No.243890

美しい物語

れいなさん

マクロスF二次創作。ちょっとせつない雰囲気でアルシェリです。サヨナラノツバサの途中を勝手に私好みに補完。

2011-07-29 12:49:30 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3172   閲覧ユーザー数:3151

 今日は美しいものの話をしよう

 わたしの心にふわりふりそそぐ花のようなものの話

 

 

 あなたに美しいものの話をしよう

 あなたがいつまでもしあわせに生きてゆけるように

 

 

 そこに誰もいなくても愛がついえず降り注ぐように

 永遠に生きていけるだけの美しいものの話をしよう

 

 

 いつかあなたの前からわたしが消えてしまっても

 あなたがひとりにならないように

 

 

 わたしはわたしの知る美しいものすべてを

 あなたに歌う

 

 

 

 

「聞いたことのない曲だな、新曲か?」

 

 浮かんだばかりの曲を口ずさむシェリルに、アルトが言った。

 

「あら。聞いたことのないものが判別がつく程度には、私の曲を知ってるの」

 

「ああ、一応」

 

「そう、意外!」

 

「街を歩いてれば、嫌でも耳に入ってくるからな……って、おい、どこに連れてくんだ」

 

 ボディガードのドレイ、ではなくアルトが、シェリルの部屋の前で足を止めた。

 

「ほら、部屋の中までちゃんとボディガードしてよ、仕事でしょ?」

 

「おい、中までなんて聞いてないぞ」

 

 慌てるアルトの腕を掴み、シェリルは無理矢理自室に引っぱり込む。

 

「今私が決めたのよ。ボディガードだけじゃなくて監視も兼ねてるんでしょ、私スパイかも知れないのよ、部屋の中で何をするかわからないわよ?」

 

 そんな適当なことを言いながら、シェリルはぐいぐいアルトの腕を引っぱり、ソファに座らせた。スパイ疑惑の話をすると、アルトは申し訳なさそうな顔になる。丘での一件は、彼の心に少々の罪悪感を植えつけたものらしい。

 

 シェリルはにっこりと笑った。

 

「ようこそ私の部屋へ。何か飲むでしょ」

 

 わざと足取りを軽くして、シェリルは冷蔵庫に向かう。ちょうどスポンサーからの差し入れのビールが入っていた。それを持って戻ると、アルトはシェリルの部屋をあちこち見渡していた。

 

「何もないでしょう」

 

 そう声を掛けると、アルトが顔を上げた。

 

「私の部屋。殺風景?」

 

 女の子らしい小物のひとつもない、生活感がまるでない部屋。あるのは冷蔵庫と、棚と、ソファにテーブル、少し離れた場所にベッド。それだけ。

 

「ああ、意外だな、もっとなんか……」

 

「可愛いぬいぐるみとかお菓子とか、お花だとか、そういうものであふれていると思ってた? 私はいらないの、そういうものは」

 

「女の子の部屋ってそういうものだと思ってたよ、無駄なものが多くて、でも好きなものに囲まれて夢を見てるような」

 

「私は可愛いものに囲まれて見るような、そんなどうでもいい夢は見ないもの。……なあに、どこの女の子の部屋と比べてるの? わかった、ランカちゃんでしょ」

 

「ち、違う!」

 

 ものすごい勢いで否定するアルトを見て、なんだ、図星か、とシェリルは苦笑した。

 

「はい、お仕事おつかれさま」

 

 シェリルは手に持っていた缶をアルトに放った。

 

「うわ。いきなり投げるなよ……って、酒! 勤務中だぞ、オレはおまえのボディガードで……」

 

「いいじゃない、もう勤務時間はすぎてるわ。大体部屋に連れ込まれてボディガードが勤まると思ってるの?」

 

「おまえな……」

 

「それにこの時間なら、もう部屋の前でブレラが警護してるはずだわ。ほら、あけなさいよ、せっかく、この私が、ビール出してあげたんだから!」

 

「まったく……」

 

 あきらめたようにアルトは、ぷしゅ、と小さな音を立てて缶を開けた。

 

 そんな様子を見てまたシェリルは笑ってしまう。なんだかんだ言っても、結局は断り切れない、仕方のない人。やさしい人。

 

「はい、乾杯」

 

 アルトの缶に、シェリルは自分の温かいお茶の入ったマグの縁を、こつんとあてた。

 

「あれ、おまえは飲まないのか」

 

「当然よ。お酒は喉に悪いもの」

 

「さすがプロだな」

 

「あたりまえでしょ。私を誰だと思っているの? このビール差し入れでもらったんだけど、歌手にビールを差し入れするなんて、無神経もいいところだと思わない?」

 

「ああ、思うよ。きっとおまえにビール差し入れたやつは、プロじゃないんだろう」

 

「そういうことよね」

 

「だけどなんで俺だけアルコールなんだ。おまえと同じものでよかったのに」

 

「いいじゃない。酔っ払わせて眠らせて、襲っちゃおうかな、ふふ」

 

 アルトの顔を下からのぞき込んで、そう言ってシェリルが笑うと、アルトはまるで後退るようにして叫んだ。

 

