No.248274 佐天「ベクトルを操る能力?」第二章SSSさん 2011-07-30 20:04:55 投稿 / 全7ページ 総閲覧数:8074 閲覧ユーザー数:8012 |
1
佐天「いやいや! よろしくじゃないですよ! ちゃんと説明してくださいってば!」
いきなり目の前に第一位が現れ、能力開発担当になると言われたので、正常な判断能力を失っていた佐天であったが、なんとか正気に戻ったようである。
ノリツッコミみたいな形になってしまったが、仕方もない。
一方で、きわめて冷静な態度の一方通行は、1枚の書類を差し出した。
一方「こいつを見ろ」
佐天「え?」
そこには、「一方通行を佐天涙子の能力開発担当に推薦する」という簡潔な一文が書かれている。
佐天「これは一体?」
一方「統括理事の推薦状だ」
佐天「統括理事からの!?」
統括理事といえば、学園都市を動かしている12人のお偉いさんである。
確かに、書類の下部には“統括理事 親船最中”との署名もある。
なぜ自分のことを知っているのだろうか? という疑問が佐天の中で渦巻くが、その答えは簡単。
推薦状を出す依頼をしたのが一方通行だからだ。
当然、そんなことまで佐天には説明しない。
佐天「あれ? でも、推薦ってことは……」
一方「そォだ。断る権利もある」
強制する権限は、この書類にはないらしい。
だが、これは実質的には強制じゃないだろうか?
この状況は、ヤクザより怖い人間が学校まで来て、脅しをかけているようにも見えなくもない。
佐天「あ、あの」
一方「なンだ?」
確かに、第一位から直に能力開発を受けられれば、普通に学校で勉強する何倍も効果があるだろう。
この人が怖いからと言って、断る理由にはならない。
高レベルの能力者になるということは、ほとんどの学園都市に住む学生たちの夢。
プロ野球選手を目指している少年が、球界トップレベルの選手からの指導を断ったりするだろうか?
それと似たようなものである。
ただ、「はい、お願いします」とすぐに了承する訳にもいかない。
佐天には1つだけ確認しておかなければならないことがあった。
佐天「一方通行さんは、それでいいんですか?」
上からの命令で、嫌々やらされているのではないかと、勘ぐった訳だ。
さすがに、これほど怖い人物とギスギスした関係のままで手ほどきを受けるのは、普通の中学生である佐天涙子には厳しすぎる。
一方「オマエが気にするようなことじゃねェよ」
佐天「そ、そうですか」
いろいろ事情があるのかもしれない、と佐天は勝手に自己解釈することにした。
気分を悪くさせてしまったらどうしよう?
でも、こんなチャンスは……。
そんな気持ちが佐天涙子の中で渦巻き、心の天秤が右に左にと傾いている。
もっとも、一方通行が仕掛け人なので、そんな心配をする必要はないのだが。
佐天「そ、それじゃあ、お願いします!」
結局、最終的には、恐怖心を殺して話を受けることにした。
一方通行の事情は分からないが、少なくとも佐天の側に不利益はないのだ。
一方「それじゃあ、明日、ここに来い」
話がまとまったところで、一方通行は、1枚のメモを佐天に手渡す。
そこには、第7学区のとある住所が記載されていた。
佐天「はぁ……。それで何時ごろ行けばいいんですか?」
学校が終わるのが午後4時くらいだから、時間によっては、走って行かなければならないかもしれない。
この住所の場所は、学校からだと20分くらいの距離だろうか?
夕飯はどうすればいいのかも聞いておいたほうがいいだろう。
一方「9時だ」
佐天「はい? そんな遅くに?」
9時ということは、夕飯を食べて来いということだろうか?
それに、そんな時間からでは、あまり長く能力の開発もできない。
やはり、この人は乗り気ではないのだろうか?
場合によっては、この話も考え直した方がいいかもしれない。
だって、この人怖いし。
そんな考えが佐天の脳裏をよぎった。
一方「午前9時だ」
佐天「え?」
だが、そんな心配が的外れだったことに気付かされる。
この人、すげーやる気まんまんだわ。
つい、そう言ってしまいそうになった佐天であった。
佐天「ご、午前9時って、学校はどうすればいいんですか?」
学校より効果があると思ってはいたが、さすがに学校を休んでまで行くのはどうかと思う。
そんなことをすれば、進学にも影響が出てくるかもしれない。
だが、実は、ステータス的には一方通行の能力開発を受けることの方が、学校を卒業することより上だったりする。
実に恐ろしき第一位の影響力である。
もちろん、一方通行はそんなことをイチイチ説明したりはしない。
一方「なンの為の推薦状だと思ってやがる。ンなもン免除に決まってンじゃねェか」
佐天「マジで?」
佐天は思わずタメ口をきいてしまったが、つい、そう言ってしまうほど衝撃を受けた。
もう一度、統括理事の推薦状を手にとって見る。
どうやら、この書類には、合法的に学校を休む権限があるらしい。
大した文も書かれていないのに……。
佐天「学校の授業についていけるかな……?」
次は、そんな素朴な疑問が浮かんでくる。
能力開発を受ける期間がいつまでになるかは分からないが、とても自習で授業についていける自信はない。
「能力開発」や「記録術」の科目はいいかもしれないが、数学や英語などが不安だ。
一方「あー、そォだな……。ついでにそっちも面倒見てやる」
と、なんでもないことのように一方通行が言う。
おおぅ。
降って湧いた幸運に、思わずそんな音が佐天の口から漏れてしまった。
もしかして、これは、最高の家庭教師なんじゃないか?
面倒見も良さそうで、意外といい人っぽいし。
ただ、そんな風に丸くなったのは最近だということを、佐天が知るのは、もう少し経ってからのことである。
2
パッと思いつく疑問が尽きたところで、今日は解散という流れになった。
なんとも急な話ではあったが、佐天にとっては実にいい話である。
浮かれた足取りでカバンを取りに戻ると、教室では初春が待っていた。
初春「結局、なんだったんですか?」
佐天「あー、実はねえ」
特に隠すことでもないので、話の内容をかいつまんで話すことにする。
第一位から能力開発を受けると言ったときの初春の反応はすごかった。
大げさなリアクションだな、と思う佐天だったが、自分も似たような反応だったか、と苦笑する。
初春「それで、明日から学校はお休みですかー」
大体のことを話し終えると、そんなことを初春がつぶやく。
少しの間、学校に来れなくなるのは寂しいが、別に初春たちに会えなくなる訳ではない。
それに、自分のあまりの才能のなさに見限られるという可能性もあるし。
佐天「でもまあ、第一位から何か吸収できれば凄いプラスだよね?」
初春「ですねえ」
佐天「もしかしたら、帰ってくるときにはレベル4くらいになってるかもよ?」
初春「うわ、ずるいですよ! 佐天さん!」
佐天「そしたら、初春のスカートめくり放題だねー!」
初春「や、やめてくださいよ?」
と、冗談を話しながら、今日は別れることにした。
明日はいよいよ能力開発の初日だ。
1
翌日。
佐天が目を覚ますと、時刻は7時半を指していた。
佐天「やばっ。遅刻……じゃないのか」
今日から学校ではなかったことを思い出す。
約束の時間は9時。
ここからは15分程度の距離なので、まだゆっくりできるくらいだ。
しかし、初日から時間ギリギリに着くという訳にもいかないので、早めに準備をすることにしよう。
佐天「そういえば、持って行くものとか聞いてなかったけど、どうするんだろ?」
朝食を取り終えると、そんな当たり前の疑問が浮かんできた。
実は、開発に承諾はしたものの、詳細な内容についてはほとんど聞かされていない。
何をするのか、何を持っていけばいいのか、何時までかかるのか、などといったことをまったく知らない。
佐天「うわー。私もだけど、あの人も相当抜けてるよね」
いろいろと不安を覚えたが、ぶつぶつ言っていても仕方ないので、カバンに適当に教科書を詰め込んで出発の準備を整える。
服は制服がいいかと思い、サッと着替えると、時間は8時半。
思った以上に時間がかかってしまったが、そろそろ家を出ることにしよう。
佐天「行ってきまーす」
元気良く家を出る。
いつもとは違う1日がこれから始まる。
―――加速し始めた佐天涙子の日常の1日目が。
2
佐天「わー。立派なマンション~」
目的地に到着。
時刻は8時45分。
なんとか迷わずに着けた。
佐天「え~っと……」
マンションのエントランスに入り、メモに書かれた部屋番号をコールする。
数秒も経たないうちに、向こうから反応があった。
???『はーい、どちらさまー? ってミサk』
一方『オマエは勝手に出るンじゃねェ、クソガキがァ!!』
なんだか愉快な声が聞こえてくる。
一方通行のセリフも、昨日のクールなテンションとは大違いだ。
これが、素なのだろうか?
