『科学サイドの私が幻想サイドへ』
過去に幻想郷へ侵略し、魔法の力を手に入れようと企み、巫女と魔法使いの前に敗れたことがあった。
あれから私岡崎夢美は終わりの見えない論文に取り組んでいる。その論文というのは『魔力』の証明。
幻想郷から見た、外の人間は魔力を信じていない。
そしてそれを証明した論文は未だに完成していない。
今でも魔力というものを掴みきれていないからだ。
幻想郷に住み着くことにして、研究を続けているがいまだに扱うことができない。
科学で魔法に近いことは可能だが、あくまで近いというだけ。似非魔法でしかない。
見た目が魔法に近くとも、理論上では全くの別物だ。
あの白黒の魔法使いには到底敵わないのだ。
私は意を決して、魔女らしい魔女と噂の少女のところへ行った。
彼女の名前はパチュリー・ノーレッジ。
紅魔館というところの地下図書館に居るという話だ。
私は挨拶代わりの弾幕ごっこで自分の科学力を見せ付けた。
その上で魔法について教えて欲しいと彼女にお願いした。
「昔の人が言ってたわ。高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない、とね。この意味がわかる?」
乱れた髪を整えながら、ため息混じりにパチュリーはそう言った。
「……違う、そうじゃないの! それでは駄目なのよ!」
「私からすれば十分魔法だわ」
「幻想郷に住んでいる人から見ての話でしょう? 魔法を知らず、科学だけを信じて生きてきている外の人達にはやはり科学だと言われるだけだわ!」
「私にはただ、そうとしか言えない」
「お願い! 科学とは理論が逆行しているような魔法を教えて! 基礎から魔法の理論で固まった、純粋な魔法を教えて!」
「帰ってくれる? こっちは暇じゃないの」
「ま、待ってよ! あなたが力を貸してくれさえすれば、私の論文は完成するはずなの!」
「聞こえなかったの? 私にはあなたを助ける義務もない」
「……そうね。お邪魔したわね」
せめて魔法に関する本を貸してはくれないか、とお願いしたが「帰って」の一点張り。
結局のところ何の収穫もなく、紅魔館を出て行くしかなかった。
にやついた顔の門番に腹を立たせながらも、私は魔法の森へ向かった。
魔法の森には白黒の魔法使いがいるという噂を聞いている。
彼女も魔法を使っている。ましてや彼女は人間のままで魔法を使いこなしている。
素の人間である私と同じ身なのだから、パチュリーの使う魔法より勉強になるかもしれない。
日の光があまり届かない、暗い森の中を進んで行った。やがて彼女の家と思わしき建物を発見。
霧雨魔法店。確か白黒の彼女は霧雨と言ったはず。
だからここが彼女の家なのだろう。そう思ってドアを叩いた。
「開いてるぜ」
懐かしい声がした。もう何年も聞いていない声だったから。
彼女はガラクタに囲まれた机に向かって、何かしらのデスクワークをしているところの様だ。
「こんにちは」
ドアを開けて挨拶。すると彼女は私を見て、顎に手を当てた。
「……お前、見たことがあるぜ」
「わ、私のこと覚えているの?」
「そんな気がしただけだ。誰かはわからん」
「そう……」
ガラクタをかき分け、埃を少しかぶった感じのイスを勧められた。
部屋全体が少しカビの匂いがして、むせた。
「私は岡崎夢美。かつて魔力を自分のものにしようとした者なの」
「そうか、やっぱり覚えてないぜ。ああ、私は霧雨魔理沙だ」
残念。弾幕勝負をし、敗れたという記憶が私にはあるが……彼女は私と戦ったことを忘れているらしい。
「それで、そのオカザキさんは私に何の用だ?」
