No.256102

電波系彼女7

HSさん

続き!

2011-08-02 23:13:41 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:352   閲覧ユーザー数:347

 ぱるすが俺の部屋に設置していった例の機械は、音も立てずに動作していて本当に動い

ているのかと心配になることもあったが、どうやらそれは杞憂だったらしい。

 夏休みも半ばを過ぎたある日、テレビのニュースでは台風が首都圏を上陸するかしない

かを大きく報道している時にそれはやってきた。

 こんな日に、しかも店の方じゃなく家の玄関に上がってくる人も珍しいな。自宅の玄関

なんて家族くらいしか使わないし、たまに友人が遊びに来るといってもこんな悪天候の中

好き好んで出かける酔狂な奴なんてそうはいないだろう。

「はーい、どちら様です……」

 トランクスにTシャツという姿で人前に出るのはさすがに憚られたので、手近にあった

ショートパンツに足を通し玄関の扉を開けると、まず目に入ったのが皮製の編み上げのサ

ンダル、そこから視線を上げていくと褐色の肌、引き締まった肉体にホットパンツ、上半

身はボーダー柄のビキニの水着と、うちを海か何かと勘違いしているんじゃないかと思う

要素が続々と登場してくる。そして最後は日に焼けた髪の毛を後ろでまとめて優しい笑顔

を湛えた年の頃20代後半ほどに見える女性の顔。その顔を見た時『ぱるすをネガポジ反

転させたらこんな感じだろうな』と思ったが、それ以上に印象的なのは左目にぶっちがい

のマークの付いた黒の眼帯をしていたことだった。

 すげー美人……の海賊?

 てか、ウチはマレー海峡とかじゃないしドンパチやりたきゃ来る場所間違えてますって。

しかもこの格好、露出ヤバ過ぎじゃね?

