No.251474

寒夜に咲く向日葵 第一話『別にツンデレが好きってわけじゃないんだからね』

本作品は「真剣で私に恋しなさい!」を再構成した二次創作です。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
オリジナルキャラの登場予定はありませんが大和の性格等、設定が色々改変されております。

2011-07-31 22:47:37 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1767   閲覧ユーザー数:1674

 
 

 暖かい。春を感じさせる柔らかな光が、カーテンの隙間から細く差し込む。おそらく今日も良い天気。

 覚醒しかかった意識を再び夢心地に微睡ませた。起床を迫られる時間までには、まだまだ余裕があるはずだから。

 大和の朝は決まって幼馴染みの甘い声で始まるのだ。

 

「あっ……大和……いいよ……挿れて……!」

 

「違ぁーーーーっう!」

 

「あんっ」「くっ」

 

 甘いどころか艶の混じった声に反射的に身体を起こすが、男の子の大切な部分に感じた刺激に間髪なく腰を引く事となる。

 身体を無理に『く』の字に曲げながら、寝足りないとわがままを抜かす頭を叱りつけた。

 

(後でおもちゃ買ってあげるから!)

 

 わーい、と覚めた頭が認識したのは、剥いだ布団の中にいる乱れた服装の女子の姿。制服のスカートが捲り上げられており、眼に映るのは彼女の下着――ではなく弾力のありそうな桃色のお尻である。

 さらに言えば大和自身も、お気に入りのヤドカリ模様のトランクスが膝まで下げられている。そこに思春期男子特有の生理現象が加わったとなると、先程股関を伝った感触は……

 

「大和が私の中に……」

 

「入ってない!」

 

「でも今確かに……」

 

「先っぽだけ! 先っぽだけだから!」

 

 寝起きとは思えない声が出た。

 気分は満員電車で痴漢扱いされたサラリーマン。家族と会社のために真面目に働いてきたというのに、私が何故このような目に遭わねばならんのか。電車の揺れでたまたま手が女子高生の尻に触れてしまっただけ――それが大和の場合は手でなく、また尻でなかっただけだ。

 

「脱がすのは駄目って言ったでしょ!」

 

「私は大和の隣に潜り込んだだけ。脱いだのも脱がしたのも大和」

 

「なん……だと……?」

 

 それ程までに性欲が溜まっていたのか。

 朝一で涙目を晒しながら、胸中で挫ける己を弁護する。被告人は心神喪失状態だったためうんたらかんたら。

 

「それに挿れようとしたのも……」

 

「してない! 入ってない!」

 

 それでも僕はヤってない。

 

 ペロリと唇を舐めた彼女の熱い視線を下半身で感じ取り、慌てて寝間着替わりのジャージを下着ごと持ち上げた。

 注意一秒、怪我一生。もし対処があと一秒遅かったら、このままエンディングを迎えていた気がしないでもない。

 

 ブルルッ

 

 喰われる側の恐怖を布二枚で振り払う。

 目の前にいるのが肉食獣ならば心許ないが、相手は大和と同じ人間。理性を持った生き物である。会話による意思疎通が可能なはずだ。

 

「君もパンツを履いて下さい」

 

(そして出て行って下さい)

 

「え―……」

 

 不満そうに唇を尖らせた顔さえ彼女は可愛らしい。乱れた服装を整え、隠されたその身体つきも魅力的だ。そんな女子が朝起こしに来るというのならば、周囲からは爆ぜろと罵倒され、ベジタリアンではない大和はいただきますと手を合わせる。

 だが現実はそう簡単にはいかない。

 しちゃったね。えへへ。じゃあ付き合おうか。なんて展開は生温い。

 手を出したな責任とれ結婚しろ子供は野球チームが作れるくらい欲しいいややっぱりサッカーチームにしよう。句読点を挟まない程の速度で繰り広げられるここまでの展開を、笑顔一つで受け入れるまでの覚悟が必要となるのだ。

