No.254264

恋姫異聞録122 -画竜編ー

絶影さん

TINAMIが重い
此れもUPできてるかわかりません

安定したら説明文とかコメントとか書こうと思います

2011-08-02 00:25:01 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:10011   閲覧ユーザー数:7223

 

長江の大河。縛られた黄蓋が乗る船の後方には叢の牙門旗が立ち

船首に丸太を荒く削った槍の着いた快速船、艨衝が浮かぶ

 

夏侯淵との一騎打ちに破れ、後方の船では二度目の奇襲が想像のつかぬ方法で崩され静かにその眼は牙門旗を映していた

 

「さて、行くか」

 

隣に座っていた無徒は徐に立ち上がり、腰に携えた二振りの日本刀を抜き取り

呉と蜀の連合がせまる前方ではなく、右翼よりも更に右に。暗闇の河へと目を向ける

 

「何処へ行く?儂をこのままにしておくつもりか」

 

少しだけキツイ目線を見上げるようにして立ち上がった無徒へと向ければ

蓄えた髭を笑みで揺らし、黄蓋の横を通り過ぎる

 

「誇りを捨て、そのように身を縛られたままの死を望わけではあるまい」

 

無徒はそう言って息を吸い込むと表情を固くし、これから迫る戦いに備え殺気を漲らせ始める

此処からが自分の戦であると主張するように

 

「暗闇に何か来るのか?」

 

「知らされて無い、という訳ではなさそうだ。ならば稟殿の読みが勝っているのだろう」

 

前方ではなく真横の暗闇に向けて凄まじい気迫を放つ無徒に黄蓋は一瞬だけ怪訝な顔を見せるが

何かに気がついたのか顔を苦くし、歯を噛み締める。全て読まれていると

 

黄蓋と無徒だけの船に横付けに艨衝が取り付き、武器を構える無徒は鎧で身を包んでいるとは思えない程の身軽さで

接近した船に飛び乗れば、迎えるように現れる魏の兵士達。良く見れば、その船には董の牙門旗が掲げられ

男たちは皆一様に胸の部分に月と詠の刺繍を施した布を縛り付けていた

 

「我等魏に住まう聖女様の名の下に、義と勇を持ちて戦う者也。続け男たちよ、我等の道は月が照らしてくれる」

 

静かに、そして重く響く声で呟く声に男達は腹の底から声を上げる

ある者は腕を無くし、ある者は足を無くし、又ある者は眼を失い、家族さえ失った者たちは

少女から道を示され再び声を上る

 

来るべき未来の為に。我等はまだ死んでいない、まだ生きている

この生命は燃え尽きるまで立ち続け、限り有る生を戦い生きる為に有るのだと

 

「全兵迎撃体制を取れ、弓を構えよ、槍を掲げよ、我等が王が何故武王と呼ばれるか思い知らせてやれ」

 

目の前で並ぶ兵たちに黄蓋は言葉を失う。その風体を見れば一目でわかる

全ての兵は一度心を折られた者たち。だがどうだ、彼らから感じるのは凄まじいまでの生に対する執着

とても心を折られ、生きる気力を無くした者たちには見えはしない

 

背後から見る黄蓋の眼には、背中から感じる魏の舞王と同じ

何かを守るために生きるのだという圧倒的な意志

 

そしてそこからはっきりと感じるは少女の願い。無徒達の主人、董卓の姿

 

「我等が居場所、我等に心を与えし聖女を守れ。今こそこの生命を燃やす時」

 

静かな声から雄叫びのような無徒の咆哮が眼前に現れた船へと叩きつけられる

まるで声だけで船を沈めるか如き声量と鬼の形相で

 

 

 

 

左右に固定された羽の間をゆっくりと進む華琳の乗る楼船は攻め込む敵も居らず、少しずつ蜀の大将

関羽が乗る船へと真っ直ぐに進んでいく

 

左右の羽には凄まじい速さで敵を蹴散らし、槍で突き殺し、手に持つ小型の弩を器用に騎射し敵を掃討する兵の姿

正に快進撃とも言えるほどの戦果であり、華琳を側で護衛する季衣と流琉は只々見入ってしまっていた

 

策、戦術とは此れほど華麗に敵を打ち崩していくことが出来るのかと

 

だが軍師郭嘉はこの程度では表情を笑みに変えることはない、さも当然と言ったところだろう

寧ろこの程度には興味が無いのか、ただ前方の春蘭がすすめる船へと視線を注いでいた

 

