No.247932

果肉と食事

少々ムラがある作品。いつかは中編ぐらいとして書きなおしたい。

2011-07-30 17:56:09 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:563   閲覧ユーザー数:550

「ねえ、私達が食べてる物ってなんなんだろう……」

 それは私達が口にしてはいけない暗黙の了解となっていたはずの話題だった。それを彼女は私にだけ聞いてきた。そうなった経緯は分からないでもない。しかし、それを皆で議論するのが本来は正しいのだ。彼女が億劫になりながら、私に尋ねるのは悪いことではない。

「分からないけど……確かめようがないよね。皆の意見を聞いて判断するのが一番なんだけど」

 それはとても難しい物だった。私が初めて彼女とここに連れられてきた時、皆は悲しそうに同情してくれたが、その後には食事のことについては口を出さないでくれ、と念を押されていた。その日の食事を体験してから、何を言いたいのか察した。最初は、何がなんだか分からずに不安に駆られて嘔吐する人もいたそうだ。

 私はそんなことにはならなかったが、彼女は嘔吐せずとも錯乱してしまった。一日を経て彼女はおさまったが、それまでの彼女とは裏腹の億劫な性格になってしまった。天真爛漫だった彼女はどこへいったのか。

 彼女はそのままの彼女であり、彼女ではない。何という論理破綻。捕虜となった人の末路がこれか。

「今日……確かめてみようと思うの。あの最後に食べさせられるものは何なのかを」

「それは……」

 これまで確かめようとする人は何人もいた。帰ってくる人はなく、きっと天に召された。ここにも銃声が聞こえてくるからだ。それに加えて、あの食事部屋にその後入った人は服に血がついていた。椅子が濡れていたと言っていたため、やはり前の人は殺されたのだろう。

 なぜ推測しか出来ないかというと、この何もない部屋から二つドアがあるのだが、一つはトイレ。もう一つが食事部屋となる。この食事部屋というのが特殊で、暗室となっている。それに加えて、入る前に目隠し、耳と鼻に栓。拘束は手錠が常に付けられているため、基本何も出来はしない。足にはついていないが、椅子に座ってから変な動きをすると殺されるのは分かっているため動かせない。

 その部屋に入ると、最初はゼリー状のサプリメントと思わしき物を飲み込まされる。それで栄養は事足りると思うのだが、次に何個かの固形物を食べさせられる。しっかりと飲み込むまで飲まされ、水を飲まされる。無理やり飲まされる水など、うまく飲み込めるわけもなく、大半の人は噎ぶという。それを犯人は意にも介さず、水を流し続ける。吐き出さないようにするためだと思われる。しかし皆の目の前で吐き出したりしたら、きっと全員が殺されるのだろう。

 聞いた話だが、トイレで吐いた人がいたという。その後、トイレの中で殺されているのが見つかったという。頭を打ちぬかれて死んでいた、と。きっと壁にある穴から打たれたのだ。死体は回収されることなく、どうしたらいいか悩んだところ食事部屋に運び私達を捕らえてこんなところに保管している犯人に処理をしてもらったらしい。

 皮肉なものだった。こちらに自由はなくただ生かされ続ける。ただ外部からの救出を待つしかなく、その淡い希望を糧に今日も死なないでいる。そんなことなどありやしない、と言うものもいる。しかし、ならばなぜ死なないのか。自ら死に向かわないのか。心の奥底でそんな期待をしているからだった。自分自身を欺瞞し、生きている。それに本人は気付かない。周りの人間も。そんなことを考える余裕など無く、考えるのを止めているからだ。

 それは文字通りの思考停止。それを認めない、考えるフリをし続けている。それが、毎夜行われる『会議』だった。その前に一日で三回ある中の最後の食事がある。その前に彼女はこうして私に相談をしてきていたのだった。

「うん、殺されるかもしれないけど。そんなことを気にしているよりは、真実を確かめたいと思うんだ」

「いいの? そんなものを確かめても生きられるわけじゃないんだよ?」

「もし、私たちが想像しているようなものだったりしたら、生きるよりも辛いと思わない?」

 私たちが想像しているもの。それは誰もが口にしたがならいモノ。モノと例えてすらいいのか分からない。

 ――同胞の肉。人間の肉。捕虜の肉。

 それを食べているのではないか。その理由は、食事の後、たまに服についている赤い斑点模様から皆が想像を巡らせていた。それに舌で感じる生暖かく柔らかい感触。味は鼻を塞がれているためしっかりとは分からないが肉であるのは間違いないと思う。しかし、それが人肉と想像するのは、少しばかり行き過ぎではないか、と私は考えていた。その可能性を全て否定するわけではないが……。

