はぁはぁはぁ
夏島は山口を振り払って、部室棟裏まで帰ってきた。空き缶や落ち葉が散乱している。
「どうせいっっちゅうねん」
と吐き捨てる。
むちゃくちゃ走ったせいか、途中で寺崎と工藤もどこへいったのか、よく分からなくなっている。
小心者の性なのか、夏島は部室棟裏から、ちょっと顔をのぞかせる。大丈夫誰もいないはずだ。少しばかり休もう。
そこへ足音がする。
ぺたぺた
「誰だ」と内心、何かを期待して、もうちょっと身を乗り出す。
工藤だった。
工藤とは女子高生である。夏島と寺崎の意中の人と言えばよいが、いわば手近な高嶺の花である。
それが向こうの外廊下から部室棟へとやってくる。
実は彼女がチラッと見えるだけで、夏島は心臓バクバクものである。
とてもじゃないが、お気楽に声を掛けられる存在じゃあない。
ただ、工藤は高校卒業後、東京の大学へと推薦がもう決まっている。彼女への思いのたけをぶつけるにはそろそろ、あまり日数も少なくなって来ている。
二人が工藤のことを好きなのはもはや公然の秘密である。が、部員数三人という、弁論部内において公然の秘密もへったくれもないのであるが、要は彼女がこの二人の気持ちに気がついているのかどうか、それは分からない。あるいは気がついている振りをして、二人のことを振り回しているだけかもしれなかった。
しかし、好きな人はどうしても、理想化してしまう。
ゆえに、そんなダーティーな側面を彼女に認めたくはなかった。
それが文化部系の夏島くんの限界だった。恋する前に恋という虚像を破壊しなくてはいけない事にうすうす気がついてはいるものの、女性に対して免疫がない、経験がない、夏島にとって見れば、恋する女性の気持ちの前にまず自分の気持ちに溺れてしまう。
考えてみれば工藤以外の女性とは平素のお付き合いもない。彼にとっては彼女が思春期の女性の全てである。
どうしたらいいか、自分でも分からない。これが恋とするのなら、精神病院にはたくさんの恋があるのだろう。そう、直観する。
さて、工藤はいま部室部棟の玄関口にいる。
夏島は裏側でハラハラドキドキしているのを、表にいる工藤は知らない。
もう、片思いなど夏島は嫌だった。
少なくとも、この気持ちを相手に伝えなくては、と泡を吹きながら、つまり当惑しながら、彼は表に出ようとした、そのとき。
「おーーい」
と出てきたのは寺崎である。夏島には死角になる理科室の方から足音が聞こえた。
出てこなかったのは正解なのか?
そう夏島は自問したが、次の瞬間全くこれが間違いだということに気がついた。
これで夏島が出て行くタイミングは完全に逃してしまったからだ。
これで外に出たとしてもちょっと気まずい。
もちろん、寺崎は工藤のことが好きである。
ただ、夏島よりも女の子の扱いは上手い。彼に二人の姉がいることがその原因かもしれないが、ともかく夏島はそんなことは出来ない。出来ない以上、しょうがないのだ。
ピンチである。
<つづく>
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素麺の続きです。
あまり意味がないタイトルです。