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レッド・メモリアル Ep#.02「新たなる歴史 Part2」-2

■前作『虚界の叙事詩』と世界を同じにしていながら、登場人物は全く新しいものとなっている、新しい物語です。
■この『レッド・メモリアル』では西側の国と、東側の国からそれぞれ展開していくという形になります。
■今回は東側の国の高校生、アリエルを取り巻く物語が展開します。

2011-07-27 11:19:43 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:317   閲覧ユーザー数:283

 

 アリエルの体から出たブレードは、円弧を半分ほど描くような姿として現われ、それは刃のよ

うに鋭くもあった。

 

 アリエルはこのブレードを使って、水の勢いをかき切っていたのだ。

 

「お前も、お前もやはり『能力者』だったようだな!」

 

 黒いフードを被った男はそのように叫ぶと、すぐさまアリエルと距離を置く。そして、彼女へと

向って手をかざした。

 

「の、『能力者』って何なの?あなたは、一体、なぜ私を狙うのッ!私の、これが一体、何だって

言うのよ!」

 

 アリエルがそう叫ぶも、黒いフードの男は何も答えようとはせず、彼は再び雨水を集め、濁流

を生んだ。

 

 そしてそれを、アリエルの方へとけしかける。濁流はまるで獣のような勢いで彼女へと迫って

きていた。

 

 しかしそれを、アリエルは高々と跳躍することで避ける。黒フードの男がけしかけてくる濁流

は、あくまで濁流だ。地面を這うものでしかない。

 

 アリエルは、常人ではあり得ないほどの跳躍をして、濁流をかわす。彼女の足元では水が激

流となって道路を流れていく。

 

 しかし、そんな空中に飛び上がったアリエルを、まるで叩き落すかのように、突如、上空から

激しい勢いで雨が降り出した。

 

 正確にはそれは雨ではなかった。バケツをひっくり返したような雨とはこの事。縦にながれる

滝のような濁流が、アリエルの体を、空中から地面へと叩き落そうとする。

 

 アリエルの体は滝のような水の勢いで、道路の濁流へと落とされ、そのまま流されてしまっ

た。

 

 彼女の体は反対側の建物へと叩きつけられる。激しい濁流が、更に彼女へと襲い掛かって

いった。

 

「腕から刃を出すことができる『能力者』か。しかもただそれだけではない。ガキのくせに、信じ

られないほどの身体能力も同時に有している。あの方が、甘く見るなと言っているだけの事は

あるようだ」

 

 と、黒フードの男は言ったが、濁流に流されたアリエルには聞えていなかった。ようやく彼女

は顔を出し、激しく咳き込んだ。

 

 ただ単に濁流の勢いだけではない。凄い量の水によって、彼女自身、溺れかかってもいた。

 

「ど、どうして、こんな」

 

 アリエル自身は、何故自分が襲われるのかさっぱり分からなかった。とにかく、この場所から

逃げ出したかったのだ。

 

 だが、目の前に立ちはだかる黒フードの男は、次々と濁流をけしかけてきて、これから逃れ

なければ脱出できない。

 

 なら、やるしかない。しかも黒フードの男には、知られたくない秘密を一つ知られてしまってい

る。

 

 アリエル自身も喧嘩をした事がないわけではないが、腕から突き出したブレードを、人に対し

て使った事はまだ無かった。

 

 道路はまるで河川のようになってしまっている。黒フードが生み出した濁流は、凄まじい量の

水を生んでおり、洪水状態と化している。道路に停車していた車は完全に浮かんでおり、建物

の内部にも水が浸入しているらしく、助けを求める声さえ聞えてきていた。

 

 黒フードの男は、そんな、道路に浮かんでいる車の屋根の上に立っていた。上手い具合にバ

ランスを取り、アリエルを逃さまいと目を光らせているようだ。

 

「まあ、いいさ。俺の任務は、お前を連れて帰る事だけだ。死体にはしたくないんでね。おとなし

くしていろよ」

 

 と言い、男は再びアリエルに向って手をかざす。

 

 黒フードの男の背後で、再び濁流が発生しようとしていた。今度、あの濁流に呑み込まれてし

まえばどのようになるのか、それはアリエルにもはっきりと理解できていた。

 

 溺れるか、何かに叩き付けられ気絶する。もうこれ以上濁流からのダメージを受けるわけに

は行かなかったのだ。

 

 黒フードの男は、濁流を波のように発生させ、それをアリエルへとけしかける。しかし彼女

は、さっき腕から刃を始めて出現させた時と同じように、体をロケットのように一直線の姿勢に

させ、水の中へと正面から飛び込んでいった。

 

 自ら受ける抵抗を最小限に抑え、更には、腕の刃によって、それを分断する。これで激しい

激流も、ぱっくりと分断できるはずだった。

 

 しかし、アリエルが飛び込んでいった濁流の波の幅はさっきよりも分厚かった。彼女の飛込

みでは、反対側まで突き抜けていきそうに無い。

 

 猛烈な水圧を感じながらも、アリエルは濁流を反対側まで突破しようとした。しかし波が分厚

い。

 

 あの黒フードの男は、波を発生させるだけではなく、その水量も自在に操れるようだった。

 

 だが、アリエルは波を突き破ってきた。かなり失速をしたが、ダメージはほとんど受けてはお

らず、黒フードの男のいる目の前へと突き抜けてくる。このまま、彼の目の前に飛び込んでいっ

て、次の波を起こされるよりも前に彼を倒す。つもりだった。

 

 黒フードの男の前に、アリエルの目の前には、更にもう一つの波が立ち塞がっていた。

 