「おい、アンタ、大丈夫かい?」

このまま扉を閉じて見なかったことにしてしまおうかとしていた俺の考えを中断させた

のは、本物だけが持つことの出来る凄みを感じさせる声だった。

 せっかく声をかけて現実に引き戻してくれたのはいいけれど、その圧倒的な雰囲気にの

まれてこくこくと頷くのが精一杯。

「何をそんなに怯えてるのか分かンないけど安心しなよ、別にサメのいる海に突き落とそ

うとか取って食おうなんて話しじゃないんだしサ」

 口の端をくいっとあげると俺の肩をポンポンと叩いてくる。安心させようとしているの

か口じゃ否定しているがこのオネーサンならやりかねない。いやオネーサンって呼ぶには

少し年が行ってる様な気がするがそれを口にするのはおろか考えただけでも甲板から紐な

しバンジーをやらされそうだと頭の中で警報が鳴り響いている。

「それで……えー、オネーサンは一体どういったご用件で……?」

 身長は俺とさほど変わりがないのに微妙に上目遣いになってしまうのも無理からぬこと

であろう。

「おっ、良く分かってる坊やじゃないか。そこでオバサンなんて呼ぼうものなら額にケツ

の穴が増えてた所だよ」

 ケラケラ笑いながら、言っとくけど冗談だから勘違いするんじゃないよ、なんて付け加

えられても逆効果なのは気づいているんだろうか。

「おっと話がそれる所だったね、アタシがここに来た用件は他でもない、ここに天野ぱる

すって子がいるだろ?手間掛けさせて済まないけどちょっと呼んで来ちゃ貰えないかね」

 一目見た時からぱるすの側に属する人だとは思っていたが、こうはっきり言われるとど

んな関係なのかって疑問がふつふつと湧いてくる。借金取り?でも、こんな格好で集金に

来る人なんかいないだろうし、そもそもぱるすはそんな物に手を出したりしないだろう。

海賊のお宝でも盗んできたから取り返しに?いや流石にそれは無いだろう海賊の存在はと

もかく今時お宝ってもの現実味が無い。色々考えた末出た結論は、俺の平凡な想像力では

しっくりくる答えが見つからないということだ。

「はぁ」

「なんだいなんだい、覇気のない答えだねぇ。男なら返事はもっと元気よく!ったくその

足の間にぶら下がってるのは観光地土産の置物みたいに単なる飾りかい?ほらっもう一回

言ってみなっ」

 パイレーツオブ俺ん家が厳しい言葉の鞭を飛ばしてくる。男だから女だからって意識を

特に持ったことは無かったのに、こういった直接的な檄はとても新鮮でつい釣られて返事

をしてしまった。

「は、はいっ、じゃあ今呼んできますんで少々お待ちください」

 少し引きつり気味な声になってしまったのはご愛嬌ってことで。

「グッボーイ、やれば出来るじゃないか」

 俺の頭を抱きかかえて髪の毛をわしゃわしゃと撫で回してくるけど、グッボーイってペ

ットに使う言葉じゃなかったっけ?

「それじゃ頼んだよ。サキが来たって言えばすぐに通じるはずだから」

 

 ぱるすの部屋をノックして聞こえてきた返事はのんびりしたものだったが、よほどびっ

くりするような相手だったのか、名前を伝えたとたんに『えっ?』と一声発すると扉を少

しだけ開いて顔を覗かせた

「ど、どこ?」

「玄関で待ってるよ」

「すぐ行くー」

 大方暑くてそのままじゃ人前に出られない格好だったんだろう、扉の向こうからがさご

そとあちらこちらをひっくり返す音がする。

「お待たせー」

 扉を開けて出てきた普段と代わり映えしないぱるすの姿を見て、自室じゃどんだけだら

けてんだよ!と思ったけれど、それ以上に気になったのはちらちら見える室内の様子。肩

越しに見えるその風景はなんていうかニューヨークの摩天楼を思わせるような状態だった。

いや決してお洒落なインテリアや照明に囲まれているというわけではなく、にょきにょき

と床から生えるいくつもの漫画のタワーや崩れた雑誌の山が高層ビル群とスラムを連想さ

せるといった意味で。

 俺は何か見てはいけないようなものを見た気がして、瞳に焼きついた景色をそっと記憶

から消去することにした。

 

「ママ!?」

 へ?

