No.240713

シュヴァルツシルトで。---Prologue---

空化さん

自衛隊、イギリス陸軍、SOCOM、少女兵。
様々な部隊から、様々な思いを抱き任務地へと赴く。


プロローグです。

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2011-07-28 18:28:07 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:464   閲覧ユーザー数:462

 外では長い間ずっと閉じこもっていた動物たちが動き出そうとする頃の、二月下旬。

 俺が部屋ベッドに寝転び久々の休日を相部屋の友人と談笑しながら過ごしていた。すると上官がノックをして部屋に入ってきて、俺はベッドに預けていた体を起して上官に挨拶をした。

 

「指定した通りの行動をしてくれとのお達しだ。……何かしでかしたか? 何はともあれ、上からのご命令だ。何も言わずにこの紙通りに動くのが得策だと思うぞ」

 

 そう言って俺に封筒を手渡した。何を言っているのだろうかと思いつつ、封筒を手で開けると中には『25日水曜日14時00分に第一本棟の三階の第四会議室にて面接試験を行う』とパソコンで入力された紙が入っていた。

 それが一週間前の出来事。

 俺は今、その第四会議室に入った所だった。第一本棟に足を運んだことはほとんどなく、しかも人が来ることすら少ない資料室が並ぶ三階では尚さらだ。部屋に入ると、テーブルに置かれた資料を手にしてお腹が少し出ている四十歳くらいの男性がスーツを着てパイプ椅子に座っていた。

 

「待っていたよ。入りたまえ」

 

 私は"彼"に指示されたとおり、部屋に入りパイプ椅子の横に立った。

 

「では、確認させてもらう。第一施団所属、黒川雄二等陸曹。これでまちがいないな?」

「はい。その通りであります。第一施団所属、黒川雄二等陸曹であります」

 

 会議室に"彼"の質問と俺の言葉が響いた。呼ばれた理由ならなんとなく分かっていた。目的も伝えられずに急遽行われたに八九式小銃の実技試験、英語の語学試験、世界情勢と火器にまつわる試験で俺は合格ラインを満たしたのだろう。八九式の操作や射撃は上官にも休日返上で練習に付き合ってもらっていたし、英語は元から得意だった。世界情勢や火器の変遷や性能についても独学で勉強していたから特別難しいものではなかった。周りの人は訳が分からない、と口々に漏らしていたが。

 

「では着席したまえ」

 

 上官の前では一礼をしてから座るところだが、おそらく"彼"は上官では無いだろう。俺は軽い会釈をしてパイプ椅子の横から前に立ち着席する。

「さて、黒川君。噂はよく耳にしているよ。二十二歳にして二等陸曹、そして第一施団の支援部隊下士官でも片手に入るほどの実力。今後数か月以内の昇進も確実……。素晴らしいじゃないか」

 "彼"は口を開くなり妙な事を話しだした。面接ではない、ということなのだろうか。

 

「ありがとうございます」

 

 そしてなぜ彼は俺の事を知っている? "彼"は笑み……、顔の裏に何かを隠した様な笑みを見せた。

 いきなり自分の経歴を話されても返す言葉は限られているばかりか、その目的すらみえてこない。"彼"は一体何を心の底に潜めているのだろうか。

 

「しかしまぁ、本題はそこじゃない。何故君はそんなに上達するんだ?」

 

 この質問が一番聞きたかった事なんだろう。俺は"彼"の笑みが消えた無機質な表情からそれを悟った。そして"彼"の目は、俺と違う何かを見据えているようにも見えた。

 

「……その質問はつまり、何故ここまでこれたんだ。という解釈でいいんですか」

「あぁ、その通りだよ」

 そして俺は今でも胸に抱えているモノを話した。

「私がここまで来れたのは……日本、いや。世界を平和にするためにです」

 俺は"彼"の目をしっかり見ながら、確かに、ハッキリと、そう言った。予想だにしなかったのは、俺の言葉を聞いた"彼"が笑いだした事だ。

 

「はー、すまない。君こそふさわしい。そうだ、まさに君にこそふさわしいんだろう!」

 "彼"はスーツの胸ポケットから、煙草を取り出し咥えてライターで火を点ける。そして大きく煙を吐き出し、煙は宙を漂い空気に馴染む。俺は"彼"ほど穏やかに、この場を過ごせる心境ではなかった。

 

「文句を言うようですが、私は冗談を言ったつもりは毛頭もないですよ」

「いや、いいんだ。むしろ冗談では困る」

 

 彼は先ほどまでの笑顔をゼロにして言った。その表情はさっきの俺に対する質問の時とは違い、完全に"無"の表情だ。血は流れても、顔の筋肉は微動だにしていなかった。

 

「私はさっき、君にふさわしいと言った。その"ふさわしい"というのは国家直属の傭兵部隊……。Japan Mercenary Unit(ジャパン・メルセナリー・ユニット)……JMU(ジェム)だ」

 

 自分自身の耳を一瞬疑った。

 傭兵。

 ビジネス目当て、殺人目当て、死に場所探し、いかなる理由があれど集うのは"国"という誇りを無くした人間。全てを捨ててその世界に飛び込み、ミッションをこなし報酬を得る。国連が傭兵を取り締まる条約を採択したものの、結局は争いだ。文書一つでどうにかなるものではない。全てはオーナーからの命令なのだ。オーナーの言葉一つで何でも行う。それが傭兵だ。

 

「国家直属の傭兵部隊? それが平和とどう関係あるというんですか? 傭兵というのはむしろ――」

「おっと、黒川君。傭兵が平和とは対の存在という"一般人"のような偏見を持ってもらっては困るね。傭兵というのは目的意識を持たない戦闘集団なのだよ」

「ではなおさら、傭兵というのは」

「まだ私の話は終わってないよ。私はね、JMUに使命を課しているんだ。"世界平和"というね」

 

 戦争もテレビ越しの事情という人ならばおそらく、馬鹿げた話と鼻であしらうのだろう。しかし俺は、"彼"の黒い瞳が揺らぎない何かに突き動かされているのがハッキリと見てとれた。"彼"もまた、冗談を言ったつもりは毛頭もないようだ。

 "彼"は咥えていた殆どが灰の煙草を、ポケットから取り出した携帯灰皿に突っ込む。

 

「――どうだね。自衛隊は日本を脅威から守るのが使命……、まぁそれも悪くない。だが、世界平和を使命に戦うのはどうかね?」

 

 俺はしばらく黙りこんだ。自衛隊に入隊したのは世界を平和にするためだ。しかし実際にはそんなアクションは一切なく塀の中で訓練に努めているだけだ。そんな努力が世界平和に繋がるのか? 自問自答を心の中でつづけた。

 

「――僕にできるのなら。私の言った世界平和っていうのに、貢献できるのなら」

「合格だ」

 

 彼は硬い表情を崩し笑ったように見えた。


 
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