佐天「昨日話をもらった佐天ですけど……」
一方『あァ。オマエか。勝手に部屋まで入って来い』
おや?
子供の声が聞こえなくなった?
佐天(だ、大丈夫だよね?)
と、若干不安になりつつも、自動ドアをくぐることにした。
3
佐天「お、お邪魔しま~す」
部屋にカギがかかっていなかったので、言われた通り、勝手に上がることにした。
ドアを開けると、部屋の中も外装に違わぬほど立派なものであることに気が付かされる。
それで、どこに行けばいいのだろうか?
佐天「一方通行さ~ん?」
なんだか心細くなってきた。
簡単に信用したのは間違いだっただろうか?
一方「待たせたか?」
佐天「うわっ!?」
ガチャリと左後方のドアが開き、そこから一方通行が現れた。
いきなりの不意打ちで驚かされてしまい、すごく心臓がドキドキしている。
ん?
この人も若干息が切れてる?
佐天「あの、さっきの子供の声は……」
一方「それについては聞くンじゃねェ」
あまりにドスの聞いた声が返ってきたので、つい言葉に窮してしまう。
子供を拉致監禁してる訳じゃないよね?
すごく怖くなってきたんですけど。
もちろん監禁している訳ではない。
一方通行は、佐天が御坂美琴の知り合いだということを知っていたので、打ち止めと番外個体を部屋に押し込んでいたのだ。
いや、これは、監禁になるのだろうか?
一方「こっちだ」
一方通行に案内された部屋は、見晴らしのいい広い部屋だった。
どうやら、ここで能力開発を行うらしい。
しかし、薬品や電極といった「記録術」で使われるようなものは一切見当たらない。
佐天「持ってくるものとか言われなかったんで、学校の教科書とか持ってきたんですけど」
おずおずと申し出る。
ギッシリと教科書が詰められたカバンは意外と重い。
もう降ろしてもいいだろうか?
一方通行は、チラッと佐天の持っているカバンを一瞥すると、
一方「あァ。座学の方は、能力が打ち止めになってから見てやる」
と言って、ソファーに腰を下ろした。
まずは、能力開発優先ということなのだろう。
……そういえば、この男はどうやって能力開発をするつもりなのだろうか?
一方「まずは座れ。簡単にこれからのことを説明する」
佐天「あ、はい」
そんな佐天の不安を察したのか、一方通行はこれからの予定を話すことにしたようだ。
カバンを下ろし、空いている方のソファーに腰掛けると、一方通行は説明を始めた。
空気を和ませるために、改めて自己紹介をしないあたりは、彼の人間関係を察して欲しい。
4
一方「まずは、オマエに反射の使い方を教える」
佐天「反射ですか?」
一方通行の説明によると、反射が完全に使えるようになると、核戦争をも生き残れるという。
一部の例外を除けば、物理現象はもちろんのこと、能力による干渉もすべて反射することが可能らしい。
つまり、完全な防御ができるということだ。
だが、いきなりそんなことを言われても、実感が湧くはずもない。
果たして、そんな能力を使いこなせるのだろうか?
一方「別に、完全に使いこなす必要はねェ。これから教えンのは、そォいうもンだってことを憶えておけってことだ」
佐天「はぁ……」
こういうのも『自分だけの現実』を構築するヒントになるとのこと。
できると信じていないことをやれと言われても、無理なのだそうだ。
一方「まずは簡単なところからだな」
そう言って、一方通行が用意したのはなんの変哲もない懐中電灯。
カチッとスイッチを入れて、光を発生させる。
一方「鏡が光を反射してるってことくれェは知ってンだろ?」
佐天「あ、はい」
一方「だったら、話は早ェ。まずは、手の甲の一部分だけでいい。そこだけに鏡みてェな薄い膜を張るイメージだ」
やばい。
最初から着いていけなさそうなんですけど。
一方「まァ、まずは手本を見せてやる」
そう言うと、一方通行は首筋にあるチョーカーに手を当て、電極のスイッチを入れる。
事情を知らない佐天は、不思議に思うばかりだ。
佐天「それって、何かの儀式ですか?」
一方「いいから、オマエは黙って見てろ」
ピシャリと言われる。
怒らせても仕方ないので、黙って見ていることにした。
実際に、第一位の力を見るのはこれが初めてになる訳だし。
だが、その第一位のやったことはシンプルだった。
懐中電灯を自分の体に向けただけだ。
すると、確かに光が屈折しているのが見て取れる。
なんとも地味な光景だ。
一方通行が電極のスイッチを切ると、懐中電灯を佐天に手渡してきた。
一方「こンぐれェなら、レベル1でもすぐできるはずだ」
佐天「す、すぐに?」
すごく不安です……。
ええと、手の甲に鏡みたいな薄い膜を張るイメージ、だっけ?
さきほどの一方通行の姿を思い出し、光を反射するイメージを頭の中に強く思い描く。
佐天「あ、あれ?」
一方「上出来だ」
意外と簡単にできた。
実は、私ってば、才能あったりする?
一方「調子には乗ンなよ?」
と思っていたら、釘を刺された。
思考を読めるのだろうか?
ま、まさか、次は、調子付かせないために、あんなことやこんなことをさせるつもりじゃ……
一方「ま、こンなとこか」
佐天「え?」
どんな無理難題が来るのかと身構えていたので、このセリフには拍子抜けだった。
今日は光を反射させただけで終了?
ちょっと早すぎではないだろうか?
だって、まだお昼にもなっていない。
一方「あァ。勘違いすンな。今日はまだ終了って訳じゃねェ」
佐天「ですよねー」
ちょっと安心する。
だって、まだまだ能力も十分に使えそうなのだ。
ここで終了してしまってはもったいない。
などと考えていると、一方通行が、佐天に次の指示を出した。
一方「次は、その状態を限界まで続けろ」
うわ。
さらっとそんなセリフがでてくる辺り、絶対ドSだよ。この人。
一方通行的には、佐天の現在の力を見るために言ったのだが、酷い誤解をされてしまったようである。
ドSには間違いないが。
5
佐天「だーっ。もう限界……」
わずか10分後の話である。
いや、でも、頑張ったと褒めてくれてもいいだろう。
何しろ10分も持ったのだ。
一方「まァ、レベル1ならこンなもンか」
佐天「ぐはっ」
容赦のない言葉が佐天の胸に突き刺さる。
改心の一撃というやつだ。
これだからレベル5の天才は……。
一方「昼飯食ったら、午後は座学の時間だ」
佐天「あ、はい」
そういえば、お昼はどうするのだろう?
こんなことなら、お弁当でも用意してくればよかったか。
ん? 今、隣の部屋から物音が……。
一方「チッ。ちょっと待ってろ。オマエの分も用意してきてやる」
そういい残すと、一方通行は隣の部屋に消えていった。
まさか監禁してる少女のご飯の時間とか言わないよね?
未だに、その不安がぬぐえないでいる佐天であった。
6
昼食を取ると、午後は座学を学ぶ。
教科は、数学、英語、国語の3つを1時間ずつ。
そして、ここで初めて、第一位の凄さを実感することとなった。
なんと、教科書をパラパラとめくっただけで、完璧に暗記してしまったのだ。
チョーカーを触っていたようだが、あのチョーカーはそんなに凄いのだろうか?