「お、ウチの可愛いお姫様は思ったより元気そうじゃないか」

 嬉しそうに抱きしめる腕には力が入りすぎているようで、ぱるすは些か苦しそうな顔を

している。

「ちょっ、ママっ、くるしいってばっ」

 二人のやり取りをみると、ぱるすとそこのオネーサンは親子ってことらしい。交互に見

比べてみると、色白のぱるす褐色のオネーサンと言う具合に正反対の部分もあるけれど、

顔立ちや体つきなど確かに共通点がある。

「悪い悪い、久しぶりに会ったってんでつい嬉しくなっちゃってね」

 どうやら力の調節がうまく出来ない人らしい、べた踏みのアクセルとブレーキしかない

ような様子は流石ぱるすの母親といったところだ。

「もー、わたしはママみたいに鍛えてないんだから手加減してよね」

「へへへ」

「で、こんな所でなにしてるの?帰ってくるのはもう少し先だったと思ったけど」

「何をしてるも何も、ポータル使えないからどうにかしてって信号出してたのはぱるすの

方だろ?」

「え、それはそうなんだけど、まさかママが来るとは思ってなかったし……」

「ああ、思ったより早く仕事が終わったンでね、たまにはウチでゆっくりしようと急いで

帰ってきたら……あンのバカ、ぱるすを無理やりどっかに飛ばしたって言うじゃないか。

ったく危険が無いといっても後のことを少しは考えてほしいモンだよ」

やれやれ、と肩をすくめるのかと思いきや、手のひらに拳を当ててぱしぱし音をさせて

いる。

どうやらこの人は怒らせないほうが良さそうだ。

「あのー、積もる話もあるでしょうし、玄関先ってのはどうかと思うんで続きは中でどう

ですか?」

「っと、そうだね、せっかく坊やも……いや坊やってのもおかしいか……アタシは天

野サキ、君は?」

「泉水ヒカルです」

 ぱるすがウチにやってきた時もこんなやり取りがあったなと、たった一月ほど前の事な

のに懐かしさを感じる。

「ヒカルか、中々いい名前じゃないか」

 俺の背中をばしっと叩いて、がははは、と外の悪天候を全て吹き飛ばしそうな勢いで笑

うサキさんを見て、相手が女性なのにも関わらず男前な人だなぁ……なんて感想が出て

きたのは少し失礼かもしれないがとても自然なことに思えた。

「じゃ、ヒカルの好意に甘えてお邪魔しようかね」

 その豪快放埓なイメージに反してやけに優雅にサンダルから足を抜いたのにも驚いたが、

玄関に上がってもらって気づいたのが、ボディービルダーのような鑑賞目的ではない自然

な筋肉が全身に薄っすらと付いていて、下手な男ならひとひねりで組み伏せてしまいそう

だった事だ。

 学校の授業でそれなりに体を動かしている今は兎も角、卒業してから定期的に体を動か

している自分なんて想像もできない俺からすると、現在肉体言語で語り合ってはいけない

人ランキング1位と言ってもいいだろう。

 

