ガス灯の明かりが狭い居間に影をつくる。2つ3つ、いや、それ以上の人影が部屋を埋め尽くしていた。その人影からどこからともなく話し声がささやかれる。
「もう待ち続けて何日だ?」
「3日だな。冒険者の救出でもこんなにかかったのはいままでにないぞ」
「しっ。この子の前でいうことじゃないだろ」
影の中心に目を向けると、一人の少年があぐらをかいて俯いていた。
ここ「イースト」と呼ばれる国には”ダンジョン”と呼ばれる異境がある。
普段は単に広大な原生林でしかないのだが、彼らのいる神社の境内、その端にある大鳥居から入るとまるでこの世ではないかのような密林へと姿を変えるのだ。その中には希少な動植物や遺物がたくさん見つかる。一攫千金が狙えるのだ。そういったお宝に吸い寄せられるように人々はあつまり、冒険者としてダンジョンへと足を踏み入れていった。
しかし、当然ながらそのダンジョンにはモンスターなどの危険が付き物であり、中には同じ冒険者の獲得品を強奪したり、欲を出しすぎてダンジョンの奥深くに入りすぎ、出てくることがかなわない者まで現れだした。
そういった危険から冒険者たちを守り、ダンジョンを管理する者が少年の一族「ダンジョンキーパー」である。
影が揺れる。ガス灯の揺らめきか、身じろぎする人の動きか。
いずれにせよ、居間に集まる人々は少年を見据え、または外が気になるかのように落ち着きをなくしていた。
「ナルサワ。もう今日は遅い。子どもは寝ろ」
「……いやだ」
ナルサワと呼ばれた少年はそう呟いて床に落とした目を上げたが、すぐに下へ戻す。
ある冒険者が予定帰還日になっても帰ってこなかった。
それ自体はたまにあることだが、その場合はダンジョンキーパーがダンジョンに潜って冒険者を探すこととなる。
現在のダンジョンキーパーはナルサワの両親が当主である。そのため冒険者の救出にはナルサワの両親が向かうこととなっている。また、一族にはダンジョンを自在に行き来できる守り神が付いているため、大抵1日もあれば冒険者を生死に問わず連れ帰ることが可能だ。
それが3日も帰ってこない。異常としか考えられなかった。
「救出に手こずることもたまにはあるだろ。心配するな、明日には帰ってる。寝ろ」
大人の強い口調に対してナルサワは睨みを向けるが、正面に座る男に睨み返されて目をそらした。
「……わかった」
あきらめて立ち上がりかけたそのとき、玄関で大きな物が倒れる音が響いた。
その場にいた全員が振り向く。少年は我先にと玄関へと駆け出し、それに続けて大人たちが足音を踏み鳴らして廊下を駆け出した。
少年が玄関を開けると、そこには血まみれの大きな犬が2匹、互いを支えあうかのようにうずくまっていた。
「コマさん!カラさん!」
「ナルサワ……」
コマと呼ばれた、犬の一匹が辛そうに言葉を放つ。周囲に生臭い血の匂いが漂い、血にはなれたはずの大人たちでさえ顔をしかめ、目を背ける者までいた。
2匹がそっと体を横たえると、2人の人物が長い毛に包まれているかのように姿を現した。
どよめきが辺りを支配した。ここに集まったものが皆、その人物に見覚えがあったからである。
「父さん……母さん……」
「すまない。我らが付いていながらこのような……」
コマと呼ばれた大きな犬が力ない言葉を返す。やさしく背中の男性をおろすと、倣うかのようにもう一匹の犬も背中の女性をおろした。力なく地を這う姿からはすでに生気は無くなり、魂が抜けてしまったのが見て取れた。
「いや、親父さんとおふくろさんを連れて帰っただけでもありがたい。ゆっくり休め」
大人たちの中でもリーダー格の男が二匹の頭をなでた。その温もりを感じながら、二匹は苦しげにひとつ息を吐き、目を閉じた。
「おまえら、ぼっと突っ立てないで仏様をお迎えしろ!おまえとおまえは包帯とチンキだ!急げ!」
「は……へ、へい!」
男の号令にその場にいた大人たちは目覚めたかのように大慌てで倒れたナルサワの両親を担ぎ上げ、暗い部屋の中へと運び入れた。
突然沸いたような喧騒の中、二匹の犬とともに動きを止める少年は悲しげに下を向き続けたのだった。
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
ダンジョンを管理する一族「ダンジョンキーパー」の若き当主ナルサワが冒険者との交流を通じて成長する話を予定。
追記)ダンジョンとは某ゲームの不思議なダンジョンをイメージしてもらえれば結構です。これを書き忘れてたw
全7回で構成してます。