「それは確かに辛いことだけど……生きるよりも辛いなんて言わないで。そんなことを考えたら生きるものも生きられなくなっちゃうから」

「……ごめん。でも、否定はしないんだね」

「それは悩んだうえで出した答えだと思うから、ね。無下にすることは出来ないよ。でも、どうやって確かめるつもりなの?」

 それを尋ねた時、アナウンスの音声が部屋に満ちた。

『では、皆さんがお楽しみの食事の時間です。人間の生理的現象の一つですから、死にたい方は来なくてもかまいませんが、生きたいと望む方は募って部屋に入ってきてください。ああ、でも勿論一人ずつですよ。二人で入ってくるようなことがあれば、どうなるかは勝手に想像していてください。それじゃ最初のお方どうぞ。僕をあんまり待たせないで下さいね』

 この犯人の声は勿論、音声変換器を通したものだった。言葉遣いから察するに、若い男。毎回このようなアドリブで放送が行われる。システム事態は律儀なものだが、犯人はそう感じさせない。この矛盾が、何のために私たちをここに捕らえているのか分からないようにしている気がしてならない。

「私、行ってくるよ」

「待って、方法を教えて。心配だから、ねえ、待ってってば」

 彼女は私の言葉を聞かず、部屋の中に入っていってしまった。誰も最初は行くのを渋っていたため、彼女の行動は他の皆に不審がられてしまった。案の定、私に質問が飛んでくる。それを適当にあしらいながら彼女が無事に帰ってくるのを待っていた。

 

 彼女は帰ってきた。死体ではなく、無事に生身のままで。私は驚いた。彼女の無事を祈ってはいたが、半ば諦めていた。それは他の皆も同様であって、彼女の生還を場違いに祝福していた。それを私は抑えるように促すと、彼女のもとへ寄っていった。

「どうだったの、上手くいったの?」

「ちょっと待って、監視カメラの写らないところで話すよ」

「分かった」

 彼女に連れられて部屋の隅の監視カメラの下へ移動する。ここは死角なのは見るからに明らかだろう。

「結論から言うとね。まだ確かめてないの。今、口の中に小片が残ってる状態。それをここで出して確かめる。一緒に確かめてくれる?」

 彼女の用いた方法というのは、あの固形物を噛んで小片にし、口の中に取っておいたまま流し入れられる水で流されないように保管しておくというものだったのだ。

「うん、いいよ」

 彼女も私も緊張で息を呑んだ。彼女の手に現れたものは、丸い形を保った赤いもの。それは到底人間の肉とは思えない。よくよく観察すると、昔食べた柘榴(ざくろ)に似ている気がした。彼女は意を決し、それを口に戻すと噛んだ。

「肉の味、じゃない。ただの果物よ、これ」

 彼女は確かにそう言った。嘘を言っているようには思えないし、ふたたび手に戻して観察すると、肉とは違う。赤色はしているが、肉ではないのは間違いなかった。私たちは、自分の味覚を封じられ、自己不信していたのかもしれない。囁かれる妄想に身を任せ、考え過ぎていたのか。

「本当? なら皆にも伝えないとね。勿論、監視カメラにある盗聴器に拾われないようにして」

「うん、お願い。私はもう飲み込んじゃうわ、これ。怪しまれるといけないし」

 私は皆に彼女の証言を一人ずつ言って回った。最初に同様するな、と前提を置いたうえで話し始めたが、多少なりとも同様する人はいた。そのような人には、アイコンタクトで前提を思い出させたが、犯人に察せられたかは定かではない。

 一人目に話を伝えると、その人が食事に行き、二人目に話を伝えると、その人が食事に行くということは避けたかった。そんなことは食事に関係していると犯人に教えているのに等しい。だから私が話に回る前に、誰かが食事に行くのを待ってから動き出した。これで法則性はなくなったはずだ。話を終えてから食事に向かった人の証言を聞くと、確かに柘榴のような甘酸っぱい味が仄かにした、と体験談を聞くことも出来た。