「ごめんねヒカル、急に押しかけちゃったみたいで」

「気にすんなって、ぱるすの時だって似たような感じだったしな」

「そっ、それはそうだけどさぁ……」

「まあ、あの海賊のコスプレにはちょいびびったけど、なかなか楽しそうなお母さんじゃ

ん」

「え、ああ、コスプレ……ねぇ」

「どうかしたか?」

「いやいや、何でもないのよ。ま、ある意味楽しい人ってのは娘の目から見ても間違いな

いけど」

「だよなぁ、なんつーかさ、ちょい規格外?な人に見えなくも無いけど」

 サキさんをリビングに案内(と言っても玄関の目の前なんで、ほんの数歩足を進めれば

いいだけの距離しかないが)して、お茶の用意をしながらぱるすと話しているとサキさん

から重いもしなかった声が飛んでくる。

「なに二人でストロベリってんのサ、ったく母親の目の前だってのにいちゃいちゃしちゃ

っていやらしい子たちだねぇ」

 ちょっと話してただけでいやらしいってアンタは中学生か!その思考回路のピンクに染

まった感じというか思いつきをフィルタにかけずにすぐ口にするあたり、この二人に同じ

血が流れているのは間違いない。

「もうっ、また変な事ばっかり言ってー。わたしとヒカルはそんなんじゃなくて、単に困

ってたわたしを置いてくれてるだけなんだから、あまりおかしなこと言ってヒカルを困ら

せないでよね」

「へいへいっと」

 薔薇色に頬を染めるぱるすに投げやりな返事を返すサキさん。しかし部屋の中を興味深

そうに見回している様子からすると、きっとその耳には何も届いていないんだろう。

 お口に合うか分かりませんがなんて、まるでホスト側のような口を利いてぱるすが母親

の目の前にお茶とお菓子をセットする。うちにこんな紅茶なんて置いてなかったと思うけ

ど、嫌な香りじゃない。好みの問題もあるしその辺のアレンジは任せて正解だったようだ。

「さてと、ぱるすの欲しかったのはこれだろ?」

 ごついアクセサリーをはめた指に似合わず三本だけを使いくいとカップを持ち上げ喉を

湿らせると、腰の小さなポーチから鈍く光る物体を取り出しテーブルの上にコトリと置い

た。

 それは一見すると昔の漫画に出てくるおもちゃの銃にモニタとタッチパネルを付けたよ

うな見た目だった。些か物騒な存在に思えなくも無かったが、話の流れからするときっと

これがパーソナルトランスなんとかなんだろう。

「そうっ、これよこれ、ありがとっママ。」

 一日一時間という約束を守れずに取り上げられたゲームをようやく返してもらえた子供

のようにはしゃいている。

「可愛い娘が困ってンだ、何かしてやりたくなるのは当たり前の話だろ」

 口調はぶっきらぼうだが、目を細めてぱるすを見るその姿に深い愛情を見て取ることが

出来た。

「しかしまあ無事でなによりだよ、いくら転送自体は安全って言ったって適当に飛ばされ

たんじゃなにが起こるかわかったモンじゃないからね」

 それ以前に俺を轢いたり全裸で登場したりしましたけどね、とは娘の名誉の為に言わな

いでおいた。

「正直に言うと少しトラブったりしたけど、ここにいるヒカルのお陰でなんとか上手くい

ってるし感謝しなきゃね」

 そうそう、どんどん感謝してくれて構わんぞ。

「へぇ、この坊やが……」

 そんなに値踏みするようにじろじろ見られると、どこかに売り飛ばされるんじゃないか

と多少不安な気持ちになる。

「どこからどう見てもそんなに凄そうな男には見えないけど……いやどっちかってーと

ヘタレっぽい気もするけど人は見かけに寄らないネェ、っと娘の恩人にこんな事言っちゃ

失礼か」

 少し言い過ぎたかといった顔で頭をぽりぽりかいている。ヘタレって部分には反論する

余地もないと自分で思っているので特に何も感じなかったが、横から声が飛んできた。

「ねぇママ、そりゃヒカルはいつもあんなガチムチな人達が側にいるママからすれば、男

っぽさは足りないだろうし頼りないって感じたりヘタレとかちょっと抜けてるとか色々思

ったりもするんだろうけど、実際ヒカルがいなかったらこうやって再会できなかったかも

しれないんだし、あんまり悪く言わないでよね」

 ちょっと待て、ヘタレって言われた俺の名誉回復をしてくれるにしては、明らかにサキ

さんよりお前の方が酷い言い草だと思うのは俺の思い過ごしか?

