No.254634

雨降って恋焦がれる

天気が悪いので引き篭もって魔法の勉強でもしようかと思った魔理沙。そんなとき、ずぶ濡れになった妖夢が訪れて来たのだった。 ※創想話ジェネリックへ投稿した作品です

2011-08-02 03:39:15 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:694   閲覧ユーザー数:681

   『雨降って恋焦がれる』

 

 

 こう雨が降ってちゃあ洗濯物が乾かないどころか、外出すら出来ないってもんだ。

 恵みの雨だとかで農家の方々は喜ぶかもしれないし、それで作物が一杯取れるってんなら消費者の私らは大喜びすべきかもしれん。

 それでも限度ってもんがある。最近通り雨が酷くておちおち買出しにも行けないのだ。

 行けないことはないが、空をかっ飛んでの買い物は出来なくなる。

 里から距離のある所に住んでいると、こういうとき不便だぜ。

 別に貯蓄はしてあるから食うのには困らないし、最悪歩いて行けば良いだけだからな。

 私霧雨魔理沙は窓の隙間から聞こえてくる、どしゃ降りの雨の音を聞きながら魔法の本を読んでいる。

 こういう日は勉強に限る。

 晴れの日は働いて、雨の日は家で本を読めとか言うしな。

 紅魔館の図書館から失敬した魔道書の解読でもすることにしよう。日々精進だ。

 おおっと? こんな日に来客だ。珍しい奴も居るもんだ。

 激しくドアを叩いてくれる。うちの扉はそんなに頑丈じゃないってのに。

「ごめんくださ~い! 誰か居ないのー!」

 少女らしき声。この辺をブラついてる、私ぐらいの女の子ってのもそうそう居ないんじゃないか?

