体も誰も見たくないんだから出て来るなって言ってんのよ! キモさと汚さぐらい自覚しなさいっての!」

 桐乃が目を剥いて怒る。けれど、今の一言は俺だってカチンと来た。

「実の兄のことをばい菌かゴキブリみたいに扱ってんじゃねえよ!」

 顔も体も結構自信あるのに!

「うるさい! うるさ~い! うるさ~~いっ! とにかく明日はあやせたちに顔を見せんなっ!」

 桐乃は床に落ちていた参考書を掴むと俺の顔面に向かって全力で投げて来た。

「なあっ!?」

 至近距離からの全力投球。椅子の上にあぐらをかいていて身動きが取れない俺にはやっぱり回避方法がなかった。

 参考書は良い音を立てながら俺の顔面にぶつかった。

 鼻の頭が超痛いっ!

「話は以上よっ!」

 桐乃は不機嫌オーラ丸出しで部屋を出て行った。

 

「おのれ、桐乃めっ! それが兄に物を頼むときの態度かっ!」

 桐乃の姿が見えなくなってからも俺の苛立ちは収まらない。

 ただでさえ暑くてイライラしているというのに、なんだあの態度はっ!

 昔から兄を兄とも思わないヤツだったが、今回ばかりは堪忍袋の緒が完全に切れた。

「桐乃よっ! こうなったら、本当の美というものが何であるかお前に教えてやるぜ!」

 思春期少女が肌を露出させてりゃ美しいなんて思ってんじゃねえぞ!

 本当の美を、大人の男にしか出せないお色気ってヤツをお前に知らしめてやるっ!

 そして、兄の偉大さの前にひれ伏すが良いわっ!

「クックックック。うっはっはっはっはっはっはっ!」

「うるさいわよっ! 馬鹿笑いすんなっ!」

 枕が壁にぶつかる音が聞こえる。

 こうして俺と桐乃の尊厳を賭けた戦いが幕を開けた。

 

 

 翌日、午前9時。

「桐乃ぉ、今日は桐乃の家での撮影、よろしくお願いするね」

「にしても暑くないか、この家?」

「あの、よろしくお願いします」

 まだ早い時間だというのにあやせたちはもうやって来た。

 撮影って、パッパって短時間で撮っているイメージがあるけれど、やっぱり準備には結構な時間を要するのだろう。

まあ、それも別に構わない。準備はもう万端なのだから。

「今日は両親もいないし気兼ねする必要はないって♪」

 俺には決して聞かせることのない猫かぶりご機嫌ボイスを発する桐乃。

 ちなみにおふくろは撮影と聞いて逃げ出した。

 別にカメラマンがおふくろにカメラを向ける可能性など万に一つもないというのに。

「ご両親はいないってことは、お兄さんは家にいるの?」

 おっ、良い所に気が付いたな、あやせ。

 そう、俺は壁一枚隔てた隣の部屋にいるんだよ。

 しかも、ただいるだけじゃない。

 俺は今、ヘッドホンを付けてエロゲーを堪能中。

 しかも、やっているのは幼女陵辱調教ものという史上最低なジャンル。

 こんなゲームやっている所を妹たちに見られたらもうどんな言い訳も通じない。

 変態と罵られた末に去勢されるか、首ごと刎ね落とされるかどちらかしかないだろう。

 その光景を想像しただけでも快感で失神してしまいそうだ。

 しかも俺が仕掛けたトラップはそれだけじゃない。

 ベッドの上を見ればエロ本がピラミッドを形成している。

 しかも全部巨乳メガネもの。

 あいつらがこれから仕事で精一杯自分の青い果実の魅力をアピールしようとする横で、俺はお前らみたいなガキに興味はないとエロ本に興じる。

 妹たちの矜持を踏みにじる最悪な所業。

 まったく、こんな本を読んでいると知られれば俺の身はどうなってしまうやら。

 殴られ蹴られ、ゴミのように捨てられる自分を想像するだけで楽しくて仕方がない。

 桐乃やあやせが目に涙を浮かべながら殴り掛かって来る様を思い浮かべるのは最高だぜ。

 

「えっと、お兄さんが隣にいるなら、撮影が始まる前にご挨拶しておいた方が良いよね」

 さすがはあやせ。

お嬢様なので礼儀をよく弁えている。

 さあ、早く桐乃と共にこの部屋にやって来て俺を地獄へと突き落としてくれっ!

「クックック。最高のショーの始まりだな」

 おっと、俺としたことが大切なことを忘れていた。

 自分の身なりを確かめる。

 昨日と代わり映えしないトランクスとタンクトップ姿。

 こんな格好で大人気の読者モデル様たちをお招きするにはみすぼらし過ぎる。

 やはりここは紳士として最高級の盛装でレディーたちをお迎えしなければ。

 俺は椅子から立ち上がり、そして──

「脱衣(トランザム)っ!」

 紳士だけが唱えられる素敵呪文を詠唱した。

 一瞬にして消え去る、トランクスとタンクトップ。

 そして俺は完全無欠の紳士スタイル、全裸になった。

「今、お兄さんの声が聞こえたような……?」

 あやせが俺の声に反応する。

 オーケーだ。さあ、マイラブリーエンジェルあやせよ。早く俺の部屋にやって来い。

 そしてその可愛い顔を羞恥と怒りに歪めてくれ。

 そして、俺をいつもの口癖どおりにブチ殺しておくれっ!