「わりぃわりぃ、そんなつもりは無かったんだけどね……なんてか、この子手間がすっ

ごいかかるだろ?ワガママで手癖も足癖もアタシに似て悪いし、口だってお世辞にも上品

とは言えなからサ、そんなお転婆な娘を助けてあまつさえ上手く御してるなんてよっぽど

な男だって先入観があってね」

「いや……俺の話はともかくして、ぱるすはサキさんの言うほどじゃ無かったですよ、

全くそんな部分がないとは言えないですけど。丁寧な言言葉遣いや立ち振る舞いで上品だ

なって思ったこともありますし、居候してる代わりってわけじゃないですけど、下の店の

手伝いってかバイトをやってて愚痴一つ言わずにどころか嬉々として働いてたみたいだし、

真面目な子だなぁって感心してたんですよ。ウチの親もいい子だねって言って随分褒めて

ましたし」

 何で俺がぱるすの事をフォローしているのか分からないが、そうしたくなってしまった

んだから仕方がない。

「この子が上品ねぇ……っと、それはいいとして娘を助けてくれて有難うヒカル」

 机に両手をばしっとついて頭を下げているけど、サキさんのイメージに合わないことこ

の上ない。

「えっと、その、まあ、成り行きでそうなっただけなんでお礼を言われるほどじゃないか

と」

「そうかい?でも恩を受けたらキチンと返すのがウチの流儀なんでね、いずれちゃんとし

た礼はさせてもらうからそれは受けてもらうよ、いいね?」

 念を押すように、いいね?と言われ、卒業式の後に校舎裏に呼び出される先生役の俺と

不良の格好をしたサキさんが頭に浮かび、お礼参りだけは勘弁してくださいと泣きが入り

そうになったのは思い違いだったとすぐに気づき心底ほっとした。

「ま、それにしてもそんなムキになって言い返すなんて、ぱるすもいよいよ女になる年頃

か」

 サキさんはソファに思い切り寄りかかり感慨深そうに呟いた。組み替える褐色の脚に一

瞬目がいって何故かぱるすに親指を踏みつけられた。

「べ、別にそんなのじゃないんだってばっ……ただ、助けてもらったのに悪く言うのも

ヤだなって思っただけで……」

「あーはいはい」

「だーかーらー」

「ウチにいるときは、ママがいくら頼んでもそんな可愛い格好なんてしてくれなかったの

になー」

 実家にいるときのぱるすは一体どんな格好なんだ?今だって水色の涼しげなワンピース

っていうそんなに着飾っているわけじゃないと思うんだが、これが可愛いって言い切れる

んだからよっぽどなんだろうか、少し見てみたい気もする。

「っと、そこの子が本気で怒りそうだからこの辺でやめとこうかね」

 ふとぱるすを見ると、拳をぎりぎりとにぎりしめ肩を震わせている、一見すると笑いを

こらえているようにも見えるその顔は髪の毛の影から見える瞳に殺気にも似た力が込めら

れていて、今にも母親に飛び掛りそうだ。親子喧嘩をするのは一向に構わないがウチに被

害を及ぼされるのだけは勘弁して欲しかったので、サキさんの賢明な判断はありがたかっ

た。

 

「さてと、ぱるすに渡すモンは渡したし娘の恩人にも一応のお礼は言えたからアタシはそ

ろそろ帰るつもりだけど、ぱるす、お前も一緒に来るかい?あっちはまだ出発までに時間

があるみたいだし、そう急ぐ必要もないンだけど『お世話になってるだけ』だったらあま

りお邪魔したら悪いだろ?」

 ニヤニヤしながらぱるすの返事を待っている。

「わたしは……もうちょっと残ってようかな。もし帰るならせっかく用意してくれたお

部屋の片づけだってしなきゃいけないし、好意でお店で働かせてもらってるのに急にやめ

るのも失礼よね?」

 言葉を少しずつ搾り出して答えるぱるすの顔からは、いつもの見ているだけで他人に力

を分け与えることの出来る笑顔が消えていた。

 そんな顔をするほど店での仕事やウチで遊んだ事が心残りなら帰らなければいいのに、

自制心ってものが無ければつい口に出してしまいそうになる。

「それに……」

 たっぷり5秒以上、某司会者も顔負けなタメを作ると精彩の無い顔から一転、力いっぱ

い破顔してこういいのけた。

「撮りためたアニメだってまだ見てないし、もうちょっとで今のクールが終わるからそし

たら新作アニメもあるでしょー、や、今放送してるのだって十分魅力的なんだけど、秋か

ら始まるのは原作からかなり注目してた作品だしせっかくちゃんと視聴できる環境になっ

たのにこのまま見逃すってのも惜しいじゃない」

 待て、お前のその理屈だと延々帰らないって事にならないか?

 この所俺がぱるすの知識についていけないのが分かって物足りなくなったのか、あまり

そっち方面の話をしなくなっていたのですっかり忘れていたけれど、コイツは親の死に目

よりアニメの最終回ってヤツだったのを思い出した。勿論アニメやラノベ、漫画の話をす

る頻度が減っただけで別段仲が悪くなったりって事じゃない。

 ぱるすの方も暖簾に腕押しな相手よりネットの中にいる濃い面々の方がオタ話の相手と

しては向いているんだろう、結構な頻度で俺の部屋に遊びに来てはパソコンであちらこち

らのサイトを巡っている。それはいいんだが、ただ、時折アンチウイルスソフトの警告音

が鳴り響いてびっくりさせるのだけはどうにかしてくれと割と本気で思う。

「はぁ、お前はアタシに似て器量は申し分ないクセに、どうしてこう色気っつーか艶っぽ

い部分が足りないかねぇ……アタシがお前くらいの年の頃には周りの男どもなんかはす

っかりアタシの虜だったってのに、これじゃあ先が思いやられるよ。今だってほらアニメ

だなんだって誤魔化さずに、なんていうか……こう『ヒカルと離れたくないの』とかな

んとか瞳を潤ませて情感たっぷりに言ったりとか色々やり方はあるだろうに」

 ぱるすに限ってそれはないない、ってサキさんいつの間に俺の隣に座って手を取ったり

なにやってるんすか!

