No.254065

電波系彼女4

HSさん

続きでーす

2011-08-01 23:21:16 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:268   閲覧ユーザー数:263

 ぱるす登場から3日目、昨日の暑さが嘘のように今日は過ごしやすい。

 学生の俺や秋、柚葉と違って我が家の店はほぼ年中無休で営業しているので、ぱるすは

早速昨日買ったブラウスなんかを身に着けてせっせせっせと接客を始めたらしい。軽く皿

洗いを手伝うついでにホールを覗いてみると、慣れない動きで多少ギクシャクしていたが

真面目に働く姿を見ることができた。俺と喋っているときのおちゃらけた感じはすっかり

影を潜めているし、やればできる子じゃないの。かなうならばその猫かぶりをやめて常に

そうあって欲しいものだとひき逃げされた当事者である俺は思う。

 昼を過ぎて客足も落ち着いたので一足早く上がらせてもらうと、どういった心境の変化

なのか珍しくワンピースを着た柚葉が入ってきた。

「昨日買ったヤツか?馬子にも衣装っつか少しは女の子らしく見えるし、可愛いぞ」

 デフォルトが胡坐なのに今日はしっかり横座りなんかして一応見た目と行動の一貫性は

保たれているらしい。中身まで女の子らしくなったという保障はこれっぽちもないけれど。

「その……昨日はいきなりぶったり急に帰ってゴメン。それから私少しはじゃなくてち

ゃんと女なんですけどッ」

 部屋に来るなり殊勝なことを言ってきたのには驚いたが、きっとぱるすがその場に居た

からだよな、あそこにいたのが俺だけだったら間違いなく先に折れるのは俺だし。

「謝るか怒るかどっちかはっきりしろってのは置いておいて、ユズが昨日なんで怒ったの

かは分からないけどお前が癇癪起こすのはもう慣れてるし、全然気にしてないから大丈夫

だぞ?流石に外での平手は恥ずかしかったからあの後すぐ店は出たけどな」

 あれだけ人の多い場所で柚葉の手が出たのは初めてだったので多少驚きはしたものの、

それまでの仕打ちを考えればどうって事はない。それに昨日のことだって俺がぱるすの裸

を積極的に見たんだろうって思い込んであんな風に手が出たんだろうし。だけど考えてみ

ればネットで多少探せばそんなのはごろごろ転がっていて簡単に見つかるわけで、理不尽

だなぁという思いがあるのは否めないが。

「もうっ、少しは気にしろっての……」

「ん?なんか言ったか?」

「いいいや何でもないから」

「んじゃぱるすが上がってきたら対戦しようぜ、彼女ゲームとかにかなり興味あるみたい

な事昨日言ってたし」

「昨日あれからいっぱい喋ったりしたんだ?」

 言葉の端々にチクリとしたものを感じるがスルースルー。

「ああ、ユズが消えてから二人でぶらぶらと話しながら帰ってきたし結構色々話したかな、

色々彼女に聞きたいこともあったし。そうそうぱるすにも一応謝っとけよ、彼女もユズの

事気にしてたから」

「言われなくてもそうするつもりだけど」

「ちょい機嫌悪げ?」

 ったく気に食わないんだか謝りに来て微妙にむすっとした顔をするのはやめて欲しいよ

な。言いたいことがあるならはっきり言ってくれたほうがよっぽどすっきりするのに。

「べっつにぃー」

 不満の種が何処から生まれたのか知らないけど、全身から私機嫌悪いんですってオーラ

が出てるのにその科白は説得力に欠けるよな。こんな時どう対処したらいいか分からない

のでいつも放置しているもののコイツは本当に扱いづらい。

「ヒカルってさ、昔っからそうだけど女の子にはやけに優しいよね、ここに越してきた時

だって普通あれくらいの年の男の子って同性の友達と遊びたがるものじゃない?でもヒカ

ルは秋ちゃんとおままごとするのに付きあわせてたけど嫌な顔一つしなかったし」

 そう言われて改めて考えてみると俺にはちゃんとした男友達っていないんだよな。CD

や漫画を貸し借りしたり休み時間にバカ話をするくらいの相手はいるけども放課後一緒に