 折角解読の方がノって来たところだというのに、と愚痴をこぼしつつ重い腰を上げて扉を開けてやった。

 そこには冥界で庭師をしている半人半霊の、魂魄妖夢がズブ濡れで立っていた。

 緑色のベストとスカートもビシャビシャ。

 スカートの裏地らしき部分が脚に引っ付いている様子だった。

 ブラウスの部分も説明する必要がない状態。

 白い所が透けているせいか、肩や腕のラインがうっすらとわかる。

 しなやかな肢体に胸がドキドキ。

「こんにちは」

「お、おう。お前、どうしたんだ?」

「急に雨が降ってきて、この有様よ。雨宿り出来そうなところを偶然見つけたと思ったら、あなたの家に辿り着いたというわけ」

「なるほどな」

 今は春になったばかり。冬ほど寒くはない。

 それでも雨に濡れれば寒いのは間違いないだろう。

 私はとりあえず服を脱いで、このバスタオルでも巻いておくように言った。

 脱いだ服を入れる籠を用意してやり、お風呂を沸かす。

 沸かすと言っても魔法の炎で沸かせるから、あっという間にお湯を張ることが出来るんだ。

 火力は文句無し。

「ぶるぶるぶる……」

 妖夢は半霊にもバスタオルを巻いていた。そっちに感覚はあるのか? 暇なとき研究してみるとおもしろいかもな。

「焚けたぜ」

「あ、ありがと……ぶるぶる」

 バスタオルで体の水分をしっかり拭き取ってから浴場へ入って行った様子。

 使われたバスタオルは綺麗に畳まれていて、ずぶ濡れの服も丁寧に畳んでいる。

 育ちが良いんだろうな。まあ妖夢は堅苦しそうだし、そういうものを意識して生活してきたに違いない。

 とりあえず妖夢には私の服を着てもらうしかないな。

 私と妖夢は目線が同じぐらいだから、服も入ると思う。

 そういうわけで妖夢には私のお古を着てもらおう。妖夢が体を温めている間にお茶でも淹れておいてやるか。

 別にこいつとは顔を知らない仲ってわけじゃないんだし、これぐらいのおもてなしぐらい私だってするんだぜ。

 アリスやパチュリーだったら恩着せて本でもせしめるのに、妖夢だと得になりそうなのは無さそうだな。何てのは思ってない。

「魔理沙ー!」

 おおっと? 妖夢に呼ばれたな。ついでだ、服持っていってこれで良いか訊こう。

 浴場へ行ってみると魔法の釜の前で顎をつまんでいる妖夢が難しい顔をしていた。

「どうした? 火が弱いのか?」

「あー、熱いんだけど……これどうやって使えば良いのか」

「ああ」

 釜にちょちょいと魔力の元を入れてやり、ツマミを弄る。

 魔法の釜ではあるが、物は殆ど機械みたいなもんだ。

 私は純粋な魔法使いって奴じゃないんでな。

 とはいえ、魔法の知識無しじゃ動かせない物ばっかり。妖夢には触ることすら出来ないのかもな。

 良く見れば半霊の方もお風呂に浸かっていた。やっぱり感覚があるんだろうな。そっちは死んでるくせに。

「ああ、ところで私の服で良いか? その、なんだ、服が乾くまでの間な」

「服のサイズ、合いそう?」

「ああ」

「じゃあ貸してもうらおうかな。私一回魔法使いの服って着てみたかったの」

「別にすごい機能があるわけじゃないけどな」

 魔法使いの服か。確かに私はこういう色合いでこういう構造の格好をするのが魔法使い、魔女らしいと思って着ている。パチュリーやアリス、白蓮を見てわかる通り魔法使いだからって皆が皆同じような服を着る必要なんてない。

