No.245448

鷹の人1

ひのさん

FE暁デインサイド中心の微パラレル。(本編では3部~4部あたりになります)ペレアス、ティバーンがメイン。ベオクの王とラグズの王。【未完です】

2011-07-29 21:41:53 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:653   閲覧ユーザー数:644

 ふと見上げた暮色の空に、なにか飛ぶ影があった。

 黒色の影のみが、暮れて行く冬の空を飛んでいる。どこまでも白い大地と、影になった森林地帯。色彩のない世界。

 あの大きさ、ただの鳥ではない。ラグズだろうか。

 まとわりつく大気が冷たく、重い。その感覚的なことを、あえて誰かに言うつもりはなかった。

 ゆったりと空を舞う影は、やがて、黒い森の影の中へ消えた。

 

 あの辺りは、皇帝軍が陣営を築いていた。矢張りラグズだったのだろう。

 ラグズには、ベオクより遥かに優れた視力を有する者が数多くいるーーこと、今現在皇帝軍と行動を共にしているラグズ連合の中に、特に視力に優れた鷹の戦士がいるのだということは、以前彼らと親交のあった竜騎兵ジルから聞いていた。

 恐らくはこちらの様子を伺っていたのだろう。陽が落ちてしまえば、彼らの視力は役に立たない。

 鷹のラグズ。脳裏の奥底に閉じ込めた記憶を呼び覚ますように思われ、ペレアスは頭を振った。石造りの手すりに両手を置く。雪が数センチほど積もっていた。

 違う事を考える。あのように自在に空を駆る事が出来たのなら、自らベグニオンに潜入したものを。詮無いことだ。だが、ふと、そんなことを思った。手がかじかんでくる。手すりから手を離すと、触れていた箇所は赤くなっていた。

 丈夫ではない身体を散々痛めつけるような真似をしてきている。ここ数日は、仮眠こそすれろくに眠っても居ない。眠る暇すら惜しかった。絶望的な状況を打破する手段を、手探り状態で捜しつづけていた。

 頭は、冴えすぎる程冴えていた。過去に得た知識が、今さらのように甦ってくる。一度は捨てた命を、惜しいなどとは思わない。だが、最早死のうなどとは思うまい。それが唯一、ペレアスに科されたものなのだ。国を破滅に導いた愚かな王は己だ。

 せめて、戦地に赴く者に後顧の憂いなどはなきようにしたい。帰れる場所は、なくしてはならない。そのためならばなりふりなど構ってはいられなかった。

 すべてはデインの民が、デイン人として誇りを持てればそれでよい。

 そして彼らにはミカヤがいる。彼らの希望、彼らの夢の具現化した存在。だから自分は、彼らに現実を見せなければよい。

 汚い事も、あえて誰かに言えぬような事も、即位してから今までの間にいくつもやった。それを王の仕事ではない、と、一度騎士フリーダには咎められた。

 それでも、だれかがやらねばならなかったことだ。そして、デインには、その誰か、はペレアスしかいなかった。

 

 

 

 

 真に国を導くものなれば、一時の犠牲など考慮せず、元老院の要請をはねつけるべきだったのだ、という懸念は未だにある。デインは、ベグニオンに対して代々強い独立性を保とうとしてきていた。そして事実、その軍事力や軍需産業、及びそれに付随する様々な産業をデイン王国が独占的に掌握することで、名目上こそベグニオン皇帝を君主と仰げども、その裏では独立の機会を虎視眈々と狙っていた。その意識や気質は、国民すべてに及ぶ。だからこそ、ベグニオンの言いなりになり、参戦要請を受け入れたペレアスに対する国内の批判も少なくはなかったのだーーだが、なにせ相手はラグズ連合である。そこを踏まえ、むしろこの機会に連中を徹底的に滅ぼせ、などという過激な意見もあり、今回の参戦自体に関しては、批判と賛成の声はおよそ半々であろう。

 しかし、そこでラグズ連合は一つの決定的な間違いを犯した。亡命せざるをえなかった神使サナキを伴い、ベグニオン帝都を目指す道中で、よりにもよってデイン領内の通過を求めて来たのだ。勿論、ペレアスは頑に拒んだ。裏には元老院との誓約があったが、それよりも、ベオクとラグズの混成軍が、国内を通過するという事で起こる混乱や反発を考えれば、許可する理由などはなかった。ベグニオン皇帝であるという事は、ベグニオンとデインの関係を考えてみれば、さして重要ではなく、また神使という言葉は、だが、今のデインではそれほどの価値は持たない。