「やめろよ!」

 

「やーね。本気にした? 取って食ったりしないわ、冗談よ。大体私がアルトなんか襲うわけないでしょ? ド・レ・イ、のくせに!」

 

「おまえ、その、ドレイって言うのやめろよ!」

 

「あら、どうして、ほんとうのことなのに」

 

「違うだろう!」

 

 昼の、ランカとのやりとりを思い出しているのだろうか、やけにムキになって。こんな時のアルトは少し隙がある。

 

 そのときシェリルの胸をかすめたのはほんの少しの痛み。自分のために彼はこんな隙を誰かに見せることがあるだろうか。

 

 シェリルは思った。アルトのいろんな顔が見たい。

 

 眺めていたい、ずっと。

 

 今、このまま、時間が止まったらいいのに。

 

 この瞬間に、世界が終わってしまえばいいのに――

 

 

 

「あ!」

 

 突然に黙り込んでしまったシェリルに声を掛けようとしたアルトは、シェリルが手を叩いて飛び上がると、わっ、と驚きの声と共に飛び退いた。

 

「なんだよおまえいきなり……」

 

「黙って! 浮かんだの、新しい曲」

 

 テーブルの上に散らかっていたままの紙に、シェリルは今浮かんだばかりの音と詞とを書き付ける。まるで格闘のようなその勢いに圧倒されて、アルトはただ、音を確かめて歌いながら紙にペンを走らせるシェリルを眺めていた。

 

 ペンの先が、すべるように、心の内側から生まれ出る音と言葉とを紙に写し出す。歌が生まれるその瞬間は奇蹟のうちのひとつなのだとシェリルは知っている。

 

 先刻アルトを見ていて胸のうちに湧き上がった思い。時間よ止まれ。世界よ終われ、と。

 

 面と向かって言うことなど到底できない言葉も、無限の空に投げれば神様が受け取って、くちづけをして返してくれる。そしてシェリルはそれを受けとめる、両手を伸ばして。

 

「……この瞬間に、世界が終わってしまえばいいのに、か」

 

 シェリルの唇からこぼれた歌を、アルトが拾い上げた。

 

「おまえでも、世界が終わってしまえばいいなんて、思うことがあるんだな」

 

 アルトの言葉に、どきりとしてシェリルは顔を上げると、彼はひどく優しい表情を、シェリルに向けていた。

 

 それは全くの不意打ちだった。胸をひといきに貫かれたような気がした。突然に、底なしのせつなさが胸に去来する。苦しい。

 

「……ないわ」

 

 強い調子で否定すると、アルトは少し驚いたような顔をした。

 

「シェリル?」

 

 思わず止めていた息を吐き出して、一度だけ深くまばたきをして。シェリルは微笑みを取り戻す。

 

 そしていつもとまったく変わらない表情を作って、アルトに向けた。

 

「ないわよ、私がそんなことを思うわけがないじゃない。私を誰だと思ってるの?」

 

 そう言ってやると、アルトがほっとしたような顔をした。

 

 その顔を見て、シェリルの胸に、諦念にも似た感情が走る。それは安堵と似ているような気がした。そして思う。ほんとうは、それを似ているなどと感じてはいけないのに。そんな甘さも弱さも、自分は必要としていない。

 

 

 

 シェリルは立ち上がると、棚からボトルを出して、中身をグラスに注いでアルトに渡した。

 

「また浮かんじゃった、新しい歌。聞いてくれる?」

 

「ああ。銀河の妖精のステージを独り占めか、贅沢だな」

 

「そうよ、私がついだドリンク付き。こんなサービス、めったにしないんだから」

 

 目を閉じてシェリルは歌い始めた。

 

 その想いは、歌が行き着く先はほんとうは、目の前でこの歌を聴いてくれているただひとりの人なのだけど。

 

 それが知られてしまわぬように。ひそかに。ひそやかに。

 

 きっと歌う自分の目を見られたら、気づかれてしまうから。

 

 

 

 

 

 あなたのためだけに歌うわ。

 

 わたしの知っている美しい話を語る。

 

 わたしの知る限りの美しい音で。

 

 わたしを憶えていて。私がいなくなったあともきっと。

 

 

 

 あなたに愛を歌う、憶えていて、誰ひとりあなたのそばにいなくても、あなたがひとりにならないように。

 

 いつかわたしは風にとけて、大気になって、妖精のようにあなたの耳に語るから。

 

 

 

 

 

 シェリルの歌を聴き終えて、暫く言葉もなく、グラスの中で解ける氷を眺めたあと。ためいきを吐くようにアルトは言った。

 

「……ほんとうにおまえは、いつも歌のことばかり考えてるんだな」

 

 シェリルはそっと、アルトのそばに座った。ふれるほど近くに。

 

「私は歌の神様と取引をしたの。私の魂をあげるから、だからそれを歌にしてくださいって」

 

「そうか……。なんか納得できるな。おまえの歌は、おまえの魂そのものだって」

 

「ふふ。そうでしょ。私の魂は歌の神様にあげてしまったから。だから歌を失ったら、私は死んでしまうのよ」

 