 当然の事ながら、この年で永遠の愛を誓える程、彼は少女漫画的な思考はしていない。

 

(いやむしろ少年漫画的な、か)

 

 部屋から出て行く彼女を見送りながら、ヒロインの処女性についての議論に結論を下す。結論。男とは夢とロマンを追い求める馬鹿な生き物である。そして大和は中性的な男の子である。

 最近の、好いたり惚れたり付き合ったり別れたりまた好いたり――な少女達のシビアさに共感しながら、大和は制服に着替えるため再びジャージを下ろした。

 

(なんかぬるぬるしてる……)

 

 結局パンツも下ろす事になったが、その原因については思考にストップをかけ、平和な日常へ強制――いや矯正シフトさせる事にした。

 ともかく、こうして小学生の頃からの付き合いである椎名京に起こされ、当然ながら彼の人生の主人公役であり、遺憾ながら京の人生のヒーロー役である直江大和の一日は始まるのだった。

 

 

    ――――

 

 

「ヤドン、カリン……今日も巻貝いい艶してるね……ハァハァ……やべぇ興奮してきた」

 

「おはよう大和。朝から元気だね」

 

 大和が朝からヤドカリを愛でている間に、勝手に部屋の扉を開け入って来たのは紫色の機械の塊。その名はクッキー。世界三大財閥の一つである九鬼家が、その最先端の技術を結集して製作した、一般家庭には手の出せないお値段のロボットである。

 淀みない動作で大和が散らかしていた布団をきっちり畳み直す。亭主の後を三歩下がって歩く貞淑な妻のように、実によくできたロボットである。

 九鬼財閥の御曹司、九鬼英雄から意中の相手へ贈られたクッキーは、廻りまわって現在この寮にいる。

 

(惜しい事をした)

 

 彼のマイスターになれる権利を一度は手にした大和には未だ後悔が残る。

 大和の幼馴染みの一人である男に、まるでおもちゃ売り場で駄々を捏ねる子供のように強請られ、ついつい手放してしまったのだ。

 今更俺のところに戻って来いよなどと言っても、私にはもう将来を誓った彼がいるからと断られるのがオチである。

 しかしそれでも、大和のお嫁さんにしたいロボットベスト一位の地位は揺るがない。

 現在の『御奉仕モード』の楕円形に加え、まだ変身をあと二回残しているのだというからワクワクが止まらない。

 時は二十二世紀。猫型ロボットまでとはいかないが、我々人類の技術はここまで発達した。感慨深いものを感じながら、光沢を放つ頭部を撫で回す。犬猫のようにわかり易い反応は示さないため、指紋が付くからやめてよ――なんて蔑んだ思考をしていないか少し不安だ。

 

「今日も朝から大変そうだったね」

 

「なんで?」

 

「えっ? だって京が……」

 

「もしかしてどこか悪いのか? 九鬼に連絡して診て貰おうか?」

 

「ええーーっ!?」

 

 どちらの回路に異常があるかは推して測るべきである。

 

 

    ――――

 

 

 ここ島津寮では、平日の朝食と夕食は寮母さんが用意してくれる事になっている。島津麗子。四十三歳。若い頃は川神の鬼女と呼ばれた豪傑である。ちなみに2ちゃんねるとは何の関係もない。

 

「おう、おはよう大和ちゃん!」

 

「おはようございます。突然ですけど今晩空いてますか? 綺麗な夜景の見えるホテルで食事でもどうでしょう」

 

「あら素敵。でも私には夫も息子もいるからねぇ」

 

 流れるような動作で大和の席に一品多くおかずが置かれる。毎日のようにこなしているやり取りで、他の寮生も気に留める事はない。

 これは差別ではない。区別である。

 大和のようなやり取りをしろとは言わない。見え透いた世辞の一つでも言えば誰でも一品プラスして貰えるはずだが、この寮にはそんな世辞すら言える者は他にはいないのである。

 きっと皆のコミュニケーション能力を向上させようという麗子さんの計らいだと大和は考えているが、その真偽を確かめる予定は今のところない。

 

