「あら、私は真剣でも構わないわよ?」
「・・・人間相手に真剣向けられるかよ」
「資料通りの甘ちゃんね」
幾らムカつく相手とは言え、人間相手に真剣を向けるほど我を忘れては居なかった。
真司は真剣が収まったままの竹刀袋を傍にあった木に立てかけ、木刀を身構える。
・・・・・・・微かに聞こえてくるのは赤く染まり始めた森の葉が擦れる音のみ。
二人は微動だにしない。
タンッ
先に動いたのは真司だった。
一足飛びで十分に届く間合い。
相手は左手のみの使用。
素早く郁の肩口へと袈裟斬りのように木刀を振り下ろす。
郁は真司の攻撃を目視しつつも微動だにしない。
カァンッ・・・!
堅い物同士が勢いよくぶつかったような乾いた音が森の中に響き渡る。
「・・・うぉッ・・・?」
「・・・アナタ、大概にしなさい・・・?」
真司の振りかざした木刀は郁の肩口に一見すると触れているように見えるが、郁の反応、先ほどの音からするに郁にまでは届いていない。
普通ならば考えられないことだが、真司には思い当たることがあった。
「災・・・」
ズンッ・・・!!!
真司の言いかけた言葉はそれ以上続くことは無かった。
驚きと考え事で隙だらけだった真司の腹部へ凄まじい鈍痛が広がる。
「退魔師が・・・一般人と同じように武器を持って、同じように振るって・・・何の冗談かしら?」
「ハァ・・・ッ・・・っぁあ・・・!!」
郁から左のボディブローをモロに貰った真司は郁の言うコトが殆ど頭に入っていない。
腹部を中心としたなんとも言えない、ただただ苦しく、苦い痛みを必死で堪えることで精一杯だった。
今まで、何度も災忌という化け物と対峙し、人間相手に喧嘩もした。
だが、これまでの人生でこれほどの痛みを感じたことはあるのだろうかと疑うほどの痛みだった。
とてもじゃないが、あの細腕からは想像も出来ない。
普通の女性ならば、だが・・・
(さっきのは・・・結界・・・じゃない・・・霊力で自身を囲っているのか・・・)
結界術は血筋で使えるかどうかが分かれる。
どれだけ努力をしてもコレだけは素質なくして習得することは出来ない術なのだ。
更に結界術を行使するには印を組むか詠唱をしなくてはならない。
そのどちらも先ほどは見られなかった。
そうなると自ずと考えられる手段はひとつ。
災忌のように霊力を使い、自身の周りにバリアーのような膜を形成することだ。
(・・・だが・・・)
理論上は可能なこの行動も、真司には俄かには信じがたいことだった。
そんなことが出来るのであれば、退魔師は皆使って安全に災忌退治に励んでいることだろう。
子供のパンチが来るわけではない。
自分のことを叩き潰そうと凄まじい衝撃が襲ってくるのだ。
そんな衝撃を防ぐためには膨大な霊力を一点に凝縮させなくてはならない。
相手の攻撃してくる軌道を読み、更に瞬間的にその位置に霊力を集中させなくてはならない。
そんなことが出来る退魔師なんて真司は聞いた覚えが無い。
「・・・分かった、俺が悪かった、寧ろ甘かったよ」
信じがたいことだが、目の前で起こったことを否定することは出来ない。
真司は木刀を構えなおし、災忌と退治する時と同じく、木刀へ霊力を込め始める。
「・・・始めからそうなさい」
郁は心底呆れた顔で肩を竦める。
「今度は、キッチリ全力で行かせて貰うぜ」
「まぁ、どっちにしても結果は同じでしょうけどね」
二人の距離は近い。
木刀を構えれば目と鼻の先に郁の顔がある。
狙いを定め、斬りかかる。
ガッ・・・!