 猫背で鼻を尖らせてヒッヒッヒ、と笑いながら鍋で妖しい物を煮込む奴なんて居ないしな。

 魔法使いの雰囲気を味わおうと一人でヒッヒッヒって笑いながら鍋で煮込みの作業をするときはあるが、これは誰にも言えない秘密だ。

「ねぇ魔理沙、今日泊めてもらうことって出来る?」

「え? 泊まり?」

「雨が止みそうにないし」

 言われて窓を叩く雨の音に驚く。確かにこれは帰られそうにないな。

 雨がさっきよりも酷くなっているし。

「あー、確かにこれは無理だな」

「明日の朝には帰るわ。そのときは雨降ってても帰るから、どうかな?」

「どうって、構わんよ」

「良いの?」

「んなこと気にすんなって!」

 たまにはこういうのも良いと思った。そうと決まれば夕食の支度。

「飯はどうするよ? 適当な鍋もので良いか?」

「頂けるのなら、私は何でもいいわ」

 味噌の鍋で良いか。最近買出しに行ってないから贅沢は出来ないんだ。

 肉や魚も昨日で尽きた所だったらしい。妖夢には悪いが、野菜と米で我慢してもらおう。

 衣類を風呂の出口周りに置いて台所へ。

「魔理沙ー!」

「おー?」

 また呼ばれた。今度はどうしたんだ? 風呂の栓でも抜いちまったか? 後で私が入るんだからな。

「これは何?」

「ああ、それか」

 妖夢はお風呂を出たところらしい。私のドロワとシャツを着た妖夢が魔法で動く乾燥機の前に居る。

 これは言うなれば暖房器具に近いもんで、温風で体を乾かせるという代物。

 確か一昨年ぐらいに使い出したんだが、結局拭いた方が早いということに気付いて使わなくなったんだ。

 妖夢にそのことを説明してやるとどんな風に動くか見てみたいと、目を輝かせてる。

 やはりというか、何というか。暫く動かしていなかったせいで動いてくれなかった。

「これ本当に魔法で動いてたの?」

「ば、バカにすんなよ! 温風が出てくるってことは、火属性と風属性の魔法を同時に制御してるってことなんだぞ!」

「じゃあ魔力ってのを注げば動いてくれるんじゃないの?」

「……」

「あー、いや、無理に動かしてくれなくても良いわ。ちょっとどんなのか気になっただけだし」

「ごめんな」

「こ、こっちこそ」

 どこか余所余所しい空気。そういえば妖夢と二人っきりで過ごしたことなんて無かった気がするな。

 一人で冥界へ遊びに行ったことが無かったわけじゃないが、大抵幽々子と妖夢が一緒に居る。

 神社へ行けばたまに妖夢も来てたりするが、神社だから霊夢が居るわけだ。

 話は変わるが、妖夢には昔師匠が居たとかって言ってた気がするな。

 だからそこにちょっと共感出来る部分があるんだよ。

 妖夢の師匠は居なくなったらしいし、私の師匠もどこかへ隠れちまった。

 こういうチャンスなんてそんなにないだろうし、ちょっと話し込んでみようかな。

 食事の用意が出来たところで妖夢にお茶を出し、その間に私の入浴を済ませよう。

 最近一人で飯を食うことが多かったが、今日は寂しくならなさそうだ。

 ふと妖夢の体が目に入った。別にやましい気持ちで見ているわけじゃないぜ。

 刀をぶんぶん振り回しているからどんな肉体をしているのかと思えば、パッと見じゃ普通の少女の肉付き。

 肩幅だって特別広いわけじゃない。下半身に至っては、太ももやふくらはぎが気持ち太く見える程度。

 よくこんな体であんなことが出来るな、と驚かされた。ムッキムキだとそれはそれで引くが。

「お前って結構細いんだな」

「え?」

「いや、刀振り回してるし筋肉あるのかなーとか思ってたんだよ」

「必要最低限の筋肉さえあれば良い、ってお師匠様が言ってた」

「じゃあそのお師匠様ってのは細いのか?」

「ムキムキのおじいちゃんだった」

 とりあえず入れ替わりでお風呂に入る。

 その間にお茶でも飲んでもらって、くつろいでいてもらおう。

 

 お風呂から出たところで妖夢の魔女姿が拝めた。

 服の構造自体が普段妖夢が着ている服と似ているせいか、あまり違和感はない。

 むしろ白と黒の衣服に白い髪、色の抜け気味な肌の色を考えると私より似合っているんじゃないかと錯覚する程だ。

「おお!」

「ど、どう?」

「似合ってるぜ! 可愛いな!」

「そ、そうかな……」

 顔を赤くして服のあちこちを見ている。

 私も並べば、もう似たもの同士が並んでいるみたい。まるでペアルック。

 細かい部分は違うが、基本的なデザインには差がない服ばかり持っているしな。

 お互い背が近いのもあってか、私には双子か姉妹に思えた。

 二人で大きな鏡の前に立ってみればもう完璧にそんな感じ。

「別にキツい所はないし、ブカブカってわけでもないし……ちょうど良い感じ!」

「おお! そりゃ良かった!」

 妖夢の被っているカチューシャを外させてもらい、私の帽子を被せてみた。

 なかなか良い具合に魔女っぽいぜ。私と比べてゴシックロリータな雰囲気が漂う。

 こいつなら里の少女コンテスト部門で優勝狙えるんじゃないか?

「ど、どう?」

「バッチリだぜ! お前今日から魔法使いになれよ!」

「そ、そういうわけには……」

 顔を近づけて服のあちこちを鑑賞。こいつ本当に私の服を着ているのか?

 妖夢が自分用の服としてコーディネイトしてきたんじゃないのか、と思ってしまう程格好良い。

 見ている場所を変えていって、ふと気づけば妖夢の顔を間近で見ていた。

 息がかかるぐらいの距離にドキドキしてしまい、慌てて顔を離す。

 妖夢の方は何とも思っていない様である。

「じ、じゃあこういうのはどうだ? 刀の先から魔法飛ばすとかさ!」

「あ、それいいかも」

「だろ? お前も魔法使いになれって。刀に八卦炉くっつけたら何とかなるって」

「いくらなんでもそれはないわよ」

 妖夢が笑った。釣られて私も笑った。やっぱ良いな、こういうの。

 