「おはよう源さん。今日も早いね」

 

「チッ、誰の大声に起こされたと思ってやがる」

 

「え? なにそれ?」

 

「こいつ……」

 

 噛み合わない大和の反応に、源さんと呼ばれた男の綺麗に整った顔が歪められる。

 いつもなら満点の気遣いができる彼が、今日は少しばかり空気が読めていないようだ。

 もしかしたら深夜までのバイトで疲れているのかもしれない。大和は増えた分のおかずを源さんの席に寄せた。

 

「あ?」

 

 胡散臭そうな視線を向けられたのでウィンクしてみせる。目は口ほどに物を言う。わかってるから。これ食べて元気だしてね。

 すぐに視線を逸らされた。

 

(相変わらず照れ屋だな)

 

「お! おっ、おお、おはょふござぃまふ!」

 

「ひぃっ!」

 

 和んでいた隙を突いていきなり掛けられた大声の挨拶に、思わず悲鳴を漏らし身を竦ませる。

 声の先には長い黒髪のプロポーションのとれた美人。四月に入寮したばかりの一年生、黛由紀江だ。これで去年まで中学生だというのだから、現代日本の若者の成熟速度は凄まじい。

 

「お、おはようございます……」

 

 そんな美人に大和は怯えながら挨拶を返す。

 人を見た目で判断するのは宜しくない。大和も両親からそう教えつけられた。剃り込みの入った頭の男やパツキンのリーゼントの男にも優しい奴はいる。気の強そうな女や誇り高そうな女にも被虐趣味の奴はいる。

 大和は人を見た目で判断しない。だが――

 

(ま、また置いてある……)

 

 彼女の席の脇に立て掛けてあるのはいわゆる日本刀。

 大和達が通う川神学園は各々の個性を重んじる自由な校風が自慢であり、さらに武道家の鍛錬場として有名な寺院である川神院の影響も受けているため、学生が武器のレプリカを振り回しているという場面に出くわすも珍しくない。

 だが彼女の刀はマジモンであるという。現代日本ではそんなものを持ち歩いているだけで職質ものであるが、彼女のそれは国から許可を得ているというのだから恐ろしい。

 社会の闇を垣間見てしまった大和にとって、毎朝頬を引き攣らせながら睨みを利かせてくるこの一年生は、爽やかな日常に影を落とす存在に他ならない。

 しかし、件の川神院のヒエラルキーのトップに座する少女を幼馴染みに持つ彼としては、本来それだけではドン引くに値しない。原因は、先日さらに衝撃的な光景を目撃してしまった事にある。

 

 

 それは入学式の夜、歓迎会の準備ができたと彼女を部屋まで呼びに行ったのだが、部屋の中からは二人の喋り声が聞こえるではないか。

 他の寮生は皆食堂に集まっているはずである。友達を連れ込んでいる気配もなかった。

 大和は健全な青少年である。覗きの趣味はない。だが好奇心は人一倍あった。そして、それがいけなかった。

 鍵穴から覗いた部屋の中にはいたのは、やはり由紀江一人だった。

 携帯電話では相手の声が部屋の外まで漏れてくるはずはない。大和の頭に霊感少女という単語が過ぎった。科学では証明できない事は信じない主義の大和であったが、その光景には背筋が凍る。

 めげずに更に目をよく凝らしてみれば、なおも会話を続ける少女の前には古風な茶色の座布団が敷いてあるのが確認できた。そしてその上には馬の形を模した携帯ストラップが乗っている。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花。会話の相手は幽霊ではなく携帯ストラップだった。

 

(余計怖いわっ……!)