遊ぶって事もないし……今まで特に不都合なこともないし変だと思ったことも無かった

が、もしかしたらこれってあまり普通じゃないんじゃないだろうか。

「そりゃまあ女の子には手を上げるな優しく扱うものだってあの父親から教えられて育て

られたしなあ。それが言葉だけだったら多分こんな風にはなってなかったと思うけど、骨

董品の壷を愛でるみたいに自分の奥さん大切にしてるの見てるし、母さんだってそれで幸

せそうにしてるから俺も感化されてるんだろな。だけど急にどうしてそんな事聞いて来る

んだ?」

「べ、別に深い意味はないんだけど、ぱるすに対して特別優しくしてるみたいなのが気に

なっただけよ、だってあの子こう言っちゃ悪いけどちょっと普通じゃないじゃない?しか

もめちゃめちゃ猫かぶってそうだし……」

「そりゃまあ、確かに色々と変わってるけど困ってるのは間違いないし少しくらいは力に

なってあげたっていいだろ?」

「それはそうなんだけど何となく納得いかないっていうか……」

「別にユズの事をいい加減に扱ってるわけじゃないんだからあんま気にすんなよ、な?多

分ないとは思うけど万が一ユズが家追い出されたら家に置いてやれるだろうしさ」

「むぅぅ」

 そういったきり柚葉は黙りこくってしまった。

 カチカチと時を刻む音と日頃喋りの叩き売りをしてるような柚葉の無言の相乗効果で、

一人で部屋に居るときよりもその無音が強調されてどうにも居心地が悪い。

「お疲れー」

 そんなケツ座りの悪い静寂を打ち破ったのは能天気な挨拶をかましてくれたぱるすだっ

た。

 長い髪の毛を仕事のためにポニーテールにしているが、機能優先って感じには見えない

し、むしろぱるすの顔の小ささを強調していて可愛さが倍増したように思う。この分なら

いずれぱるす目当てで昼のお客さん増えるんだろうなーなどと小遣いに直結する店の上げ

売りを想像したりする邪な俺。

「お?なんか微妙なふいんき、何故か変換できない。ですねー、もしかしたらわたしお邪

魔だったかしら?」

 綱渡りをしている人のような慎重な足取りで部屋に入ってくると、ちゃっかりピッチャ

ーに入れたアイスティーとグラス3つ、クッキーの乗った皿までテーブルにセットして居

座る気満々だ。

「お疲れさん、それ全部一気に持ってきたって事は、フロアでもそこそこ上手に立ち回れ

たんだ?」

「ママさんもパパさんも、初日でそこまでできれば上等だって褒めてくれたわよ」

 褒められることに慣れていないのか、働くことが好きなのか判断できないけどかなり上

機嫌な様子。

「しっかし労働した後の一杯って美味しいわねー」

 ぷっはーと声を出しつつおっさんくさいことを言っているが、飲んでいるのはビールじ

ゃなく紅茶と言うところが可愛らしい。

「こうやって人に使われて働くなんて初めてだけど悪くないわね。お客様に美味しかった

とかご馳走様って声をかけてもらうのも嬉しいし、お帰りのときに有難うございましたっ

てゆーのも自然と感謝の言葉が口に出てるようでなかなかいいものだわ」

 まるで普段は人を使う立場だとでもいう口ぶりだが、うちの店を気に入ってくれたよう

でそこは素直に嬉しく思う。

「んっと、昨日は急に先に帰っちゃってごめんね」

 きちんと正座に座りなおしてぱるすに向かって頭をちょこんと軽く下げる柚葉。

「昨日……ああ、ユズがヒカルのほっぺたをばちーんとやったアレの事?別に私が叩か

れたわけじゃないし気にしてないわよ」

「そんな事より、あんなに怒るくらいわたしの体が見たいんだったら一言言ってくれれば

幾らでも見せてあげるのに」

 ウィンクってのは片目だけ上手く閉じるもんだろうけど、ぱるすのそれはやり慣れてい

ないのか左目も微妙に閉じていて、写真を撮られるタイミングをミスった人のようだ。

「ああの、私そっちの趣味はないから」

「じゃあ、なんで昨日怒ったりしちゃったのー?ぱるすわかんなぁい」