 そろそろお腹も空いてきたので食事にする。

 味噌を溶き、切った野菜類をぶちこむ。茸も忘れないぜ。

 今日は魔法に関して抵抗力の無さそうな奴が来ているから、変な茸は抜いてある。

 仮に混ざっていたとしてもせいぜい惚れ茸ぐらいだ。効果は説明するまでもないと思う。

 昔他人に食わせてみて実験したときは、何の反応も得られずに終わったが。

「頂きます」

「おう! 好きなだけ食えよな!」

  炊いた白米と適当な味噌鍋。

 普段どおり鍋をつつく私だが、妖夢は少しずつしか取ろうとしなかった。

「もっとじゃんじゃん食ってくれていいんだぜ? 気にすんなって!」

「そ、そう……?」

 そう言うと妖夢はどんどん取る様になった。随分とお腹を減らしていたらしい。

「う、美味いか?」

「いけるいける」

「そ、そうか! なら良かったよ! ご飯のお替りだっていくらでも言ってくれよな!」

 妖夢の食べっぷりは中々の物。

 庭仕事だと体を動かすだろうから、普段からガッツリ食べないと体持たないんだろうな。

「そういえば今日はどうしたんだ? 里の方へ遊びにでも行ってたのか?」

「半分そんなところかな。幽々子様に『たまには里に降りて外で学べ』って言われてきたのよ」

「何かしてたのか?」

「どうしていいかわからないから、とりあえず神社行ったり紅魔館行ったり……ああ、里の服屋さんとかお菓子屋さんとか」

「殆ど遊んでたってことだな」

「あー!」

 何かを思い出したのか、妖夢が席を立ってあたふたし始めた。

「私の服どこ!?」

「そこの桶の中なんだが、どうしたんだ?」

「お菓子屋さんで買った飴がぐちゃぐちゃになってるかも」

「そういうことは早く言えよ!」

 案の定というか何というか、飴はぐちゃぐちゃだった様子。

 飴を包んでいた紙が水分で滅茶苦茶になってしまい、飴とくっついていた。

「飴が雨でぐちゃぐちゃってか」

「そんなこと言ってる場合じゃない! あーんもう、スカートのポケットがべっとべと……」

 妖夢がポケットに手を突っ込み、出されたものは紙がひっついて食べるのを遠慮したくなる二色の飴玉が三つ。

「なけなしのお小遣いで買ったものなのに」

「洗って紙だけ落とせば何とかなるんじゃないか?」

「雨水ついたせいで美味しくなさそう」

「……」

 食卓に戻ってきた妖夢は暗い表情でバクバクとご飯を平らげていった。

「お前本当に落ち込んでるのか?」

「自棄食いってことにしておいて」

「あー! その茸私が取ろうと思ってたのに!」

「ふふーん、こういうのは早い者勝ちでしょ?」

 お腹が膨れてきた所で鍋の残りも少なくなっていった。

 後は鍋に残ったご飯でも入れておかゆみたいにし、明日の朝ごはんにでもしよう。

「そういえばさ、妖夢」

「んー?」

「前から訊きたかったんだけど、お前の師匠っていう人のこと」

「ええ」

「今はもう居ないんだっけ?」

「そう。でも何で?」

「実は私にも昔師匠が居たんだよ」

「えっ!?」

 妖夢が驚いた。そうか、妖夢は知らなかったのか。

 というかお互い相手のことをよくわかっていないと思う。

「名前は魅魔様って言ってな。悪霊で魔法使いなんだけどすっげぇ強い人でさ、私なんか足元どころか足元の塵以下ぐらいすごい方だったんだよ」

「む。私のお師匠様の方が凄いに決まってる!」

「なんだと!」

「私のお師匠様が本気出したら無茶苦茶強いって聞いたんだから! それこそ私とお師匠様とで月とスッポンぐらい差があるのよ!」

「何をー! 私の魅魔様なんか本気出せば幻想郷を支配出来るぐらい凄かったんだぞ!」

「それって今思いつきで言ってるだけなんでしょ! 私のお師匠様は……幽々子様が認めるぐらいすごいんだから!」

「だから何だってんだよ!」

「何よー!」

 気付けば八卦炉を妖夢に向けていた。対してあちらは刀を抜いている。