 

 もしかして彼女の本体は携帯ストラップ――などと考えるまで大和の頭はファンタジーに染まっていない。おそらく彼女は精神を病んでいる。

 人形に恋をした男の話を思い出しながら、大和は扉の前を離れて静かに一階まで降り、次はわざと足音を立てながら階段を上って行くのだった。

 

 

 それでも、普通に生活する分には今のところ挨拶を交わす以上の接触はない。

 いくら睨みを利かされようと、麗子さんの朝食さえあれば大和の朝は幸せなものとなるのである。

 

「おっ、胡瓜の御新香だ。これ好きなんだよなぁ」

 

「…………見てんじゃねぇよ」

 

「美味しいよね。源さんも好きなの?」

 

「チッ、ほらやるよ。勘違いするんじゃねぇ。てめぇに借りを作りたくねぇだけだ」

 

 つまり先程のお返しという事らしい。気遣いはしておくものだ。

 律儀な彼らしいお返しを、そんなつもりじゃなかったのに――という風に、しかし遠慮なく頂く。

 源忠勝。不良という周囲の評価に似合わず、清く正しく心優しい男である。ちなみに大和のお嫁さんにしたい男子ベスト一位だ。

 

「俺、そういう趣味はないけどさ……でも源さんなら……」

 

「ヤメロ。椎名が睨んでんじゃねぇか」

 

 反対側に視線を向ければ、大和に差し出そうと思っていたのか、己の御新香の皿を握り締め小刻みに震えている大和オタクの姿があった。

 彼女は生粋の腐女子でもあり、大和と他の男を掛け算して萌える事ができる。

 だが今は腐ってる場合ではない。目の前で彼女の想い人とイチャイチャしているこの男こそ、京にとって目下最大のライバルなのかもしれないのだから。京は現実と空想を区別できる腐女子である。大和を男に奪われるだなんて結末は認められない。

 

「べ、別に大和とおかず食べさせ合ったり、手を繋いで登校したり、夕日が沈む海辺でキスしたり、基地の屋上で初体験したりしたくないんだからね!」

 

「別にツンデレが好きってわけじゃないんだからね」

 

 大和のそれはギャップ萌え。降りしきる雨の中、捨て猫を抱え上げた不良の姿にドキリとしてしまうタイプの男の子なのだ。

 京が心配するような事実はどもにもない。大和から源さんに延びる矢印は萌えであり、決して恋ではありえない。愛はあるかもしれないが。

 

 

    ――――

 

 

 朝食後、身嗜みを整えたりヤドカリを愛でたりで、寮を出たのは八時十分。

 この時間になると源さんは待ってられんとばかりに先に登校してしまう。避けられてるわけでは決して無い、と思う。

 

「待った?」

 

「ううん、私も今来たとこ」

 

「良かった。じゃあ行こっか」

 

「今日はどこ行く?」

 

「う~ん。京の行きたい所でいいよ」

 

「じゃあホテルで」

 

「……お天道様が見てるよ。まだ時間的に早いんじゃないかな」

 

「私は草むらでもいい! なんならここでもいい!」

 

「えっ、ちょっ、待っ…………やめてよして触らないdqあwせdrftgyふじこlp――――見てないで助けてくれよガクト!」

 

「なら最初からノんなよ」

 

 大和としては日常に潤いを与える程度のおふざけのつもりだったはずなのに。

 川神学園に入学し、島津寮で暮らすようになってからというもの、大和と京、そしてもう二人の幼馴染みで待ち合わせるのが常である。

 一人は大和達のグループのリーダーを冠する男。そしてもう一人は先程、人生の墓場に片足を突っ込んだ大和に手を差し伸べた男――寮母の息子であり、寮の隣に家を構える島津家の長男、島津岳人である。

 部屋の電気を点けずに生活するイケメンと同じ名を持つ彼は、三百六十五日異性にモテたいと考えているような実に思春期の学生らしい、また、年下は嫌だとわがままを言う程度には好き嫌いがある肉食系男子である。

 ちなみに大和は気が強い女の子ならそれでいいという雑食系だ。ただし椎名京は除くと追記されるが。

 

「ほら京、離してやれよ。犯罪だぜそりゃ」

 