 彼女はもう地面に足を付けてしまっていたし、濁流へともう一度飛び込んでいくには間に合わ

なかった。

 

 再び押し寄せてきた猛烈な波にアリエルは飲み込まれる。それは防ぎようも無いものだっ

た。彼女は激しい波に飲み込まれ、道路の反対側へと一気に流されていった。

 

 そのアリエルの姿を見た、黒フードの男は、そのフードの下にある顔をほくそ笑ませた。

 

「どうせ、ただ波を起こすだけでは、さっきと同じように、正面から飛び込んでこられると思った

のでね。しかし二つの波はそう簡単には突き抜けて来れまい。

 

 ガキにしては、度胸のある判断だったよ。これだけの激流に自分から飛び込んでくるんだか

らな」

 

 彼にとっては、このままアリエルを本部へと連れ帰る。それだけで良かった。この、裏の通り

の水没した酷い有様は、どうせ、ただの大雨の洪水として処理されるだろう。

 

 誰も自分の姿を見ていない。そして、誰もアリエルが拉致される瞬間を目撃していない。

 

 それで十分だ。

 

 しかしその時、黒フードの男は、道路の反対側へと流されていったはずのアリエルが、逆に

流されていった時と同じほどのスピードで、こちらへと飛び込んで来るのを見ていた。

 

 よく見れば、アリエルは波に乗り、その流れを利用して迫って来ている。しかもその波は、アリ

エルの方に男が、向わせた波とは、真逆に跳ね返ってくる波だった。

 

「馬鹿な!」

 

 と、言いかけた瞬間、黒フードの男は、アリエルが右腕から突き出させていた刃の攻撃を受

けた。新たに波を発生させるまでもない。彼女の刃が、首を走っていたのだ。

 男は、乗っていた車の屋根から、水没している道路へと落ちていく。その水の中へと沈んでい

く体からは、赤い色が、インクを水に溶かしたかのように広がっていった。

 

 アリエルは、そんな男の体を、彼が乗っていた車の屋根の上から、見下ろしていることしかで

きなかった。

 

「あなたが、何度も起こしていた波の動きを観察していて、道路の向こう側へ行った波がどうな

ったかを見ていたの。

 

 すると、波はどこかへと流れて行っちゃうんじゃあなくて、反対側の建物で反射して、こっちに

戻ってきているじゃあない。それもほとんど変わらない勢いでね。だから、逆に利用できないか

と思って、ね」

 

 と、呟くように言ったアリエルは、黒フードの男が、どんどん水の底へと沈んでいくのを見てい

た。

 

 激しい雨は降り続いていたし、道路から水が捌けて行く様子も全く無かった。

 

 彼女は、両腕から突き出させていた、ブレード状の刃を、自分の体内へと戻した。まるで、一

体化するかのように、それらの刃は、彼女の腕へと沈み込んでいく。

 

 アリエルは激しい雨に打たれるまま、ただその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、あたし達が思っていた以上のものを持っているらしいね?」

 

 そのアリエルが聞いている雨の音と、全く同じものを聞きながら、近くの建物で、事の成り行

きを見守っていた、一人の小柄な女が言った。

 

 彼女はレインコートのフードを被っており、その姿を隠している。だが、レインコート越しでも、

彼女の体が非常に小柄だという事は、目に見えて明らかだった。

 

 むしろ子供ほどの体格しかない。

 

「そうね、この事を早く伝えなければ、ならないわ」

 

 小柄な女と一緒にいる、背の高い女が言った。彼女もレインコートのフードを被っている。だ

が、小柄な女とは親子であるかというくらいの体格の差があった。

 

「あいつも大した事ないね。こんなに派手にやらかして、結局やられちゃっているじゃあない、こ

んなに雨で濡れちゃって、もうやだぁ~」

 

 まるで喚くかのように小柄な女は言った。しかし背の高い女は、そんな彼女の扱い方を心得

ているかのように言うのだった。

 

「行くわよ。レイン・ウォーカーがやられた。あの子は想像以上にできるわ。早くお伝えしなけれ

ばならない」

 

 女は背を向け、次の行動を即座に開始しようとした。

 

「はぁい」

 

 2人の女はその場から姿を消した。

4月8日 10:16 A.M.

 

 

 

 

 

 

 

 全身を、鞭で打たれたかのような痛みが残っている。今日は休んでしまっても良かったが、と

ても落ち着いてなどいられない。

 

 何しろ昨日の夕方に、何度も濁流をこの身に叩き付けられ、あげくに一人の人間を殺したの

だ。

 

 アリエルは、自分を正気に保たせるだけでも一苦労だった。おかけで昨晩は一睡もすること

が出来なかった。自慢の赤髪をセットする暇もロクにないし、生乾きのライダースジャケットを

着て、学校の寮を飛び出してきたようなものだった。

 

 もともとショートヘアのアリエルだったから、準備に時間をかける必要はなかったのだけど。

 

 バイクも所々傷が付いていた。水没することで、使えなくなってしまうバイクではない。例え、

深海の海へ沈ませても、きちんと走行する。とさえ、通販の売り文句では言っていた。

 

 だからバイクはちゃんと走らせる事ができた。

 

 こんな時は、養母に電話をかけたかった。アリエルにとって、何か辛いこと、悩み事などがあ

れば、それは養母が全て話を聞いてくれる。今までも何度か助けてもらったことがあった。

 

 しかし、昨日起きた出来事は違う。昨日起きた事を、もし養母に伝えたならば、自分の事をと

ても心配するだろう。そんな心配を、アリエルは養母にかけたくはなかった。

 

 始業のチャイムはとうに過ぎている。もうすぐ、一時間目の授業が終わってしまう。

 

 この国の学校の教師の中には、いいかげんな教師もいて、一時間目が終わる大分前に授業

を切り上げる、それどころか自習ばかりにしてしまう教師もいる。

 

 だがアリエルのクラスは、きちんと、終業ベルが鳴るまで授業を続けるクラスだった。

 

 昨日は、自信満々の姿を見せていたアリエルだが、今日は違う。何とも酷い有様で、クラスメ

イト達の前に姿を見せてしまった。

 

 バイクで夜の道を走り、大分無茶をしていると思われていたから、喧嘩でもして、酷い目に合

わされたままこの場に来たのだとでも思ったのだろうか?