どこのメーカーの製品だというのだ。
ちょっと欲しい。
話を戻そう。
授業の内容はと言うと、学校の先生とは比べ物にならないほど教えるのがうまかった、とだけ言っておく。
まあ、第一位に2次関数を教えさせる方が間違っているのかもしれない。
とにかく、佐天の頭でも授業についていけるというのに、進行速度が学校の数倍という有様である。
「要点をプリントでまとめりゃもっと効率いいンだけどなァ」とか言ってたのが、本気で恐ろしい。
そんな感じで、あっという間に午後3時となり、3教科を無事終了した。
佐天の人生で、これほど勉学において充実した3時間があっただろうか? いやない。
一方「まァ、今日は初日だし、こンなもンだろ」
佐天「あ、ありがとうございました!」
第一位は凄いんだろうなーと思ってはいたが、ここまで次元が違うとは知らなかった。
今日だけでも、能力の使える幅が少し拡がったし、学校の勉強の方は何倍も進んだ。
佐天「なんとお礼を言っていいのやら」
一方「オイオイ。まだ初日だろォが」
確かにその通りだ。
明日も同じ時間に来いと言われ、その日の授業は終了した。
このまま1週間も通いつめれば、レベルもアップし、中学1年で学ぶことは終わってしまうのではないだろうか。
そう確信できるほどの成果だった。
こうして、大きな変化もなく、ゆっくりとした前進を続けていたはずの日常が変質を始めたのであった。
1
佐天「こんにちはーっ!」
午前8時45分。
前日と同じ時間に一方通行の元を訪ねた佐天は、高いテンションでマンションの一室へと飛び込んでいった。
その高いテンションは、昨日の一方通行の授業に起因していた。
というのも、短時間であまりの成果に感激し、興奮していたのである。
おかげで、昨日はあまり眠れなかった。
遠足に行く前の日の感覚と言えば分かりやすいだろう。
一方「うるせェ……」
対して、部屋で待っていた一方通行はローテンションであった。
昨夜、部屋主である黄泉川がべろんべろんの状態で帰宅したのが原因だ。
騒ぐわ暴れるわで、寝かしつけるのに一苦労し、就寝したのは午前2時。
黄泉川は翌日に引きずらないタイプなので、今朝には元に戻っていたが、だからと言って、テンションが戻る訳でもなかった。
佐天「今日は何するんですか?」
そんなことはお構いなしに、話を進める佐天。
実にマイペースな子である。
一方「あァ。準備はできてる」
そう言って、気だるそうな一方通行はテーブルの方を指差す。
その上には、オモチャみたいな扇風機や、氷嚢のようなものがいくつか置いてあった。
佐天「こんなにですか?」
一方「全部は使わねェと思うけどな」
そうして、この日も、前置きなしに能力開発が始まる。
2
一方「まずは、反射についての説明をする」
佐天「昨日のだけじゃ不十分なんですか?」
鏡みたいな薄い膜を張るイメージ、というのが昨日の説明。
あれ以上に何か説明することがあるのだろうか?
一方「あンだけで分かったつもりになってンじゃねェ。あンなのは基礎中の基礎だぞ」
佐天「さ、さいですか」
確かに、あれだけで終了だったら、佐天はもう反射を使いこなせることになってしまう。
しかし、できることといえば光の反射だけ。
しかも、手の甲の一部分。
とてもじゃないが、使いこなせているとはいい難い。
一方「いいか? 反射を使う上で重要なのは、3つ」
佐天「3つ? 意外と少ないんですね」
もっと多いものだと思っていた。
3つくらいなら私にもなんとかなるかもしれない。
佐天に希望の光が見えてくる。
一方「普通の能力だったら、ポイントは1つか2つなンだぞ? 3つを同時かつ完璧に押さえられりゃ、レベル5間違いなしだな」
佐天「3つって多いですね……」
希望の光は、火花だった模様。
パチンと一瞬で消え去ってしまった。
ここからは、少し黙って説明を聞くことにしよう。
どんどんボロが出てきてしまって、呆れられても困る。
一方「ポイントってのは、『種類』、『強度』、『範囲』の3つだ」
指を折りながら、ポイントを3つ並べる一方通行。
“強度”と、“範囲”というのは分かりやすいが、“種類”とは何の種類のことを指すのだろうか?
一方「しばらくは、『種類』を増やすことから始める」
どうやら、その“種類”というのが、一番の基礎になるらしい。
“強度”と“範囲”についての説明は後日とのこと。
とにかく、種類を増やさないと意味がないのだとか。
一方「聞いてすぐ分かったと思うが、『種類』ってのは、反射する現象の“種類”のことだ」
もちろん分かってましたよ?
すぐ、気付きましたとも。
口にしたらバカにされそうなので、心の中で見えない虚勢を張る。
一方「物理的なもンと熱量を押さえられたら、次の“強度”のステップに移る」
佐天「分かりました」
説明の方は。
ただ、それをどうやってやるのかは分からない。
もしかして、テーブルの上に用意されている物はそのためのものだろうか?
一方「ハッ。オマエにしちゃ察しが良いな」
なんだか褒められた気がしない。
小馬鹿にされている気がする。
一方「まずは風だな」
そう言って、テーブルの上にあるオモチャみたいな扇風機を手に取る一方通行。
いきなり固体の反射は無理だろ、と鼻で笑われたのだが、言い返せないので黙っておく。
気体→液体→固体という順番で反射のレベルを上げて行くそうだ。
佐天「なるほど」
一方「言っとくが、風のベクトルを操作すンじゃねェぞ」
佐天「ど、努力します」
風操作が無意識に発動しないように注意しなければならない。
反射をするイメージは、前と同じでいいのだろうか?
一方「光を反射するイメージじゃ、風は反射できねェ」
佐天「じゃあ、風を反射する薄い膜を張るイメージですか?」
一方「そォだ」
なるほど。
単純な話だが、そうやって反射できる種類を増やしていくのか。
光を反射するイメージから、風を反射するイメージに……。
一方「言っとくが、“光”の部分を“風”に変える訳じゃねェぞ?」
佐天「あれ?」
意思疎通に齟齬が発生していた模様。
どないせいっちゅーねん。
一方「置き換えるイメージじゃダメだ。追加するイメージじゃねェと種類を増やす意味がねェからな」
置き換えじゃなくて、追加?
どういうこと?
つまり、光も風も反射するイメージってことでいいのかな?
一方「そォだ」
佐天「でも、なんで……?」
一方「対応できる種類が1つじゃ、爆発にでも巻き込まれりゃ致命傷になるだろォが。爆風を防いでも、熱を防げねェンじゃ死ンじまうンだからなァ」
身近なところで爆発が起きるというのが、日常でどれほどあるだろうか。
あ、この人なりの分かりやすい例ってことか。
なるほど。イメージはしやすい。
一方「地道かもしンねェが、こォして種類を増やしていくのが一番の近道なンだよ」
佐天「一方通行さんもこういうことを?」
一方「ンな訳ねェだろ。俺の場合は、現象を解析できりゃ、イチイチ練習しなくてもできンだよ」
……不公平だ。
これが天才と凡人の差というやつなのか。
だが、そういうことなら納得できる部分がある。
核戦争でも生き残れるというのは、有害な物質を解析できているからなのだろう。
とても練習することはできない。
一方「まァ、まずはやってみるところからだな」
光は簡単にできたが、風の方はどうだろう?
できるといいんだけど。
3
結果は成功。
一方「これじゃダメだな」
佐天「む、難しいです……」
―――半分だけ。
つまり、風の反射には成功したのだが、光の反射も同時となるとうまくいかない。
“種類”を追加するイメージが掴みにくい。
一方「1回できちまえば、コツは掴めンだけどなァ」
懐中電灯と扇風機を佐天の手の甲に向けながら、一方通行がつぶやく。
もっと何かアドバイスはないのだろうか?
一方「そォだな……。反射を対象によって取り替えるイメージじゃダメだな」
佐天「というと?」
一方「今のオマエは、起動させるソフトごとに別のパソコンを用意してるよォなもンだ」
容量やスペックは余裕なのに、と一方通行が付け加える。
確かに、そんなの不効率極まりない。
無駄にパソコンを用意するんだったら、ソフトを1台に纏めてしまえば―――
一方「そォいうことだ」
佐天「な、なるほど」
つまり、そういうイメージらしい。
パソコン=反射の膜、ソフト=種類ということか。
4
佐天「おおぉ……」
一方「それだけできりゃ十分だ」
イメージを掴めると、割と簡単にできた。
今の私の手の甲は、懐中電灯の光と風の流れを反射させている。
ただ、できてみて新たな問題が1つ浮上した。
佐天「つ、疲れるー……」
そう。能力の消耗具合が激しくなってしまったのだ。
昨日は、10分間も光を反射させられていたが、今日は、光が3分、風が3分、両方が1分で打ち切れになってしまった。
両方の反射を適用させると、単純計算で4倍速ということになる。
一方「その計算はちっと間違ってンだけどな」
佐天「え? そうなんですか?」
一方「その辺は明日教えてやる」
佐天「あ、はい」
そんな約束をしていたとき、時計がお昼の合図を知らせた。
なんだか、ここにいる間は時間の進み方が早いような気がする。
一方「あァ、そォだ。昼飯なンだが……」
一方通行が何か続きを言おうとしたとき、リビングのドアが、ばたーんと勢いよく開けられた。
黄泉川「ただいまじゃ~ん」
佐天「え?」
今日は、同居人が一時帰宅すると言いたかったらしい。
佐天「あなたはいつかの警備員の……」
黄泉川「そ。黄泉川愛穂じゃん。キミの話はこいつから聞いてるよ」
そう言って、黄泉川と名乗る人物は一方通行の頭をグリグリとかき回す。
すごく不機嫌そうな顔で、なされるがままになっている一方通行。
それが、「人間に撫で回されて、ブスッとしている猫」のような絵に見えておもしろい。
黄泉川(この子には、打ち止めや番外個体のことは秘密じゃん?)