 不満そうな顔を隠そうとしない京から逃れ、朝から脱がされかかったブレザーを直す。そこで初めてベルトまでも抜き取られていた事実に気付いた。

 相手は本気だ。ガクトがいなければスタッフロールが流れていたかもしれない。

 無駄に筋肉があり色黒で馬鹿というその筋の人に好かれそうな彼は、仲間内からすればとても頼れる存在であるが、そのがっついた言動ゆえ女子からは敬遠されている。

 大和のタイプではないが、実にもったいない話だと息を切らせながら同情した。

 

「チッ、あと少しだったのに」

 

 残念そうに舌を鳴らしている京の姿はとても演技には見えない。

 京が大和に惚れて早数年、日増しに強くなっていく彼女のアピールは、今や大和の生活の一部とも言えるものとなっている。

 この二人と共に小、中、高校と過ごして来たガクト達には最早見慣れた光景であり、京の告白も大和の答えも周知のものなのである。

 

「でも今日みたいなことがあるから俺様は時々本気で心配になるぜ」

 

「京にはよくある事だよ」

 

「ねー」

 

「理解あり過ぎだろうが!」

 

 

    ――――

 

 

 春らしい暖かな日差しを浴びながら、多馬川沿いの通学路を行く。

 青春と川原は切り離せないものであると、生徒をバカチン呼ばわりする教師ドラマを見て育った大和は考える。

 川神学園の個性を重んじる自由な校風と競争意識を高める教育方針は、大和が思い描いていた学園生活のそれとは大分異なる現実を創っていたが、財閥の御曹司や政界に影響を及ぼす名家の令嬢などが在学する学園は、コネを作るにはこれ以上にない環境であると言えた。

 この不況の時代、日本はもう駄目だと言った父の言葉に間違いはないと大和は考えている。国技で八百長なんてやってる国だ。父は決して間違えない。

 ならばせめて生きるための手段を増やさなければ。

 そんな事を考えてまで大和がここで学生をしている理由と言えば、ただ認めたくないだけなのである。父の言う事が正しいと理解していても、はいわかりましたと素直に頷ける程にはまだ大人になれてもいない。だが時折、そんなモラトリアムの中にいる自分を歯がゆく思う時もある。

 自分でも自分の事がわからないというのは、とても心寒いものだ。

 

「大和、どうかした?」

 

 物思いに耽りながらもガクトの話には相槌を打っていたはずだが、日頃から誰よりも大和を観察している京には気付かれていたらしい。

 親を理由に虐められた過去を持つ彼女には少し話し辛い事もあって、ハッタリと愛想笑いと痩せ我慢を特技とする大和は当然惚ける事にした。

 

「あ、モロだ。ほら」

 

「……ん」

 

「おはよう、みんな。あれ? キャップは?」

 

 絶妙なタイミングで漫画雑誌を広げながら挨拶をしてきたこの優男は、大和達の幼馴染みグループの一員である師岡卓也、通称モロ。機械関係、サブカル担当、そしてボケだらけのグループのツッコミ役として大和に頼りにされている男だ。

 気の利く彼はガクトがスルーしていたポイントにも話をふってくれる。

 

「キャップは週末から旅に出てるよ。まだ帰ってきてない」

 

「相変わらずかぁ。新学期始まったばかりなのに」

 

 大和とモロはそろって息を溜め吐いた。

 旅に出るなんて青春チックな事を地でやってしまう話の人物こそ、大和達の幼馴染みグループのリーダー、風間翔一その人である。異性には興味は無く、将来の夢は冒険家といういわゆるいつまでも子供なタイプの男なのだが、大和他グループのメンバーは彼をリーダーと認め、親しみを込めてキャップと呼んでいる。

 その放浪癖のせいで学校をふらっとブッチする事もしばしばで、クラスメイトや教師達もすでに慣れや諦めの境地に達してしまっている。

 風間翔一、その名の通り風のように自由な男である。

 

「で、モロは何読んでんの?」

 

「ああ、これ? ジャソプスクエアだよ。トラブルンダークネスが始まったんだ」

 