 

 アリエルのクラスの教師も、特に彼女をとがめなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 アリエルが途中参加した授業が、数分も進んだ頃、身も心もほとんど集中できていない授業

は中断され、担当の教師が、教室の外へと呼び出されていた。

 

 何が起きたのだろうと、アリエルはふと顔を上げる。すると、その教師は教室の外の廊下で、

教師が誰かと話している。

 

 何か、様子がおかしい。そう思った彼女は聞き耳を立てた。

 

「ええ確かに、アリエル・アルンツェンは、うちのクラスの生徒ですけれども、まさか彼女が何か

をしてしまったのですか?」

 

 教師の声だけが聞えて来る。相手の方の声は、ぶつぶつとした口調で話しているらしく、アリ

エルには全く聞き取ることが出来なかった。

 

「今すぐ会いたいって?今は、授業中です。せめて、授業が終わってからにしていただければ」

 

 という教師の制止を振り切って、謎の人物達は教室の中に踏み入ってきた。

 

 そこに現れたのは、黒服の男達だった。まるで喪服のように真っ黒なスーツを着た男が教室

の中に踏み入ってくるではないか。

 

「や、やばい!」

 

 直感的にアリエルはそう思い、思わず口走っていた。あんな黒服の連中がここにやってくるな

んて普通じゃあない。

 

 どうしたらいいだろう。学校にまで踏み入られてきちゃあ、もうどうしようも無いんじゃあないの

か?

 

 アリエルは頭を回転させる。黒服の男達は、生徒達の注目を集めながらも、どんどんアリエ

ルの方へと近付いてくるではないか。

 

 どうにか、どうにかしなければ。

 

「ちょっと!困ります!せめて授業が終わってからに!」

 

 教師の制止をも振り切り、男達は、アリエルの机のすぐ目の前に立った。

 

「アリエル・アルンツェンだな?私は、国家安全保安局の者達だ。われわれと一緒にご同行願

いたい」

 

 と男達は言ってくる。

 

「国家、安全保安局?」

 

 アリエルは疑問を持ってその男達の顔を見上げた。警察じゃあないのか?男達は、まるでロ

ボットのような無表情さをアリエルへと向けて来ている。

 

 警察じゃあなくって、国家安全保安局が、アリエルの元にやって来た。何の為だ? 何の為

に、私を? 国家安全保安局と言ったら、それは政府の役人達という事だ。政府の役人が、一

体、何の用事だというのだ。

 

「さあ、立ちたまえ。我々と一緒に来るんだ」

 

 と、男の一人が促してくる。

 

 しかしアリエルは直感した。この男達に付いていってはいけないと。

 

 すかさずアリエルは、自分の机の位置から走り出していた。他の生徒達の机や椅子を押し倒

しながらも、教室の窓の方へと駆けていく。

 

「あっ!待て!」

 

 国家安全保安局を名乗った男のうちの一人がそう叫んだが、アリエルは聞く耳を持たなかっ

た。

 

 窓の方へと駆けていった彼女は、この教室が2階であるにも関わらず、その窓を素早く開き、

そして下へと飛び降りた。自分が通っている学校の教室なのだから、窓の下に何があるかは

良く知っている。

 

 そこは駐車場だった。教師専用ではあるが、アリエルのバイクも停車してある。

 

 アリエルは窓から飛び降り、地面へと着地した。本来、17、18の少女が2階から飛び降りた

りしたら、脚を痛めるか骨折するだろう。しかし彼女の脚の筋肉は、彼女の落下の衝撃を全て

吸収、分散してしまう。

 

 着地の瞬間、アリエルの体は、赤い色に光っていた。

 

 不思議だったが、アリエルは、自分が、普通の人間にはできない、身体能力を出すとき、自

分の体が、ほんのわずかだが、赤い色に光るという事を知っていた。

 

 この光が何なのか、彼女自身はまだ自分でも分かっていない。だが今は、それを使うしかな

いのだ。

 

「下へ逃げたぞ!早く下に伝えろ!」

 

 黒服の男達が叫んでいる。下にも仲間がいるという事だろうか。

 

 アリエルは素早く行動した、自分のバイクのエンジンをふかし、学校の駐車場から飛びだして

行った。

 一方、その頃、アリエルのいたクラスの教室は騒然としていた。

 

 謎の男達が突然やってきて、アリエルが窓から飛び出していく。ほんの1分程度の間の出来

事だったが、授業は中断してしまった。

 

 そんな中断した授業中。一人の生徒が、目立たないように教室の外へと出て行った。

 

 そして、人気の無い廊下の隅で携帯電話を取り出す。『ジュール連邦』の学生は、例え《ボル

ベルブイリ》に住んでいるような学生であっても、携帯電話を持っているという事は稀だった。

 

 そのためか、この生徒は隠し持つように携帯電話を持っていた。

 

 そしてある番号を呼び出した。

 

「シャーリです。“彼”を出してください」

 