「えっと、その、まあその話はちょっと横において置いて……ヒカルに聞いたんだけど

ぱるすってゲームに興味があるんですって?私もあんまり上手じゃないんだけど良かった

ら対戦しようか」

「じゃあお願いしちゃおうかな、でも、わたし……初めてだから優しくしてね」

「そんなに緊張しないでも大丈夫よ、リラックスして私に任せてくれればいいから」

 聞きようによってはとんでもない場面にも思えるが、目の前で起きているのはあくまで

も落ち物パズルを教える先生と生徒の図だ。

「初めてやるならこれがいいかな、キャラも可愛いし」

 そう言うと柚葉はディスクをセットしてコントローラをぱるすに手渡すと脚を胡坐に組

み替え戦闘体勢に入った。優しく教えるって話だったがこの格好はいつも俺と遊んでいる

ときに興奮してくると出てくる癖で、柚葉の中では俺との対戦よりもぱるすと遊ぶ方がア

ドレナリンの出がいいらしい。

「おおッ!?こ、これは」

 タイトルの表示されたテレビを見て身を乗り出すと、感嘆符をそこらじゅうに撒き散ら

し、ゲームと饅頭に何の関係があるのか知らないが色々と薀蓄を語り始めた。ぱるすがこ

の状態になったときは一つ話を切り出すと十の返事が返ってくるのは昨日のアニメの話で

分かっているので、俺は適当に相槌を打って会話を華麗に流すことにした。

 柚葉も俺に習ってか、それとも何を話してるか理解できないかなのかこくこくと頷くだ

けでぱるすひとりが喋っている格好だ。ひとしきり演説が終わって満足したのかコントロ

ーラをぎゅっと握り締め

「早くやろうよー」

 と柚葉をせっついている。

 基本的なルールを柚葉が模範プレイで見せた後、ぱるすに一人で遊ばせていたけど当然

だが動きがぎこちない。俺も柚葉もお世辞にも落ち物パズルは得意とは言えないのでハン

デをつければ初心者のぱるすとでもいい勝負ができると思う。

「それじゃ、これはゲームだけど『勝負』だし手加減しないけどよろしくね」

 柚葉はちらりとこちらを見るとフフフと不敵に笑った。

「はぁん、そーゆー事ね、いいわ受けて立つわよー」

 ぱるすも俺に軽く視線を向けるとニヤリと口の端を上げる。

 何なんだろな、この置いてけぼり感は?女の子同士だけで通じ合っていてまるっきり俺

は蚊帳の外で結構寂しい。

 さて勝負の行方だが実際に対戦が始まってみるとどうだ、柚葉の指の動きが俺と遊んで

いる時を1とすると今はおよそ3。赤い角でもついてんじゃね?と思うほど迷いの無いす

ばやい動きで着実に積んでいく。そして聞こえるばよえーんばよえーんばよえーんと言う

連鎖の音。

「お前こんなに上手かったっけ?」

「たまたまじゃないかなー」

 あれだけの指先の動きを見せておいて、たまたまもあったもんじゃないが、俺との時は

手抜きといっちゃ悪いがレベルをあわせてくれてたんだなと思った。だけど俺相手に手加

減できるなら特に初心者なんだしぱるすを相手にしても同じようにできそうなもんだと思

うんだがな。

ぱるすはというと圧倒的敗北が闘争心に火をつけたらしい、

「もう一回!もう一回!」

 と再戦希望を連呼している。

 正直ゲームを楽しむことより対戦していて負けたって事のほうに重点が置かれている気

がするのは俺の気のせいだろうか。

 しかし何度挑戦しても柚葉にかなうはずもなく、上達する前にゲームが嫌いになってし

まうんじゃないかと見ているこちらが心配になってしまうほどだ。

 まあ、その予感的中というか2桁の連敗に手が届くあたりでぱるすが根を上げた。

「ねー、ユズにはかないそうにないからヒカル相手してよ」

「そりゃ構わないけど、ユズとの対戦はいいのか?ぱるすは勝負事にはこだわってそうに

見えたんだけどなんか負けっぱなしだし」

「それはそうだけどさー、新兵が少佐殿にいきなり戦いを挑んでも勝てるはずもなく……」

 ユズがここまで上達していたのは些か予想外だったが、それにしてもこれっぽちも手加

