バロンの城下町でたまたまセシルに会い、互いに時間があるので少し話でもということになった。
日中なので酒を飲むわけにもいかず、城内住まいのセシルより近いからと家に誘い、
長いこと家に仕えてくれている老女にお茶を出してもらう。
セシルは老女に軽く会釈すると、久々に来た勝手知ったる屋敷を見回して、
子供の頃からここは変わらないね、と息をついた。
そういえば子供の頃はよくセシルが泊まりに来てたな、としばらく思い出話に花が咲く。
「セシルはもう髪を切らないのか?」何の気もなしにふと訊ねてみた。
「切らないよ、仕官学校時代散々笑われたの覚えてるだろ?」頬を膨らませてセシルが答える。
ああ、そういえばそんなことがあったな。
元々は背中まであったセシルの髪は、士官学校入学と共にあごのあたりまで切られた。
格闘訓練の際につかまれないようにとの配慮だったのだが、
癖があって柔らかかったセシルの髪は短くなるごとに重力とは無縁の形になってしまい、
切った翌日、友人どころか教官まで会う人間にことごとく笑われたのだ。
「雲頭だの綿飴頭だの本当に散々言われたよなあ」
ただでさえ銀髪女顔で目立つのに、この一件ですっかりセシルは有名人になってしまったのだ。
「ビッグスとウェッジが悪いんだ、食堂であんなに大きな声で笑うから…」と、
完全に拗ねた目になったセシルが俺の方を見る。
「カインこそ、切らないの?」まあ、綺麗だし僕一人長髪よりいいけど、と付け足す。
「うーん、まあ、切るタイミングを逸してるだけなんだが。……一々伸びたのを切るのも面倒だしな」
「タイミング?」
「ああ、始めは願掛けだったんだよ」小さく息をつく。
気づいているのかいないのか、セシルは目を丸くして見せた。
「へえ、意外……カインって変なところ古風だよな」
「余計なお世話だ」
それから、今日あったことだの、最近の城下の様子だの、他愛もない話になった。
……嘘だ。髪が切れないのは俺の未練だ。
絶対に手に入らないものが、それでも何かの間違いで自分の下に舞い込んでこないかという女々しい執着。
ずるずると淡い希望を自分の後ろに引きずっているにすぎない。
それでも。
それでもいつか…
俺はこの思いを懐かしく思うことがあるのだろうか。
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セシルとカインの髪の毛にまつわる思い出話。
カインが女々しいです。一応カイ→ロザ