 現在、デインにおいては、神使サナキよりも、暁の巫女ミカヤという名の方が、余程崇拝、信仰の対象なのだ。現実に彼女は奇蹟を起こしていた。その輝ける記憶がして、彼女は女神の使い、などと言うものまで出て来ている。

 だが、ペレアス自身がルカンの脅し文句に心底怯えていたのも、また、事実だった。怯えた、というよりかあれは絶望だった。

 民が死ぬ。自らの過ちにより、犠牲なるのは民だという。その事がしてペレアスを絶望においやり、冷静な判断を不可能にした。

 だが考えてみれば、無為に参戦することもまた、兵とはいえデインの民を殺すことに他ならないのではないか。彼らは確かに兵士だが、同時にデインの民なのだ。

 先を見据えた思考を。そう、師には教わってきていた筈なのに、結局は一時の感情に惑わされ、元老院の言いなりになり、民に苦役を強いた。

 戦わない、という選択肢はなかったのか。どうにかして、参戦を拒む手段を、何故、死にものぐるいで捜さなかったのか。

 だから思うのだ。己は王の器などではないのだと、その度に感じていた劣等感は、いよいよもって表面に出て来てしまった。

 所詮、路地裏に生をうけ、親の顔などもしらぬ、生きていても死んでいても変わらぬような、そんな出自の人間だ。いくら着飾り、虚勢を張ろうとも、本質的なところが変わるわけではない。

 だが、嘆くペレアスを、誰も詰る事はなかった。一度は死ぬことでこの理不尽な誓約から逃れられる、そんな淡い希望に縋ったが、それすらも許されなかった。ミカヤは、それを許さなかった。そして彼女は言ったのだ。

 「生きろ」と。希望を捨てるなと。

 手傷を負い、それでも健気に微笑んでみせるミカヤを、美しいとペレアスは思った。なんと崇高な笑みなのかと、まるで雷に打たれたかのような衝撃を覚えた。このような、愚かで、国を傾けるような真似をしたペレアスを、それでもミカヤは許すといった。死んで欲しくはないのだ、と願った。

 絶望の霧が、怯えが、すべて払われた瞬間だった。

 

 

 そもそも、全ての事の始まりも必然だった。それは偶発的なものではなく、意図的なものであること。

 当時こそ、歓喜の心に沸き立ったものだが、考えてみれば、誰も秘せられた王子の所在を知らなかった、などという事があるのだろうか。

 その居場所を、たったひとりイズカのみが知り、他者が全く知らない、などと、あまりにも非現実的すぎる。

 あまりにも巧く行きすぎ、事が運びすぎたデイン解放劇。舞台は、だが、用意されていたものだった。

 何かが常にひっかかっていた。己の事であるから、なおさらだった。

 そして、ペレアスを我が子と認めたアムリタその人は、ベオクではなくラグズだった。それも竜鱗族、大陸最強を誇る黒竜族の娘だったという事実。では、己は。

 ベオクとラグズが交わる事は禁忌であり、子を成せばその咎はラグズの親に現れるーーそして、アムリタはいった。ペレアスの額にある印、それこそが我が子の証、と。

 だが、この印は自ら施したものだ。忌々しい記憶は誤摩化しても、身体のうちに潜む闇の精と額の刻印は決して消える事はない。

 

 疑念はほぼ確信だった。ただーーそれを告げる事は、出来ない。

 権力にすがるわけではない。玉座に執着するわけではない。だがここで己が正当な血筋ではないと告げたところで何が出来るのか。

 何も、出来はしない。平時であればそれなりの手順を踏める。手順を踏み、ある程度法を整備し、機関を設け、然るべきものを王として選出することを可能にも出来る。だが今、この状況で真実を告げる事は危険だった。悪戯に事態を混乱させるだけであり、下手すればそのままデインという国はベグニオンに併合される。それでは何もならない。デイン王国の真の独立。民はベグニオンという強国の影に怯える事なく、デイン人であるという誇りを、謳歌出来る。そういう国を作りたかった。

 だが夢は所詮夢でしかなかった。己の器量をわきまえず、高い理想だけを描いた、その代償がこの現状なのだろう。自嘲の笑いすらも、もはや起こらない。現実は、変わる事などはない。