「俺様にも見せろ! うおっ、これもうエロ漫画じゃねぇか!」

 

 モロが持っていた雑誌をひったくるそのがっついた動作だけでなく、ガクトの台詞も、端から端まで実にモテない男子のそれである。

 その点、直江大和はそうでない。たかだか少年誌に鼻の穴を大きくするような、猿並の軟い理性は持ち合わせてはいないのだ。

 

「ほら大和も見てみろよ」

 

「ビーチクの無い乳など認めん」

 

「ジャソプスクエアには乳首描いてあるんだよ」

 

「えっマジで?」

 

「こいついきなり食いつきやがった」

 

「だっておまえビーチクだよビーチク」

 

 大和のクールな装いが持ったのはわずか三秒。

 毎日繰り出される京の誘惑をかわす程の、鉄の理性を持つ男でも、たまにはひゃっほうとはしゃぎたくなる時があるのだ。それが、少年誌に描かれた女子の乳頭に円が乗っている時である。

 俺が見るいや俺様に見せろちょっとそれ僕のだよ。このような醜くむさ苦しい争いは、大和達2‐F男子にとっては日常茶飯事。

 

「大和……そんなに見たいなら言ってくれればいいのに」

 

「生々しいのはノーサンキュー。こういうのはコンビニで買う漫画雑誌に載っていてこそなわけよ」

 

 京の妖艶な流し目をターン一つでひらりとかわす。

 グラビアとお色気漫画を見る時の心境は決してイコールではない。青少年というのは単純で、そして意外と面倒臭い生き物なのだ。

 とは言っても、女子高生が見せてくれると言うものならば、もちろん男は誰でも瞬きする間に頭を下げる。

 大和の場合は例によって、ただし椎名京は除くと追記されているだけだ。

 

「乳首なんて鏡があればいつでも見れるだろうが。それよりも俺様は俄然パンチラ派!」

 

「…………ナオっち、椎名っち、おはよー」

 

 ずれた間の悪さもそれが君のタイミング。昔そんな歌があった。

 大声でパンチラ派宣言をしている時に女子が通りかかるとは、もうそういう星の下に生まれたとしか思えない。

 このような事態の積み重ねが、クラスメイトなのに無視されるという悲しい状況を作り出しているのだろう。それを考えれば、大和と京だけに挨拶して来た同クラスの女子、小笠原千花を一方的に非難する気にもなれない。

 

「おはようチカリン」

 

 挨拶を返さない京の分まで、当社比三十%増の爽やかな笑顔を贈る。影で風早君とあだ名されていても不思議ではない。

 

「さっきまでビーチク連呼してた奴とは思えねぇぜ」

 

「相変わらず周りへの愛想はすごいよね」

 

 パンチラ派宣言時に女子と遭遇する星の下に生まれた男が何やら喋っている気がするが、大和の幻聴という事にして切り捨てておく。

 大和からすればこれくらいの処世術は必須スキル。ガクトはそれを無理にパワーで補おうとするからごらんの有様となる。パワーはあくまでも筋力であり、万能スキルではないのだ。

 地味に無視されたモロについては、触れてやらないのが優しさというものである。

 

「ねぇ、川辺に人集まってるアレってモモ先輩じゃない?」

 

 いつの間にか大和と並んで歩いていた千花が指差した先には、向こう側が見えない程の人だかりがあった。

 多馬川沿いでこれだけの騒ぎといえば心当たりは一つしかない。

 

「またかよ。よし、行って来い弟」

 

「だが断る」

 

「断んなよ! ヤバイ雰囲気だぜ。放っておいていいのか?」

 

 ガクトの言葉は面倒事を背負い込みに行けと言っているのと同じである。

 人の壁の隙間から見えたのは、柄の悪い男達とそれに対峙する長身長髪の美少女。

 遠めにも目立つ彼女を見間違うはずもない。大和達幼馴染みグループ、風間ファミリーの年長者。武家の鍛錬所としても世界的に名高い関東三山の一つ、川神院の跡取り娘、川神百代だ。