一方(そォだ。なンの為にアイツらを隣の部屋に閉じ込めてると思ってンだ)
なんだか、2人で耳打ちをし合っている。
お昼の相談か何かだろうか?
佐天「あ、お世話になってますし、お昼なら私が作りますよ?」
黄泉川「おっ! それは楽しみじゃんよ」
一方「警備員の仕事はどォした?」
黄泉川「今日は夜勤じゃん」
お昼の相談をしていた訳ではなかったのだが、うまく話を合わせる黄泉川。
ついでに、打ち止めと番外個体のお昼を確保するためにフォローも入れることにする。
黄泉川「まだ寝てるやつもいるから、追加で3人分作って欲しいじゃん。材料は勝手に使って構わないからさ」
佐天「ってことは6人分ですか……」
3人分も食べる人がいるのか、とその姿を想像する。
―――まさか、5人暮らしだとは夢にも思っていない佐天涙子であった。
5
昼食はチャーハンにすることにした。
冷蔵庫の中にちょうど6人分くらいの冷や飯が入っているのを見つけたのだ。
それは、今朝、一方通行が昼ごはんの為に多めに炊いておいたものだったりする。
部屋にいる打ち止め、番外個体、芳川には、一方通行が持って行くことになった。
その間、黄泉川は佐天を引きつけておくという訳である。
まず、打ち止めと番外個体に昼食を持って行くことにした。
非難するような視線を向けられたが、一方通行としてもやりたくてこんなことをしている訳ではない。
これは仕方がないことなのだ。
その後、芳川のところに昼食を運んだのだが、彼女はまだ寝ていた。
これは仕方がない人間なのだ。
黄泉川「ごちそうさん。なかなか料理うまいじゃん」
佐天「あはは。ありがとうございます」
昼食が終わると、黄泉川に料理の腕前を褒められた。
素直に受け止めておくことにする。
一方の、一方通行はというと、食べ終わった食器を淡々と片付けている。
作った側としては、「うまい」とも「まずい」とも言われないのは、若干寂しいものだ。
そして、午後は座学。
今日は、歴史、理科、能力開発の3教科をみてもらった。
相変わらず分かりやすい授業で、進行速度も物凄い。
人に教えるには、3倍理解していないといけないとよく言うが、一方通行の場合、佐天の1000倍は理解しているのだろう。
ちなみに、黄泉川はニヤニヤしながら、一方通行と佐天、そして隣の部屋のドアを見ていた。
座学を終了したのは、前日と同じ午後3時のことだった。
佐天「この後はどうするんですか?」
最後の能力開発の授業が終わったところで、質問する。
昨日はここで終了したが、今日はまだ何かするのだろうか?
一方「そろそろ能力が使えるようになってると思うンだが、どォだ?」
佐天「えーと」
適当に反射を適用させてみる。
確かに能力は使えるようになっているようだ。
一方「それじゃ、今日はあと1種類追加だ」
佐天「げっ」
2種類でも疲れるのに、3種類になったら相当疲れるだろう。
そもそも、3種類目を入力できるかどうかも分からない。
そんな佐天の心配をお構いないなしに、3種類目として一方通行が用意したのは氷嚢だった。
つまり、熱量を反射させるということだろう。
気合を入れていかなければ……。
…………結果。
――――失敗。
光と風の反射を適用させつつ、熱も反射させようとしたのだが、2分くらいで能力の打ち切れが先に来てしまった。
一方「進歩しねェなァ……」
自分としては、今日もすごい進歩だと思うのだが……。
こんな結果では、天才(第一位)は納得できないようだ。
1
一方「今日も始めンぞ」
佐天「はい、先生」
一方通行による佐天涙子の能力開発も3日目。
昨日は、光と風を同時に反射させることに成功。
しかし、熱量の反射には失敗してしまったのであった。
佐天「昨日、帰ってからも少し練習したんですけどね……」
一方「結果はどォだったンだよ?」
佐天「まあ、お察しの通りです……」
どうしても、2分くらいで能力の限界が来てしまうのだ。
これなら、バラして数値を入力した方がマシなのではないかと思ったのだが、
一方『別々に入力しようとすンなよ? そンなンじゃ、これから先も、入力に一手間余計にかかっちまう』
と釘を刺されていた。
それに、種類が増えれば増えるほど、別々に組み込む方式の方が難しくなるのだとか。
先のことを見据えてのご鞭撻だったという訳だ。
一方「お察しの通りってなァ……。オマエ、昨日の『進歩してねェ』って言葉をどォ理解してやがったンだよ?」
佐天「はい? 言葉通りにですけど?」
どうやら、言葉通り以外の意味があったらしい。
だったら、説明してくれないと分かるわけないじゃないか。
一方「まァいい。ついでに、昨日の2つ同時に反射を適用させたときに言ってたやつも教えてやる」
佐天「ああ。あの単純に4倍速の消耗じゃない、って言ってたやつですか?」
一方「そォだ」
昨日は、光の反射に3分。風の反射に3分。両方に1分で限界がきた訳だ。
1種類だったら、10分の反射ができているのだから、4倍の消耗になると思ったのだが、そういうことではないらしい。
一方「そもそも、能力を使いこなせりゃ、打ち切れなンてもンはなくなるンだよ」
佐天「はい?」
などといきなり衝撃の発言をする一方通行。
能力に打ち止めがなくなる?
そんな馬鹿な。
大体、昨日、一昨日と能力が打ち止めになったから、座学をやったのではないか。
一方「能力ってのは、ゲームに出てくるよォなMPを消費する魔法とは訳が違う」
佐天「はぁ……」
何が言いたいのだろう?
一方「能力ってのは、演算によって発動してるのはさすがに知ってンだろ?」
佐天「は、はい」
どんな能力であっても、それが能力である限り、人の演算によって発生していることは間違いない。
それには、1つの例外もないのだ。
一方「つまり、だ。オマエにも分かりやすく言えば、人間の脳を、コンピュータのCPUだとすンだろ?」
佐天「CPU?」
なんとも不思議な感覚だ。
パソコンのCPUが人間の脳に当たるという例えはよく聞くが、逆は初めて聞いた。
一方「能力の発動には、そのCPUの使用率……。まァ、人間の場合で言う、BC(ブレインセル)稼働率ってのが問題になってくる」
佐天「処理能力ってことですか?」
一方「そォだな」
機械であるCPUは、その100%をフルに使用することが可能だが、当然、人間にはそんなことは不可能である。
呼吸や鼓動など、そういう生命維持活動のためにも、常に脳が使用されているからだ。
だから、普通の人は、能力に使えるBC稼働率が精々50%から60%の間になるということらしい。
佐天「でも、それだったら、能力は打ち止めにならないですよね?」
一方「そォだな。だから、今度は、“脳の疲労”が問題になる」
人間には、さきほどの呼吸や鼓動のように、演算をし続けても疲労することがない一定のラインが存在する。
例えば、佐天が、能力に30%は脳を使用し続けることができるとする。
すると、30%以下の能力はいくらでも使えるのだが、それ以上の能力の使用を続けると、脳が疲弊して、そのうち能力が使えなくなるという訳だ。
大抵の能力者は、このラインを超える能力しか持っていないため、永久に使い続けることはできない。
それを踏まえてもらうと、一方通行というのが、如何に例外的な存在と言えるか分かってもらえるだろう。
この例で言うならば、佐天が1種類の反射の膜を張るのに、40%必要で、2種類適用させると、50%近く必要になる。
だが、一方通行は、ほぼ全ての自分に害のある種類の数値を入力させ、尚且つ全身に反射の膜を自動で纏わせている。
それを、このライン以下の水準で保っているのだ。
これを怪物と言わずして、なんと言おう。
一方「感情なンかにもよって、数値が上下するンだけどな」
恐怖を感じると、能力に割けるBC稼働率がガクンと落ちるのは、その一例ということだそうだ。
一方「要するに、スゲェ能力を使おうとするには、大量の処理能力が必要になるンだよ」
佐天「なるほど……」
一方「そンな能力を長く使えるようにするには、どォすりゃいいか分かるか?」
佐天「え、ええっと……」
既に佐天のBC稼働率は凄いことになっていたので、もう目を回す寸前であった。
そんな状態の彼女にいきなり質問をしても、答えられるはずもない。
一方「答えは簡単だ。分母をでかくするか、分子を小さくすりゃいい」
考える間もなく、一方通行が答えを言う。
つまり、脳の処理能力を上げるか、能力の計算式を効率化すればいいという話につながる。
分母である脳の処理能力は、日々の積み重ねであるので、急激には変化しにくい。
しかし、分子である能力の計算式は、きっかけさえつかめれば、1日で驚くような成果がでる訳だ。
佐天「あ。じゃあ、私がだんだん能力を使えるようになってきてるのは……」
一方「そォだ。能力の計算式をスマートにできてるからだろォな」
昨日の『進歩がない』というのは、いつまでも計算式を効率化せずに、同じものを使用し続けているということに対しての言葉だったのだ。
こんなこと、先日まで無能力者だった佐天には、説明されなければ分かるわけがない。
佐天「それで、効率化っていうのはどうすればいいんですか?」
一方「心配すンな。手は貸してやる」
学園都市最高の頭脳をもつ最強の能力者、一方通行の出番である。
2
佐天「ふぃーっ」
一方「こンなことなら、最初からこォしておくべきだったかもしンねェな」
少し一方通行が裏技的なことをしたおかげで、お昼を回る頃には、熱ベクトルの反射もできるようになっていた。
裏技的なこととは、佐天が能力を使用している際に、脳の信号をちょこっと操作しただけである。
素人がこんなことをすれば、記憶障害が起こる可能性もあるのだが、一方通行はさすがにそこまでは踏み込まない。
あくまで、きっかけを与えるというレベルにとどめている。
しかし、その程度の干渉でも、3種類の反射の膜を5分も維持できるレベルにまで、佐天を引き上げることに成功していた。
驚くべき進歩といえるだろう。
佐天「それじゃ、そろそろお昼にしましょうか」
ニコニコ笑顔で一方通行に提案する。
そんな顔になってしまうのも仕方ない。
何せ、今の佐天は『超佐天』と言っても過言ではないのだ。
いや、この名前はあまり良くないので却下するが。
一方「そォだなァ……」
時計を見ると、もう午後1時に差し掛かりそうな時間だった。
少し集中しすぎただろうか?