 そしてついに私が行かなくてはならない時が来た。

 目隠し用のアイマスクをつけ、鼻と耳に栓をすると中に入った。アイマスク越しでも光を感じることが出来ないから、念には念をいれての暗室にしてあると私は想像している。それはきっと間違いではない。私は視覚と味覚には自信があった。

 手探りで椅子を探し当てると、それに座る。慣れたものだった。難度も繰り返していく家にこの部屋の構造もなんとなくだが分かる。

『お口を開けましょう』

 目の前にいる犯人に行動を命令される。私はそれに従うしかない。おもむろに口を開ける。その口の中にぶよぶよした柔らかい液体に近い何かが溢れる。無理矢理に摂取させられる食事というのはどうも慣れない。口を風船のようにしながら、何とか飲み込む。それを三回繰り返した。その後に、例の固形物が待っている。

『どうしたんですか、口を噤んでいないで早く開けてましょう』

 渋々と口を開く。ぽとりと口の中に放り込まれる。それをいつもはできるだけ噛まないようにしていたのだが、今回は噛んで味わってみることにした。

 くちゃり、くちゃりと汁が溢れている。色は分からないが、赤色だろうか。柘榴を食べた後は、口の中が真っ赤になったのを子供の頃の私の顔と一緒に思い出した。昔の私は家の洗面台で鏡とにらめっこをしていた。自分のことながら微笑ましい一面だった。

 噛むと細胞を裂いている感触がする。植物細胞か、動物細胞かは断定できない。彼女の命がけの行動で得た答えを、私は信用していなかった。いや、信用してないわけではないが、そう易々と判断してはいいものだと思っていなかった。もし、間違えていたらと。その疑念を晴らすのには時間が必要だった。

 何とかして飲み込むと、その後はペットボトルの飲み口が当てられ、水を流し続けられる。飲み込まずに静止していると、

『飲み込んでくださいね』

 と命令される。命令の後には常に言葉が省略されているのを誰もが察していた。

『さもなければ殺しますよ』

 とても簡易な脅し文句だった。それを察せない人は誰もいない。窮地に立たされていない一般人ならば分からないかもしれないが、こんな空間に投げ込まれ一気に生活が変わるというのをすでに体験した人間ならば誰もが分かる。呼吸が出来ず、噎せて水をはき出すとようやく終わる。飲み込まずにはき出した場合は、再び行われる。もう一度体験しているので今は繰り返さない。結局、今日は何を食べているのか判断することは出来なかった。しかし、柘榴という人肉よりも現実的な候補が挙がったのは進歩だった。私は一人で確かめ続けるとしようと心に決めた。

 『会議』では、いつものようにリーダーらしき人が持論を語り、皆がそれに賛同する形で終わった。いつもより皆が明るそうだった。その理由は言うまでもないことで、私はそれをどこか遠くの世界から眺めているように聞いていた。

 

 

 彼女が謎の固形物を確かめてから一週間が経った。私はそれまで食事の度に味を確かめてきたわけだが、柘榴の味がするようになってきていた。あの甘酸っぱさ、食感はそうなのではないか。あと少しでつかめそうなところまで確かに来ていた。きっと次の食事で分かると思う。またあのアナウンスが入り、私は一番に食事を摂取しに行った。他の人たちはいつも最後に行く私が最初に行くものだから驚いてはいたが、あまり気に留めていないようだった。

 あの暗室に入る。犯人の声が聞こえる。素直にそれに従い、サプリメントの摂取を終える。次に固形物が入ってきた。嗜めるように噛む。それはとても美味しい。昔食べた石榴の味と変わらなかった。これで彼女が食べたものが石榴であることは間違いない。私達が食べてきたものも。皆はこれが石榴であるとすでに信じていた。私もその話にようやく加わることが出来る。予感が当たらなくて良かった。本当に良かった。私は安堵をしていた。

『君たちって、本当に人が良いよねえ。貴重種だと思うよ。それとも、僕が選んだ人達が単にそういう珍種だったかもしれないけど』

 犯人が珍しく無駄な会話を挟んだため、私はそれに反応した。まだ水を流されてはいなかった。

「何よ。早く水を流しなさいよ。こんな部屋早く出たいわ。あの部屋もね。いずれは外に出るのよ」

『今日はらしくないぐらい好戦的ですね。君達の人間性を僕は理解しているんだよ。君があの人間達の中で最も疑り深い人間ってことも。その親友である彼女が疑心暗鬼になって自分が食べているものを知ろうとしたのもさあ』