「こうなったら弟子同士で白黒つけてやろうじゃねえかっ!」

「望むところよ!」

 そうやって熱くなったところで扉を開けてみれば、外は嵐みたいな雨が降っていた。

 こんな中で争おうとしていることがバカらしく思って、扉を閉める。

 振り返ると妖夢は刀を納めていた。

「ごめん」

「いや、こっちこそ、何かすまん」

 師匠自慢をしだすとお互い止まらなくなるみたいだ。

 私は師匠を愛していたし、妖夢も自分の師匠を愛していただろう。

 どっちの師匠の方が凄い、なんて決めるのがバカらしかったんだ。

 魅魔様は凄いし、妖夢の師匠も凄いってことで良いじゃないか。

「飯、片付けるな。終わったら妖夢の服洗ってやるよ」

「ああ、私も食器片付けるの手伝う」

 似たような服を着た者同士でお皿を洗う。ますます姉妹気分。

 その後は雨に濡れた妖夢の服を洗って部屋に干す。

 明日になっても乾ききらないかもしれないが、まあ最悪私の服を着ていってくれても構わない。

 私より私の服を着こなしちゃう奴だからな、いっそ妖夢にあげても良いかなとも思えてきたぐらいだ。

 妖夢がいらないってんなら仕方ないけどな。

「ベッドが一つしか無いから一緒の布団になるが、大丈夫か?」

「別にいいわよ」

 家を飛び出してすぐのとき、西洋の魔女に憧れていた私はベッドで寝ることにしたんだ。

 でも一晩経っただけで体が痛くて眠れないから、私は床に布団敷いたりして寝たりしたんだ。

 結局私はベッドに合ったサイズの畳を畳屋で作ってもらってベッドに載せ、そこに布団を敷いて寝るようにしたんだ。

 するとかなり快適になったんだよ。

 それ以来ベッドなのにベッドじゃない感じで寝ている。

 妖夢だって快適に寝てくれると思う。

 枕に慣れないのは諦めてもらうが、布団に関してはたぶん寝心地良いぜ。

「じゃあ、お邪魔するわね」

「ああ」

 妖夢が恐る恐る布団に入った。

 すぐ横に妖夢。手を伸ばせば届く距離にいる妖夢。

 私よりも私の服を着こなせる妖夢。

 私よりも努力を積んでいそうな妖夢。

「お前って綺麗だよな」

「え?」

「いや、私なんかより全然綺麗だなって。素直にそう思ったんだ」

「そんな……魔理沙こそ格好良いわ」

「よせやい。お前もっと自分に自信持ってもいいと思うぜ」

「魔理沙こそ。謙遜しすぎよ」

 お互い笑った。そう返してくれると凄く嬉しくなる。

 布団を弄っている妖夢の指を見た。ボロボロだ。

 小さな傷がやたらと出来ている。

 庭仕事のせいなのか、それとも刀の修行なのか。

 どちらにせよ、甘やかされて生きてきたわけじゃなさそうだ。

 何より妖夢は私ら普通の人間と違って体の成長が遅い。

 実年齢は見た目の三倍、四倍ぐらいいってるかもしれない。

 妖夢は私が思っているよりもずっと格好良い奴なのかもしれないな。

「魔理沙の手、酷い」

「え?」

「あちこちボロボロじゃない」

「お前こそ酷いじゃねえか」

「私はまあ、色々やってるし」

「じゃあ私も色々してるってことにしてくれよ」

「……うん」

「気にしてくれてるのか?」

「うん」

「そうか、ありがとうな」

 私は自分の努力を他人に見られたくない。

 見る者の度肝を抜かすようなことが大好きだが、その準備の過程を誰かに知られるのは嫌なんだ。

 とはいえ妖夢にはもうバレたのかもしれないが。

 でも出来るだけそういうのは言いたくない。

 気がつくと妖夢が私の手を握っていた。驚き、どうしていいかわからず困る。

 でもまんざらでもないのでそのままにしておいた。

「魔理沙の手、暖かい」

「お前の手が冷たいんだよ」

「半分死んでるし」

「確かにな」

 半霊はというと、妖夢の枕元でじっとしていた。

 そっちの方は眠りにつくんだろうか。死んでるのはある意味眠ってる状態か?

