No.237910

魂の還る星[ところ]第0話(プロローグ)

2007年6月「天野こずえ同盟」様にて初掲載、2009年4月「つちのこの里」様にて挿絵付き細部修正版掲載

2011-07-28 05:43:08 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:791   閲覧ユーザー数:780

前作はこちら→『蒼に還る夏(改)』

 

魂の還る星[ところ]

 

※この作品は「蒼に還る夏(改)」の続編となっております、どうか先にそちらをお読み頂けますようお願い申し上げます。

 

プロローグ:かぞく

 

第1話:しずく

 

第2話:はもん

 

第3話:さざなみ

 

第4話:はとう

 

第5話:そうは

 

異世界編:果てしなき流れの果てに

 

エピローグ:魂の還る星[ところ]

 

資料:ARIAと各平行世界の対比年表

 

設定:「はじめに(ベレシース)」

 

あとがき:「グッドラック・戦闘知性存在」

 

ーーーーー

 

プロローグ”かぞく”

 

地球第1ラグランジュポイント、第1~第10艦隊待機宙域

 

「これで当分地球も見納めだな、副長」

 

白い口ひげをたたえた初老の提督がブリッジ中天の全天モニターを見上げながら感慨深げに言った

 

「ええ、次に我々が帰ってくるとき、どんな姿になっているでしょうか?」

 

傍らに立つ神経質そうな細面の、それでいて落ち着きを感じさせる男が答えた

 

「艦隊の編成は完了しました、後は本体が完成し尚且つあれが使い物になるかどうかです」

 

副長の言葉を継いで主席オペレーターがかすかに苛立ちを交えた声色で言い放った

 

「まさかここまで完成がぎりぎりになるとは思いませんでしたよ」

 

主席オペレーターの愚痴を副長がなだめ制する

 

「あれほどの代物です、むしろたったこれだけの遅れで済んでいるのは幸運と言えます」

 

副長の言葉に合わせて次席オペレーターが思念を込めると提督の目前のモニターに一枚の空間映像が表示された

 

「この子か・・・我々はこんな子供まで戦いに駆り出さねば生き残れぬのか・・・」

 

提督は沈痛な面持ちで目深に帽子を被りなおした

 

「子供ではありません、第6世代型試作零号艦です、所詮は人の命を模した人工生命に過ぎません」

 

冷静すぎる副長の言葉に提督は深い溜息を吐いた

 

「なぜ本艦内でテストを行わず、地球にそれを指示したのですか?」

 

提督の溜息に反応して副長がかねてからの疑問を口にした

 

「君にも幼い頃の原風景というものがあるだろう?」

 

「私はそういった感傷は覚えていませんね」

 

あっさりと副長が切り返す、それを聞いて提督は少しだけ寂しそうに言った

 

「・・・わしにはそれが必要に思えるのだよ」

 

不審げな顔をする副長の視線を避け、モニターに視線を逸らすと話題を切り替えた

 

「副長、君は神を信じるかね?」

 

「いいえ、私は」

 

「そうか、わしは信じるよ、”この子の魂に安らぎあれ”そう祈るためにな・・・」

  

提督はその言葉と共に目前の映像を消去した

  

ーーーーー

 

同日同時刻、地球、帝都東京郊外、横須賀生命工学研究所隔離研究棟

 

「君には期限付きで自由行動が与えられることになった」

 

白衣を纏った医師はそういいながら新品の子供服と装備一式をベッドの上に放り投げた

 

「建前では”自由行動”と言ったが、本来なら旗艦内で行う予定だった最終テストだ、

合格なら君には最後の意志判断のチャンスが与えられる」

 

僕はそれを聞き流しながら手に持った民間人の小児服を眺めた、軍の研究所の服以外の着衣は初めてだ

 

「不合格ならば君はまた廃艦処分となる、その時には人類は終わりだ」

 

僕は背を向けて袖を通しながら問い返した、ただの子供服に見せかけてそこらじゅうに監視チップが織り込まれている

 

「もし僕が合格でも回答がNOだったら?」

 

「その時にもやっぱり人類は終わりだよ」

 

医師はシニカルに微笑んだ、大人はいつも卑怯だ

   

ーーーーー

  

研究所を出て行く子供の背中を見送りながら医師の隣に立つ研究員が忌々しげに吐き捨てた

  

「想い出などあっても無くても同じことだ、提督は勘違いが過ぎる、なぜ”装備”を甘やかす」

  

医師はちらと研究員を見やってから再び視線を遠ざかる子供の背中に戻して答えた

  

「提督には提督のお考えがある、それにあれが当初の”脱出計画”を実現可能かどうかも試せる」

  

「いまさら可能と判っても計画の再変更は出来まい・・・」

  

研究員は拳を握り締めた

  

「銀河を滅ぼして人類全てを守るか、それとも銀河を守って99.9%の人類を見殺しにするか・・・どちらも地獄だ」

  

そして研究員はそっと目頭をぬぐって呟いた

  

「どちらでも地獄を味あわせることになるのに想い出など持たせたらかえって苦しめるだけだろう・・・ 」

  

ーーーーー

  

僕は街へと繰り出した

  

行く当ての無い僕に時間は無意味だった

  

貰ったカードには使いきれないほどの金額が振り込まれていた

  

馬鹿馬鹿しい、お金で見つかるものでもあるまいに、僕自身それがなんなのかわからないというのに

 

どれくらいの時間、街中を歩き続けただろう?

