No.247980

深い森 (オリジナル)

野次缶さん

森の奥のサーカスで。ほんのりオカルト?かもしれません。暗い話。

2011-07-30 18:16:12 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:645   閲覧ユーザー数:642

 

 

見上げると、満月。

まるでチーズのようにオレンジ色で肥えている、丸い月だ。

その満月の真下に、異国の絵本のような、屋根に旗が沢山ひらめくテントが静かに座っていた。

サーカス。そう、サーカス小屋。

真夜中のサーカスに僕は来ている。手にはチケット、連れはない。僕は一人だ。

僕の周りには同じようにサーカスを見に来た人々がいて、みんな小声で期待を囁きあっている。

おかしなことに、月明かりはこんなに明るいのに人々の顔には翳りがさしていてよく見えない。顔も解らない人の波に流されるように、僕はサーカス小屋のテントに入った。

 

 

サーカスはとても楽しかった。

おどけたピエロが走り転び、一輪車や綱渡り、ゾウやライオンが次々にめまいのするような芸を披露していく。

レトロな出し物さえも、この月明かりにはとても素敵なものに見えた。色とりどりの紙ふぶきが舞う、舞って、落ちる。

 

最後のショーです!

 

ドラムの音が鳴り響き、フツと会場の電気が消えた。月も雲に隠れる。

 

お客さんの中から一人、私どものサーカスのスター、少女***のアシスタントをして頂きましょう!

 

何だって? 何といった? よく聞き取れない。

暗闇の中におどけた団長の声が響いたかと思うと、不意に月を隠していた雲がスウと動いた。

柔らかな光が、なぜか一筋だけ、小屋の中に差す。

まぶしさに眼を細めると、周囲のざわめきが大きくなった。

僕がアシスタントに選ばれたのだ。

チュチュを着た仮面の少女が僕の手を引いて、舞台へと連れて行く。

月の光は今は舞台にまっすぐ降り注がれていた。

 

 

さあ、この剣を!

 

 

少女が上を向いたかと思うと、彼女の口からずるりずるりと、長い長い剣がせり出してきた。少女は剣の柄を握ると長い剣を己の口から一気に抜き出す。

そしてその剣の刃を持つと、柄を僕の方に差し出してきた。僕は差し出された柄を握る。少女の体内から出てきたはずの剣は濡れてはおらず、ただひんやりとした刃物の冷たさだけを伝えていた。

 

 

アシスタントの彼には、その剣でこの箱を突き刺していただきましょう!

 

 

高い声がマイク越しに朗々と宣言する。またもや鳴り響くドラムロールと共に、小さな小さな箱が出てきた。カラフルな箱はハテナのマークやビックリマークが散りばめられている。

 

 

この箱の中に入るのは、ご存知我らが***座のスター、***……

 

 

歓声がひどくて聞き取れない。僕は顔を歪める。

舞台の袖からゆっくりと歩いてくる人影があった。誰だろう?

月明かりが彼女に向かって降り注いだ。

僕は眼を見開く。

 

「……どうして。」

 

少女は僕を見て微笑んだ。僕は言葉を失う。

 

そうだ、僕は彼女を、知っている。

 

彼女は会場に向かって手を振ると箱の蓋を開いた。

周りに居たピエロが、箱の表面をぱたんと開く。そうすると箱はまるでガラスケースのようになって、中が見えるようになっていた。

彼女は笑顔をその表情に貼り付けたまま、手足をぐにと折り曲げた。それはまるで人間ではなく、紙が折りたたまれるような異様な畳み方で。

 

ぐに、ぐい、ぐに、ぐい、

 

たちまち彼女は異常な形に折りたたまれ、箱の中に収納されてしまう。顔には笑顔を貼り付けたままで。

ピエロが箱をビックリマークとハテナマークの模様の皮で隠してしまう。そしてその気味の悪い笑顔で僕を振り向いた。

 

 

さあ、どうぞ! どこからでも構いません、剣をその箱に突き刺してみて下さい!

 

 

そんな馬鹿な。そんなことをしたら、中の彼女は。しかしこれはサーカスだ。刺してもきっと中身は何ともない、そんな芸なんだ。だから僕はこの剣で箱を刺さないといけない。

ああ、でも、

 

  彼女は、誰だっけ――?

 

 

さあ、さあさあ!

 

 

団長が甲高い声で僕をせかす。ドラムロールが鳴り響く。けたたましくラッパが鳴り響き、歓声が僕の頭から思考を奪う。僕は箱の前に立つ。

 

 

さあ、その剣で!

 

 

僕は剣を構えた。何か大事なことを忘れている気がする。思い出せない。煩過ぎて何も考えられない。

僕は、剣を、突き刺した。

 

ズブ、と剣が箱にのめりこむ。僕は剣を引き抜いた。また刺した。引き抜いた。刺した。引き抜いた。刺した。引き抜いた。刺した。引き抜いた。刺した。引き抜いた。刺した。引き抜いた。刺した。引き抜いた……

 

 

息が切れた。柄が汗でぬめっている。僕は剣を取り落とした。ガチャン、と耳障りな音を立てて剣が落ちる。

 

 

さあ皆様、お立会い……

 

 

団長が朗々と声を上げる。ピエロが箱の前に立った。僕は落とした剣を見る。ピエロがビックリマークとハテナマークの箱の皮に手をかけた。剣の先には赤黒い液体がびっしりとついていて、

 

 

箱の皮が剥ぎ取られた。歓声。歓声。歓声。歓声。ドラムロール。そして紙吹雪……

 

 

 

 

 

 

眼を開く。

見上げると、満月。

まるでチーズのようにオレンジ色で肥えている、丸い月だ。

僕は箱の中から身動きも出来ずに月を見上げていた。

風が吹きぬけ、森がざわざわと音を立てた。

 

僕……いいや……。

 

……私、は張り付いたままの笑顔で、月を見上げている。

 

箱の中の少女の顔、あれが誰だったのかをようやく思い出す。

そう、あれは私だ。

まるで紙のように折りたたまれて、ハテナマークやビックリマークの柄の小さな箱の中に詰められている。

深い森の奥にはサーカスも来るはずがなく。私は待っている。待っている。

誰かが私を見つけるのを、待っている。

この深い森の奥の、箱の中で。

 

 


 
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