「ほらっ、やっぱり挨拶に行かないとお兄さんに失礼だよ」

「いいのよ。あんなヤツは放って置けば良いの。あやせたちが挨拶に来たなんてなったら図に乗るに決まってるんだから」

 チッ。桐乃め、邪魔をしくさってからに。

 もう少しで現役女子中学生に俺の恥ずかしい全てを見られてしまうという途方もない快楽を得られたものを。

「まあ、桐乃が挨拶しなくて良いって言ってんだから、行かなくていいじゃね?」

「そうか、なあ」

 生意気ガキンチョ加奈子の一言もあって、あやせたちによる俺への挨拶はなくなった。

 チッ!

 

 

 それからしばらくの間は桐乃の部屋から時たまガサゴソと音が聞こえて来るだけだった。

 一体、何をしているのだろうか?

「ううっ、壁一枚隔てた向こう側にお兄さんがいると思うと、水着に着替えるのもなんか緊張しちゃうよぉ」

 なんと、あやせたちは今着替え中であるというのかっ!?

 ということは、壁一枚隔てた向こうでは、あやせたちが生まれたままの姿を晒しているのかもしれないということかっ!?

 ここ何てパラダイスっ!?

「ちょっとあやせ、そんなことを大きな声で口に出して喋らないでよ。あのケダモノがアタシたちの着替えを覗きに来たらどうするのよ!」

 桐乃があやせの発言をたしなめる。

 というか妹よ。

 俺はお前の言葉のおかげで、お前たちが着替え中であることを確信したぞ。

 本当にバカな妹だ。この知性溢れる俺の妹とはとても思えない。

 そして確かにそれは普段の俺であれば血沸き肉踊る情報なのかもしれない。

 妹や加奈子、ブリジットちゃんはともかくあやせの裸は見たい。

 金を払ってでも良いから見たい。土下座して地面に額を擦り付けてでも見たい。

 けれど、今日の俺はそんなつまらない下種な欲情になど流されない。

 何故なら今の俺は見るのではなく見られるという崇高な使命を帯びているからだっ!

 桐乃やあやせに全裸を見られてしまうという崇高な使命を帯びた俺。その俺に覗きのような低俗なことをやっている暇はないのだ!

「お兄さんが覗きに来たら勿論ブチ殺すに決まってるわよ!」

 あやせの声色は荒い。

 フッ。だが安心しろ、あやせ。

 今日の俺は最高潮に紳士。

 覗きに行くなど絶対に有り得ない。

「……それで、その後お兄さんにはわたしの裸を見た責任を取ってもらうの」

 うん? あやせの声のテンションが急に下がったぞ? 一体、どうしたんだ?

 

「責任って、一体何よ?」

 よくはわからんが桐乃の声が急に尖った。

 俺を非難する時の口調とそっくりだ。一体、あやせの何が妹を怒らせたんだ?

「そ、それはあれよ。別に、具体的にどうこうとかじゃなくて、男性が女性に取るけじめなり責任について一般論を述べただけで、これって決めているわけじゃないのよ」

 あやせの声は焦っている。ほんと、よくわからん。

「男が女に責任を取るって言ったら、意味なんか一つしかねえじゃないかよ」

「意味って何? カナちゃん」

 加奈子があやせをバカにしたようにツッコミを入れる。

「加奈子ったら、何を言っているのよ。お兄さんに聞かれたら誤解されるじゃないのっ!」

 あやせは一人で騒いでいる。俺には全く意味がわからない。ブリジットちゃんと同レベルにわかっていない。

「そういやあやせは最近、モデルの仕事の合間も桐乃の兄貴の話ばっかりするんだよなあ。事故や偶然に見せかけて裸を見せて責任を取らせる。なるほど、そういうことか。にひひ」

 加奈子はしたり声で喋っている。

 よくはわからないが、あやせは俺に『責任を取らせる=切腹させる』ことを企んでいるということか。

 あやせの裸を覗き見ようとした瞬間に死罪とはな。ほんと、恐ろしい世界だぜ。

 だが、それが良い。

「と、とにかくわたしは何も変なことは考えていないの! この家を撮影に貸してもらうんだから、家人の方に挨拶するのは当然の礼儀としてお兄さんに挨拶に行くだけよ」

 おおっ、やっと来てくれるのか、あやせよ。

 さあ早く、俺の紳士っぷりを覗きに来てくれっ!