前日までは、11時ちょっとにお昼を取っていたので、すごく空腹だ。
と、そのとき、リビングと隣の部屋を繋ぐ扉が勝手に開いた。
いや、誰かによって開かれた。
???「いい加減、お腹空いたんだけどー?」
佐天「え?」
一方「あ……」
▽でっかいミサカさんがあらわれた。
一方「なンで出てきてンですかァ!? 番外個体ォォォ!!」
番外個体「だってお腹空いたし」
打ち止め「み、ミサカも限界……」
佐天「うわ!! 増えた!?」
今度は小さい御坂さんまで登場。
この家では、御坂さんの栽培でもしているのだろうか?
それに、一方通行さんのテンションが凄いことになってる。
佐天「えーっと……」
打ち止め「初めまして! ミサカは打ち止めっていうの、ってミサカはミサカは自己紹介してみたり!」
番外個体「ミサカは番外個体って呼んでね☆」
佐天「あ、佐天涙子です」
よろしく、と頭を下げる。
何がなんだかわからずに、とりあえず自己紹介をしてみたが、つまり、どういうことなんだろうか?
説明をしてもらおうと佐天が振り返ると、最終回に逆転ホームランを打たれたピッチャーみたいな顔をした男がそこにいた。
というか、一方通行であった。
佐天「ど、どうしたんですか?」
一方「な、なンでもねェ……」
そんなこと言われても、明らかに顔色が悪い。
いや、彼はもともとこのくらい白かったか。
番外個体「ねえ。お腹空いたってば」
だが、そんな一方通行にお構いなく、自分の要求を突き通そうとする番外個体と名乗る御坂さん(大)。
打ち止め「大丈夫? ってミサカはミサカは顔色が悪いアナタに訪ねてみる」
一方で、そんな彼を気遣う御坂さん(小)。
一方「…………」
そして、銅像のように動かなくなった一方通行さん。
やばい。
これどうすればいいんだろう?
佐天「ええと、お二人は、御坂さんのお姉さんと妹さんでいいんですか?」
とにかく、話を進めるために、2人の正体について聞いて見ることにした。
ただ、御坂さんに姉妹がいるなんて話は聞いたことがない。
もしかしたら、従姉妹か何かの可能性もある。
打ち止め「うん。ミサカはお姉様の妹だよ、ってミサカはミサカはあなたの疑問に答えてみる」
番外個体「ミサカも妹だよー」
佐天「えっ?」
御坂さん(大)も妹さんだって?
こんな外見で、私と同じ年だとでもいうのか?
見た目は高校生にも見える。
3
番外個体と名乗る御坂さん(大)が妹さんということは若干信じられない。
が、彼女たちが御坂さんの妹ということなら1つ説明がつくことがある。
佐天「なるほど、そういうことだったんですか」
うんうん、と頷く佐天。
他の3人は、彼女が何を納得しているのか分からず首をかしげる。
佐天「妹さんをここに引き取るってことで、御坂さんと一悶着あったんですね?」
一方「は?」
御坂が一方通行を嫌っている理由、それに、彼女から妹がいるという話を聞かなかった理由もそれが原因なのだろう。
なぜここで2人を預かっているのかは分からない。
だが、佐天がこの2人のことを知ったら、ほぼ間違いなく御坂美琴に連絡が行っていたはずだ。
そうなると、落ち着き始めた一方通行と御坂美琴の関係がまた混ぜっ返しになる可能性もある。
そうならないように、一方通行は彼女たちの存在を私に隠していたのだろう、と佐天は察したのであった。
もっとも、完全に勘違いな訳だが。
番外個体「いや、違―――」
一方「実は、そォなんだ」
そんなうまく言い逃れるチャンスを見逃すほど、学園都市の第一位はマヌケではない。
番外個体のセリフを遮ると、オマエは黙ってろという視線を打ち止めと番外個体に向ける。
一方「そォいう訳で、超電磁砲には黙っていてくれねェか?」
佐天「フクザツな事情があるんですねえ……」
あえて詳しい事情を説明しなかったり、御坂美琴とオリジナルと言わないようにする。
そのくらいを気をつけていれば、あとは佐天が勝手に想像で補ってくれるはずだ。
4
佐天「へえー。打ち止めちゃんがレベル3で、番外個体さんがレベル4なんだー」
打ち止め「そうだよ、ってミサカはミサカは胸を張ってみる」
番外個体「ぺったんこだけどね」
昼食を取っている間、そんな会話をしていた。
ノリのいい佐天と、人見知りしないミサカ姉妹が意気投合するのに時間は掛からなかった。
具体的に言うと、5分くらい。
知り合って4日経っても緊張してしまう一方通行とは大違いだ。
2人が顔見知りに似ているということも関係あるのかもしれない。
自分の能力に関することや、彼女らの姉、御坂美琴の話で大いに盛り上がった。
そして、そんな楽しい昼食が終わるころには、午後2時になってしまっていた。
今日は座学の方はどうするのだろうか?
一方「今日は、もうそンな気分じゃねェ……」
なんかそんなことを言って、自分の部屋らしきところに引っ込んでいく。
ってことは、今日はもう終わり?
打ち止め「それじゃ、ミサカたちとゲームして遊ぼ、ってミサカはミサカは袖をグイグイ引っ張ってアピールしてみたり」
番外個体「最終信号は弱っちいからねえ。片手のミサカにも負けるくらいだし」
帰ろうかと思っていたところに、2人からゲームをしないかと誘われた。
授業もなくなったことだし、特に断る理由もないだろう。
というか、片手の人に負けるって、逆に難しくないだろうか?
打ち止め「ぬわーっ、また負けたーっ!!」
こ、これがこの子の実力か……。
5
ただ、佐天は番外個体程大人気なくなかったので、適度に負けてあげることにした。
初めて勝ったときの喜び方は非常にかわいくて、写真に収めたいくらいだった。
白井黒子が見たら発狂ものである。
楽しくゲームをしていると、あっという間に時間が過ぎ、気付いたときには夕方になっていた。
帰宅した黄泉川の作った夕飯までご馳走になった。
料理風景を見て、キッチンにあった大量の炊飯器はそういう風に使うのかと驚愕したものだ。
なんとも常識外の人ばかり住んでいる部屋である。
ちなみに、黄泉川は、夕食を作ると「今日も夜勤じゃん」と言って、飛び出していった。
ここのところ忙しいらしいので仕方がない。
佐天「あちゃー。もう真っ暗だよー……」
日が完全に落ちた外を眺めながら、佐天がつぶやく。
別にバスや電車を使ってここまで通っている訳ではないのだが、完全下校時刻の後はスキルアウトの活動も活発化する。
ぶっちゃげ治安が悪くなるのだ。
大通りには警備員が巡回しているのだが、さすがに細い路地までは見回りきれていないのが現状である。
佐天「ま、大丈夫かな?」
打ち止め「ここから近いの? ってミサカはミサカは心配そうな目でサテンお姉ちゃんを見つめてみる」
打ち止めにサテンお姉ちゃんと呼ばれるのは、いつの間にか定着していた呼び名だ。
そう呼ばれるのは嫌いじゃない。
弟にお姉ちゃんと呼ばれたいた頃を思い出して、なんだか嬉しくなる。
佐天「15分くらいかな。走っていけば、5分くらい」
スキルアウトの溜まり場も特にないはずだし、そんなに心配する距離でもないんじゃないかな?