 携帯電話をかけていたのは、シャーリだった。彼女は、廊下に誰もいない事を確認しながら、

“彼”が電話口に出るのを待った。

 

「どうだ、動き出したのか?」

 

 と、男の声が尋ねて来る。

 

「ええ、動き出しました。国家安全保安局がここに来ましたよ」

 

 シャーリは手早く、“彼”に報告を行なった。

 

「ほ、う。そこまでか、思った以上に事は、すすんで、いるな…」

 

 そこで、電話先の男は激しく咳き込んだ。その咳は、健康な人間が、風邪などで出す咳とは

明らかに異なる。

 

 明らかに不治の病。それも、もう末期だという事が分かる咳の仕方だった。

 

「ですが、私にお任せ下さい。対処は十分に可能です」

 

 シャーリは、一点の曇りも無いかのような、はっきりとした口調でそう言うのだった。

 

「そうか、では任せたぞ、最も信頼のおけるわが子よ…」

 

「はい。承知仕りました。お父様」

 

 シャーリはそこまで言い終わった後、電話を切ろうかと迷った。このまま電話を切ってしまっ

たら、二度と父の声は聞くことが出来ないかもしれない。

 

 だが、切らないわけにはいかなかった。あの女を追うためには、いつまでも父親の事ばかり

気にかけていてはならないのだ。

 

 意を決して、シャーリは携帯電話を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 アリエルは、バイクを全力疾走させ、学校から脱出しようとしていた。

 

 彼女は背後を振り返る。あの黒服の男達が、もしや追ってきているのではあるまいかと気に

なってしまう。

 

 何故、こんな事に。学校から抜け出したりするのはこれが初めてではない。だが、2日も連続

で、得体の知れない連中に追い掛け回される事なんて、今までに無かった事だ。

 

 アリエルは、鞭で打たれたような痛みが残っている体で、必死になりながらバイクを、道の角

に曲がらせた。

 

 するとそこでは、二人の男が車に乗って道を塞ごうとしていた。

 

 一昨日に、高速道路を走ってきている時、現れた連中とそっくりだ。もしかしたら同じ車なの

かもしれない。

 

 アリエルはバイクを減速しようかとも思ったが、このまま減速して、あの男達を巻く事なんてで

きるだろうか?

 

 一昨日の夜、車が立ち塞がった時は、開けた通りだったし、背後から車も接近して来ていな

かった。だが今、アリエルがいるのは、学校裏手の狭い道でしかない。

 

 バイクをターンさせることもできないし、バイクをリモートコントロールで遠隔操作する事もでき

ない。

 

 何しろ慌てているせいで、バイクのコントロール画面でもあるヘルメットを被っていないのだ。

 

 アリエルはバイクの詳細な操作を、ヘルメットの画面で行なっていたから、今はハンドル付近

の操作しかできていない。

 

 もう進む道は一本しかなかった。アリエルはバイクを疾走させて、目の前の車の中に突っ込

んでいこうとした。

 

 黒い服の男達は接近してくるアリエルのバイクを取り押さえようとでも言うのだろうか、身構え

てくる。

 

 狭い路地では加速も十分でなかったため、時速40kmぐらいしか出ていない。飛び掛ってこ

られれば、アリエルのバイクも横転してしまう。

 

 案の定、真横から飛びつかれた黒服の男のせいで、アリエルはバイクを横転させてしまって

いた。

 

 更に飛びつかれた男によって、アリエルは取り押さえられてしまう。

 

「何をするの!離してよ!」

 

 アリエルはバイクから転げ落ちた姿勢のまま、男達によって取り押さえられてしまう。

 

 アリエルは叫ぶが、男達の方はと言うと黙々と与えられた仕事をしているという感じだった。

 

 だが、突然男の中の一人が叫び声を上げた。そしてアリエルの体から慌てて後ずさる。

 

 その男は、腕を押さえていた。血が地面へと滴る。スーツは綺麗に切り裂かれていた。

 

「やはり『能力者』だ!そいつの腕に気をつけろ!」

 

 アリエルは、自分の右腕から、自分自身の体の一部を硬質化させて、刃の姿として出現させ

ていた。

 

 アリエルの出す刃は、まるで骨でできているかのような姿をしているものの、切れ味は本物だ

った。

 

 強い力で、地面へと押し付けられるアリエル。

 

「しっかりと取り押さえておけ、手錠をかけろ」

 

 と、男達が、アリエルの体を地面へと押し付けた。アスファルトの硬い地面に押し付けられ、

見上げるアリエルの目の前には、濃いサングラスをかけた男達が見下ろしていた。

 

 彼らは一体、何者なんだ?アリエルは問いかけたかった。

 

 学校にまで押しかけてきて、自分に一体何をしたいのだろう?こんな事を、街のギャングや、

荷物運びのバイトで関わっているような連中ができるものとはとても思えなかった。

 

 しかも、この男達の風貌。政府か、何か大きな組織の者達に違いない。

 

「おいおい!何をやっている!もっと丁重に扱いしろ!」

 

 そこへ、一人の男の声が響いてきた。更に数人の男達の足音。

 

「しかし、この者が、敵対的意志を」

 

 アリエルに腕を切り裂かれた男が、腕から滴る血を抑えつつそう言った。

 

「それは関係ない、協力的姿勢を見せなければならない。立たせろ」

 

 新たに現れた男は、この黒服の男達の中でも、最も影響力が強い人間。つまりリーダー格で

あるという事がアリエルにも分かった。

 

 アリエルは半ば乱暴にその場から立たされて、リーダー格の男の目の前へと立たされる。

 

「アリエル・アルンツェンさん。私は、『ジュール連邦国家安全保安局』の者だ。ご同行願いた

い」

 