 

世界が夕陽の色に染まり始める頃、やっと僕は空腹を感じて足を止めた

 

海に面した公園で長い紫色の髪を三つ編みにしたお姉さんからオレンジジャムのクレープとピーチジュースを買うと、

それを齧りながら海沿いの公園を歩き続けた

 

その公園の終着点でふと目に付いた光景に僕は足を止めた

 

そこにはもう2度と動くことの無い終わってしまった時間があった

 

夕陽を浴びて果てしない時の流れの中で眠る艦

 

唯一つ買ったデジカメで1枚だけそれを写し、古ぼけた威容を見上げながら感じていた

 

”もしもこの艦にも魂があったなら、あの戦いの時どう思っていたのだろう?”

 

記念艦三笠を見つめながらしばしの間呆然と立ち尽くして考えていた

 

帰ってくるはずの無い回答を待つのはやめて僕は踵を返した

 

影のようにエージェント達が僕を監視しているのがわかっていた

 

”還ろう・・・そらへ”

 

それだけを心に想いながら僕は自分の力を解き放った

  

ーーーーー

 

229x年、火星暦13月

 

その日は抜けるように蒼い空に雪のように白い雲が眩しく映え渡っていた夏の日だった

 

晃は純白のゴンドラを繰りながら少し遅めの昼食を取るためにARIAカンパニーに向かっていた

 

晃の所属は姫屋である、その晃がARIAカンパニーに昼食に戻る?

  

つまりは昼飯の「たかり」であった、ついでにグランマも目当てであった

 

お客のわがままにつき合わされ、追加料金とともに空腹も得た晃は

不機嫌で眉毛を逆さへの字に曲げてオールを漕いでいた

 

夏の午後のネオ・ヴェネツィアはシエスタのお時間、街は心地よい安眠の静けさに包まれる

 

その平穏な静寂の中を晃はそっと漕ぎ続けた、水面の照り返しと岸壁の白さが目に眩しい

 

岸壁の照り返す眩しさに目を細めていた晃はそこに横たわる異質な光景に更に目を細めた

 

不機嫌の逆さへの字の眉が今度は不可解の逆さへの字に曲がっていった

 

(日射病かしら・・・とにかく捨てては置けないわね)

 

一際強くオールを手繰ると新品の白ゴンドラを水路脇の日向の通路に横付けた

 

晃の目前には幼い男の子が一人、ピクリともせずに倒れている

 

(熱は・・・無い?)

 

夏の日差しに倒れたであろうはずなのに、額にかざした手に熱を感じないことを不審に思いながらも、

晃は手早くその子供をゴンドラに横たえた

 

(考えるのは後ね・・・、今はすぐに涼しいところへ)

 

晃は今度は口をへの字に結び、自身の最高の力を込めて漕ぎ始めた

   

ーーーーー

  

その日の午後、アリシアは晃の分の昼食を用意して、いつもの通り約束の時間に遅れる晃を待っていた

 

最近のアテナは暇さえあれば沖合いに”デート”に出ていて付き合いが悪い

 

「アリシアー!土産だー!すぐにクーラーをかけろー!氷をだせーーー!」

 

自分の昼食も遅らせて晃を待っていたアリシアの耳に、晃の怒鳴り声が響いた

 

怒鳴り声はいつものことだが、その声がいつもの傍若無人で豪快なもので無く

真剣な声であることにアリシアは首をかしげた

 

ARIAカンパニーのデッキに出たとき、晃は既にゴンドラを降り立っていた

 

「あらあら晃ちゃん、カキ氷シロップでも買ってきてくれたの?」

 

それでもマイペースを崩さないアリシアに晃の苦々しげな声が返ってくる

 

「そうしたかったが残念ながらこのお土産は”甘くない”ぞ」

 

ゴンドラからぐったりした子供を抱き起こす晃を見てアリシアは笑った

 

「うふふ、”おいしそう”なおでん種ね」

 

そしてちょっぴり怒った

 

「でも晃ちゃん・・・拉致はダメよ?」

 

「誰が拉致るかぁぁぁぁぁぁ!」

 

あまりにも余裕のありすぎる見事な切れ味のアリシアボケに切れた晃の怒声が

いつものように平穏にARIAカンパニーに響いた

 

そんな穏やかな昼下がりが波乱の幕開けだったとは、

その二人のやり取りを微笑みながら見つめるグランマですら判らなかった

 

ーーーーー

  

ARIAカンパニーの遙かな沖合いで言葉を交わさずに静かに心が交わされていた

 

”アテナ、来た”

 

黒い巨大な影が白いゴンドラに寄り添っていた

 

”何が来たの?”

 

白いゴンドラに立つ褐色の肌の女性が微かに首を傾げて問い返した

 

”わからない、とても悲しい者、とても寂しい者、かつての僕に似ている者、そして・・・”

 

触れ合わせた心に同時に一つの同じ想いが浮かびあがった

 

それは刻を越え、世界を超えた想い

  

 

 

 

 

”アリシアの・・・家族”

 

プロローグ 終


 
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