No.248934

花火奇譚

ある夏の夜のこと。ネットラジオ朗読企画用に1000字で構成したものを改訂したものです。

2011-07-30 23:33:49 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:481   閲覧ユーザー数:477

花火奇譚

 

 それはある夏の夜のことだった。

 アパート周辺で派手な花火をしてはいけないといわれたので、俺と彼女は仕方なく軒先で線香花火をすることになった。

 線香花火では面白くないかな、とは思ったが意外にも彼女は乗り気だった。

 

「線香花火って儚いって言うけど私はそうは思わないのよね。

 あの玉になっている所って火薬が煮えたぎってるわけじゃない?

 それって儚いと言うよりも『小さくてもギラリと光る国・日本』って感じよね」

 

 消えていく火を見つめながら彼女はしみじみと呟く。

 

「そうそう。花火って言えばネズミ花火を海に投げ込むと面白いのよね。

 渦巻き作りながら、水中で爆発するの。

 しゅごごごごご、ぱーんって感じで。

 袋に入っているやつ全部に火をつけて投げ込んだら面白かったわ。

 魚捕まえられたし。

 夏と言えばやっぱりネズミ花火よね。今度海行ったらやろうね」

 

 線香花火が燃え尽き、あたりはつかの間の闇に閉ざされた。

 ネズミ花火がなくて悪かった、と伝えると彼女は首を振った。

 

「あれは海でやらないと意味がないもの」

 

 バケツの中に燃えがらを入れながら彼女は続ける。

 

「そういえば昔、軽井沢で花火の撃ち合いをしたことがあるわ」

 

 彼女のきらきら光る瞳は過去の情景へと飛んだ。

 それはまるで、戦場に思いを馳せる戦乙女のようだった。

 

「相手は道路にロケット花火を並べて次々と撃ち込んできたの。

 知ってる? チャッカマンを使うとすごい速さで連射できるのよ。

 強敵だったわ。

 ロケット花火の恐怖は威力よりもあの音ね。

 間近で大きな音がすると人は恐怖に駆られるわ。

 危うく戦意喪失しそうになったもの。

 でもこっちには秘密兵器があったの。

 それがあの花火……ドラゴン36連発だったわ。

 まばゆい光とともに炎が尾を引き、次々と敵を飲み込んでいく様はあなたにも見せたかったわ。

 あ、もちろん勝ったわよ。ペンションは出禁になっちゃったけど」

 

 自慢げに言う彼女の顔は輝いている。

 だが彼女は知らない。

 ドラゴン36連発よりもさらに凄い威力を持った、ナイアガラ48連発があることを。

 しかし彼女にそれを伝えるべきではない。

 俺は沈黙を守った。

 この世には使ってはいけない力という物が存在するのだから。


 
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