 半ば義務的に、その男はアリエルに言ってきた。

 

「い、嫌よ。私は何も」

 

「そうか?じゃあすまんな。手錠をして連行しろ!腕には気をつけるようにしてな」

 

 男達は無理矢理アリエルの腕を、彼女の体の後ろに持っていき、そこに重厚に作られている

手錠を取り付けた。その手錠はとても重く、アリエルは腕ごと地面へと落とされるような気分だ

った。

 

「あなた達は、いったい何者?なんで私にこんな事を!」

 

 アリエルは、リーダー格として振舞っている男に言い放つ。すると彼は答えた。

 

「お前が、『能力者』だからだ」

 

 リーダーの男がそう言うなり、アリエルは、黒塗りの車の中に、まるで押し込められるかのよ

うに入れられてしまった。

 

 どこへと連れて行かれるのか、それも知らされないままに黒塗りの車はアリエルを乗せたま

ま発車した。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、騒然となった学校では、アリエルがいなくなって、さらに男達が教室に入ってきて、授業

は中断されてしまっていた。

 

 その合間、廊下に出たシャーリは、電話をかけていた。

 

 携帯電話を女子高生がかけている事さえ怪しまれる、『ジュール連邦』の社会だったから、シ

ャーリは階段裏の倉庫の中に隠れ、電話をかけている。

 

「奴らが…、行動を始めるのは、思ったより早かった…。これは、うっ…」

 

 電話先から話してくる男は、まるで老人のような声で、時々咳き込む。彼が何かしらの病気に

かかっている事は、シャーリでなくとも理解できただろう。

 

 相手が電話先に放ってきた咳の音を聞き終えた後、シャーリは話し始めた。

 

「お父様、無理をなさらないで下さい」

 

 すると、彼女が父と名を呼んだ男は、再び話し始めた。

 

「い、いや、良いのだ、シャーリよ。この病もいずれ和らぐときがくる。その時のためなのだ…。

お前が行動するのはそのためなのだ」

 

 と、電話先の男は言ってきた。シャーリは少し黙って、思考を巡らせた後に一言だけ答える。

 

「はい。全て私にお任せ下さい」

 

 彼女は相手の男が今、どんな状態であるのかを良く知っている。余計な心配をかけてはなら

ない。しっかりと、自分の行動で示さなければ。

 

「よし…。それでこそわが娘だ。良いかシャーリよ。奴らが、アリエル・アルンツェンを手に入れ

たのならば、お前はそれを取り返さなければならない。それは分かるな?」

 

 電話先の男の声に、シャーリはすかさず答えた。

 

「もちろんです」

 

「直ちに行動しろ。時間が迫ってきている。もし、お前がアリエルを連れて行く事ができなけれ

ば、私は死ぬ」

 

「はい」

 

「そして、別の方はどうだ? アリエルではなく、あちらの方は?」

 

 時々咳を混じらせながら、男はシャーリに言ってきた。

 

「問題ありません。全てお任せ下さい」

 

 シャーリは決意を露にしたような目で電話先の男に言った。

 

「よし、それでこそ我が娘だ。私のために、すべてを任せたぞ」

 アリエルは《ボルベルブイリ》市内にある、見たことも無いような建物に連れて来られていた。

高校に通い始めてからこの街に住んでいるけれども、こんな建物は、見た事もない。

 

 その建物は、《ボルベルブイリ》の市内の中心部にある建物で、何十年も前に建てられた、ど

ことなく歴史的建築物を思わせる建物だった。

 

 だが、分厚い塀によって敷地を囲まれ、アリエルを乗せた車が門を通過する際も厳重なチェ

ックが行なわれていた。

 

 まるで要塞のような警備体制の建物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 アリエルはやがて、窓はあるが、そこは鉄格子で覆われている部屋へと入れられた。手錠を

かけられたままだったが、連れてきた者達の扱い方は、アリエルが大人しくさえしていれば何も

してこない。ただロボットのように周囲に警戒を張っているだけだ。

 

 彼女は木でできた机の前に座らされていた。

 

 目の前にはコップに入った一杯の水。内装は以前アリエルが世話になった事もある警察署

に比べて、かなり高級なつくりになっている。

 

 彼女が、自分が何故こんな所に入れられてしまったのか、そんな事を考えているうちに、部

屋の中に、さっきの黒服の者達の中でも、リーダー格の男が入ってきた。

 

「さっきはすまなかったな。これも全て君のためなんだ」

 

 と、男は言ってくる。さっきはサングラスをかけていたし、この男は大柄だったから、とても恐

ろしげだった。

 

 しかし今も、その鋭い眼光と堀の深い顔が、アリエルに警戒心を抱かせる。

 

「私のため? 理由がさっぱりわからない…¥。何で私はこんな所に? あなたは一体、誰?」

 

 少し怯えつつも、アリエルは目の前の男に尋ねた。

 

「私は、『ジュール連邦国家保安局』の者だ。名前はセルゲイ・ストロフという」

 

 ストロフと、名乗った男は、アリエルのすぐ横に立ち、まるで彼女の表情を伺うかのように顔

をのぞかせてきた。

 

「それで、何故、私をこんな所に?」

 

 アリエルは、そんな男ととても顔を合わせる気にならず、目線をそらしたままだった。

 

「君の『能力』のためだ」

 

 ストロフという男は一言、そう言った。

 

「『能力』って?」

 

 と、アリエルが、怯えたような声で言うと、

 

「さっきやって見せただろう? 自分の腕の中からナイフみたいなものを出していた。そんなこ

とができるのは『能力者』だけだ」

 