「さて、此処からどうするつもり?左右に羽は固定、だが張飛と呂布が左右の虎豹騎の足止めにかかった。

前方は春蘭があと少しで接敵するでしょう。此方の虎豹騎が合流するよりも早く後方の呉が到着するでしょうね」

 

船首近くに立つ稟の側に寄り、問う華琳

いったいどう自分の想像を超えるのか、期待を込めた微笑みを浮かべる王に稟は口を覆うようにして

人差し指だけで眼鏡の位置を直し、少しキツメの眼差しを再び前方へと向ける

 

「合流するにも敵はただでは合流しません。正面からのぶつかり合いなら此方が有利、既に陸のように船を固定して

居ますし、虎豹騎を足止めすると言っても僅かな時間しか持たないでしょう」

 

腕を組み、指で自身の顎をなぞる稟は目線を向けず徐に指を右翼へと指さす

 

「弱者は強者を殺す時、一度や二度だけでなく幾度も心臓に剣を突き立てます。恐怖、焦燥、劣等感を消すために

策を破られ、将を失い焦りと怒りに囚われた者は弱者に等しい考えを持つ。私の想像に追いつくことは出来ません」

 

指を差す先は暗闇の河。だが暗闇に蠢く何かの存在を感じ取った華琳はなるほどと呟き稟と同じように前方に視線を注ぐ

 

前へと進む船。敵に近づくに連れて増す兵の死体

稟は直ぐに後方から接近する艨衝を横付けさせ、華琳を此方へどうぞと乗り移らせた

 

同じように、華琳を護衛する季衣と流琉も乗船しようとするが稟に止められてしまう

 

「えっ!?なんで?華琳様を守るのがボクたちの仕事なのにっ!!」

 

驚き、自分たちが守るんだと言う季衣に稟は「貴女たちにはまだ早い」と言って微笑み

謝ると直ぐに船を離れさせてしまう

 

納得出来無い!と武器を投げ、船に引っ掛けて乗り移ろうとする季衣を、華琳は止める

男があの荒業を編み出した意味を思い出し、此処から先は連れて行くべきでは無いと

 

「貴女達は此処に居なさい。まだ戦う意味を明確に持っていない貴女達は、稟の言うとおりこの先はまだ早い」

 

村を守るため、友の呼びかけに答え。それだけでは此処から先の血なまぐさい命のやり取りを見せられないと

華琳は少しだけ強い目線を二人に向ければ、二人の少女は少しだけ身を震わせて唇を噛み締める

 

此処から先には行けないのか、自分たちの力は必要ではないのか

大事な戦いで役に立つことはできないのかと悔しさと不甲斐なさで二人は涙をにじませる

 

そんな二人に華琳は一度眼を伏せ、小さく息を吸い込むと柔らかい笑顔に顔を作り替える

 

「真の意味を見出した時、貴女達は春蘭、秋蘭に変わる魏の力となる。だから今は貴女達を此処に残します。いいわね」

 

徐々に離れる船から優しく言い聞かせるように、貴女たちには期待をしている。こんな所で死なせたくはないと語る華琳

少女二人は戦場の冷たい笑みで無く、居城で見せる柔らかい笑みと、言葉に込められた意味と願いに涙を流す

 

「後方へ、昭殿たちがいる場所へと後退を。万が一の為に退路を確保しておいて下さい。戦は何が起こるか解らない」

 

離れ行く船で稟は少し大きな声で退路の確保をと仕事を与える

重要な退路の確保と言う仕事。稟の言葉に二人は涙を拭き、顔を強いものに変えると頷き、大声で華琳と稟の無事を

祈ると叫ぶ「後方はお任せ下さい、どうかご無事で」と

 

二人の視界に華琳達が頷く光景が映ると兵に指揮をする。反転し後方へ舵を取れと

 

後方に退がる二人の船を見ながら稟は呟く

 

「万が一などありえませんがね。貴女達は其れでいい」

 

視線を前方に戻す稟。その瞳には開始された蜀と魏の戦闘が映る

関羽と夏侯惇の兵のぶつかり合い。上がる怒号と剣戟の音、船に火矢用に用意した油に引火したのか

紅く燃え上がる蜀の船を静かに見つめる姿があった

 

 

 

 

敵船が横を向く動きにに気がつかれたと察した春蘭は船足を急がせ、放たれ降り注ぐ矢に板を構えさせる

降り注ぐ矢を構える板で防ぐ魏の兵士。だが板を貫き数名の兵士は身体に矢を受け倒れる

だが足を止めること無く船は前へ前へと突き進む

 