「・・・そりゃないわ・・・」
真司の振り下ろした木刀はガッチリと郁の左手に納まっている。
今度は確実に霊力を込めた全力の一撃の筈だった。
だが、郁の左手には自分が木刀へ込めた霊力とは比較にならないほどの霊力が込められていた。
それだけだった。
「二連続で肩口狙い・・・私のことを思ってかしら?」
真司は狙おうと思えば郁の頭を狙えた。
むしろ、1番距離的に近かったのは間違いなく頭部だ。
だが、当てた場合・・・そのことを考えるとどうしても頭部を狙うことは出来なかった。
「・・・くっ!!」
これでも何度も実戦経験がある真司。
咄嗟に右膝が郁の腹部目掛けて振り上げられる。
ヒュ・・・!!・・・タンッ・・・
郁は木刀を離し、素早く体を退け、膝を避ける。
これにより、当初の二人の距離にまた戻った。
「・・・本当に左手だけで勝つつもりか・・・?」
「言ったでしょ?左手だけで余裕だって」
先ほどの一瞬。
郁に縛り事項がなければ右手なり何なりでカウンターを貰っていた。
それが無かったのは本当に左手だけでどうにかするつもりなのだろう。
(・・・なら・・・)
相手が左手だけしか使わないというのなら、それに対応した戦法でいくことに決めた。
確実に相手に左手でガードさせれば、相手は何も出来なくなる。
こちらは防がれる前提で攻撃し、防がれてから本当の攻撃を仕掛ける。
(・・・距離を詰めて、振りを最小限にし・・・当てることだけを考える・・・)
威力や相手のガードを崩すといったことを考えず、相手に当てる、触れることだけに集中すればほぼ確実に当てる自信はある。
(・・・よし)
真司は神経を集中させ、木刀に霊力を込め、郁の動きをしっかりと見る。
「・・・次で決める気らしいわね?なら、私も次で決めてあげるわ」
「・・・」
「次のアナタの攻撃を確実に避けて、カウンターを当てて私の勝ち。決定ね」
まるでこちらの次の行動を読んでいるかのような発言だったが、真司は動揺を見せず必ず成功させるイメージだけを持つ。
「・・・ふふ・・・」
(・・・なんだ・・・?」
何が可笑しいのか、郁は不意にくすりと笑うと前髪を掻き揚げる。
「・・・オッドアイ・・・か・・・」
郁が髪を掻き揚げると今まで見えなかった右目が現れた。
その右目は左目の淡いブルーとは対照的に濃い深紅の瞳をしていた。
オッドアイという単語は知っていたが、実際に見るのは初めてだった。
確かに驚きはするが、コケ脅しもいいどころである。
「・・・ま、珍しいことは珍しいがな」
言いつつ真司はじりじりと郁との距離を詰めていく。
そして、先ほどの距離、木刀の先端から郁の頭が触れそうになるほどの距離まで来た。
ヒュッ・・・!!
真司は最小限の振りで素早く、的確に郁の体目掛けて触りに行くように斬り付ける。
(次の行動は・・・!)
足を使うか片手を使うか、決めようとしていた瞬間。
スカッ・・・
木刀は虚しく空を切る。
そこにあるはずの郁の体は紙一重で届かない後方まで飛び退いていた。
「そん、な・・・ッ!?」
ありえないことだった。
あの近距離で、あの攻撃を避けることなど。
こちらの攻撃を見てから避けたのでは到底間に合わない距離だった。
かといって早々と動けばこちらは見てから余裕で攻撃の軌道を変え、当てに行けた。
だからこその自信だったのだ。
だが、現実はいつも予想通りにはいかないもの・・・と言うには余りにも予想外過ぎた。
ゴッ・・・!!!
攻撃を当てられなかった真司は無様によたついていた。
そんな真司の後頭部に衝撃が走った。
・・・
「・・・言ったとおりアナタなんて左手で余裕だったでしょ?」
「・・・真司だ・・・」
真司が気がついたときは目の前に草と緑。
体にはずっしりと重みを感じていた。
「それは悪かったわね~それじゃあ、たった今から言ったとおりに呼びなさいね?真司」
「・・・へぃへぃ・・・分かったよ・・・師匠・・・」
郁は地面へ突っ伏している真司の体にどっかりと鎮座しながら笑顔で命令する。
いろんな意味で完封された真司はぐぅの音も出ないという感じだ。
「あぁ、ちなみにね・・・私の右目、未来が見えるの。便利でしょ?」
「・・・そりゃ、ねぇわ・・・」
初めてかもしれない完全なる敗北感。
そしてこれから始まるであろうこんな師匠の下での修行の日々。
何を言われても驚く気力すらなかった。
だが、ぐぅの音程度は出せた真司だった。
なぜなに!!征伐係!!
◇朝比奈 郁(あさひな かおる)
・23歳/171cm
・鎮守高等学校に新しく赴任してきた体育の専任講師。
・シンジやエリカ同様、土野市内のマンションに一人暮らし。
・体育の専任講師だが頭が悪いわけではなく、むしろ良い方。
・竹を割ったような性格、を体現している。
・その容姿、性格から男性より女性に人気がある。
・家事は料理以外はこなせる。
・意外と甘いものには目がない。
・唯一の弱点は犬が大の苦手。
・災忌、妖怪退治のプロ中のプロであり、100年に一人の逸材と言われている。
・運動神経、反射、術の扱い、全てが人間離れしている。
・結界術も扱え、構成までの早さ、持続時間、強度とこれも現在の退魔師の中ではトップクラス。
・シンジと違い、頭の先からつま先まで全身に霊力でコーティング可能。
それにより、武器など用いなくとも素手でどんな相手にも対等以上に渡り合える。
・数居る退魔師の中で最強と謳われる最大の要因は右目の能力。
ほんの少し先の未来が見える(1秒前後
それにより、確実に相手を結界内に封じ込め、そのまま消し去ることが出来る。
それ故、未だにどんな相手にも負けたことはない。
人間離れした能力の代償として、右目単体使用でも非常に心身ともに疲弊する。
上記の理由により、普段は髪で視界を遮っている。
(眼帯や包帯はダサいからと却下した)
・左目は淡い蒼で右目は深い朱色のオッドアイ。
・戦闘時でもそうそう使うことはない力だが、スーパーのタイムセールなどでは
その力を遺憾なく発揮し、悠々と特売品をゲットしているらしい。
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