減をしないとは思ってもいなかったので、多少というかかなりぱるすが可愛そうに思えて

きて小言の一つも言いたくなる。俺だったら遊ぶ相手変える変えないの前に放り投げそう

だし。

「ユズもユズだろ、かなりの回数一緒にやってるけど今のプレイ見るまでこんなに上手っ

ての全く気づかなかったぞ?俺との対戦で力抜けるなら初心者相手になんだから多少は手

加減してやりゃいいのに……それに俺と遊んでるときも手抜きしてたってのはちょっと

ショック」

 自分には競争心が欠如してるようで、勝っただ負けただってのには殆ど興味がないけど、

手を抜かれてたってのはなー。頻繁に遊びに来てる割にそういった事をする心理っつーの

は全くもって俺には分からないが、柚葉は柚葉なりに楽しんでいたならまあいいや。と、

何処までもいい加減というか適当というか何も考えてないんだろうな、俺って。

「そ、そりゃヒカルと遊んでるときに本気でやらなかったのは悪いと思ってるわよ、でも

さ別に適当にやってたんじゃないんだからね。なんていうか私にとってはその、勝ち負け

よりも、その、ゲーム自体が一緒に遊ぶ口実っていうかさ……あー今の無しっ、なんか

私っぽくないし無かった事にして聞き流して頂戴っ……そう、でも、どうしてか分から

ないけどヒカルとやる時とは違ってぱるすとの勝負には負けたくないの」

 こっちをキリッと軽く睨むとツンと澄ました顔で平然とそう言ってのけた。微妙に頬が

ピンクに染まっているが昔それを指摘するのにピンクの子豚みたいだな、って言ったら真

夏のアスファルトの上で正座しながら鍋物食べさせられるよりもひどい目にあったので今

も決して口にしない。今後も絶対に。

「わたしだって負けるのは嫌だけど、それ以前に手を抜かれるってのはちょっとネ。だか

ら本気出してくれて嬉しかったわよ。相手にならなかったってのは悔しいけど練習してい

つか返り討ちにしてやるんだから」

「とゆーことでヒカルこっちに来なさい」

 ばんばんと自分の隣を叩くと強引に俺を座らせてぱるすの特訓が始まった。

 ハンデがついていたせいか、俺とぱるすは結構いい勝負をしている。

「もー、そこで連鎖するのずるいー」

「ちょっとぱるす、叩いてミスさせる方がずるいだろ」

 Tシャツの袖の部分を引っ張ったり叩いたり挙句の果てにリセットしようと本体にまで

手を伸ばしたりやりたい放題だ。柚葉との時のような張り詰めた空気とは違い穏やかな時

間が流れていく。

「ばよえーんだって、ぷぷぷぷ」

 天性の飲み込みの速さか最早ハンデの意味が薄れてきている気がするが、ボコボコにさ

れた鬱憤を晴らすかのようにキチンと連鎖を決められて俺涙目。

「今気づいたけど二人とも昨日とお互いの呼び方変わってない?」

 すっかりその存在を……忘れていたわけではないがぱるすのゲーム外での攻撃をいな

したり反撃したりに夢中だった俺達の後ろでおとなしく見ていた柚葉から声がかかる。

「ん?ああ、一緒に暮らしてるのに苗字で呼び合うってのもなんか変だろ?だから名前で

にしたんだけどおかしいかな?」

 くるっと首を回して柚葉に目を向けると、そこにはクッションをギリギリと羽交い絞め

のような体勢で抱え込む柚葉がいた。その姿はぬいぐるみの熊を思い出させる。

「べっつにー、おかしくは無いけど昨日は苗字だったのになんか急に仲良くなってるなっ

て思って」

「だってなあ,一つ屋根の下で暮らしてるのにお互い苗字ってのもなんか他人行儀でそっ

ちのほうが違和感あるだろ?だから昨日ユズが帰ってから話してる時に名前で呼び合った

ほうがいいんじゃね?って事でこうなってるだけだぞ、まあ、名前で呼び合うようになっ

てそれまでよりも仲良くなったのは間違いないけどな」

「そうそう、呼び方なんてそんな小さいこと気にしないほうがいいわよ、ねぇ?」

 俺の腕に巻きつくようにくっついてきてそんな事を言っているが腕に柔らかいものが当

たる上に顔近すぎてなんだかとても恥ずかしいです。

「ちょっと!そこくっつきすぎ!」