船首に立つ春蘭は片手に持つ槍で降り注ぐ矢を払い、心配する兵を他所に兵を守るように槍を振るう

敵は目と鼻の先、矢を少し耐えれば直ぐに取り付く事の出来る位置

 

「今更船を後ろに引こうとしても無駄だ。後続の船と激突する。白兵戦は免れんぞ」

 

叫ぶ関羽、鳳統は頷き横で崩れる諸葛亮を抱えながら兵に迎撃体制を取らせる

耐え続ければ異変を感じた後続の呉が必ずこの船に兵を送り込むと

 

「うん、うんっ・・・耐えればっ、耐えれば私達の勝ちだよ。雛里ちゃん」

 

カクカクと首を頷かせる諸葛亮に鳳統は手を握り堪えるように力強く頷く

自分たちの策はこれだけでは無い、もっともっと重要な策が既に動き出している

 

「幾ら郭嘉さんでも此れは想像がつかないはず。曹操さんの傲慢さを利用し、夏侯昭さんの心をかき乱し壊す策」

 

氷のような冷たく冷静な瞳を移す鳳統は戦闘から遠ざかる為に諸葛亮を抱き、引きずるように船の後方へと下がり

二人の姿に関羽は策の進行に確かな手応えを感じて武器を構える

 

瞬間、大きく揺れる船体。見れば敵の戦艦、楼船が自分たちの船にぶつかる姿

同時に魏兵が一斉に乗り移り、襲いかかる光景

 

槍を使わず剣を振るい、船の戦いに慣れた戦闘法で蜀の兵を攻撃していく魏の兵士

そんな中、春蘭はゆっくりと船首から降りると二人の兵士を引き連れる

 

左手に持つ弩を構え、的確に敵兵を撃ち殺すと矢の無くなった弩を一人の兵士に渡し、兵は矢を装填した弩を春蘭に渡し

次々に撃ち殺していく姿

 

三人一組になり、一人は弩の装填、一人は後方からの攻撃に備え、春蘭は前方の敵を次々に撃ち殺していく光景に

関羽は歯を噛み締める。何と理にかなっている攻撃かと

 

乗り込んだ船で、後方から襲う敵はそういない。一人兵を置くだけで十分

攻撃力の有り、射程の有る弩。だが装填には手間がかかる難点をもう一人、専属で装填させる兵を置くことで解消

前に立つ春蘭は、今までの戦闘の感で先程秋蘭と昭がしていた事。指揮官だけを狙い撃っていく

 

淡々と矢を撃ち、蜀の士気を下げていく春蘭に此のままではと関羽は偃月刀を構え地を駆ける

 

「我名は関羽!字は雲長!魏の夏侯惇殿と見受ける。いざ尋常に勝負っ!!」

 

殺気と気迫を放ち、迫る関羽を見ると春蘭は弩を関羽に向け、一射、二射、三射

兵から次々に渡される弩を構え迫る関羽に放ち、関羽は襲い来る矢を偃月刀を軽くふるい砕く

 

勢いも、足さえも止めることは出来ず襲い来る関羽に春蘭は手で兵に下がれと指示し

剣ではなく右手の槍を握り、剣を交えた韓遂のように腰を落として息を細く、細く、搾り出すように吐き出す

 

「フンッ!」

 

槍の射程へ関羽の爪先が踏み込んだ瞬間、放たれる槍の乱撃

目の前に壁のように現れる針の山に関羽は一瞬驚くが、即座に見切り偃月刀を左から横薙ぎに一閃

 

一直線に突き出される春蘭の槍が砕かれへし折れ

同時に偃月刀の横撃で左に流される身体

 

大きく流れる体に隙ありと偃月刀を返し、右から春蘭の身体に叩きこもうとした瞬間

関羽の瞳に映るのは流れたまま体を限界まで捻り腰の大剣に手をかける春蘭の姿

 

踏み込む右足は船体を揺らし、体は限界まで捻りこまれ、噛み締められた歯はバリバリと音を立て

柄を握る手は柄が悲鳴を上げるほど握りこまれる。静かに燃える紅き瞳は燃料を投げられ爆発するかのように燃え上がり

身の内に押し込めた怒りと共に大剣を振るう

 

シュンッ・・・

 

風を切り裂く軽い音がその場に残り、春蘭の目の前には何も残らず

だが近くにいた蜀の兵士に異変が起きる。風圧を感じ、見れば着込んだ鉄の鱗の様な鎧がペリペリと裂けていく

 