 その噂を聞いて各地から武道家が彼女に挑戦しに現れるのだが、こうして名を挙げようという不良達に絡まれる事もしばしばである。

 角材やバールのようなものを手に彼女を取り囲んでいる不良達に、大和は見覚えがない。どうやら地元の人間ではなさそうだ。ここ川神市を離れれば離れるだけ、彼女の強さは噂半分と思われ正確に伝わらず、その分口だけの無謀な輩が増えていくのだ。

 

「県外民かな。やっぱ止めるべき?」

 

「今更止めたところで無駄かもね」

 

 京の言う事は正しいようだった。

 おそらく挑発でもしていたのだろう。百代を睨みつける不良達のボルテージは傍目にも限界近い。

 それを察したのか周囲も静まり返り、一触即発の空気を醸し出している。

 

「――――やーっちまえぇぇぇ!」

 

 痺れを切らしたリーゼントを先頭に、不良達が次々と奇声を上げながら襲い掛かった。

 対する百代の姿は僅かにブレて――――

 

 ガシッボカッ不良は死んだ。

 

「………………」

 

「うわ、あっという間じゃん。ん? なーにナオっち」

 

「グロス変えたでしょ。何か良い感じ」

 

「あ、わかった? いい色でしょ」

 

 彼女には何の罪も無い。スイーツと揶揄されるべきは、百代の動きが全く見えていなかった大和の方だ。

 驚きのビフォーアフター。いきり立っていたはずの不良達が、次の場面では腕や脚をおかしな状態にして倒れ込んでいた。

 圧倒的な力で不良を片付けた百代の姿に、ギャラリーからは喝采が上がり、ファンの女の子からは黄色い声が浴びせられる。

 学園最高の美人がその中央に立っているという光景はとても自然だが、周りに転がっているもののせいで台無しだ。大和の聞き間違いでなければ、歓声に混じって聞こえるのは不良の呻き声と泣き声ではないだろうか。

 

(なんという地獄絵図……)

 

 今市民の平和を守る公務員さんに、彼女は君の知り合いかと問われれば、思わず首を横に振ってしまいそうだ。

 無意識にその場から一歩下がった大和をその視界に捉え、ファンに応えていた百代が距離を詰めて来た。

 それに気付いたギャラリーはこの騒ぎの終わりを察し、すぐにそこから捌けて行く。直江大和と川神百代。血は繋がっていないが、幼少の頃交わされた契約による二人の姉弟関係は、学園で知らぬものはいない程に有名となっている。

 

「なんだ、見てたなら助けに来いよ。美少女が襲われてたんだぞー」

 

 それは不良を助けに出て来いという事か。それならそれで、邪魔をするなと言う癖に。

 止めに入っても入らなくても文句を言われるのだから、彼女の弟というポジションは楽じゃない。背後から抱き付かれたりもするため、たまに代わってくれと言われるが、その影にある苦労が周囲には伝わってないのだからやるせない。

 

「やり過ぎですぜ姐さん」

 

「大丈夫だ。関節を外しただけだからな。私は骨を折るようなミスはしないさ」

 

「ははっ、いやいやまたそんな御冗談を」

 

「うっ……まだそれを引っ張るのか。自虐的だな、おまえは」

 

 自慢げにその豊満な胸を張っていた百代が、大和の言葉に痛いところを突かれたとばかりに頬を引き攣らせる。

 大和の言葉は彼女に対する皮肉であり、また確かに己に対する自虐でもあった。

 軽く振って見せた大和の右腕にはもう何の違和感も残っていないが、こういう空気に触れると少しばかり疼く気がするのはかつて患っていた厨ニ病の後遺症か。

 それはまだ大和が学ランを着ていた頃の話。一瞬で利き腕を折られ叩き伏せられたという、武勇伝には程遠い、情けなくて青臭い記憶。

 

 話せば長くなるかもしれないので次回に続くのであった。

 
 

 
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