一方、ソファーでくつろいでいる一方通行は、別の心配をしていた。
危険なのはスキルアウトだけではない。
一方(どンなバカが狙ってるか分かったもンじゃねェ……)
今のところ、学園都市としては、一方通行にも佐天にも手出しはしてきていないが、一方通行に恨みのある人間が、彼女を狙う危険性は捨てきれない。
何しろ自分と同じ能力を持っている。
たとえ、自分に到底及ばない能力しか持っていないと知っていても、八つ当たりの対象になる可能性がある。
いや、自分に及ばない能力しか持っていないから、だろうか。
昼間ならまだしも、こんな時間に1人で帰すのは危険極まりない。
番外個体「大丈夫かにゃ~ん? 暗い夜道を女の子一人で帰すのってどうなの?」
そんな考えを読んだのか、番外個体が一方通行の方を向きながら言う。
その顔は、ものすごくニヤニヤしている。
これは、暗に「お前が送っていけ」と言っているのだろう。
それに気付いた佐天が、いや、別にそこまでしてもらわなくても、と言おうとしたところで、
一方「チッ」
と舌打ちをして、一方通行は杖を持って立ち上がった。
多分、送ってくれるつもりなのだろう。
やっぱりいい人かも、と佐天は改めて思うのであった。
1
一方「よし。いいぞ」
佐天「い、行きます……」
一方通行による能力開発も4日目。
この日は“強度”に関する能力開発を行うことにした。
昨日までに、佐天は、5分間、光、風、熱の反射ができるようになっていた。
そこで、今日から次のステップに移ることにした訳である。
佐天「おぉ……」
一方「上出来だ」
ポトリと床に消しゴムが落ちる。
ここ数日、目覚しい進化を遂げている佐天だったが、今日は特に凄かった。
昨日から導入した、一方通行による裏技的な能力開発のおかげもあるだろう。
とにかく、この4日間の中では、一番の成長を遂げたといえる。
一体この日何ができたのか?
―――そう。ついに、固体の反射に成功したのだ。
2
―――数時間前
佐天「おはようございまーす!!」
???「あら、おはよう」
いつも通りの時間に部屋を訪れると、知らない人が玄関に立っていた。
一瞬、部屋を間違えてしまったかとも思ったが、ここで間違いはなさそうである。
……ということは、ドロボウ?
いや、それなら、一方通行が気が付かないということはない。
???「貴女が、佐天涙子ちゃん?」
佐天「あ、はい。あのー……。あなたは?」
自分のことを知っているということは、この人もここに住んでいるに違いない。
やけに白衣が似合っているが、研究者か何かなのだろうか?
芳川「私は、芳川桔梗。黄泉川愛穂の友人といったところかしら。ここで居候させてもらってるの」
居候?
そうなると、この3日間まったく姿を見なかったのは謎だ。
佐天は改めて、その女性を眺めた。
こう言っては失礼かもしれないが、薄幸そうな人に見える。
芳川「基本的に家にいるけど、いないものと思ってくれていいわよ」
佐天「はい?」
芳川「だって、私、今から寝るんですもの」
そういうと、フラフラした足取りで、右の部屋に消えていった。
そういうお仕事なのだろうか?
3
佐天「おはよーございます」
リビングに入ると、一方通行はソファーで缶コーヒーを飲んでいるところだった。
打ち止めと番外個体の姿は見当たらない。
佐天「あれ? 打ち止めちゃんと番外個体さんはどうしたんですか?」
一方「あいつらがいると集中できねェだろ?」
だから、部屋に閉じ込めたんだとか。
なんだか、自分のせいで、窮屈な思いをさせてしまい申し訳なくなる。
そういえば、さっきの人は芳川って言ったっけ?
何をしている人なんだろうか?
佐天は、もう1人の同居人について一方通行に聞いてみることにした。
佐天「さっき、芳川さんって方と会ったんですけど」
一方「芳川だと?」
空になった缶コーヒーを片付けていた一方通行が、その名前にピクリと反応する。
あれ?
何かマズイことでも聞いてしまったか?
一方「まァ、あいつはいないようなもンだと思ってくれ」
佐天「なんか本人もそんなこと言ってましたけど……」
なんともミステリアスな女性だ。
佐天の中で、妙にいいイメージが定着しつつあるのだが、その正体はダメダメなオトナである、という現実を彼女は知らない。
知らない方がいいことは、世の中にはたくさんあるのだ。
4
一方「今日は、強度について説明する」
佐天「『強度』っていうのは、反射膜のですよね?」
一方「そうだ」
反射の強度は、『自分だけの現実』の影響を多大に受ける。
簡単に言えば、反射できると思ったものは反射でき、反射できないと思ったものはできない。
当然、事前にその反射する“種類”の情報を入力していなければ、反射することはできない。
例えば、物理現象の反射が可能である能力者が、人間の拳を反射することはできても、拳銃を反射させることはできないということは想像しやすいだろう。
この場合、拳銃の弾丸は反射の膜を通過することになる。
つまり、自分の反射に自信を持っていれば、そう簡単に突き破られることはないのだ。
―――なので、一方通行は、このことを佐天に教えなかった。
その方が、いい結果がでると見込んだのである。
それ以外にも、“強度”について話せることがあるので、そちらを説明することにしたようだ。
一方「反射の『強度』ってのは、下げることができンだ」
佐天「えーと……。なんのために?」
一方「じゃねェと、全身に反射を使ったときに、真っ暗で前が見えねェじゃねェか」
佐天「な、なるほど……」
目に入る光を反射してしまうためである。
これは、何も光に限ったことではない。
気温や重力などといったものまで反射してしまっては、攻撃を受け付けなくなっても、まともな身動きを取ることなどできない。
一方「ま、そンな心配必要ねェンだけどな」
脳は、通常行動を取るのに必要な光量や温度などの基本情報を無意識に保存しているからだ。
その基本情報以上のベクトルが反射の膜に触れたとき、反射が発動することになる。
ちなみに、演算をし直せば、基本情報の数値を変更することもできる。
その例が、一方通行の紫外線の反射だ。
一方「そんなところかねェ?」
あらかた説明を終えた一方通行が一息つく。
基礎情報っていうのがあるから、普通にしてれば下げる必要はないって話だよね?
佐天「ってことは、『強度』に関しては、何も練習する必要はないんですか?」
一方「下げる練習ってのも、実のところ必要ねェもンだしなァ。逆に計算量が多くなるだけだしよォ」
ただでさえ、演算にいっぱいいっぱいなのに、弱くするのに余計な計算式が必要なんて、なんて無駄ななんだろう……。
でも、そうすると、“強度”に関しては説明だけということになるのか。
この後は、また“種類”を増やす特訓でもするのだろうか?
佐天「それじゃあ、何をするんですか?」
一方「そォだな……。風の次のステップにいくとするかァ」
佐天「それって……」
一方「液体の反射ができるかどォかだな」
“気体”の上位レベルである“液体”の反射。
固体の反射よりは幾分簡単であるらしいが、それでもやはり難しいらしい。
一方「まァ、また手は貸してやる」
佐天「が、頑張ります」
できるかどうかは分からないけど。
5
その数分後。
事件が発生した。
佐天「で、できた……」
一方「今日は随分と早ェな」
なんと一発で液体の反射に成功したのだ。
ちょろちょろと蛇口から水が出ているが、手の甲はまったく濡れていない。
一方「思ったより効果あンだな」
そう言って、チョーカーに触れる一方通行。
実際、この方法は驚く程の効果をもたらしていた。
それもその筈で、一方通行が水を弾く際の脳の電気信号の流れと、佐天の能力を使っている際の電気信号の流れを近似させていることが原因である。
つまり、佐天の脳に、一方通行の計算式を直接示して最適化している訳である。
分かりやすい例としては、見本の上をなぞるだけの習字といったところだろうか?