「ちょっとママ!しれっとした顔でヒカルの腕掴んでなにやってるの!ヒカルもマヌケな

顔でニヤついてないでさっさと離れるっ」

「ぎゃはははは、軽い冗談だったのに顔を真っ赤にしちまってまぁったく全く可愛いった

らありゃしない」

「ママの場合は時としてそれが冗談じゃなくなりそうだからでしょっ」

 食事を邪魔された動物が侵入者に向けるような目つきで母親を威嚇している。

「ヤダっていわれてもぉ、ヒカルだってこんな乳臭い娘っこよりアタシのほうがいいわよ

ねぇ?」

 いやほんと何言いたいのか分かんないですし命の危険が迫ってきそうなんでしなだれか

かって顔摺り寄せたり脚をからめるのはマジ勘弁してくださいよ……。

 他人から、いや思春期の男から見れば羨ましいことこの上ない体勢に見えるだろうが良

く考えて欲しい。相手は女性とは言えマッチョまでとはいかないもののかなりの筋肉質な

わけだ、で、そんな相手から力の加減もしてもらえずに抱きしめられたらどうだ。気持ち

いいって思うよりむしろ絞め落とされそう……って顔にかかる息がなんか酒くさっ。

「ぷはぁー若い子っていいわぁ」

「ちょっ、ギブッ」

 体に巻きついた腕を叩いて限界が近いことを伝えても一向に力が弱まる気配が無い、哀

れ俺の人生もここまでか……酸素不足でぼーっとした頭でそんな事を考え始めた頃にな

ってようやくぱるすも何かがおかしいと気づいたらしい、

「ママッ、ヒカルが死んじゃうわよっ離してっ」

 