「だからアイツに挨拶なんかする必要はないっての。それにあやせ、ビキニの背中を結んでいる紐、ちょっと緩んでいるから直しときなさいよ」

「丁寧に頭を下げたら、ちょうど紐がほどけてポロリしそうな結び方だよな。男らしくせ・き・に・ん・取ってっ、だな♪」

「ポロリって何、カナちゃん?」

 いや、そんな意味不明なガールズトークに花を咲かせてないで早く俺の部屋を訪ねて来てくれ。

 全裸でエロゲーをプレイしながらエロ本を眺めている俺に一刻も早く会いに来てくれ!

 俺の全裸待機に終止符を打ってくれっ!

「桐乃も加奈子も大きな誤解してるわよっ! わたしはお兄さんのことなんか全然何とも思ってないんだから! そんなに疑うなら、挨拶には行かないわよ」

 チッ!

 何だかよくわからないけれど、あやせは機嫌を損ねて俺の部屋への訪問がなしになった。

 しかし、そんなに念を入れなくてもあやせが俺を何とも想っていないことは、あの冷たくて暴力的な態度を見れば一目瞭然だっての。

 勘違いする余地なんかないだろうが。

 

 桐乃や加奈子の妨害により俺の全裸待機はなかなか解除されない。

 さて、どうしたものだろうか?

 

 

 あやせたちが家にやって来てから2時間ほどが過ぎた。

 隣の桐乃の部屋から音がパッタリと途絶えてから結構な時間が経つ。

 撮影中と見て間違いないだろう。

 そして俺はと言うと……。

「全裸待機のまま2時間。それでもまだ戦果を挙げられないとは…………体が火照って火照って超堪らないぜっ!」

 妹やあやせに突如部屋に侵入されて罵倒され、ボロボロにされ、容赦なくとどめを差される自分を想像して興奮が止まらなかった。

「これが……放置プレイの醍醐味ってやつか」

 俺は今日、人生における新しい悦びを知ってしまった。

 こいつはビッグな悦びだっ!

「だが俺は初心を貫徹する男。新しく覚えてしまった“遊び”にいつまでもうつつを抜かしている訳にはいかない」

 立ち上がって血の滾りをパワーに変える。

「さて、こうなった以上今度はこちらから攻勢に出ることを考えねばならんな」

 桐乃たちが待っていても部屋にやって来てくれないのならば、部屋にやって来るように仕掛けねばなるまい。

 そう、部屋に踏み込んで来たくなるようにな。

 

「はぁ~。やっと休憩だぁ」

 桐乃たちが部屋に戻って来たようだ。

「こんなに暑くちゃ『自宅で海気分』じゃなくて『自宅でサウナ気分』じゃねえかよ」

「確かに、そんな感じよね」

「暑いよぉ~」

 4人の少女は暑さにだいぶ参っているようだった。

「よしっ、休憩時間ぐらいクーラーつけちゃえ」

 クーラーが起動する音がする。

 桐乃はクーラー禁止令を破ったようだ。

 まあ、あやせたちが熱中症になっては大変だから妥当な判断だと言えるが。

 しかし、しかしだ。

「わぁ~。やっぱりクーラー付けると涼しいね」

 あやせが喜びの声をあげる。

 これはいかん!

 部屋が快適になってしまうと、桐乃たちは部屋からますます出て来なくなって俺の紳士スタイルを覗いてくれなくなってしまう。

 さて、どうしたものか?

「でも、まだアチィなあ。よし、こうだっ!」

 うん? 加奈子は大声を上げて何をやってやがるんだ?

 

「ちょっと、加奈子っ!? 何で人様の家で裸になってるのよ!」

 あやせの焦った声が聞こえて来る。ということは……。

「べっつに女同士なんだから良いじゃんよ。減るもんじゃないし」

 肯定する加奈子。

 つまり今、桐乃の部屋では加奈子が裸でいるということか?

 生意気なガキンチョで明らかに子供体型とはいえ、現役女子中学生モデルが俺のすぐ近くに全裸でいるっ!

 裸の女子中学生がすぐ隣にっ!

 これは罠か? 孔明の仕掛けた罠なのか!?

 全裸を覗かせるという崇高な使命を帯びた紳士な俺を、覗きという低俗な下衆野郎に変えてしまおうという罠なのか!?

「それに桐乃の兄貴が覗きに来たら『責任』を取ってもらえば良いんだろ?」

「「なっ!?」」

 やはりこれは加奈子の罠なのだな。つまりあの大バカ加奈子こそが“L”なのかっ!?