「妖夢」

 反応はない。もう眠ったらしい。結局惚れ茸は効果が無かったな。

 改めて妖夢の顔を見つめた。

 まんまるな顔で、髪の毛がサラサラしてそうで、がんばり屋な妖夢。

 私なんかよりも真っ当そうな奴。私よりも立派そうな奴。私よりも可愛い奴。

 でも私も──いや、私の方がすごい奴になってやるさ。

 いつか魅魔様が驚くぐらいの大魔法使いになってやる。

 直接言うつもりはないが、心の中でお前をライバルみたいな奴だと思っておくよ。

 ……今妖夢は眠っているんだよな。それも私のすぐ近くで。

 さっき妖夢の顔がすぐ近くにきたときのドキドキを思い出す。

 あれは一体なんだったんだ。あれか、惚れ茸のせいなのか。

 妖夢に覆いかぶさり、妖夢の唇をじっと見つめる。

 もうちょっと体を乗り出せば唇を奪うことが出来る。

 そんなことをすれば妖夢は驚いて起きてしまうだろうか。

 そんなことをして、妖夢が私を気持ち悪がったりするだろうか。

 私は妖夢の頭を撫でさせてもらい、布団を被せ直した。

 明日は晴れると良いな。いや、それとも雨が良いのか。

 雨が酷けりゃまた妖夢が泊まってくれるかもしれない。

 

   ※ ※ ※

 

 朝。スッキリと晴れていた。

 隣に寝ていたはずの妖夢は居なかった。

 台所の方で音がする。私より先に起きて、朝食の用意でもしているのだろうか。

 お前は客なんだから、そんなことしなくても良いじゃないか。

 まあ妖夢の手料理をご馳走してもらえるんなら良いか、とも思う。

 台所へ行くと白黒の服を来た彼女が昨日の鍋で煮込みの作業をしていた。

「あ、おはよう」

「おはよう。朝ごはんなら私がやるのに」

「泊めてもらったんだし、これぐらいやらせてよ」

 どうやら昨日の鍋の残り汁からねこまんまを作ろうしているらしい。私と同じことを考えていたとはな。

 そういえば、と思い出して部屋干ししていた妖夢の服を確かめに行った。

 朝晴れていたとはいえ、家の中の湿度は高い。

 妖夢の服は乾ききっていなかった。

 しめしめ、これならあいつは帰ろうとしないだろうな。

「あ、魔理沙」

「おお、どうした?」

 もう一泊していくか?

「この服借りていい?」

「え?」

「服は包んで持って帰って、後日この服洗って返しにくるってのは駄目かしら?」

「え?」

「服乾ききってなかったからね。でも今日の早いうちに帰っておかないと、幽々子様に怒られそうで」

「え?」

「魔理沙?」

「え?」

 帰る? 妖夢が帰る? 帰ってしまう? なんで?

「ちょっと、聞いてる?」

「聞いてないぜ」

 まあ仕方がないか。ここはこいつの家でもなんでもない。

 彼女が雨宿りしようと思ったとき、偶然近くに私の家があったから家に来たんだ。

 もし近くにアリスの家があればそっちに行っただろうし、里で雨宿りする場所を探せば慧音辺りのお世話になっていただろう。妖夢は何か思い入れがあって私の家に来たわけじゃないんだ。