 ギリッと俺の枕兼用になっているクッションが小さな悲鳴をあげたような気がした。

「えーっ、くっつきすぎって言うならこれくらいはしないと」

 そう言うと猫が体を摺り寄せるように頭をぐりぐりと押し付けてくる。ビリッと何かが

避けるような音がしたのは気のせいだろう。

「ヒカルもだらしの無い顔してないでなんとかいいなさいよねッ」

「え、あのちょっと顔近すぎ……」

「そんな事言って、本当はユズもヒカルとこうやってくっつきたいだけだったりして」

 握った右手を口に持っていってくくくくと笑っている。

「な、なに言ってるのよ、そんなわけあるはず無いでしょっ」

「ホントにぃ?わたしとヒカル見て羨ましそうな顔してたようにみえたけど」

「当たり前よっ、だいたいなんで好き好んでヒカルとそんな事しなくちゃいけないのよ」

 ぱるすの妄想力には恐れ入るけど悪いがそれだけは無いだろう、柚葉が隣にいても俺に

触れると言ったら主として拳時折足なわけで、今の状態のようになるなんてこれっぽっち

もあるとは思えない。

「素直じゃないなぁー、まいいけどね」

「素直じゃないってなによそれっ」

 耳まで真っ赤にして必死に反論しているが、そこまでムキにならなくてもいいんじゃな

いか?俺に対してそんな気分にならないのは分かるけど、もうちょっとこう……俺に対

する気配りをするとかさ。

「気づいてないのは本人だけ、か」

 ぱるすで何かをつぶやいたような気がした。

「さてと、それじゃわたし部屋の模様替えとかやって来るからまたねー」

 ぱるすはそう言い残すと空になった皿やグラスを器用に持ち、足元はおぼつかないのか

ペンギンのようなよたよたとした足取りで部屋を出て行く。

 言いたいこと、やりたい事だけをやってさっさと去っていくぱるすを見て、自分を中心

に世界が回ってると思っている人、なんて表現が一瞬浮かんだが彼女のそれはそんな甘い

ものじゃなく、世界は私が回している、って思ってるんじゃないかと錯覚するほどだ。

「ふぅ……なんかぱるすって台風、いや竜巻みたいな子ね」

 クッションに顎を預けながら脱力しきった様子でそう言った。

「まあ、俺なら多分こんな状況に置かれたら大人しくしてると思うけど、急に環境が変わ

ってテンション上がってるだけかも知れないし少し大目に見てやろうぜ」

「それはいいんだけどー、急にヒカルの事呼び捨てにしちゃったりして遠慮が足りないな

ーとか思うし」

「お前さんやけにその話ひっぱるねー、名前の呼び方の一つや二つあんま気にするなって」

「でも、でもよ?クラスの子とかは泉水君とか泉水って呼んでるし、ヒカルって呼び捨て

にするのなんて男の子のごく一部と私くらいだったから馴れ馴れしすぎないかなぁ……

って思って」

「言われてみれば俺の事をヒカルって呼ぶのは今までユズくらいだったな」

「でしょっ!」

 バネ仕掛けのおもちゃがひっくり返るような勢いで身を乗り出してきた柚葉を見て、ど

うしてそう思ったのかは自分でも不思議なんだがこいつもぱるすとある種似たところがあ

るんだなと、反発しあうのは恐らく同属嫌悪の様なものだろうと妙に納得してしまった。

「でもそんな呼び方なんて気にしなくてもいいんじゃね?むしろ今までユズくらいだった

のが仲間が増えたと思えばいいだけだしさ」

「そう冷静に言われればそうかなーって気がしなくもないけどさー」

ベッドに座って足をぷらぷらさせているのは、口とは裏腹に不満を持っている証拠だ。

「なんかぶつぶつ言ってるけどどうかしたか?」

「いーいーえーなーんーでーもーあーりーまーせーんーっ!」

 お前は駄々っ子か。

「それよりヒカル、さっきのあれはなに」

「あれっていうと?」

「あれだってば」

「だから何だよ?」

「もー!さっきヒカルとぱるすが抱き合ったりしていちゃいちゃしてた事をいってんの

っ!」

「そんなに真っ赤に熟れたトマトみたいな顔をしてぷんぷん怒んなって。別にいちゃつい