「あたしは一生食べさせてくれるなら結婚相手が冴えなくても関係ない。桐乃の兄貴には何度か借りもあるから嫁に行って一生こき使って搾り取ってやるのも別に構わねえよ」

 うん。加奈子こそが“L”で間違いない。

 罠を仕掛けて待ち構える紳士を騙して下衆な覗き犯に墜落させようとする知能犯だ。

 しかも俺の自由を奪って一生こき使おうとはとんでもないクソガキだ。

「フ~ン。加奈子がアイツのことをそんな風に考えてたなんて知らなかったわ。はい、熱湯コーラ。冷めない内に飲んでね」

「って、これ、本当にコーラが温まってるじゃねえか! こんなの飲めるか!」

 桐乃の言動が俺を蔑む時よりも更に絶対零度の冷たさを持っているように思える。

「はい、加奈子。暑いだろうからこのドラム缶風呂に入ったら? そうしたらコンクリートを流し込んで東京湾に捨てて来るから」

「ちょっと待て、あやせ? おめぇ、目が本気でヤンデレってるぞっ!? 本気でアタシを東京湾に捨てる気だなっ!?」

 あやせの声も病的なまでに冷たい。

 桐乃もあやせも加奈子のはしたない行動に腹が立っているからに違いない(断言)。

 紳士スタイル(全裸)はその名の通り、大人の男にだけ許される特権だからな。

 思春期少女が家の中で裸でいるなど許されるわけがない。

「カナちゃんって……わたしより胸小さいんだね。とっても可愛いよ♪」

「グハッ!? 10歳のブリ公にそんなことを言われるなんて……うっうっ」

 そして加奈子は大英帝国の圧倒的な力の前に敗れ去ったのだった。

 

 

「とにかく加奈子はあのバカっぽい言動に反して要注意だな」

 加奈子の策に嵌っては俺の方が部屋から誘い出されてしまう。

 そうなっては全裸待機は強制終了。俺の完全敗北となってしまう。

「そしてこの家唯一の快適空間と化したあの部屋から桐乃たちを誘い出さない限り俺に勝利はない」

 この猛暑の中でクーラーの持つ力は絶対的だ。

 そして4人が固まっているというのも厄介だ。

 先ほどのあやせのように、俺の部屋に来ようとしても桐乃や加奈子に邪魔されてしまう。

 さて、どうしたものか?

「あっ、そうそう。次の撮影は2人ずつに分かれてするんだって。最初はわたしと加奈子。次が桐乃とブリジットちゃんだって」

 それはナイスだ!

 分散してくれれば隙も生じるというもの。

「じゃあわたしと加奈子は撮影に行って来るから桐乃たちはしばらく休憩していてね」

 ドアが開き、階段を下りていく音が聞こえた。

 どうやらあやせと加奈子は撮影に向かったと見て間違いない。

 となると、今現在隣の部屋にいるのは桐乃とブリジットちゃんだけということになる。

「クックック。桐乃に俺の偉大さを示すだけでなく、ブリジットちゃんに東洋の神秘を教えてやるのも楽しいかもしれんな」

 桐乃に紳士スタイル(全裸)を晒した場合、何が起きるのかは1から100までシミュレートすることができる。

 それはそれで至上の悦楽ではあるが、意外性という点ではパンチに欠ける。

 だが一方、たった1人(?)でイギリスから極東の日本までやって来てモデル業をしている健気なブリジットちゃんに俺の本気(全裸)を見せたらどうなってしまうのか?

 東洋の神秘に恐れおののき震えてしまうのか?

 いや、リヴァイアサンの本家は元々西洋のはず。イギリス人のホッブスの政治哲学書の名前でもあったはずだからな。

 するとブリジットちゃんは、極東の島国で西洋を再発見する英国少女となるわけだ。

 未知の既知と出会い、大きな衝撃を受けながら大人への階段を上る洋ロリ少女。

 実に素晴らしいじゃないかっ! これをグレートと呼ばずして何をグレートと呼ぶっ!

 

 よし、そうと決まれば早速2人を俺の部屋に呼び寄せる作戦を発動させねば。

 ブリジットちゃんのことはよく知らないが、桐乃の誘導なら簡単だ。

 桐乃は単純だから怒らせればすぐさま俺の部屋に怒鳴り込んで来るはず。

 となれば、やることは一つ。

「俺は今からこの肉体美に磨きを掛ける為にこの室内で筋トレに励むぜっ!」

 桐乃は俺が自室で騒がしくしているのを極端に嫌う。

 つまり、俺のマッスルシェイプアップ音を聞けば怒り心頭でこの部屋に怒鳴り込んでくるのは間違いない。そして妹と洋ロリは俺の紳士と全力対面を果たすことになる。

 完璧にして、最高の作戦だぜ、俺っ!

「マッスルブリッジっ、発動っ!」

 そして作戦を実行に移すべく部屋の中央で踏ん反り返ってブリッジを始める。

 勿論これは筋トレである為に手などは使わずに首の力だけで俺の全体重を支える。

 腕は胸の前で組んで男らしさをアピール。

 そして下半身はドアに向かって見せ付けるようにポジションを取るこだわりぶり。

 これで桐乃がドアを蹴破ろうものなら、2人は俺の部屋に入ってきた瞬間に怒れる海神リヴァイアサンと対面することになる。

 狂気に陥った桐乃は俺の下半身を容赦なく残虐非道に踏み潰すに違いない。

 ブリジットちゃんは震えた末に泣き出してしまうに違いない。東洋怖いと叫ぶだろう。

 ほんっとーに最高だぜ、全裸待機っ!