鎧にとどまらず、その肉体までもが風圧でぱっくりと裂け大量の血を空に巻き上げ崩れ落ちる

 

振り抜いた剣、同じくして右から凄まじい音と揺れる船

 

春蘭の発した凄まじいまでの怒りと殺気に当てられ、全ての兵士は攻撃の手を止め春蘭の姿を見て

音のした方に眼を移せばバキバキに折れた舷側に絡まるように引っかかり、河に落ちる事を免れた関羽の姿

 

「・・・・・?」

 

事態を把握できず放心状態の関羽は、焦点の合わぬ眼のまま手に握られる偃月刀が視界に入ると

手の中の偃月刀の刀は砕け、背だけを残し刃が無くなっていた

 

「・・・?・・・?」

 

理解ができない、思考が徐々に戻る中、再生される先刻の状況

春蘭の構えを見た瞬間、偃月刀の刃を咄嗟に盾にした事。柄ではなく刃を器用に戻して盾にした

なぜそうしたかは解らない、だがアレが無ければ柄などで受ければ容易く切り裂かれ、体を切断されていた

 

「はっ!」

 

気がつけば真正面で上段に大剣を振りかぶる春蘭の姿

関羽を吹き飛ばした事に満足すること無く、確実に息の根を止めるために動く

 

振りおろされた大剣をせめて軌道をずらし、躱さなければと偃月刀の柄を切られる覚悟で斜めに構えれば

軌道などずらすことも出来ず真っ直ぐに振り下ろされ柄を容易く切り裂き船床までも切り裂く

 

絡まる衣服を引き千切りながら剣閃から転がり逃げれば、左腕と左足に痛みが走る

振り下ろされ、避けきれなかった場所に紅い線が浮き上がり血がボタボタと流れ落ちた

 

「剣は当たっていない、剣風だけで・・・」

 

自身の体に受けて初めて分かる剣の意味、幾ら剣技や力があろうとも普通の剣ではこうは行かない

剣自体が大きめの剣2つ分程の厚さにもかかわらず、実態は想像を絶するほどに重く質量の有るものだということ

 

最初に弩や槍を使ったのは剣の重さを隠すため、一撃で葬り去る為にわざと砕かせた布石

運が良かったのは最初の一撃を偃月刀の柄ではなく、肉厚の刃で受けたこと

其れでも衝撃は言い表すことが出来ないほど、体ごと吹き飛ばす程のものであり、剣圧は容易く肉を、骨を断つ

 

柄だけになった偃月刀を持つ関羽の目の前で、春蘭はゆっくり剣を両手で真上に掲げると

小指で頬からなぞり、脇腹まで斜めに線を描く

 

紅蓮の炎で燃え盛る眼は怒りと殺気を交えて語る

 

貴様の体にも弟と同じ傷を刻んでやると

 

 

 

 

敵兵を文字通り踏み潰しながら突き進む的盧と一馬

放つ矢を七星宝刀で防ぎ、的盧は一馬をまるで背に載せていないかのように自由に駆け、敵を踏みつぶす

 

悪魔のような馬、更には其れを操る馬上に両脚で立ち剣を振るう身軽な将の姿に蜀の兵士はただ怯える

 

槍を投げ、矢を放ち迫る悪魔のような馬を潰す事に専念するべきだと狙いを一馬ではなく

的盧に変えるがその考えは間違いだと思い知らされる

 

何故ならば的盧の一番の怖さは豪脚から生み出される異常なまでの跳躍力

河一つ越えられるほどの脚力で一瞬の内に敵の頭上に飛び上がり、全体重をかけて踏み潰す

 

痩せこけた体から、巨躯な体に膨れ上がった馬体が加速を着け兵士に襲いかかり

兵は防ぐどころか支えることも出来ず、ある者は背骨からへし折れ崩れ落ち

ある者は防ぐ手が間に合わず、顔を踏み潰され破裂音と共に血の海を作る

 

「的盧、もうすぐ中央に着く。稟さんの指示通りに動くぞ」

 

馬上で回転し、矢を剣で払う一馬の言葉に的盧はわかっているとばかりに首を荒く振り

一馬は背に着地すると落ちそうになる

 

「今まで私を落とそうとした馬など居なかった。お前のような馬をじゃじゃ馬というのだろうな」

 

手綱を持ち背に座ると一馬は苦笑する。的盧はそんな一馬に対していななきを一つ

今度は額を割られるようなヘマはするなよと言わんばかりである

 