 だったら何だと言うのだろう? だったら、何をするって言うんだろう? 私だって、好き好ん

でこんなことができるわけじゃあない。そう思っているのに。

 

「何故、その事を?」

 

「君や、他の『能力者』を管理するために、私達は活動している。君達『能力者』が、何故、そん

な超人的な事ができるのかは我々にも分からない。

 

 ただ一つ言える事は、君の持っている『能力』は非常に危険なものであり、利用次第では国

にとっても大きな脅威になるという事だ。誰かが管理しなければならない。決して野放しにはで

きないのだ」

 

 その言葉にアリエルはどきりとした。

 

 そう言えば最近、『ジュール連邦』の政府が、西側の国と通じている、スパイや何かを摘発す

るために、多くの疑わしい者達を逮捕しているはずだった。逮捕されたものがどうなってしまう

かは、アリエルも知らなかったが、そんな活動をしているのは、『ジュール連邦国家保安局』じ

ゃあなかったか。

 

「管理って、具体的にどうするんです?」

 

 恐る恐るアリエルは尋ねる。

 

「それは、後で話そう。我々は君が知る事になったきっかけの方が重要だ」

 

「きっかけって?」

 

 肝心の話を後回しにされた事で、アリエルは動揺してしまった。

 

「君は、ある物をある場所へ、最低でも1週間に1度ずつは届けていたな? バイクに小包を積

んでいた」

 

 アリエルははっとした。

 

「我々は、君にそんな、アルバイトをさせている連中に興味を持っている。そんな連中を調査し

ているうちに、『能力者』である君に辿り着いた」

 

 ストロフは、何もかもお見通しと言った様子で、更にアリエルに詰め寄ってくる。

 

「君は何を運んでいた?知っているはずだ。君にそんな事をさせていた連中も、君が『能力者』

だからそう簡単には捕まらない。そう思ってやらせていたんだぞ」

 

 と、ストロフはだんだん語気を強めてアリエルに迫ってくるが、

 

「知りません。私」

 

 アリエル自身はあの小包の中身を何も知らなかったのだ。

 

「中身も知らないか?バレた時に、何も知らなかった事にさせられるから、中身は教えないの

が普通だな。君は配達人に過ぎなかったという事か?」

 

 どうやら最初から分かってくれているようだったが、アリエルは、ほっと一息をつく。

 

「え、え…、そうです。私はバイクで荷物を配達するだけで」

 

「君は、テロリストに荷物を運ばされていたんだぞ」

 

 ストロフは、アリエルの言葉を遮るかのように言い放った。

 

「え、ええ? そんな」

 

 するとストロフは、一つのカードのようなものを取り出した。確かそれはコンピュータの記録媒

体であるデータカードだ。

 

「これは、『タレス公国』の軍事機密が入ったデータカードだ!いいか? 我が国ならまだしも、

『タレス公国』側の軍事機密を、君は、テロリストに渡していた。これがどういう事か分かる

か?」

 

「いや、その、それは」

 

 アリエルはもうどう答えることも出来なかった。

 

「君がバイトで運んでいたものが原因で、戦争になるかもしれないという事だ。今のところこのこ

とは外部には漏れていない。

 

 だから君を保護する。『タレス公国』の軍事機密が、外部に漏れていたなんて、『ENUA』側に

知られたら、世界大戦の幕開けだ」

 

 ストロフの言っている事が、とても現実味を持たない音としてアリエルの頭の中に響いてい

た。

 

 そんな事をしていたなんて、何も思っていなかった。ただ配達をして、それで荷物を届けれ

ば、お金が手に入る。それだけしかアリエルは考えていなかった。

 

 戦争、だなんて。アリエルにとっては、それが現実には感じられないほど、重すぎる出来事だ

った。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい、私!」

 

 そう答える事しかアリエルには出来ない。しかも、実感さえ沸いてこないのだ。

 

「謝るのは後でいい。今は、このデータカードの他のものを入手したい。君が届けていたテロリ

ストのアジトがどこにあるのかを教えろ。そうすれば、君を保護してやる」

 

 ストロフの申し出にはアリエルは答えるしかなかった。

 

 だが、アリエルが口を開こうとした瞬間、突然、建物内に警報が響き渡った。

 

(1階西地区に、武装グループが侵入!繰り返す!1階西地区に、武装グループが侵入した!

 戦闘員は直ちに)

 

 アリエルは思わず椅子から立ち上がって周囲を見つめた。

 

「おい、君はここにいろ!どこにも行くんじゃあないぞ!」

 

「わ、わかりました」

 

 アリエルはどうして良いかも分からず、ただ椅子に座るしかなかった。

 

 両腕に付けられたままの手錠がとても重い。手錠の重みだけではない。自分が犯してしまっ

た、重大な過ちの方がはるかに重かった。

 『ジュール連邦国家保安局』の西口に、一台のトラックを突っ込ませた武装グループは、真っ

先に見張りの警備員達と交戦を開始していた。

 

 彼らは容赦なく、銃を乱射し、更には、ロケットランチャーも使って、西口をあっという間に破

壊していた。

 

 《ボルベルブイリ市内》に響き渡るような轟音。炎に包まれた、政府の建物へと、武装グルー

プのメンバーは次々と侵入していった。

 

 彼らは、あり合わせの装備で、服装も統一されていなかったが、銃火器を所有していたし、装

備だけでは、政府建物の武装警備兵よりも上手だった。だから、西口にやって来た応援の警

備兵など、怖れるるに足らない。

 

 そんな武装グループの、突入していった者達の後から、トラックから降り立つ一人の少女。少

女というよりは、背も高く、大分大人びていたものの、明らかに年齢は若い少女の姿があった。

 