「さあ来い、桐乃っ、ブリジットちゃん。お前たちが俺の翼だっ!」

 激しく興奮し、ブリッジした体勢のまま2人の来訪を待つ。

しかし、1分待っても2分待っても桐乃たちは現れない。

「しまった! ブリッジでは音が立たないから桐乃の怒りを誘発できないのか!」

 迎え撃つ姿勢的には最高だが、騒音が鳴らないブリッジを選んだのは失敗だった。

 

「ならば……とおっ!」

 俺はこんなこともあろうかと密かに鍛えておいた指と腕の力を使って天井の僅かな取っ掛かりを利用して懸垂を始める。

 勿論体の正面はドアに向かう位置取りでだ。

 騒音に苛立ってこのドアを開けた瞬間、桐乃たちが目の前で遭遇するのは上下動する俺の下半身。

本当にほんっとーに最高だぜ、全裸待機っ!

 神様っ、俺、男に生まれて来て、兄に生まれて来て本当に良かったよっ!

 俺が男じゃなければ、俺に思春期の妹がいなければこんな興奮には出会えなかった。

 フッフッフ。あの神経質な桐乃のことだ。懸垂で天井がギシギシ鳴っている音を聞けば堪らずに怒鳴り込んで来るに違いないっ!

 

 ……って、来ないな桐乃のヤツ。

 いつもならこのぐらいの音を立ててれば悪鬼羅刹の表情で文句を言うのに。

 一体、どうしたんだ?

「ハァハァ。アタシは今、ブリジットちゃんと自分の部屋で2人きり。フリフリ水着姿のリアル洋ロリと2人っきり。ハァハァハァハァ」

 しまった!

 すっかり忘れていたが桐乃は混じりっけなしの純粋培養の犯罪者的思考の持ち主だった。

 妹はブリジットちゃんと自室で2人っきりというシチュに異常に興奮していた。

「あの、桐乃ちゃん……。なんか、目が怖いよ」

 ブリジットちゃんの怯えた声が聞こえて来る。

 今の彼女の状況は、狼と同じ檻に入れられている子羊と変わりがない。身の危険を感じるのももっともだ。

「ハァハァ。大丈夫。大丈夫だから。ブリジットちゃんにはアタシに似た可愛い娘を産んでくれればそれで良いから。ハァハァハァ」

 性犯罪者の大丈夫は何が大丈夫なのかまるでわからない。

「娘を産むって何? 桐乃ちゃん、何か顔がおっかないからそれ以上近付かないでよ」

 ブリジットちゃんの声は本気で震えている。

「大丈夫大丈夫。桐乃お姉ちゃんがブリジットちゃんを一生大切に飼ってあげるからねぇ~♪」

「そんなの嫌だよぉおおおぉっ!」

 これはもしかしなくても本気でマズイんじゃないだろうか?

 兄として性犯罪に走る妹を止め、実在幼女を犯罪者の手から守るのが市民としての義務だろう。

 だが、これは最大のチャンスでもある。

 さあ、ブリジットちゃん。

 一刻も早く俺の部屋に助けを求めに来るんだっ! 君の駆け込み寺はここしかない!

 そして、俺のリヴァイアサンを目にして東西文化融合をその脳裏に刻み込むんだっ!

「ハァハァ。ブリジットちゃんっ! ハァハァ。ブリジットちゃんっ! ハァハァハァ。ブリジットちゃ~~んっ!」

「カナちゃ~ん。助けてぇ~っ!」

 ドアが開き、駆けながら階段を下りていく足音が聞こえた。

「チッ! せっかくの好機が」

 舌打ちしながら好機を逸したことを悔しがる。

「チッ! せっかくの好機が」

 隣室からも舌打ちの音が聞こえた。

 タクッ、己が欲望に忠実になりすぎて全てを失うとは我が妹ながら実に愚かだと思う。

 まったく、こんな変態な妹を持つとは兄として不甲斐ないぜ。

 

 

 ブリジットちゃんが階下に駆け出していってから30分余りが経った。

 部屋で一人っきりになった桐乃は俺の筋トレ音にも耳を貸さずに大人しくしていた。

だが、今また人の声が聞こえるようになった。

「やっと今日の撮影も終わったわね」

「たくっ、絶対今日の企画はサウナで水着特集にかならないっての。みんな汗だくじゃねえか」

 聞こえて来た声はあやせと加奈子のものだった。

 どうやら撮影が交代したらしい。

 となると、今いる2人に合わせて作戦を変えねばならんな。

 あやせはエッチなことに対して潔癖症な節がある。だから、俺が今室内でエロいことをしているアピールをすれば怒って入って来るかもしれん。

 ヘッドホンのプラグを引き抜いてエロゲーサウンドと声を隣の部屋に流せばミッション・コンプリートできるか?