「単刀直入に言うわ。私に魔法を教えて欲しいの」
「良いぜ、好きなだけ見るがいい」
そう言って彼女は嬉しそうな表情で懐から手の平台の、八角形の物体を取り出した。
八卦炉というらしい。赤黒い色で、冷たいものだった。不思議な金属で出来ているらしい。
「それが私の魔法のタネだぜ。盗んだりするなよ」
「これが……何なの?」
「これで特殊な茸から作った燃料を使えば、神様もビックリなレーザーが出るんだ」
「燃料ですって? あなたの魔法は道具に頼ったものなの?」
「まあそういうことだな。他にも投げつけたら爆発する玉なんてのもあるが……」
驚いた。燃料を使って爆発させ、それで光線を飛ばすという彼女の魔法の正体に。
そんなもの科学そのものではないか。
失望した。
もっと不思議なことをやっていると思っていたのに、これでは論文の何の役にも立たないではないか。
「満足したか? お前の言いたい魔法ってのとはちょっと違うかもな」
「……ええ、違うわ」
「何なら魔法使いらしい魔法使いってのを紹介してやってもいいぜ。紅魔館っていう……」
「知っている! パチュリー・ノーレッジという者にはもう会った!」
「そ、そうか……じゃあ、パチュリーの所から持って行った本ぐらいなら貸してやれるが……」
「え? 見せて、見せて!」
申し訳なさそうに取り出した分厚い本を受け取り、硬い表紙を開いた。
随分と難しそうな日本語で書かれた本の内容は、確かに魔法に関する事柄だらけ。
その魔法のことは魔理沙の使った、道具や薬品に頼ったものからパチュリーの魔法に近い、不可思議なものまである。
「ほ、本当に貸してくれるの? この本があれば私の論文が完成するかもしれないわ!」
「そうかそうか、そいつは良かったな」
「でも……借りて良いの? 又貸しになっちゃうけど……」
「ああ、好きなだけ読んでくれ。こんなことで良いならな」
「あ、ありがとう! 見ず知らずの人なのに」
「さっき自己紹介しただろ? だからお前とは見ず知らずってわけじゃねえ。それに、昔お前とは会ったらしいしな」
「魔理沙……」
私は彼女のやさしさに感動した。彼女に飛びついた。抱きしめて嬉しさを表現した。
「お、おいおい……」
「ありがとう! ありがとうね、魔理沙!」
飛びついた勢いで周りのガラクタが崩れたらしく、私は背中を何かで打った。凄く痛い。
私は何度も振り返ってはお礼を言って、魔理沙に手を振った。
この本に書かれていることを解読し、理解すればきっと論文を完成させられるだろう。
そうと決まれば、私は急いで自分の船に帰らなければいけない。
幻想郷の外から幻想郷までワープできる、私の作った特製の船へ。
魔法の森を抜けたところで、船を捜そう。
そう思って空を見上げたところで女性の悲鳴が聞こえた。
近くだ。私は本を抱えて悲鳴がした先へ急いだ。
森の近く、草原になっているところで倒れている女性を発見。
そのすぐ近くにネズミの様な耳を持った者が立っている。
私は人間が妖怪に襲われていると思った。
助ける道理はないかもしれないが、助けたい人情がある。
ネズミだと思う妖怪に科学の力で作った光線を放った。
ネズミは吹き飛び、女性から離すことに成功した。
「大丈夫ですか!」
「え、ええ!」
女性はおそらく人里に住む、弾幕を作り出せない普通の人なのだろう。空も飛べないらしい。
足を引きずりながら、人里の方へ逃げて行った。
「よくも私の邪魔をしてくれたね……」
ネズミの妖怪と思わしき者はまだ息があったらしい。
その者は細長く、黒い棒を持っていた。両端が曲がっている。彼女の武器なのだろうか?