 赤毛の頭髪をしていて、体には黒色の上着を羽織る。一見すれば、街中でも見かけることが

できる少女の姿は、武装グループが突入している、さながら戦場のような現場にはあまりに不

釣合いだった。

 

 しかし、少女は片手に、ショットガンを握っていた。少女の体と、ショットガンの無骨で大きな

姿、冷たい姿はあまりに不釣合いだったが、彼女はそのショットガンを体の一部であるかのよ

うに持っていた。

 

 まるで、街中で歩く若者が、何の違和感もなく持っている、ハンドバッグか何かであるように。

 

「そこで止まれ!」

 

 武装グループの襲撃で駆けつけた、兵士達が、西口の入り口にて交戦している、武装グルー

プの元へとやって来る。

 

 マシンガンを構えた、こちらも完全武装の部隊が、応援に駆けつけたのだ。

 

 だが、その少女は臆することも無く、まるで街中を歩くかのように、戦場を歩いて行こうとす

る。

 

 政府側の応援部隊は、そんな少女と、襲撃してきた部隊に向けて、マシンガンを抜き放とうと

した。しかし、少女は、片手に握ったショットガンを部隊の方へと抜き放った。

 

 少女の体には大分大きいサイズのショットガンで、片手で撃とうものならば、背後へと倒れこ

んでしまっても不思議ではなかったが、少女の体は、その衝撃を全て吸収してしまう。

 

 少女は臆する事無く、また何も動じることは無く、応援部隊の兵士達を次々と打ち倒し始め

た。

 

 応援部隊の兵士達も、マシンガンを撃ち放っていたが、その弾丸が、少女へと当たる事は無

かった。

 

 政府の部隊が、生半可な銃の技術を持っているわけがない。プロの技術だったが、弾丸は

確かに彼女にあたっていたのに、まるでびくともしていないのだ。逆に少女の放つショットガン

の散弾は次々と、応援部隊を打ち倒していった。

 

 少女が、ショットガン内にある弾を全て撃ち終える頃には、他の応援部隊の兵士達も、彼女

の仲間が打ち倒してしまっていた。

 

「シャーリ様。ご指示を。ここは制圧しました」

 

 一人の大柄な、マシンガンを構えた男が少女に言って来た。

 

「我々の目的は、アリエル・アルンツェンの確保だけだ。彼女を捕えたら、さっさと撤退する。急

げ」

 

 シャーリは、そのように部下に言い放つと同時に、既にショットガンの銃の中に一杯の弾丸を

詰め込んでいた。

 

 彼女は、世間一般で言われる、テロリストだった。だが彼女自身は、ただ人々に恐怖を与え

るテロリストと、自分達は違うものだと思い込んでいる。

 

 あの方に全てを捧げ、あの方のために働く、兵士なのだと常に自分に言い聞かせて来ている

のだ。

 

 

 

「どうやら、収まって来たようだな?」

 

 半開きにした扉から廊下の様子を伺っているストロフが呟いた。

 

 一方アリエルは、部屋の中の椅子に座らせられたまま、周りで何が起こっているのかさえ分

からなかった。

 

「一体、一体、何が起こっているんですか?」

 

「こちらストロフだ。西口はどうなっている?応答しろ」

 

 ストロフは携帯の無線機を取り出し、連絡を取り始めた。無線機からは激しい物音と共に声

が漏れてくる。

 

 物音は、銃声だろうか?

 

(こちら一階です!すでに10人やられました。武装グループは既に2階に進んでいます。人数

は10名ほど。武器はマシンガンの他にロケットランチャーも持っていて!)

 

 必死になっている声と共に無線機からは返答があった。

 

「何だと!戦争でもしに来たというのか?」

 

 と、ストロフが呟き混じりに言った瞬間、無線機はぷっつりと切れてしまった。

 

「おい、応答しろ!おい!」

 

 ストロフは無線機に叫びかけるが、応答は全く無かった。

 

「あ、あの、私は?」

 

 そんな様子を横から見ていたアリエルが、どうしたら良いのかも分からずに言った刹那。

 

「君はそこにいろ。ここにまでは来させん!」

 

 彼女の言葉を遮り、ストロフは、その懐から銃を取り出していた。

 

「はい」

 

 弾装の中に弾が入っている事を確認しながら、ストロフは話し始める。

 

「ここへやって来た連中は、君に知られちゃあまずい事を知られているんだろう!奴らのアジト

とか、本拠地とか、そういった事を君は知ってしまっている」

 

 アリエルはこの場から逃げ出したいくらいの気持ちだったが、手を手錠によって拘束されてし

まっていてはそれもままならない。

 

「で、でも」

 

「ああ、君が生きている方が不思議だ。何故、テロリスト共のアジトの場所を知っておきなが

ら、君を生かしておいたのか、とても不思議だよ!」

 

 と言って、ストロフはアリエルを椅子から立ち上がらせた。

 

「私を生かしておいたって?」

 

「テロリスト共は、知られちゃあまずい情報を知られると、口封じのために仲間だろうと消す。君

のように、仲間でもないくせに下手に首を突っ込んじまった奴なら、なおさらだろうな。ほら、一

緒に来い!」

 

 手錠をさせたまま、アリエルを立たせるストロフ。

 

 アリエルはされるがままに、椅子から立ち上がるしかなかった。

 

「ここにいちゃあまずい。君をこの場所から移すしかないだろう」

 

 ストロフは立たせたアリエルの手錠をまず外した。このまま、腕が拘束されているままでは、

移動させにくいせいだろう。そしてアリエルを、自分の体を盾にして保護する姿勢で、取り調べ

をしていた部屋から出た。

 