「あのさ、加奈子……」

「何だよ、急に改まって?」

 俺がエロゲーサウンドフォース作戦を実行しようとした所、あやせが真剣な声で話し始めてしまった。

 流石に真面目な話の途中で腰を折るのは紳士として許されない所業だろう。

 作戦の発動をしばし延期する。

「さっき言っていたこと、本当?」

「さっき言っていたことって何だよ?」

「その、お兄さんに責任取ってもらって結婚しても構わないって話……」

「ああ、その話か」

 一体、あやせは思い詰めた声をして何を話したいのだろうか?

「その、加奈子は将来、お兄さんと結婚しても良いって本気で思ってるわけ?」

「結婚なんてそんな先のことはあたしにはまだわからないっての」

「でも、だって、さっきお兄さんと結婚しても構わないみたいなことを言ってたじゃない」

「可能性の話をしただけだろうが。あたしは別に桐乃の兄貴と結ばれる可能性はゼロじゃないって喋っただけだぞ」

 加奈子はごく当たり前の話をしている。

 俺とあのクソ生意気なガキンチョ加奈子が結ばれる可能性はほとんどない。

 けれど、将来誰と誰が結ばれるかなんて誰にもわからない。だから、その可能性はゼロじゃない。

 加奈子がしているのはそういう話だ。

「じゃあ、加奈子は別にお兄さんに本気じゃないってこと?」

「最初っからそう言ってるだろうが」

 あやせは一体何を心配しているのだろうか?

 あれか。俺が加奈子に変なちょっかいを出さないか心配しているのだな。

 潔癖症なあやせとしては、俺が加奈子に接近するのを阻止したいと。

 別に心配しなくても、加奈子みたいなガキンチョに特に興味ねえよ。

 本当にあやせに信用ないんだな、俺。

「たくッよぉ。そんなに他の女の動向が気になるなら、さっさと桐乃の兄貴に告っちまえば良いだろうが」

 何を告る気だ?

 俺を近親強姦魔罪で警察に訴えるつもりか? 

 あれは桐乃とあやせの仲を取り持つ為の嘘だったというのに……。

「なっ、なっ、何を言っているのよ、加奈子はっ! わたしはお兄さんのことなんか何とも思ってないんだからねっ!」

 今のはつまり、あやせには俺を警察に訴える気はないということだろうか?

「そんな風に素直じゃない態度ばっかり取ってると、アイツを誰かに取られちまうんじゃねえか? 桐乃の兄貴は、ボンクラだけど女とフラグ立てる才能だけは一流そうだからな」

 えーと。あやせ以外の女が俺を警察に訴えるということか?

 確かに瀬菜やクラスメイトの女どもは何やかんや言いながら俺を訴えそうだ。

「……そんなこと、わかってるわよ。お兄さん最近、学校の後輩の女性と凄く仲が良いってお姉さん言ってたし。もう、手遅れかもしれない、し……」

 あやせは今にも泣きそうな声を出していた。

 麻奈実から瀬菜が俺を訴えようとしていることを聞いたということか。

 瀬菜め、ゲーム研究会でエロゲー作成を訴えたことをそこまで根に持っていたか。

「だったらなお更さっさと告るしかないだろうが。本当に手遅れになるぞ」

「できないよ、わたしにはそんなこと。お兄さん、わたしに興味があるふりして本当は全然ないし。それに、桐乃のこともあるから……」

 2人が何を言っているのかまるでわからん。どうしてここで桐乃の名前が出るんだ?

「確かにあの超重度ブラコンは障害にしかならんわな」

 桐乃が超重度ブラコン?

 加奈子は何を血迷ったことを言ってるんだ? やっぱり正真正銘のバカなのか?

 “L”だと思ったのは俺の勘違いだったのか?

 まあ、勘違いだったで間違いないだろう。

「さっきあやせが挨拶に行くのを強く止めたのも、少しでもフラグが立ちそうなイベントを潰したかったからだろうな」

「……うん。そうだと思う」

 えーと、桐乃はあやせが俺に死亡フラグを立てるのを阻止しようとした。そういうことか?

「まあ、よく知らないあたしから見ても桐乃の兄貴があやせを見る時は目付きも言動も違うからな。ブラコン桐乃が心配するのももっともかもしれないけどよ」

 俺があやせを性犯罪者の目付きで見ているから、あやせが俺をブチ殺さないように桐乃が阻止している。そういうことか。なるほど。

 確かに俺はあやせと喋っていると自分で信じられないほどテンション上がるからな。

「逆に言えば、あやせが攻めればアイツは簡単に落ちるって踏んでるってことじゃねえか。何なら今すぐ隣の部屋に行ってモーション掛けてみればどうだ? 桐乃は今いないんだし、絶好の機会じゃねえか」