「見たところ君も人間らしいけど、魔法でも使えるのかな」
「魔法じゃない。こんなもの、魔法じゃない……」
「どっちでもいいよ。今私は君に邪魔されたことで酷く腹が立っているんだ」
灰色のネズミ妖怪が何かカタカナの言葉を叫び、弾幕を展開してきた。
私めがけて飛んでくるそれらとネズミ妖怪を巻き込む様にして、もう一度光線を飛ばした。
吹き飛ぶネズミ。草原に倒れる。また起き上がろうとしている。戦意が残っているらしい。
正の光子と光波を操って作り上げた十字架で妖怪を押しつぶす。
ここまでやったところで、ようやく妖怪が動かなくなった。
襲われていた女性はもう逃げ切った様子。妖怪も退治した。
さあこれで研究が始められる。
そう思って空を飛ぼうとしたとき、何物かが近づいてくることに気付く。
その者は長く、ウェーブのかかった髪をしていた。
その身からは溢れ出しそうなほどの、強い魔力を纏っているのが感じられた。
「お待ちなさい。この子は私の身内なのよ」
目の前の者は私を睨んでいる。視線を外そうとしないまま、ネズミの妖怪を抱きかかえた。
「私はただ、妖怪に襲われていた人間を助けただけよ」
「……あなたもですか。虐げられる妖怪の気持ちを考えたことのない人が多すぎる」
「ちょ、ちょっと待ってよ! どうして私が悪者みたいな扱いになってるのよ!」
「私の名前は聖白蓮。人妖の平等を広めようとしている、命蓮寺の住職です」
「……私は岡崎、夢美。魔力を追い求めている、科学者よ」
科学者という言葉に反応したのか、それとも魔力を求めていることが不思議なのか、白蓮は怪訝な表情を見せた。
「科学者、ですか。それはそうと、魔力を追い求めている……とは? 先ほどあなたが放ったものは確かに魔法ではありませんね。随分と魔法に近い、とは感じましたが」
聖白蓮という少女は一体何者なのだろう。魔法使いの魔理沙、いや純粋な魔女のパチュリーを遥かに凌駕する魔力を秘めてそうなこの少女は何なんだ。
対峙しているだけで胸が高鳴ってくる。動悸が激しくなる。
感じる。間違いなく人間ではない。
彼女もまた、人間を辞めて純粋な魔女に成った者に違いない。
「私のことが怖いのですか? あなたも、ただ者ではない様に感じますが」
「怖い、というよりは羨ましいかしら。そのおびただしい魔力の一部でも譲ってくれたら嬉しいのに」
きっと白蓮という者は強いのだろう。ただの住職なんかじゃないはずだ。
妖怪を傘下にしてしまうのだから、一筋縄では行かないだろう。
強がってはみたが、白蓮の言うとおり私は怖がっているのだろう。
私の前に立っている彼女に対して、だ。
だが今の私は怖いという感情とは別の感情が強まっている。
知りたいという、探究心だ。
無限に知識を得ようとする要求がどんどん強くなっていく。
いつか巫女と魔法使いを連れて行こうと企んだときのことと、状況が重なった。
目の前の少女を拘束したい。船に連れて帰って、研究したい。
聖白蓮という者を私のモノにしたい。監禁したい。観察したい。体の隅々まで調査したい。
「本当に怖いものは人間だ、という言葉を今すごく実感しているの」
「え?」
「私を美味しそうに見るのは止めて頂けませんか?」
「そういうわけにはいかないわ! 目の前に論文の答えが転がっているような物なのに、逃すわけにはいかない!」
「本当に、人間というのは誠に愚かで、私利私欲でしかないッ!」
白蓮が構えた。彼女の体内にある魔力が働いているのがわかる。
私も咄嗟に構えた。似非魔法を駆使し、彼女目掛けて──。
「待ちなさい!」
何者かが叫んだ。
同時に背後から何かをぶつけられて吹き飛ばされ、草原の地面で何度も身を打った。
何だろう、白黒二色の球体をぶつけられた気がする。
力を振り絞って立ち上がってみると、白蓮もボロボロの様であった。
「争うなら余所でやってよ! これから寝ようと思っていたのに、さっきから叫んだりして煩いのよ!」
そちらも叫んでうるさいではないか、と思った相手は紅白の装束に身を包んだ巫女であった。
空を見れば、確かにすっかり暗くなっていた。
巫女の顔を見る。昔見たときとは、少し違った印象を抱いた。
だが間違いない。彼女の名前は博麗靈夢であるはずだ。