酔っ払いほど性質の悪いものもない、ようやくサキさんを引っぺがしてもらったのはい

いが、当の本人は全く反省する気配も無いようで指をくわえて物欲しそうな目でこっち

を眺めている。尤も今反省されたところで酔いが醒めたらすっかり忘れ果てていそうな

気もするが。

「体は平気?ママの手加減なしの抱擁はかなり効いたでしょ」

 心配して顔を覗き込んできたぱるすと視線が絡み、伸ばしてきた指先が額に触れた。

 刹那、びくりとして手を引っ込めるぱるす、体を硬くする俺。

 サキさんがさっき言っていた『ヒカルと離れたくない』と言う言葉がリフレインしてい

てお互を意識しすぎているようだ。ったくやり難いったらありゃしない。

「死ぬかと思った」

 人助けをした御礼に絞め殺されちゃたまらん。

「ご、ごめんね。紅茶に入れるお酒の分量ちょっとだけ間違えちゃったみたいで」

「まあ一瞬意識が飛びかけただけだからそこは別にいいんだけど、どれくらい入れたん

だ?香りづけって割りに随分酒臭かったぞ」

「うーんと……これくらい」

 赤い顔をして親指と人差し指で示した分量は、およそカップの半分程度だった。

「ちょっとーママを仲間はずれにしないでよー」

「あのね、酔っ払いは大人しく水でも飲んでなさい」

 ピッチャーに入った水とグラスを指差すと冷静に言い放った。

「酔っ払ってなんかないってばー」

 良く聞く話ではあるけれど、酔っ払った人間の口からその言葉が出るのは初めて聞いた

気がする。ウチの家系は父親側はアルコールに弱くてビール一杯でもすぐ真っ赤になるほ

どで晩酌をすること自体が稀だし、母親はかなり強いらしいがウチじゃお酒をあおる姿な

んて見たことがないからだ。もちろんこれから先大学に進学してコンパをしたり、就職し

て飲みに行けば良くある出来事になるのかもしれないが少なくとも今の俺には縁の無い話

だ。

 いや、そういえば丁度幼稚園か小学校に入ったばかりの頃だと思うけれど、祖父母の家

に家族揃って遊びに行った時、喉が渇いたから何か飲ませてとおばあちゃんに頼んだら『オ

レンジジュースだよ』と、記憶は定かじゃないがきっと茶目っ気たっぷりな顔で言われオ

レンジリキュールを小さなコップ一杯飲まされたことを思い出した。当然その後熱を出し

たみたいに真っ赤になって横になった訳だが、今思えばイタズラ好きのおばあちゃんだな

ったなー、と少しばかり昔を懐かしんでいると、

 流石に毛を逆立ててフギャッとは叫びはしなかったものの、舌をしまい忘れうたた寝を

している所をつつかれてびっくりした猫みたいにサキさんがソファから跳ね起きた。

「そうだ!いい事思いついたよ!ヒカルへのお礼ってウチに招待してご飯食べてもらうっ

てのはどう?どう?どう?物じゃ味気ないしーかといって言葉だけってのも物足りないし

サ。幸い丁度仕入れてきた珍味もあるし腕振るっちゃうよ!」

 見た目はかなり変わっている人だけど一応思考だけは普通の人っぽいんだなぁ。リアル

カリブの海賊ツアーにでも拉致されるんじゃないかと少々身の危険を感じていた俺として

は大賛成な意見だ。

「えーっ?!ママそれはマズイんじゃない?……」

「何か問題でもあるのか?サキさんのお礼ってのはどうやっても断れそうにないし、正直

なんか物を貰うくらいならご飯をご馳走になって気持ちよく対等の関係になれたほうがい

いと思うだけどな」

「そ、それは分かるんだけどさー」

「それに、サキさんの格好見てて思ってたけど、俺の勘違いじゃなければ家って海の近く

なんだろ?」

「海……ねぇ……一応それで間違っては無いと思うけど……」

「なんだか歯切れが悪いなぁ、今年はお盆に店あけたりして家族旅行も行ってないし、出

かけたのなんてユズやぱるすと少し遊びに出たくらいだしさー。お祭りだってこんな天気

で潰れたしなんかイマイチ夏休みを満喫してる感じが無かったんだよな。だからまあ、サ

キさんの招待は渡りに船っつーか俺としては大歓迎なわけよ」

 まさか家中がウチで使ってる部屋みたいに混沌とした状態でもあるまいに、何故か俺を

呼ぶって事に積極的ではないようだ。

「うーん……ヒカルの期待してる船とはかなり違うと思うけど……」

「なーにごちゃごちゃ言ってんの、アタシが連れてくっつってんだから余計なこと考えな

いで大人しくしてりゃいいんだよ」

 戦の前に大将が初陣の兵に対してかける激励のようなセリフを聞いて、根っからの姉御