「無理だよ、そんなの。それに、桐乃はわたしの大切な友達なんだし……」

「面倒くせえ関係だな、おめぇら」

 それきり2人は押し黙ってしまった。

 ほんと、よくわからん。

 重い雰囲気をヒシヒシと感じ取れるので、エロゲーサウンドフォース作戦を実行する気にもなれない。

「……って、俺の全裸待機はどうなるってんだよ?」

 俺にできることはただ一つ。

 あやせか加奈子が心変わりして部屋に来てくれるように祈るだけだった。

 紳士スタイルでブリッジして下半身をドアに向けることだけが俺にできる唯一のことだった。

 

 

「はぁ~。撮影もやっと終わりかよ。まったく、サウナ風呂状態だったぜ」

「加奈子は最後ずっとクーラーの利いたアタシの部屋で休んでいたじゃないの」

「とにかく、撮影が無事に終わって良かったよぉ」

「今日は自宅を提供してくれてありがとうね、桐乃」

 そして、俺が全裸待機したまま桐乃たちの撮影は終わってしまった。

 4人は着替えを終えて今まさに家を出て行こうとしていた。

俺に挨拶もないまま……。

「近くにちょっと洒落た喫茶店が出来たんだけどさ。みんなで行ってみない? ケーキがとっても美味しいの」

「わ~い。ケーキー♪」

 全裸待機の俺を残したまま妹まで家を出ようとしていた。

 だが、まだ最後のチャンスはある。

 家を去る前に挨拶をしていくに違いない。

 良家のお嬢様であるあやせならきっと!

 さあ、俺の尊厳を賭けた全裸ラストバトルの始まりだあっ!

「おい、あやせ。桐乃の兄貴に挨拶していかなくて良いのか?」

「……いいよ。今回は。お兄さんの顔見ないまま行くことにする」

 なっ、何ぃいいいいぃっ!?

 あやせが俺の顔を見に来ない。

 即ち、リヴァイアサンと対面しないまま帰るだとっ!? 

 そ、そんなぁ……。

「それでいいのよ。あんな奴にわざわざあやせが顔を見せる必要はないわよ♪」

「あたしはいつか桐乃とあやせが刺し合うんじゃないかと不安だぞ」

 我が計、費えたり……。

 む、無念。

 

 そして4人は1度も俺に顔を見せないまま高坂家を出て行った。

 

 

「人間は所詮独りぼっちなんだ。そんな簡単なことも忘れていたとはな……」

 全裸のまま涙にくれる。

 誰も俺の紳士スタイル(全裸)と遭遇してくれなかった。

 それよりも、ずっと隣の部屋にいたのに誰1人挨拶にも来てくれなかった。

 俺は、桐乃だけでなくあやせたちにもそんなにも嫌われていたのだ。

 あやせたちを友達だと思っていたのは俺の一人相撲だったのだ。

「寂しいっ。寂しいぜっ!」

 この全裸男の哀愁を誰がわかってくれるというのか?

 この、全裸の悲しみを~~っ!

 

「ちょっと先輩。玄関の鍵を掛けないのは幾ら何でも無用心なのじゃないかしら?」

 だが、神はこの全裸を見捨ててはいなかった。

 俺の前に女神が降臨した。

 黒猫が咎めるような口調で俺の部屋へと入って来たのだ。

「よく来てくれた、黒猫っ! やっぱりお前は最高だぜっ!」

 黒猫に近付いておもむろに力いっぱい抱き締める。

 そうだ。そうだ。そうだぁっ!

 俺はこの瞬間を、昨日からずっと心待ちにしていたんだっ!

「先輩、一体何を? って、どうしてはだ、はだ、裸なのよぉっ!? あっ、当たってるわよぉぉおおぉっ!?」

 黒猫が金切り声を上げる。

 そういえばコイツはエッチィことに大層弱いんだった。

「どうして裸なのかって? そんなものは決まっている。俺が、紳士だからだっ!」

 そう。紳士とは須らく最高の盛装をしているもの。

 そして人類最高の盛装とは全裸に他ならない。

「わ、わけがわからないことを言ってないで、と、とりあえず放してぇっ!」

 黒猫から発せられる悲鳴。

「何を言ってるんだ? 俺はお前に今日ここで出会えた感動をこうやって体で表現しているだけだぜ? ああっ、最高に愛してるぜ、黒猫ぉっ!」

「そ、そういうことは全裸でない時に言ってちょうだい……プシュ~。ガクッ」

 黒猫は顔から湯気を吹き上げたかと思うと気絶してしまった。

 恥ずかしさが限界値を超えてしまったらしい。

 これはこれで俺が望んだ反応だ。

 だが、まだ足りないっ!

 俺の全裸を見て怒り心頭状態となって、俺のリヴァイアサンを砕こうとする乙女の存在が足りないっ!

 

「もっと、もっとだっ! 俺の紳士に衝撃を受ける乙女はいないのかっ!?」

 黒猫を床に寝かせながら叫ぶ。

 桐乃たちにはぶられた鬱憤は、黒猫の初心な反応だけじゃ満足できない。

 俺の尊厳を打ち砕く、強い闘志を秘めた乙女の存在が必要だったっ!