益々顔が情けないとばかりに苦いものに変わり、乾いた笑顔を浮かべる一馬

後続の兵士達は「流石劉封将軍だ、馬と話してるぞ」と口々につぶやいていた

 

先頭で敵を蹴散らす一馬に兵たちは勢いを殺さず弾丸のように固定された船の上を突き進む

 

「むっ!」

 

快進撃を続ける魏の兵士達を置き去りに一気に距離を放し突出する一馬

何事かと兵士達は前方に眼を凝らせば、船の船室を武器の一薙で取り払い暴れやすい場所へと変えた少女の姿

 

身の丈の何倍もある長い蛇矛を背に担ぎ、とても少女が発せられるようなモノではない尋常ではない殺気を纏う

その姿に兵士の誰もが少女の名を口にする「燕人張飛だ」と

 

一馬は手を回し、自分が相手をするから先にいけと合図をする

だが敵はあの張飛。少女の武は誰でも耳にしている。程昱に1人で1万の兵に匹敵すると言わしめた存在

兵たちは我等も加勢をと武器を構えて馬を加速させるが

 

「にゃにゃにゃーっ!?」

 

長い射程を誇る蛇矛の間合いを的盧の豪脚で一気に詰めると張飛は横薙ぎに蛇矛の一振り

武器が当たらず的盧の馬体が視界から消えたと思えば、他の兵を踏みつぶしたように上空から襲いかかる的盧の前脚

 

だが流石は張飛と言ったところか蛇矛を横に、襲い来る的盧の豪脚を一人で抑えこみ

歯を噛み締め押し返す

 

浮き上がる的盧の馬体、張飛の力に的盧は嘶き少し驚いた様子を見せるが他の馬のように怯えることはない

的盧の首に手をかけ、剣を張飛に振るう一馬の服を噛み、落ちぬように支える

 

「はっ!うぐっ!!」

 

馬体を押し返し、動きの止まった張飛に剣の腹を蛇矛を握る手に叩きつけるように当てれば

痛みに顔を顰め、蛇矛から手を右手を放す張飛の姿

 

一馬はそのまま的盧の首で一回転。元の位置に戻り背に座ると地に的盧の足が付く

痛みに数歩下がった張飛の姿を見て、的盧は馬体を反転、後ろ足を思い切り張飛へと放つ

 

「殺すなっ!」

 

的盧の豪脚は容易く人の体を貫くほどの威力。一馬はまだ幼い少女の姿に声を上げる

的盧はピクリと反応し、よろけた張飛の体にではなく蛇矛を押しこむように足で叩く

 

それだけでも十分に威力があり、張飛の体は遙か遠くに吹き飛ばされ暗闇の河へと落ちて行く

 

足を降ろし、首を大きく振る的盧。納得いかない、何故殺さない?と

 

「相手は小さい女の子、殺せば兄者に怒られてしまう。私もそんなことはしたくない」

 

鬣をなでる一馬に的盧はまるで呆れた溜息のを吐くかのように息を吐き出し、首を再度振る

そんな事を言っているから額を割られ、死にかけるのだと

 

俺が居なければお前等そこら辺の将にも劣る。だからお前は俺が守ってやると言わんばかりに足を掻き鳴らし

嘶く的盧に一馬はただ苦笑するだけだった

 

「劉封将軍、流石です!あの張飛を倒すとはっ!!」

 

「ははっ!違いますよ。稟さんの教えのままに戦っただけです。張飛という娘は己に武があるから必ず驕り油断する

だから此方に警戒する前に素早く勝負を決めろと。まともに対峙すれば死ぬのは私です」

 

駆け寄る兵士に笑う一馬。では敵があちらのように呂布であればと指を差し、霞の方に眼を向ける一馬

 

「ああ、稟さんには呂布が来たら諦めろと言われました。一度私の馬術を見てますからね。きっと此方に来ないと

予測していたんではないですか?」

 

「予測・・・ですか?何故此方に来ないと」

 

「此方より霞さんの進んでいる船の橋が若干距離が短く出来ると言ってました。どういう仕掛けかは解りませんが

呂布ならば最短距離を走ると」

 

言われる兵士は眼を凝らすが一目で其れを理解することができない

というよりも、素直に軍師の言うことを信じ切ってしまう劉封に驚いていた

自分ならどちらが来るか解らない状態で、しかも策自体が巧く行くかも解らないまま信じることはできないと

 

「兄者が信じているのです。私は其れが嘘でも信じますよ。さあ行きましょう」

 