 妖夢自身は私に対して特別な感情なんて抱いてないに違いない。

「あ」

「ん?」

「じゃあさ、こうしましょうよ。私の服置いていくから、次は魔理沙が私の服着て白玉楼へ泊まりにおいでよ」

「え!?」

「それで一泊一食の恩を返すっていうのは?」

「なるほど、全然良いぜ!」

 何てこったい! 神様は私を見捨てなかったらしい。

「そのとき今借りてる服と私の服を交換すれば、元通りになるわ」

「いっそこうしよう! お前にその服やるから、お前の服くれないか?」

「え、え?」

「私もお前の服着てみたい……とか思ってさ。どうだ? だめか?」

「う~ん、まあそうしよっか。この服気に入ってるし、頂けるのなら」

「やるよやるよ! 私のなんかで良けりゃな!」

 そこまで言ってくれると嬉しいぜ。

 妖夢の服か……刀のおもちゃでも買ってきて差しとけば様になるかな。

 二人でねこまんまを平らげ、食べ終えて後片付けをすると妖夢はすぐに身支度を整えた。

「なあ」

「うん?」

「や、やっぱり良い」

「何よ。変な魔理沙」

 もっと居て欲しい。今すぐだ何て言わずにもう一日ぐらい居て欲しい。

 でも妖夢には仕えるべき主人が居るから、そういうわけにはいかない。

 私は家出娘。妖夢は名家生まれのお嬢ちゃん。

 私は欲しいものがあれば盗んででも手に入れる。汚いことだって平気で出来る。

 でも妖夢はそんなことしない。彼女は私よりもずっと綺麗な奴。私は汚い奴。

 だが私は妖夢との決闘なんかで遅れを取った覚えはない。

 日夜人に知られないところで訓練、研究をしているからな。

 彼女が道場で剣の修業をしている間、私は家の中でまだ知らぬ魔法の開発。

 彼女が幽々子とお茶している間、私は霊夢のお茶をご馳走になってるだろう。

 彼女が大きな猪を狩ると言うのなら、私は大きな熊を狩ってみせるさ。

 彼女が河童を倒してきたというのなら、私は天狗を倒してきてやる。

 お前は幽々子を守ってる役を担っているんだろうな。

 じゃあお前は誰が守るんだ? そこで私が名乗りをあげてやるのさ。

 お前と同じぐらい強い私なら、私のことを認めてくれるよな?

 んで暇なときでいいから、私のこともちょびっとだけ守ってくれないかな?

 私だって寂しいんだよ。魅魔様も居なくなって、私は一人身なんだよ。

「服が乾いたら、そっち行ってもいいか?」

「え? うんまあ、いつでも良いわよ」

「そうかそうか、その言葉忘れんなよ」

「うん」

 とうとうお別れの時間。妖夢が私の服を着て外へ。

「なあ」

「何よ」

「私とお前とじゃ、どっちがお姉さんになるんだ? やっぱりお前か?」

「はあ?」

「いや、わからなかったら良いんだ。良い」

 訊くんじゃなかったな。恥ずかしいぜ。顔を向けられないぐらいに。

「魔法使い歴はあなたの方が長いでしょ? だから魔理沙の方がお姉さんに相応しいんじゃないかしら。魔理沙お姉ちゃん!」

「なっ!」

「なんちゃってね! それじゃあ!」

 最後の最後であいつらしくない、洒落たこと言ってくれるぜ。それでこそ私を惚れさせた女だ。

 妖夢は飛んで行った。自分の家である、白玉楼のある方へ。もう姿も見えないぐらい。

 私は半渇きの妖夢からもらった服を取り込み、動くかどうかわからない熱風を起こす乾燥機に魔力を注入。今度は騒音がするものの、装置自体は動いてくれた。これで服を乾燥させてしまえば良い。

 今のうちに私も身支度だ。服が乾けば里へ行って刀のおもちゃを買い、それから白玉楼を目指すんだ。

 服が乾けば良いって約束したんだからな! 問題はないはずだ!

 そして向こうに着いたら庭師になってみようかな、とか言ってやるんだ。

 どっちがお姉さんになるかの話に持って行って、妖夢お姉ちゃんって言い返してやるんだ。

 私は刀のおもちゃだけでなく、飴玉も買ておく。きっと妖夢は喜んでくれるさ。

 


 
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