 シェリルは笑って、アルトの肩に頭をもたせかけた。そんなシェリルの行動に、何も言わないアルトの、緊張がふれた肩から伝わってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後。アルトは、子どものような顔をして、すやすやと眠りこけていた。

 

 あのあとシェリルは、ありったけの酒瓶を出してきてつぎつぎとアルトに飲ませ、彼を酔い潰してしまったのだった。

 

「アルト、あなたボディガードとしては失格よ」

 

 くすくすと笑いながら、シェリルはアルトの頭を自分の膝の上に乗せて、その髪に触れた。

 

 

 

 何も、言わないでいようと思った。

 

 アルトの瞳の中に、恋の予感を見た、そんな気がした。まだ形にはならないちいさなものだけど。

 

 今自分が彼に愛を語れば、彼の心がこの手のひらに落ちてくるかも知れない、そんなことを思いもした。

 

 けれど、そんなことはしない。

 

 だって。

 

 

 

「アルト」

 

 お姫様は酒に誘われた深い深い眠りの底。今はきっと、何をしても目覚めない。

 

 それでもシェリルは、アルトの髪を自分の指に絡ませ、引っぱってみた。その眠りの深さを確かめるように。

 

 目を醒まさないことを確かめて。

 

「あなたのこと、こうしてずっと、見ていたかった」

 

 もしも起きていたら。聞かれていたら、とても口には出せない想いだから。

 

「……生きていたいわ」

 

 

 

 いつまでもこうしていたい。

 

 眺めていたい。

 

 世界が終わるまで。

 

 けれど世界の終わりはまだ来ない。

 

 少なくとも、『わたし』がついえるそのときよりも早くには。

 

 だから彼を見つめていられる時間など、きっと、とても少ないのだろう。

 

 

 

「でもわたしの魂はもう歌の神様にあげたから、だから歌を失ったら、わたしは死んでしまうのよ」

 

 

 

 彼に会えなくなる、グレイスにそう言われたときに、一瞬だけ躊躇した。

 

 けれどほんとうは、いつでも、答えは決まっていた。

 

 きっと、この瞬間が、今でなく他の、どのときにきたのだとしても。

 

 

 

 そしてそのときがやってくることなど知っていた。

 

 知っていたのに。

 

 

 

「とっておけばよかったかな、歌の神様にあげないで、あなたにあげられるように。私の魂を、とっておけばよかったかな」

 

 

 

 ぱたりと、眠るアルトの頬に、雫が落ちた。

 

 たったのひとしずくだけ。

 

 

 

「でもごめんなさい、もう、ないの……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あなたのためだけに歌うわ。

 

 わたしの知っている美しい話を語る。

 

 わたしの知る限りの美しい音で。

 

 わたしを憶えていて。私がいなくなったあともきっと。

 

 

 

 あなたに愛を歌う、憶えていて、誰ひとりあなたのそばにいなくても、あなたがひとりにならないように。

 

 いつかわたしは風にとけて、大気になって、妖精のようにあなたの耳に語るから。

 

 

 

 

 

 つめたい牢の中で、シェリルはちいさな声で歌っていた。

 

 シェリルをとらえた神は命終えるときまで契約を守り、歌はある。

 

 この世のどこにいても。もう歌えないほどに喉が傷んでも。それでも歌はある、シェリルのいるその場所に。

 

 

 

 ランカが言った。アルトが悲しんでいたと。

 

 わざわざこんな場所にまで、自分に会うためだけに来てくれた彼女のことと、そして結果的には裏切ることになってしまった彼のことを想い。

 

 シェリルは笑った。まるで妖精のように。

 

 

 

「愛してる」

 

 

 

 直接言うつもりなどひとかけらも持たなかった、その言葉。

 

 なにもない中空に手をさしのべて。そこに愛しい人の姿を描く。

 

 自分のためだけの幻になら、いくらでも言える。

 

 

 

 この心が届けばいい。

 

 けれど気づかなくていい。

 

 あなたを悲しませる、わたしのことは忘れてしまえばいい。

 

 

 

 あなたのことを愛しているひとがいるという、その想いだけが届けばいい。

 

 そしてわたしが消えても、その歌だけがあなたのそばに漂っているように。

 

 誰もいなくても、あなたの他にすべての人がこの世から消えてしまっても、わたしの歌があなたを守っているように。あなたはひとりにはならない。

 

 

 

 シェリルは歌った。

 

 あの日あのとき、彼の腕の中で歌った歌を。

 

 とても懐かしかった。まだ彼と出会ってから、それほどの時間が経ったわけではないのに。

 

 歌はシェリルにとって、この世の美しいものをすべて集めた物語だった。

 

 だから歌う。美しい物語を紡ぐように。それは祈り。

 

 そこに誰もいなくても愛がついえず降り注ぐように。

 

 

 

 

 

 

 

 歌い終わり目を閉じると、耳を擽る幻が通り過ぎた。

 

 幻。かつて舞台の上で聞いた、静けさの次の瞬間の、幕開けの歓声が。

 

 

 

 

 


 
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