劉封の潔さと兄へ対する絶対の信頼に兵は納得してしまう。この人は何時も変わらないのだと

誠実に、ただ兄を信頼して自分のするべきことをする人なんだと改めて感じ、再び駆ける一馬の跡を追う

我等の将がそういう人間ならば、我等も同じように有るべきだと兵たちは一馬を信じ、突き進む

 

 

 

 

「一馬は抜けたようやな。やっぱりあの馬、ウチにくれへんかな」

 

馬から降り、霞を分岐点に後方から来る虎豹騎は左右に別れて通り過ぎる

真正面に呂布が待つというのにもかかわらず、恐れることもなく駆ける

 

髪の毛を逆立て、濁った瞳で歯をギリギリと噛み締めて正面ではなく後方の叢の牙門旗を睨みつける呂布は

隣を通りすぎようとする兵に方天画戟を振るうが

 

キンッ・・・

 

乾いた軽い金属音が響き、霞の振るう偃月刀が攻撃の軌道を変え兵に矛が届くことはなく通りすぎていく

先程から此れの繰り返し。叢の牙門旗を目指し走る呂布が現れ、霞は馬を降り偃月刀を構え兵を前へ通していく

 

「じゃま・・・どかないと殺す」

 

攻撃の軌道をことごとく変えられ、叢の牙門旗が遠ざかるごとに焦りは顕に目も益々淀んだ色に濁っていく

霞は其れを見て動じること無く静かな気迫を纏う、舞王と同じ守るものの気迫を

 

いつものように偃月刀の切っ先を少し下に、両手で前方に構え半身になること無く両脚を肩幅に開き

真正面から受け止めるように武器を構える

 

「前はあんなに羨ましかった恋の武。今はちっとも羨ましくないな。空っぽで強いんは虚しいだけや」

 

通りすぎる兵を崩せない、ならお前から先に始末すると何時ものように武器を肩に担ぐ様な構えではなく

唯大きく振りかぶって霞に振り下ろす

 

頭上に迫る方天画戟。だが霞は柔らかく、そして素早く二度方天画戟の刃の腹に当てると軌道を変え

更に距離を放すために少しだけ後ろに飛ぶ

 

そらされた武器が床を切り裂き、前へつまずくように体を崩すが無理矢理に引き抜き下から振り上げれば

既にその場に霞は居らず、呂布は益々眼を濁らせ殺気と怒りに身を染める

 

「惇ちゃんとは違う。怒りを飼い慣らしてない、攻撃が見え見えや。恋はそんなんと違うやろ」

 

霞は呟く、だがその声は呂布には届いておらず。唯、意味の解らぬ怒りに囚われる呂布は武器を振るう

幾ら怒りに囚われようとも一騎当千、いや一騎当万の呂布の攻撃は鋭く早い、そして一撃も十分に重い

 

だが霞はゆらりと体を揺らして偃月刀を柔らかく握り、体の力を抜いて呂布の速度を超える攻撃で軌道をずらす

 

「威力は無い、だけど速さだけならウチはアンタを越えられる。ウチが憧れた呂布の武は今は無い」

 

ゆらりゆらりと身を揺らし、攻撃を全て逸らしていくが呂布は構う事無く攻撃を繰り返し突き進む

 

「ん?」

 

背中に何かが当たる感触、振り向けば背には舷側。繰り返し振り回した武器に追い込まれる霞

背後には河、正面には呂布の振るう方天画戟が牙を向く

 

獲物を追い詰め野に放たれた獣の様な顔を見せる呂布に霞は動じること無く構えを解き、攻撃を待ち構える

 

「があああああっ!!」

 

叫び、飢えた狼の様な声を上げ霞に武器を振り下ろす

 

「あほぅ・・・」

 

霞の頭に振り下ろされる切っ先。だが霞はフワリと体を浮かせ、後方の河へと飛ぶ

呂布の視界から消える霞

 

逃げ場を無くし、河に飛び込んだかと呂布は舷側に近づけば河に落ちたはずの霞が呂布の頭上へと舞い上がる

 

河に飛び込んだと見せかけ、船を進めるための船の横から飛び出した長い櫂を足場に呂布の真上へと飛び上がっていた

 

「ぐがぁっ!!」

 

振り下ろされる偃月刀。一瞬で参撃を叩き込む驚異的な速さの剣戟を方天戟に受ける呂布は膝を地についていしまう

同時に呂布の後方に回りこみ、今度は呂布が背後に河を背負う形

 

すぐさま武器を構え、霞の攻撃を迎え撃つ姿勢を見せるが霞は動かずじっと呂布を見つめるだけ

 