てたわけじゃないし、そもそも俺のほうから抱きついたりはしてないだろ?ぱるすがくっ

ついてきたから受け止めたりってのはあったけどさー」

 腕の中にすっぽり納まって力を込めて抱きしめたら壊れてしまうんじゃないかと思うほ

どに華奢な身体。だけど脆いってわけでもなく艶やかで柔らかい肌。そして間近で感じた

ぱるすの香り、としか表現のできない鼻をくすぐる甘い香り。それらを思い出してついつ

い目じりが下がる。

「わざとじゃないって言うけどそんなスケベな顔して説得力なさすぎ!大方さっきの事で

も思い出して変な妄想でもしてるじゃないのっ?」

 昔っからなにかにつけていわれの無い仕打ちを受けてはきたけど、ここ数日というかぱ

るすが現れてからの柚葉は導火線が短すぎるんじゃないだろうか。それにちょっと女の子

とくっついただけでここまで言われるってのもなんだかなぁ、柚葉とだって一緒に遊んで

いるときに似たような状態になった事だってあるだろうに。

「妄想なんて言ってるユズのほうが考え過ぎなんじゃねーの?さっきもぱるすが言ってた

けど自分が本当はそうしたかったとかさ」

「だっ、だれがアンタとあんな風になりたいなんて思ってるっていうのよっ」

 首筋までピンクに染めて怒ることはないんじゃないか。

「いやいやいや、俺とそうしたかったとかじゃなくてな、ユズなんて結構モテる癖に男と

付き合ったなんて話聞かないし、誰か好きなヤツでもいてそいつとそうなりたいとか思っ

たのかなって思ってさ。ま、相手がいないって事に関しちゃ俺も似たようなものだからぱ

るすと触れ合ったときにドキドキしたってのは否定しないけどな」

「ドキドキしたって、ヒカルはぱるすの事好きになったの?」

 柚葉が拳をぎゅっと握ってこっちを見つめながら聞いてきた。

 瞳は薄い水の膜でも張っているようで見ているこちらが飲み込まれそうになる。こんな

表情の柚葉を見たのは長い付き合いで初めてだったので一瞬別人のように感じたほどだ。

「や、だからなんでそうやって話が飛ぶかな……あのな、こっちは男なんだし可愛い女

の子にあれだけ至近距離でくっつかれたら普通ドキドキするだろう常識的に考えて」

「じゃ、じゃあこんなことしたらヒカルの心臓ばくばくになっちゃうんだ?」

「ん?」

 そういうが早いかベッドから脱兎のように、いや小猿のように……と言うのは柚葉が

ちょっとかわいそうか。とにかくそんな調子で勢い良く俺の横にやってくるとぺたんと腰

を下ろし、俺に体重を預けてきた。

「ちょっ、いきなりなんだよ」

 胸がトクンと強く打った気がしたが、柚葉に対してドキドキしたってより急にそんな行

動されたからだけだっての。いや、マジで。

「声が上ずってるわよ」

 柚葉は俺の肩に頭を乗せたままそうつぶやいた。

「急にお前がこっちに来たから驚いただけだっつの、大体ユズ相手に興奮なんてするわけ

ねーだろ」

 静まれ、俺の鼓動よ静まれ。それから柚葉も「私相手じゃ、ってどういうことよっ」と

かなんとかいつもみたいに返事してくれよ調子狂うだろっ。

 圧縮されたような濃密な空気が俺と柚葉の周りを支配していて息苦しく感じるほどだ。

 立ち上がって大声でも上げながら走り出したい所だが、ツタでも絡まったかのように身

体の自由が利かない、それどころか柚葉小さな肩を抱きしめ黒髪に指を通しながら頭をな

でてやりたい衝動に駈られてしまったのは何故だ?実際に実行する前に柚葉の唇が動いた

お陰でその事態が回避出来たのは幸いだ。

「そういえばさっき私がモテそうとか言ってたよね?」

「お、おう」

「てことは、少しは私の事可愛いって思ってるんだ」

 そう言うと更に頭をぎゅっと押し当ててくる。

「え、いや、まあ……」

「どうなの?」

「……ってるよ」

「きこえなーい」

「幼馴染っての差し引いても可愛いと思うっつってんの、あとぱるすの真似してんのか知

らないけどそろそろ離れようぜ?」

 後半を無視して柚葉は相変わらず頭を持たれかけている。どうでもいいけど今こっちを