 私は逃げようと試みた。私がうつつを抜かしていたとはいえ、犯人の言葉からそれが何を示しているか察したからだ。

『おっと、逃げられないよ。この部屋のドアを開かないように設定するのも簡単さ。なんだか気付いているみたいだけど、他の人間達にも教えてあげないとね。からくりを』

 ドアを開こうとするが、開かない。意味がないとは分かっていても、私はアイマスクと耳栓、鼻栓を取った。そこは予想通り暗闇だった。

『座っていれば良かったのに、君は頭がキレるのか、キレないのか中途半端だね。それじゃ、君の仲間にも教えてあげるとするかな。その前に君の足を打たせて貰うけどね』

 ――ズドンと。耳に慣れない音が私を襲う。右足へ走る痛み。痛んだ箇所を押えようとするときに左足を打たれた。手錠をしたままでは両方の痛んだ箇所を押えることが出来ない。片方だけでも押えようとすると、そこにはやはり孔が空いていた。痛みは錯乱していためか、分からなかった。五感のうちの三つをこれまで失っていたのだ。感覚が異常でもおかしくない。

『皆さんが、食事の最後に食べているものが何か、教えてあげましょう。それはですねえ、皆さんの予想通り、石榴。ではなく、人肉なんですよお。例外はありました。××さん、貴方だけが一度石榴を食べている。丁度貴方がそれを口に残して持ち帰った時に、ね。それ以外は全て人肉。逃げようとして死んだ**さん、※※さん。他にもいましたっけ。たったいま人肉を食べた彼女に見せてあげましょう。それが真実だということを』

 犯人は立ち上がり、動くと部屋に電気を点けた。眩しい光が私を包み込む。ずっと包んでいて欲しかった。見上げると、顔全体を特殊な何かの機械で覆っている人物。暗黒でも視界が見えるようにするためのものと、音声変換機だろうか。

 そして、床に転がっている人物。いや、人と表現していいのか分からない。それは確かに人であったものだが、もうすでに異物であるのは間違いなかったからだ。

 足がなかった。いや、足の膝から下がなかった。骨はあるが、肉がない。歪な光景。その事実に私は耐え切れなくなって嘔吐した。ゼリー状の液体か固体か分からない中に、確かに肉が入っていた。

 ――同胞の肉。人間の肉。捕虜の肉。私の肉。私の体に吸収された肉。

『都合がいいことをしてくれたね。もう一度味わうかい? これをさ』

 私の目の前に皿が置かれた。見たくも無い。しかし、見なくてはならないという脅迫会念が私を襲った。そこにはやはり、人の足の肉があった。人間そのものの足があり、ふくらはぎの部分まである。ふくらはぎ部分は何かで伸ばされたように細長くなっていた。

『これを叩いてさあ、柔らかくして噛みやすくするんだ。そうすると、多少は筋肉ばかりの人間でも生肉ぐらいの柔らかさにはなるだろ? 君たちは最初の感覚であっていたのに、石榴を食べている可能性を示してあげたら、全部信じきっちゃうんだもの。つまらないよ。それとも、脳がそういう風に味を再現してしまうのかい? 教えてよ。君はさっき幸せそうな顔をして人肉を食していただろう?』

 私はその様を再現して堪えられなくなった。笑顔だったのか、私は。石榴と錯覚し、同胞の肉を食べ、綻んでいたのか……。感情が波となって溢れ出した。犯人に掛ける言葉は持ち合わせてはいなかった。ただ噎び啜り泣きながら嗚咽を漏らす。

『沈黙は肯定ということだね。君の性格上それが違っていたら反論するはずだ。しかし、やっぱり君は嘘が苦手だね。あと、教えてあげるよ。盗聴器が監視カメラの位置にだけあると思ったら大間違いさ。服や絶対外せない手錠にも仕組んであるんだよ。言ってなかったけどね。それじゃ、さよならだ』

 私は額に突きつけられる銃口に抵抗する気もなく、犯人を呪うこともなく、雫を床に垂らしているだけだった。

 


 
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