「仕舞いや。ウチの仕事は兵を通すだけ、恋と戦ってる暇はウチにはない。後ろ、見てみい」

 

霞の指差す方向は叢の牙門旗の立つ船があった方向。まさか!と振り向けば既に船は無く、男の姿までも無い

追っていた者が消えた事実に呂布の肩は振るえ、目の前に霞が居るというのに武器をダラリと落として

振り向き、舷側を握り締めると怒りと悔しさ、悲しみ、自分でさえ理解のできない感情を吐き出すように声をあげていた

 

「・・・ウチも行くで、一つだけ言っとくけど恋も捨てずに残しとるモンが有るやろ。目の前に」

 

これ以上は戦えない、勝てるとも思っていないと霞は馬にまたがり泣き声のような叫び声を上げる呂布を残し

馬を走らせる。今の恋はもう戦えない、あの目には昭が映り続けていると

 

変わり果てた呂布の姿に少しだけ涙をにじませると、乱暴に掌で拭い馬を走らせる

先に激しい戦場へ飛び込んだ兵を守る為に

 

 

 

 

 

 

柄だけになった偃月刀を持ち、関羽は顔をしかめる

最早体は最初の一撃の衝撃であちこちが振るえ、収まることはなく武器も破壊され役に立たない

今まで数多の戦場を駆け抜け、刃さえこぼれることが無かった偃月刀を容易く砕く春蘭の武器に関羽は唇を噛み締める

 

「その武器は・・・」

 

「この剣は麟桜。昭の、天御使の髪を使った神剣だ。貴様の偃月刀など小枝同然、我が一撃は神獣、麒麟の怒りと知れ」

 

炎のような怒りを纏、地面を蹴って関羽へと間合いを詰める春蘭

迫る春蘭に関羽は柄だけの偃月刀を手放す事は出来ず、ただ体を転がし避け続ける

 

だが避けるごとに船は切り刻まれ、破壊されていく

振るうごとに船だけでなく、味方の兵士だけが器用に切り刻まれる

 

春蘭は麟桜を使いこなし、関羽を狙いつつ周りの敵兵を切り殺していく

 

「あれほどの重量の物をっ!なんという技量だ」

 

一撃を受け、重さの程を知った関羽は春蘭が容易く、まるで羽を振るうが如く剣を振り回す姿に驚愕する

本来ならば鉄の塊に匹敵するような物を両手で、時には片手で振り抜き、兵の放つ矢でさえたたき落としているのだから

 

驚いている暇など有るのかと再び舷側に追い込んだ春蘭は剣を振り上げ襲いかかる

 

最早体がしびれ、左足にに走る激痛に転がることも満足に出来なくなった関羽

逃げ場もなく、眼前に振り下ろされる剣に覚悟を決めた

 

ガチィィィィンッ・・・・・・

 

重い、分厚い鉄板を叩いた様な音が鳴り響き、眼を開ければ関羽の右足に突き刺さる春蘭の剣、麟桜

寸での所で乗り込んだ呉の孫策が振るう古錠刀に軌道を変えられたが、剣は深く関羽の足に突き刺さっていた

 

「このっ、なんて重い剣。早く逃げなさいっ!じゃないとゆっくり切り殺されるわよっ!!」

 

剣を抑えているのにも関わらず、徐々に徐々に関羽の心臓めがけ剣はゆっくりと関羽の体を上り切り裂いていく

船と剣に縫いとめられた状態の関羽は孫策の古錠刀に手をかけ、押し返すように力を込め

隙間が開いた瞬間、足を引き抜くがそこには大きな血溜まりが出来ていた

 

「はああっ!」

 

足を引きぬいた姿を確認した孫策は古錠刀を引き、春蘭に横薙ぎに振るう

だが春蘭は左拳で真下からかち上げるように古錠刀の腹を叩き、軌道を変え頭上を通り過ぎる孫策の武器

 

流れた体、ガラ空きの脇腹に春蘭は片腕で麟桜を振り抜く

 

突き刺さる春蘭の麟桜。孫策の着こむ鎧、先代孫堅が纏いし白銀の鎧は砕け散り脇腹に深い切り傷を残す

 

吹き飛ぶ孫策を他所に、関羽へと眼を向ければ呉の兵士が関羽を抱き上げ連れ去る姿

 

まだこの間合ならば間にあうと剣を構えるが、背後から野生に洗練された猛虎の様な殺気が突き刺さる

 

「ちっ、此処までか」

 