 朽ちかけたように見える漆黒の背表紙に手を伸ばし、触れる。ペレアスが触れたとたん、それは生き返ったかのように黒く深い輝きを増した。本来の持ち主の手に戻った事を、まるで喜んでいるようだ。イズカに連れてこられたとき、唯一、ペレアスが携えて来たものだった。

 闇の魔道。それは、そもそも使い手を選ぶ魔道だ。

 このテリウスにおいて、ほぼ禁忌とされている魔道。その理屈体系などは理の魔道に近い。理の魔道は自然に存在している精霊の力を行使するものだが、闇の魔道は、それら精霊の中でも混沌、変化、破壊の衝動といった「負」の気に直結しているようなものを好む存在だった。精霊と便宜的に同様の名で呼ばわってはいても、その本質は別物だ。

 

 

 

 養い親の老婆の言を信じれば、十三を迎えた日。

 彼女が、目の前で殺された。殺したのは、逃亡奴隷らしき鷹の半獣だった。

 彼女は口数は少なく、だが矍鑠としてペレアスに世間の流儀と、世渡りの術と、信心の尊さを教えてくれた。厳しかったが、厳しさの中にも優しさのある人だった。

「相手をまず信じな。自分を信用してもらいたいならね」

 老婆の口癖は、今でも時折思い出す。その度に、彼女は強いひとだったのだ、と思う。

 老婆を襲った逃亡奴隷は。逃げ出せぬようにと風切羽根を無惨に切られ、右足には壊れかけた足枷がはめられていた。そして、奴隷装束らしき大きく空いた首周りからは、鎖骨の当たりに所有の印でもある焼き印が見えた。

 彼にとって不幸だったのは、命からがら逃げ出して息をついたその場所が、よりにもよって反ラグズ筆頭国家デインの領内だった、ということだ。糧と水を所望しただけなのに、罵倒され、石を投げられ、猟師に追われた。獰猛な猛禽の目をしたその男は、既に聞く耳などは持っていなかった。そして何より、飢えていた。

 出会い頭、彼は襲いかかってきた。

 老人とは思えぬ素早い動きで老婆が庇わねば、ペレアスはあの時に死んでいたのだろう。

 襲い、そして、ペレアスの目の前でその肉を喰らった。

 自分を救い、ここまで育ててくれた親代わりの老婆を、鷹の半獣が文字通り食い物のようにーいや、喰っていた。喰われながら、老婆はただ逃げろと繰り返した。悲鳴などは、一度もあげなかった。

 逃げろ。老婆は喰らわれながら息絶えるまで、ペレアスに逃げろと繰り返した。

 だが老婆の言葉とは裏腹に、おぞましいその光景を、ペレアスは呆然と眺めていた。逃げ出す、ということは、できなかった。足が動かなかったのだ。

 ペレアスの育ての親だったものを喰い散らかし、満足したのだろうか。男は、滴る血をぬぐいながら、たちすくむ小さな子供には目もくれず、森へ消えた。

 

 聞きかじった知識だけで精霊との契約を行った。

 復讐をしたい、一心だった。純粋な心はどす黒い破壊の衝動に彩られていた。

 魔道の心得はあった。身体の弱い自分に武器などは扱えない。あの強靭な肉体をもつ化け物を殺すには、それしかなかった。老婆が何かの役に立つだろう、と伝授してくれていたのだ。だが、それは闇の魔道ではなかった。そして結局、なんとか行使出来たのは最も激しい気性を持つ雷の精霊のみだった。

 思えば、五体満足無事であったその事がそもそも僥倖だ。契約した精霊はよりにもよって「闇の精霊」と呼ばれるものであり、他の理の精霊よりも凶暴に、そして貪欲に破壊を、混沌を望む。純粋な復讐心が、あるいは彼らを呼んだのか。

 老婆を襲い喰らった半獣は片腕だった。片腕で、顔に傷がいくつもあったということを、ペレアスは記憶していた。

 デインの辺境を、幾日も飲まず喰わずで歩き続けた。

 精霊との契約の代償か、以前より食欲というものはなくなっていたのだが、どれほどに歩きつづけても疲労を感じなかった。

 男を見いだしたのは、半月程後だったろうか。北海に面した寂れた漁村の近くでようやく出会えた半獣は、記憶よりもさらに酷い態をなしていた。両翼が無惨にちぎれ、肌は冬の海風長い間晒されていたのだろうか、無数の傷から膿を疼かせていた。嵌められていた筈の足枷は錆び、朽ちかけ、既に用をなさなくなっていた。