靈夢に言われるがまま、私と白蓮は争うことを諦めた。
何を言っても機嫌の悪そうな表情を見せてくる靈夢は、私のことを覚えていない様子だった。
魔理沙と同様、私のことなど忘れてしまったのだろう。
白蓮はというと、今ではすっかり落ち着いたのか、爽やかな笑顔さえ向けてくる。
魔力もあまり感じられないほどに、興奮が冷めた様だ。私自身、もう戦意を失っていた。
先ほどのネズミの妖怪はと言うと、彼女の腕の中で眠ったように動かないまま。
「……ごめん」
「え? 何を?」
「いや、何か巻き込んじゃったかな、って。靈夢に止められると思ってなかったから」
「ああ、霊夢ね。別にいいわよ、彼女はああいう人間ですもの」
「そのネズミが人を襲おうとして、ぎったんぎったんにしたことは謝らないけど、巫女を呼んじゃって巻き込んだことには謝らせて欲しい」
「別に良いんですよ。ナズーリンのことは許せませんけど」
そうは言うが、彼女は笑っていた。
もうすっかり暗くなって、月のぼんやりとした明かりでしか道が見えない程。
「私、帰るわ。『魔力』そのものを持っているあなたを誘拐してしまおう、なんて考えてたけど……魔法の本があるから」
「あらあら、やっぱりそんなことを考えていらしてたのね。本当に怖いお人」
私を怖い呼ばわりするものの、目は笑っている。
こんな朗らかな人が妖怪側の魔法使いだなんて、とても信じられなかった。
しかしここは幻想郷だ、こういうおもしろい者がたくさん居そうな場所。ありえる話かもしれない。
「皆が心配していると思うから、私も帰ります。せいぜい、私の側に堕ちない程度にがんばってくださいな」
「ええ、ありがとう。楽しかったわ」
「何もしてないけど」
「ううん、私にはとってもためになった。もし良かったら、また会いましょう」
「そうね、また……」
頭上に二つの船が現れた。一つは私の船だ。可能性空間移動船という、単純に言えばワープが出来る船。
そしてもう一つの船。彼女、白蓮を迎えに来た様子であった。
なんでも昔助けた舟幽霊の船だそうだ。私の船よりずっと大きく、大層立派な船である。
「さようなら、科学者さん」
「ええ、さようなら、住職さん」
向こうの船に乗り込んだ白蓮と視線を交わし、私の助手であり船員でもある北白河ちゆりに向こうの船とは反対方向へ進むよう指示した。
「ご主人があんまり遅いから、迎えに来てやったんだぜ」
「はいはい、ありがとう。じゃあ私部屋で論文やってるから」
「食事は勝手に食べておくぜ」
「ええ」
「……ご主人、どうしたんだ?」
「論文が完成するかもしれないのよ! ご飯なんて食べている場合じゃない!」
私を呼び止めるちゆりを振り切り、部屋に閉じこもった。
早速靈夢の弾幕を受けた最に少し傷のついた魔道書を開き、古い日本語で書かれた魔法の論文を解読し始めることにする。
空きっ腹に焼酎を流し込んでほどよく気分が高まったところで、仕事を始めることにしよう。
聖白蓮が言ったことを気にしている。私の側に堕ちない程度に、という言葉。
『魔力』という概念を理解できたなら、私は迷わず自分の体に取り込みたいと思っている。
だがそれをすれば、人間を卒業するという意味なのだろう。
魔力を証明するには、私自身が魔法使いに成らなければならないのかもしれない。
しかしそうなれば外の世界で奇異な視線を向けられるのは目に見えてわかっている。
それでも構わない。学会の奴ら、いや全世界の科学者を驚愕させられるのならそれでも構わない。
今更躊躇うことなど何もない。偶然掴んだこのチャンスを逃すことなんて出来ない。
私が魔法使い側になったところでどうせ不都合なこと等何もないはずなのだから。
否、一つだけあった。靈夢に退治されるかもしれないという、危険性だ。
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あとがき
夢美は「霊夢」を知りません。故に彼女は「霊夢」のことを「靈夢」と呼びます。
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かつて幻想産物の魔法の力を得ようと企んだ、岡崎夢美教授。その野望は今でも朽ち果てず、夢を追いかけている。