春蘭は舌打ちを一つ。直ぐに身を包む怒りを押さえ込み、瞳は静かに揺らぐ炎をともす

背後から襲い来る孫策の剣を振り向きもせずにうでを後ろに回し、武器で抑えると

静かに首だけで振り向き、口から血を流す孫策へ眼で語る

 

良いか?行くぞ?今から行くぞ?剣を横に、一度振り抜く。防がねば死ぬことになると

 

振り向く春蘭から覗く瞳、片方は美しく透き通るような紅色を、もう片方は炎のように燃えたぎる熱き色

目が合った孫策は背筋に悪寒が走る。全身が泡立ち、死を予感する

 

春蘭は身を屈め、体を反転

振り向く勢いのままに剣を横薙ぎに、孫策の体へと叩きつける

 

孫策は古錠刀を構え、歯を食いしばる。剣が折れれば殺される。だが此れなら死ぬ予感は無いと己の感が働く

 

再度木っ端のように吹き飛ばされ船床を転がる孫策に呉の兵士は顔を青く染める

今まで王孫策が此の様に地べたを這いずる姿を見たことがあっただろうかと

 

「関羽は逃したか。孫策、貴様は生きたまま捕えさせてもらう。死んでもらっては困るのでな」

 

ゆっくりと地面に転がる孫策に近づいていく春蘭

私は貴様に対しても怒りを持っている。無駄に戦争を広め、それどころか弟を、華琳様を悲しませた

麒麟は桜を、神獣は弱き者を私欲で虐げるものには容赦はしないと薄紅色の剣と春蘭は語る

 

衝撃で口からボタボタと血を垂れ流す孫策は、砕かれた古錠刀を手に体を起こす

命の灯火の消える愛する友の思うがままに戦って何が悪い、民を考えなかったことなど無い

全てを背負い、全ての心を優先し戦ってきた結果がこれだ

 

誰にも否定などさせない、自分を残りの命をかけて王へと覇者へと引き上げ

自分亡き後、王が無用な悩みを抱えぬよう、此れ以上無用な戦いをせぬよう呉を磐石なものにしようとする友を

私欲で虐げる者などと言わせないと己の傷ついた体を立ち上がらせる

 

「冥琳が焦っているのは私のせい、私の事を考えた結果。だから負けられない」

 

砕け、刃の無い古錠刀を構える孫策に春蘭は剣を構える

貴様の言いたいことは理解した。だが戦を広めていることには変わりがない

真に友を考えるならば、いくらでも道があったはずだろうと

 

剣を構える春蘭は容赦なく地を駆け一気に距離を詰めると孫策の砕けた古錠刀を狙う

体が痺れ身動きの取れない孫策は片目を瞑り、息も荒く襲い来る攻撃に動けず

 

此処までかと呟けば眼の前に人影、一人の兵士が体を割りこませ

振り下ろされる剣を其の身に受けて、なお剣を掴んで抑えこむ姿

 

「凌統・・・」

 

「私達呉の民は皆王を愛しております。お逃げ下さい、まだ負けていない」

 

兵は深く刺さる剣を両腕で抱え込み、己の体に深く食い込ませると腰を落とす

すると周りの呉の兵士は走り、体の動かない孫策を抱えて後退する

 

春蘭はこの場から去る孫策をちらりと一瞥するが、追う姿勢を見せず剣の食い込んだ兵の姿を

己の眼に焼き付けるように見ていた

 

「見事だ。名は?」

 

「凌統・・・字は公績」

 

口から血の泡を垂れ流し、笑みを見せる凌統と名乗る男に弟の姿を見た春蘭は眼を伏せ

剣を引き抜くと、崩れ落ちる凌統の心臓に真っ直ぐ剣を突き立てる

 

「凌統、貴様の誇り高き姿を我が失われし目に刻もう」

 

「誇り有る死に感謝する・・・」

 

船床に体を横たえ、美しい笑みで笑いながら死んでいく兵に春蘭は眼を伏せて黙祷を捧げ、剣を見つめる

あれ程の威力を誇っていながら、凌統の体を二つに切り裂く事無く止まり、自分の誇りを守ってくれたと

 

「やはり此れは私の剣だ。有難う麟桜」

 

亡骸に背を向ける春蘭は剣に感謝を述べるなどと変な事だと自分に少しだけ呆れると

船体に軽い揺れ

 

見ればそこには此方の船に移る王の姿。春蘭はすぐさま兵に指示し乗り移った呉の兵を掃討し

安全を確保すると膝まずき華琳を迎える。王が振るう剣は此処にありますと

 

 


 
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