 半獣であるということを抜かしても、誰もこの男に近づこう、などということを思わなかったろう。

 狂気の色を宿した瞳の鷹が得物に襲いかかってくる前に、魔力を媒介させる魔道書も持たずにペレアスは魔力を解放した。

 全身が悲鳴をあげ、指先からは血が噴き出した。

『破壊しろ、そして、喰らい尽くせ、その存在が一点もこの世界にあった痕跡など、残すな』

 闇の精霊はペレアスの純粋な破壊の願望に狂喜した。彼らは、「器」の都合などは考えなかった。ただ解放を望んだ。そして、破壊を望んだ。

 魔力を解放してから、しばらくのあいだ、立ち上がる事すらも、出来なかった。

 だが、目の前の光景だけが、ひどく現実的だったことを記憶している。半獣は消失していた。その存在の、痕跡までも、闇の精霊に喰らい尽くされた。ペレアスは老婆の仇を、討った。

 

 二人目の養い親が、その様子を目の当たりにしていたーーというよりか、様子を探っていたのは、二度目の僥倖だった。魔道の才に優れた子を集めていたその老人は、地面に点々と残る血痕のみな残骸をじっと見つめるペレアスに、一言「ついてこい」とだけ言った。

 明らかに不審な老人の言葉に逆らおう、とは何故か思わなかった。

 

  老人は貧しかったが、ペレアスと似たような境遇の子らを何人か集めていた。いわゆる孤児院のようなものだった。魔道の才のある子らに、己の技を伝授し、志を植え付けることに情熱を傾けている、偏屈な老人だった。

 そして老人は、老婆とは違う方法で、ペレアスに生きる事を教えた。

 この国の成り立ちひいてはベグニオンという国を始めとしたテリウスの諸国の成り立ちから始まり、国のありよう、王のありよう、様々な知識を授けてくれた。忌まわしい記憶から逃れようとするがごとく、ペレアスは教えられたそれを砂漠の砂が水を吸うごとくに吸収していった。同時に老人は、闇の扱い方というものも、教えてくれた。

 老人は日頃から正しい国の姿など、どこにもない、と自嘲気味に呟いていた。それに対してペレアスが問えば、「民が死んでいる。民は、それだけで国なのだ」そう答えた。それから、あまり老人はその話をしなくなったが、ペレアスはその事について自分なりに考えていた。その考えを助けるような書物は、膨大な程に蔵書されていた。老人の素性は結局わからなかったが、わからなくてもよい、と思っていた。

 考えてみれば、それら老人の趣味でしかなかった教育が、玉座についてから役に立ってくれた。まさかこのような可能性を彼が想定していた、とは考えにくい。が、少なくとも人材不足であるデインにおいて、国の内部だけでも破綻させないでこれたのは、あの老人の授けてくれた知恵のお陰だった。

 

 

 過去を振り返る、などという余裕はこの一年半ほどはなかった。状況に追いつこうと必死だった。力がない。器ではない。だがそれでも、王でなければならない。

 

 

 そして、もう一つ。精霊との契約にまつわる記憶より、あるいはこの数年感忌避しつづけた記憶と向き合わなくば、自分は戦場に立つ事など、出来ない。

 それは恐れであり、怯えであり、絶望であり、逃げつづけて来たものだった。デイン王遺児、などといわれ、舞い上がり、すっかり記憶の隅に留めておいたもの。

 一度、ミカヤに触れられたことのある記憶だった。だが、あのときは、全てを吐く事はなく、だからこそあえて思い出さずにいた。

 だが今の自分ならば向き合える。理屈ではない、妙な確信をペレアスは持っていた。絶望に対峙すればこそ、逆に強くもなれるのだろうか。遅すぎた、とは思う。だが、それをしないよりも、ずっと良い、とも思う。

 

 見上げる空は、灰色から闇へと、徐々にその明るさを失って行く。兵士達をねぎらい、充分な食料と酒を与えよう。この場を凌げば、或いは、か細い希望の光は見えてくるのだから。

 ペレアスは踵をかえす。暖をとってはいない部屋は、寒い。それでも、風雪に直接晒されているよりは、あたたかい。


 
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