この方法のメリットとしては、思考の一部を植えつける『暗闇の5月計画』とは異なり、あくまで、佐天涙子本人の計算式を使っていることが挙げられる。
そのため、性格が不安定化する心配もなく、『暗闇の5月計画』よりも人体に影響の少ない結果をはじき出していた。
それにこの方法は、一方通行の了承が必要になるので、乱用される恐れもない。
もっとも、一方通行でさえ、この方法がここまでの効果があると知っていてやっている訳ではなかった。
やってみたらできた、というレベルの認識なのである。
一方「このまま午後は固体に行ってみるとしますかねェ」
佐天「なんか調子いいです!」
能天気にそんなことを言う佐天。
実質的には、一方通行の計算式を流用しているだけということに気付いていない。
だが、このことに気が付かなかったのは、さらに運が良かった。
勘違いにより佐天の自信が付き、それによって『自分だけの現実』が強化されるというインフレ状態になっていたのである。
この時点で、佐天涙子はレベル2相当になっていた。
6
4人で昼食を取ると、午後は2日ぶりの座学を行った。
また2人を追い出すような形になってしまって申し訳ない。
午後3時になると座学は終了。
能力開発の再開である。
一方「固体の反射ができりゃ、ほぼ全ての物理現象を反射できる」
“ほぼ”とつけたのは、上条当麻などの例外が存在するからだ。
一方通行は、ここ数ヶ月で、反射が絶対の防御でないことを学んだのだ。
一方「物は試しだ。とりあえず、そこの消しゴムでやってみろ」
一方通行は、チョーカーに手を当て能力を発動させる。
そして、そのまま佐天の頭に手を置いた。
これだけで、下準備の方は完了。
一方「よし。いいぞ」
佐天「い、行きます……」
佐天は、言われたとおり、消しゴムを手の甲の上方に持っていく。
そして、精神を集中させ、今までの反射の膜に固体を反射させるイメージを追加させた。
それを一方通行が修正し、その修正された跡を佐天がなぞる。
それだけで、物理現象を反射させる反射の膜の完成である。
佐天「おぉ……」
一方「上出来だ」
消しゴムを放した後に起こったことは、事実を確認しただけのことに過ぎない。
佐天は、驚くべきスピードで、どんな盾より高性能な反射の盾を手にしたのである。
今は、まだ左手の甲限定ではあるが。
一方「今日は、こンなところか」
佐天「ありがとうございましたーっ!!」
固体を反射させるのに成功したところで、今日は終了ということになった。
一方通行が、スタスタと廊下に行くのとすれ違いに、打ち止めと番外個体の2人がリビングに入ってくる。
打ち止め「どうだった? ってミサカはミサカはサテンお姉ちゃんに今日の成果を尋ねてみたり~」
佐天「いやー、今日はもうすごかったよー」
番外個体「へえ? どんな感じ?」
などといった感じで今日の成果を話してあげることにした。
佐天は、もうこの2人とはすっかり仲良しさんである。
大体の話が終わると、
番外個体「もちろん、今日もやってくよね?」
と言って、番外個体がゲーム機のコントローラーを差し出してきた。
昨日は、打ち止めとばかり(接待)プレイをしていたので、今日は番外個体と対戦しようという訳である。
たとえ、相手が片手だからって手加減はしない!
結果は…………『負け』
ば、バカな……。
番外個体「まだまだだね~」
佐天「ま、まだ第2、第3の私がいるんだから!!」
そんな、四天王のうち最初のボスがやられたら言いそうなセリフを吐いて、コンティニューを連打する。
い、今のは得意キャラじゃなかったから負けたんだもん!
次はそうはいかないんだからね!
7
……現実って残酷だよねー。
番外個体「もう実力差はわかってもらえたかな?」
佐天「参りました……」
これは打ち止めちゃんじゃ勝てないわ……。
なんていうか、戦法がセコイ。
ハメ技ばっかり狙ってくるし。
番外個体「結果がすべてだからね」
佐天「ううう……」
打ち止め「げ、元気だして? ってミサカはミサカは励ましてみる」
そんなことをしているうちに、時間は午後8時。
その後、一方通行さんの作る夕食をご馳走になったので、昨日より遅い時間になってしまった。
一方「今日も送っていってやる」
そう言って、杖を取り立ち上がる一方通行さん。
昨日に続いて、今日も迷惑をかけるのは、なんとも心苦しい。
一方「気にすンな。コンビニにコーヒーを買いに行くついでだ」
佐天「そ、そうですか?」
冷蔵庫にはまだ結構あったと思ったけど。
いや、これは、この人なりの気遣いってやつですかね?
ありがたく受け取っておくことにしますか。
8
佐天「すっかり寒くなってきましたねえ」
一方「そォだな」
帰り道。
自宅に向かいながら、一方通行と佐天が並んで歩く。
昨日もそうだったが、しゃべっているのは佐天ばかりで、一方通行は「あァ」とか「そォか」くらいしか返事をしない。
なんだか、あの部屋にいるときに比べて、少しピリピリしているような気もする。
一方「あ?」
どんな話をすれば反応してくれるかなーなんてことを考えていたら、一方通行が何かに反応して突然足を止めた。
佐天「どうかしたんですか?」
一方「今、何か聞こえなかったか?」
特に何も聞こえなかったような気がする。
猫でもいたのだろうか?
気が付かなかった。
佐天「いえ、聞こえませんでしたけど」
一方「…………気のせいか」
佐天「え? あ、ちょっと! 気になること言って置いていかないでくださいよー!」
先に歩き出した一方通行に追いつくため、小走りで追いかける佐天涙子。
そして、そんな2人を見つめる者。
―――非日常はすぐそこまで迫っている。
佐天涙子が一方通行の能力開発を受け始めてから4日が経った。
1日日は、手の甲で光の反射。
2日目、光と風の反射を同時に。
3日目、熱を加えた3種類。
4日目、物理現象の反射に成功。
ここ数日で、このように急激に成長してきている。
少し前までスプーン曲げしかできなかった人間とは思えない速度だ。
もっとも、これは佐天涙子の実力というより、一方通行の力によるところが大きい。
それも相まって、彼女の日常は加速していく一方だった。
また、この4日間で出会った人もそれに拍車をかけていた。
1日目、一方通行に出会う。
2日目、黄泉川愛穂と出会う。
3日目、打ち止め、番外個体と出会う。
4日目、芳川桔梗と出会う。
出会いのたびに、佐天の世界は広がり、彼女の日常は変質していく。
既に彼女の日常は、大きな変化とともに、急速に進化を遂げるものとなっていたのである。
―――そして5日目。
この日の出会いは、前日までとは違った意味で、大きな転機を与えることになった。
1
佐天「おっはよーございまーす!!」
いつも通り元気な挨拶をして、部屋に入り込む。
一方通行の能力開発を受け始めてまだ5日目。
それであるにも関わらず、“いつも通り”と言えるほどになっていた。
彼女は、環境の変化に適応しやすい性格をしていたので、当然といえば、当然かもしれない。
部屋では、相変わらず一方通行が缶コーヒーを飲んでいるところだった。
一方「それじゃ始めるか」
佐天「はいっ!」
今までやったのは、“種類”と“強度”の2つ。
それに、能力の効率化の話を聞いた。
ということは、今日は恐らく“範囲”についての講義になるのだろう。
一方「今日は、『範囲』について説明する」
やっぱり。
“範囲”っていうのは、どこまで反射を適応させるかってことでいいのだろうか?