肌なんだと再認識。一方ぱるすはそんな母親を「本当に平気なの?」といった顔で見てい

て、こっちはどこまでも心配性といった所。

「ママがそこまで言うならいいんだけど、あとで覚えてないとかは無しなんだからねー?」

「らいじょうぶらいじょうぶ、ちゃーんと覚えてるから」

 少し呂律の回っていないやり取りをしておいて説得力もなにもあったもんじゃないのに、

本人にはそんな自覚は全く無いらしく大船に乗ったつもりで安心しろってな顔をしている。

「てなわけで一応聞いとくけど、ヒカルは苦手な食べもんとかあるかい?」

「洋食屋の息子なんで一通りのものは大丈夫ですけど、食べたことが無いものに関しては

何もいえないですねー。例えばドリアンとかシュールストレミングとか」

「あー、ニシン爆弾か。ま、ありゃあアタシも遠慮願いたいから安心しときな。他になに

も無いってんならこっちで勝手に作っちまうけど、久しぶりに腕が鳴るネェ」

 そういわれたものの、このオネーサンがキッチンに立っている姿ってものはとても想像

できなかった。バーベキューというか、焚き火を囲んで何かの肉の丸焼きに壷入りの酒を

あおる面々、やがて始まる大宴会って感じならとてもしっくりくるんだけど。

「えっと、俺の方も質問いいですか?」

「んあ?ああ、アタシのスリーサイズにでも興味があンのかい?遠慮しないでもなんでも

聞いとくれ。おっと、ただし年齢体重だけは勘弁な!それは乙女に聞いちゃいけない質問

ってもんだ。ちなみにスリーサイズは上からきゅうじゅうさ……」

「違いますって!そうじゃなくてそちらにお邪魔するときはやっぱりスーツとか着ていっ

た方がいいのかなーとか、ぱるすみてるとセレブっぽいトコあるんで気になるんですよー」

 サキさんの直視してると鼻血が出そうな悩殺バディのデータにもとても興味があるけれ

ど、んなもんここで聞けるはずも無い。取りあえずバストが93ってのは覚えておこう。

「ああ、別に普段着っつーか今着てるので構わないよ。ほら、ポーターでちょいちょいっ

と帰ればいいだけだし」

「え?サキさん?」

 さっきの話だと日を改めて招待するみたいな話だったとおもうんですけどー?それにそ

こは普通に車とかなんかで行きましょうよ、ほら、いくら安全って聞いてても今まで使っ

た事がないですしー、それにその腰にぶら下がってる様子を見るとどうも拳銃にしか見え

なくて……いや、怖いとかそういうんじゃなくてですね、未知なる物に対しての緊張感

と言うかなんというか……。

 頭の中でどうやって丁重にお断りしようかと考えていた俺の時間は徒労に終わったらし

い。気づくと右手に持った拳銃モドキでしっかりと俺に狙いをつけるサキさんが目の前に

いた。これで俺が両手でも上げていれば、海賊に襲われ命乞いをするものの大したセリフ

も無くあっけなく画面から消え去ってしまう名も無き少年Aといった様子だ。

 っていうかやっぱり酔っ払ってたんだじゃないですか!うちの家族に挨拶するだとかす

っかり無かった事になってますよ!

「大丈夫だって、初めてだからって痛かったりしないし安心しなよ、な?」

 きっと日焼けしていなければアルコールで真っ赤になっているはずの顔でにこやかにそ

う言った。

 助けを求めようとぱるすに視線を向けると……両手をあわせて申し訳なさそうにこっ

ちを拝んでいる。やれやれ流石のぱるすと言えどサキさんの暴走は止められないって事か。

「ほら、力を抜いて……いくよ」

 抵抗することを諦め、ぱるすが自分で使うときはきっとペルソナー!とでも叫ぶんだろ

うなと最近遊んだゲームのワンシーンを思い出していると、ヘッドロックを掛けられこめ

かみに銃口を当てられた俺に死刑宣告が降りた。

 引き金を引くカチリという小さな音が聞こえたかと思うと、ビデオテープを巻き戻して

いるような音と共に全身が熱を持ち始める。半身浴をしている程度の熱で、服を着ている

事の違和感を除けばむしろ心地よい感じだ。やがて俺を中心にして光るタンポポの綿毛み

たいな放射状の光が現れ始め視界が真っ白になり、目を閉じているのか開いているのか分

からなくなった。

世界中が純白に染まり聞こえるのは何かが高速で回転する音だけ。そんな状態に置かれて

自分が今どこにいるの判断できなくなり少しばかりの恐怖を感じた時、回転数の落ちたビ

デオデッキの音がしたと同時に意識が一瞬途切れた。


 
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