向くのだけはやめてくれよな、俺の顔真っ赤になってるの自分でも分かるし。

「ヒカルが私の事可愛いなんて言ったの初めてだよね」

「いや、言った、じゃなくお前が無理やり言わせたんだろ、ったく。それに殆ど毎日顔突

きあわせてる相手に普通そんな事一々言わないんじゃね?」

 んっしょと声を上げながら背伸びをして柚葉が離れると張り詰めていた空気が(そう感

じていたのは俺だけかもしれないが)ゆるゆると解けていく。微妙にもったいないなと思

ったのは内緒だ。

「だってヒカルはぱるすばっかり可愛いとか綺麗だって褒めてるけど、私の事なんて今ま

で一度もそんな風に言ったこと無かったじゃない。私だって一応女なんだから同じ女なの

に扱いの差がここまで酷いと結構凹むんだからねっ」

 ついこの前まで俺にパンツ見せても平気だったコイツが女の子の自覚を持ってたって事

に感慨深いものを感じる。

「そんなものかねえ」

「なによその興味なさげな返事―」

「どうしてそう何にでも噛み付くかな。つまりユズの言いたいのはこういうことだろ?も

っと自分を構ってくれと。いやー長い付き合いだけどユズにそんな甘えん坊な一面がある

なんて知らなかったな」

「甘えん坊って同い年なんだしそんなちっちゃい子扱いしないでよねっ」

「でも間違っちゃいないだろ?」

「ううっ……そりゃそうだけどぉ……」

 言葉の最後の方は自信無さげに声が小さくなっている。

「はいはい、ユズはかわいいかわいい」

 そういって長毛種の猫のような柔らかい髪の毛をくしゃくしゃと撫でてやると、喉をゴ

ロゴロと鳴らす……はずも無く、ボンッといった音が聞こえそうなほどの勢いで真っ赤

に染まって動きを止める柚葉。

「バカッいきなりなにすんのよ!」

「バカってお前、ユズが構ってくれって言ったんだぜ?そんなタバスコ一気飲みしたみた

いな顔して照れんなって」

「だからぁ……私の言いたいのは、」

「はいはい、いい子いい子」

 更に頭を撫でてやった。人間ってここまで赤面できるもんなんだな、鼻血を噴出すんじ

ゃないかと人事ながら心配になる。

「もうっ」

 そう言言うと身体を硬くして暫く俺に撫でられるがままになっていたが、やがてすっく

と立ち上がり、

「そ、それじゃそろそろ晩御飯の時間だから帰る」

 と足元をふらつかせながらベランダへと向かう。周りが見えない程緊張していたのかガ

ラス戸にコツンと顔をぶつけたのはご愛嬌だ。

「何よ、私の事子供扱いしてたけどヒカルのほうがよっぽど子供じゃないっ」

「なんか言ったかー?」

「いーえっ」

 ベランダに出た柚葉はそこでふぅとため息を一つつくと、スカートをひるがえしこちら

にくるりと向きを変え、

「おやすみ、バカ男」

 と、とんでもない挨拶を残して帰っていった。

 

 柚葉の置き土産の意味を椅子をぎしぎし鳴らしながら色々考えてみたけれど、どうにも

答えが出てこない。確かに俺は成績のそういい方ではないがそういう意味ではないだろう

し、かといって柚葉が本気で俺のことをバカって言うほど怒っていたとは思えない。

 移ろいやすい女心を指して秋の空なんて言ったりするが、全く持って女の子というもの

が、いやこの際ぱるすは完全に謎な人なので排除するにしても、柚葉が何を考えてるのか

想像もつかない。

 男にとって女の子ってのは永遠に理解出来ない謎の存在なのかねぇ、などとやけに哲学

的な事が頭をよぎった所でふと時計を見ると時既に20時過ぎ。そそくさとややっこしい

考えに蓋をすると晩御飯の支度を手伝うことにした俺の判断は、別に柚葉が晩飯以下の存

在って訳じゃなく考えすぎで糖分が不足していた為だろう。

 そして、柚葉の事はとりあえず今まで通りに接することにして、何かあればその場その

場で対応すればいいやと問題を先送りにして床についたのだった。


 
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