一方「ま、そォなるな。そンなに説明することもねェし、軽く流して実践に移るぞ」
佐天「分かりましたー」
うんうん。
ちゃんとここ数日で、私も察しがよくなってきてる。
分母である脳の処理速度も成長期という訳だ。
一方「『範囲』ってのは、『種類』と違って、バラバラに分解して体に染み込ませることもできる」
佐天「そうなんですか?」
“種類”の場合、バラバラに分解して覚えると、反射を適用させる際に、タイムラグが生じてしまう。
簡単に言えば、5種類の反射の膜を発生させるときに、1×5と計算するのと、1+1+1+1+1と計算しているようなものだ。
最初のうちはいいのだが、種類が増えてくるごとにタイムラグが発生する訳である。
一方で、“範囲”とは、反射を適用させる範囲を指定する演算で、体のどの部分にどれだけの大きさの反射の膜を張るかを計算する。
反射の適応範囲を広げる方法は2通りあり、1箇所の固定されたところから拡げていく方法と、全身に少しずつ反射を使用していく方法がある。
それぞれに長所、短所があるので、一概にどちらが優れているとは言えない。
1点から拡げていく方法は、新たな領域の拡大に時間はかかるが、実戦のときには演算の手間がワンステップ短くなる。
範囲を広げている際に、何度も同じ部分を演算しているため、計算することに慣れるのである。
対して、全身に適応させる方法は、反射領域を少しずつずらしていき、1度全身に反射をなじませることから始める。
これだと、演算に手間はかかるが、好きな場所に反射の膜を展開させることができるのだ。
佐天「それで、私はどちらの方法をやればいいんですか?」
一方「オマエの場合は前者だな」
佐天「つまり、左手の甲から範囲を拡げていくってことですよね?」
一方「そォだ」
後者の方法には、1つ重大な欠点があった。
それは、自由に反射の膜を張ることができるため、対応の幅が広い。
その結果、反射できる“領域”の拡大がしにくくなってしまうのだ。
キャンピングカーの内積を拡張するのと比べれば、一戸建ての増築の方が簡単で効果があるだろう。
それと似たようなものである。
一方「今日中にどこまでいけるかねェ?」
佐天「どうでしょうか?」
この時点では、まだ左手の甲だけであった。
2
一方「今日はこンなところだな」
佐天「ありがとうございましたー」
そうして、その日の能力開発も終了。
夕方になるころには、両手の手首まで反射ができるようになっていた。
一点から範囲を広げるイメージをしたのだが、一方通行の修正によって、両方の手に効果が見られるようになったのである。
佐天「これなら、冬も手袋いらずですね」
一方「3分だけだけどなァ」
今の佐天は、『光と物理現象、熱』を反射する膜を、両手に3分使用することができるようになっていた。
一方「レベル2.5くらいにはなってンじゃねェか?」
佐天「!?」
5日前までは、レベル1だった自分が、レベル2になっている?
それはもう凄いことじゃないか。
つまり、もう少しで打ち止めちゃんに追いつけるということになる。
一方「でもなァ……。レベル3になっても、オマエじゃ打ち止めには勝てねェよ」
佐天「え? どうしてですか?」
一方「オマエの反射に電気を対応させても、飛んでくる電撃に対応できンのか?」
佐天「む、無理です……」
事前動作があるとはいえ、秒速180km/hに反応できる人類など存在しないだろう。
幻想殺しの場合は、それ自体が避雷針のようになっているため電撃が集中するが、反射の場合はそんなことにはならない。
つまり、飛んでくる電撃の着弾地点に反射の膜を張らなければならないのだ。
無理ゲーである。
打ち止め「ミサカのこと呼んだ? ってミサカはミサカはお勉強が終了したのを見計らって部屋に入ってみたり」
佐天「あ、打ち止めちゃん」
番外個体「この人にセクハラされたりしなかったかにゃ~ん?」
外で聞き耳を立てていたらしい打ち止めがトコトコとリビングに入ってくる。
もちろん、番外個体と一緒に。
佐天「そ、そんなこと一方通行さんがするはずないじゃないですか!」
打ち止め「そうだよ、ってミサカはミサカはこの人を庇ってみる」
番外個体「そうなの?」
番外個体の顔は非常に楽しそうな顔で尋ねる。
だが、当の一方通行は、ソファーに横になると、
一方「くだらねェ……」
と言って、眠り始めてしまった。
話に加わる気はさらさらないらしい。
打ち止め「サテンお姉ちゃんは、今日も遊んで言ってくれるよね? ってミサカはミサカは期待の眼差しで見つめてみたり!」
佐天「え? いや、さすがに3日連続は……」
番外個体「いいって、いいって。あの人はもう少し外に出た方がいいんだから」
確かにそれはその通りかもしれない。
だってあんなに色白だし。
いや、あれは反射が原因だったかと思い出し、苦笑いする佐天であった。
3
佐天「結局、今日も夕食をご馳走になってしまった……」
帰ってきた黄泉川が、炊飯器でハンバーグを作るから食べていけと言われて、ご馳走になった訳である。
時刻は午後9時。
完全下校時刻はとうに過ぎ、外は暗闇に支配されていた。
黄泉川「もう遅い時間だし、送っていくじゃんよ」
・
番外個体「あ、いいって、いいって。今日も、この人が送っていくからさ」
黄泉川「も?」
佐天「ええと、その……」
ここ2日、夜を空けていた黄泉川は、そのことを聞いていなかったようだ。
少し驚いたような顔をして一方通行の方を見ている。
なんだかその表情は、息子の成長を喜ぶ父親のようにしか見えない。
黄泉川「そういうことなら、一方通行に譲るしかなさそうじゃん!」
一方「別に、ンなこと頼ンでねェけどなァ……」
一方通行が座っていたソファーから立ち上がり、玄関の方へと向かって歩き出す。
結局、送っていってくれるみたいだ。
佐天「あ、ありがとうございます」
一方「…………」
お礼を言うが一方通行は反応しない。
こういう反応にも、もう慣れてきた。
「一方通行に気をつけてね」という番外個体のセリフを最後に、黄泉川家を後にすることにした。
この日の出会いは、この後に発生することになる。
4
マンションを出て数分後。
2人は寒空の下を歩いていた。
空には雲もなく、満天の星空が広がっている。
佐天「3日連続で送ってもらっちゃってすみません」
一方「別に気にすンな。アイツらの相手をするのに比べりゃ、随分マシだ」
ポツポツと会話を交わす。
初めて会ったときは怖いというイメージしかなかったが、ここ数日でそんな印象もだいぶ変わってきた。
確かにぶっきら棒で、きつい事もたくさん言うけど、面倒見が良くて、優しいところもある。
どうしてこれで、御坂さんと仲が悪いのかがよく分からない。
家庭の事情なんだろうけど……。
佐天「御坂さんとは仲直りしないんですか?」
一方「ハァ?」
いやいや、「ハァ?」はないでしょ。
そんなにありえないなんて顔しなくても……。
一方「ありえねェな」
一刀両断。
取り付く島もないというのはこのことか。
もう少しくらい考えてくれても―――
???「あ、いたいたー。あなたが第一位?」
と、そんな2人になんの前触れもなく声がかけられた。
一方「チッ」
一方通行は、明らかに油断していた。
誰かに尾けられていることには気付いていたが、まさか相手が堂々と来るとは思っていなかったのだ。
とっさにチョーカーに手を伸ばして声のした方向を見ると、そこにいた予想外の人物に、彼は絶句することになってしまった。
一方、佐天は、その声の出所がわからず辺りを見回していた。
声の感じからすると女の人だっただろう。
聞き覚えのない声だったが、一方通行の知り合いなのかもしれない。
と、そこでやっと、一方通行が、佐天のいる場所と反対側にある細い路地の方を見ているのに気付いた。
彼女の位置からでは、一方通行が壁になってしまい、その人物の姿が確認できない。
足音がしなかったことを考えると、そこで待ち伏せでもしていたのだろうか?
???「初めまして、第一位」
一方「なンだと?」
初めまして?
ということは、一方通行さんとも初対面の人物なのか。
いや、それにしては驚きすぎではないだろうか?
一方「オマエは……」
完全反射「私の個体名は『完全反射(フルコーティング)』」
佐天「完全反射?」
聞き覚えのない能力名だったが、確かにそう一方通行に名乗った。
こちらにはまだ気付いていないのだろう。
その口調は、明らかに1対1で話すようなものだった。
もっとも、こちらもその人物の姿は見えない。
ただ、隣にいる一方通行が困惑しているのは分かった。
この前、打ち止めちゃんと番外個体さんが私に見つかったときと同じような感じだ。
一体どんな人物がここまで一方通行を驚かせるのだろう?
気になった佐天は、スッと少し体の位置をずらし、その少女の姿を一目見ることにした。
完全反射「あ、一緒にいたんだ」
こちらがあちらを捉えるのと同時に、あちらもこちらの存在に気付いたようだ。
最初は薄暗くてよく分からなかったが、その少女は、自分と同じくらいの背丈だろうか?
いや、それだけではない。
同じくらいの髪の長さ。
同じような髪の色。
同じような体つき。
同じような肌の色。
同じ柵川中学の制服。
そして、同じような顔つきをしていた。
佐天「え? 私?」
似ているどころの話ではない。
そこには、佐天涙子が立っていた。
いや、佐天涙子はここにいる。
そうすると、あそこにいるのは、自分によく似たナニかだ。
・ ・ ・
完全反射「初めまして、お姉様。よろしくね♪」
自分とそっくりな少女が、手を振りながらそう告げる。
―――“非日常”という存在が、にこやかな笑みを浮かべてそこに立っていた。
第二章『Who are you?(非日常との邂逅)』 完
【第三章『Overline(彼女の目的)』に続く】
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第二章『Who are you?(非日常との邂逅)』