 そして、廊下の左右へと銃を向けて警戒する。ここは3階だったが、テロリスト達がやって来

ている気配は無い。

 

 だが、さっきから、小刻みな地雷のような響きが足元から聞えてきている。

 

「君の口封じのためだけに、テロリストがここまでやるとは思えん…!それだったら、もっと前に

片付ける事は幾らでもできたはず」

 

 廊下を警戒しながら進みつつ、ストロフが言った。

 

「だって、さっき、あなたは、私が知りすぎた情報を知ってしまったから狙われているんだって」

 

 自信の無い声、怯えている自分に気がつきながらも、アリエルはストロフに言った。

 

「ああ、言ったさ。だがそれも、君が『能力者』だという事になれば話は変わってくる。テロリスト

共にとって、君は特別な存在なのかもしれんな」

 

 とストロフが言って、廊下の突き当たりの階段までやって来た時だった。

 

 アリエルはすぐに気がつかなかったが、ストロフは素早く銃を抜き放っていた。

 

「そいつを放せ!」

 

 武装した男二人が、アリエルとストロフに向けて銃を向けてきていたのだ。

 

 ストロフの持っている銃よりも数倍の大きさ。マシンガンだった。ストロフが言っていた、テロリ

スト達とはこの者達の事だ。

 

 銃を向けられたアリエルは、背後にストロフの体もあるから、どうしようもなく、ただ、銃口の

先に立っている事しかできなかった。

 

「いや、まずはお前達からだ!その銃を降ろせ!さっさと!早くしろ!」

 

 だが、二人の男達は、ありえるとストロフに向って銃を向け、距離を詰めて来ようとする。

 

「おおっと。やめておけ!こ、この子がどうなってもいいのならな!」

 

 そう言い放ち、何をストロフはするのかと思いきや、アリエルの頭に銃を突き付けてきた。

 

「い、一体何を!」

 

 アリエルは信じられないといった様子で、ストロフに叫んだ。だが彼は、彼女の声など無視し

た。

 

「この子が欲しいんだろう?だったら、銃を降ろして、そこを通させろ!さもないとこの子を!」

 

「やめて下さい!やめて!」

 

 アリエルは必死になってストロフに言ったが、彼は銃を降ろす気配を見せない。逆にテロリス

ト達に向けて言い放った。

 

「おい、どうする!」

 

「はったりに決まっているだろう。撃てばお前の命も無いんだからな」

 

 テロリスト達が銃を向けて迫って来る。

 

「殉職って奴さ。おれの命なんて知った事か!」

 

 そのように言った、ストロフの目は本気だった。アリエルは、この場から今にも逃げ出したか

ったが、ストロフに抱え込まれていたらどうしようもない。

 

 でも、あの力を使う事ができれば、そう彼女が思った矢先だった。

 

 突然、政府施設の廊下に、爆発音のようなものが響き渡る。その爆発音と同時にストロフは

呻き、アリエルから手を離して仰け反った。

 

 アリエルは、ストロフの腕から解放され、よろめきながらも、廊下に遭った一つの扉へと逃げ

込もうとした。

 

 自分とストロフに、突然、背後から襲いかかったものは何か? 彼女はちらりと、背後を振り

返った。

 

 すると、廊下からは、一人の少女がショットガンを向けてこっちに迫ってきていた。その少女

が持つショットガンからは硝煙が立ち上っており、今、銃弾が放たれたばかりのようだった。

 

 アリエルは少女を知っていた。それは、幼馴染の、あのシャーリだったのだから。

 

 だが、いつもアリエルが見ているシャーリとは、幾分もその姿が違っていた。廊下を、ショット

ガンを構えてこちらに向ってくる姿は、テロリストのような迫力があったし、アリエル達へと向け

て来る目線は、鋭い眼光を放っている。

 

 一瞬だけ見えたシャーリの姿。だがアリエルにとっては、あまりに印象深い姿として映ってい

た。

 

 彼女は、廊下にあった一つの扉の中へと逃げ込んでいく。

 

 どうやらそこは清掃倉庫であるらしく、モップやバケツなどが置かれていた。乱雑に荷物やら

が積んであったが、奥の方には扉があり、外の光が差し込んできている。

 

 あのテロリスト達が、ここに入ってくる前に、窓から脱出しなくてはと、モップとバケツをひっくり

返しながら、アリエルは、窓へと飛び込んでいこうとした。

 

 だけど、何故シャーリが。あのシャーリがこんな所にいるの?あんな風にショットガンを持っ

て。

 

 まさか、シャーリがテロリストなのか?

 

 アリエルはそう思いつつも、倉庫奥にある窓を、窓ガラスを割りながら外へと飛びだして行くし

かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 アリエルが窓を突き破って外に飛び出した直後、テロリスト達は、倉庫の中に駆け込んでき

たが、そこで見たものは、何も無い、ただ、アリエルが脱出してしまった後だけだった。

 

「さっさと追え」

 

 シャーリは苦虫を噛み潰しているような顔で、手下のテロリスト達に言った。

 

「は、はい」

 

 テロリストの一人が、シャーリの姿に恐れを成しているかのように言った。

 

「だが、一人だけここに残せ。こいつから話を聞くんだ。アリエルがどこに向かおうとしているの

か、とな」

 

 シャーリはショットガンで、廊下の壁に背をもたれさせ、肩を抑えているストロフを指し示した。

 

「わたしはアリエルを追う。ここにもう用は無い」

 

 と言って、彼女はショットガンの弾をリロードしていた。

 

 

Next Episode

―Ep#.03 『クラシファイド』―


 
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