 

「何を騒いでいるの、高坂くん?」

 そして、待ち望んでいた存在がやって来た。

「おおっ、日向ちゃんも来ていたのか?」

 黒猫の妹、小学5年生の日向ちゃんが俺の部屋へと入って来た。

「せっかくルリ姉と2人っきりの空間を演出してあげようと思ったのに、何を大声出して……って!?」

 日向ちゃんの声が止まる。

 俺の裸を、特に下半身を見ていた。

 思春期を迎え始めた小学校高学年の少女に俺のリヴァイアサンは刺激的な筈だった。

 クックック。どれほどの驚愕をその可愛い顔で表してくれるやら?

 さあ、思い切り泣き叫んだり怒り狂ったりするが良いっ!

「プッ。高坂くんって高校生なのに……この間、プールの時間に水着を引き摺り下ろされたクラスメイトの男の子より……プッ」

 ……日向ちゃんは俺のリヴァイアサンを見ながら、瞳を細めて哂った。

「なっ、何だその、予想外過ぎる反応はぁああああぁっ!?」

 日向ちゃんの言動の意味が俺にはわからない。

 だって、乙女だろ? 青春を過ごす少女だろ?

 何で驚かない?

 全裸待機をどうしてそんな嘲笑できるんだっ!?

「ルリ姉が大きな声を出したと思ったらそういうことだったんだね。でも、そんなんじゃ……男の人に免疫が天然記念物級にないルリ姉はともかく、他の女の子は……プッ」

 口を押さえて哂うロリ猫を見て、俺は自分の世界が崩壊していくのを感じた。

「何故だっ!? 何故なんだぁっ!? 昨今の小学生はそれほどまでにすれているというのか? ピュアな心を失ってしまっているというのかぁっ!?」

 全てがおかしい。

 この俺のリヴァイアサンが、小学5年生の男子に比べても脅威でないと言うのか!?

 そんなこと、ある筈がないっ!

 これはきっと、日向ちゃんが何者かによる洗脳を受けて、歪んだ心を持つ少女に変貌してしまったからに違いない。

 さては桐乃たちの仕業だなっ!

 あいつら、俺の全裸待機を最初から知っていて、自分たちの手は汚さずに、小学生を差し向けたというのだな?

 許せんっ!

「何故っ、何故全裸の力が乙女である日向ちゃんに通じないんだっ!?」

「う~ん。全裸をアピールするならやっぱりそれだけの価値がないと、ねえ……。あっ、でも、ルリ姉には効果満点だったのだし、ルリ姉と結婚すれば何の問題もないよ。他の子には……プッ」

 つまり、黒猫を先に部屋に寄越したのも俺をぬか喜びさせて有頂天にさせる為の桐乃たちの策略だったというわけかっ!

 畜生っ! 

 全裸の、紳士の想いを踏み躙りやがってぇっ!

 そんなにも俺が嫌いかっ! そんなにも俺を嬲り殺したいのか、妹たちよ!

 だが、それならっ!

「そうだ。俺が全裸だっ! ならばどうする? ここで殺すか? いいか、俺は全裸。そして、新世界の神だっ!」

 紳士の誇りを非道な方法で踏み躙ろうとする女たち。

 そんな奴らが消え去る新世界を俺は作る。そして、全裸の神として君臨するっ!

「誰かがやらなければならない。このスタイルに目覚めた時思った。俺がやるしかない! いや、俺にしかできないっ! 全裸を露出することが犯罪なんてことはわかっている。しかしもうそれでしか正せない! これは俺に与えられた使命っ! 俺がやるしかないっ!」

 全裸待機を世界中に広め、紳士に対する正しい認識を広めること。

 それが、俺の使命。

 今ならわかる。今日の全裸待機はその戦いの第一歩だったのだっ!

「他の者にできたかっ!? ここまでやれたかっ!? この先出来るのかっ!?」

 両手を広げ、熱く、熱く語り上げる。

 腰を突き出し俺という存在を小学生少女に激しくアピールする。

 全裸。それこそが紳士の盛装。

 俺は今、紳士の中の紳士として世界の為に懸命に戦っているのだ。

「……高坂くんの言いたいことは何となくわかった。けど……あたしを驚かせたり怒らせたりしたいのなら……せめて人並みになって欲しいな♪」

「グボァハァアアァっ!?」

 口から激しく吐血する。

 今のは、今のは効いたぜ……。

 

「あっ、おねぇちゃん。こっちの部屋にいたのですね」

 そしてトテトテと可愛らしい足音を響かせながらやって来たのは黒猫のもう1人の妹である珠希ちゃん。

 小学1年生の穢れを全く知らない少女が俺の前に現れた。

 そして聖少女は俺の下半身を見ながら一言述べた。

「わぁ~。クラスの男の子と全く同じで可愛いですぅ」

 

 その一言は俺を黒猫と同じ眠りの世界へと誘った。

 絶望という眠りの世界へ。

 

 

 

 教訓:全裸待機はほどほどにね♪

 

 

 

 


 
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