No.236738

放つたことばもしろくたちきえぬる哉

三六ふ我が身に独りはつらく

  春はまだかと問う十八の冬

[東方創想話(ジェネリック) 投稿19作目 テーマに基づくオムニバス作品]

2011-07-27 09:02:41 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:358   閲覧ユーザー数:358

 

 

 

 

   一

 

 

 

 

とつぜんに御籤をひきたくなった私は

傘を手にとり社へと歩いた

しとしとと雨の降る日で

どうしてかこんな日にやりたくなったのだ

 

雨傘をさして母屋から社へ

人のいない境内を歩いていくと

雨音の響く中鳴る砂利の音すら

煩く聞こえてしまう

 

扉の脇に傘を立てかけて

社務所の扉をあける

台に置かれた御籤の箱は

庇がのびているというのに濡れていた

 

したたる水滴に袖を濡らしつつ

静かにみくじ箱をふる

がらがらと立った音が喧しく

灰色の空に響き渡る

 

奇跡の力でも使おうものなら

思ったままに籤をひけるが

それでは何の意味もなしと

ただ運に任せるまま引いた

 

 

 『小吉』 

 

 

心の中でかすかに笑った

大吉ならば心も晴れよう

凶が出たなら木にも結ぼう

私はこれをどうすればよいのか

 

しばし考え引いた籤を手に

私は社を後にした

部屋に戻った私は籤を

そっと机の端に置いた

 

どさりとベッドに横になり

本を読みつつ窓の外を見た

雲の切れ目は未だ見えず

雨は当分已まないだろう

 

 

 

 

   二

 

 

 

 

寺子屋の軒先の隅

忘れ去られた黒い傘

今日は雨まで降っているのに

誰もささずに乾き傘

 

どうにかしたいと願うけれども

根無しの傘化けに寄る辺もなければ

持て余すだけのふたつめの傘

持っていたとて仕様がない

 

前の日も前の雨の日も

傘はぽつりと佇んで

次の日も次の雨の日も

きっとそのまま忘れ傘

 

そっと手にとり傘を広げる

まだまだ使えるこうもり傘だ

いっしんに降る雨を受けて

ぱらぱらと弾む声を出す

 

化けた折にはまた会おうかと

思うもきっとその日は来ない

いつかの日に人に拾われ

燃されでもする運命だろう

 

寺小屋の広い庭を臨んで

ぽつりと佇む黒一点

赤と碧とのふたつの眼は

いつまでもそれを見ていた

 

 

 

 

   三

 

 

 

 

水を飲もうとした

それだけの話だ

持っていた柄杓で

水を掬おうとした

 

柄杓の底は抜けていた

 

ああいけないと

苦笑いして

傍の器に

水を満たして呑む

 

身体に水が満ちていく

 

手に持ったままの

底の抜けた柄杓に

ふと思いを馳せる

思えば長くこれを持っている

 

まだ外の海にいた頃かと

 

底のない杓で

水をもう一度掬った

なにもすくえずに

水は落ちていった

 

木の杓はすこし瑞の色をした

 

 

 

 

   四

 

 

 

 

障子を空けて縁側に出れば

 

こうも見事な月が浮かぶかと

 

喝采をおくる十五夜の月に

 

手にした酒も進むというもの

 

ひとりであける月見の酒に

 

気分をよくして横になる

 

この素晴らしき望月の夜に

 

ふと静かなのが気にかかった

 

寒いこの季に鳴く虫はいないが

 

さてそれ以上に風の音が寒い

 

酔いの回るのと同じに考えが回り

 

忌々しい奴の顔が月に浮かんだ

 

こんな気分のいい時に来るなよと

 

月に向かってごちてみようとも

 

そもそも幻の人影に

 

答える口などありはしなかった

 

ああ忌々しいと盃をあおり

 

もうなにも見えなくなった月の御顔に

 

照らされたかの狼の遠吠え

 

月は緑の髪に染まった

 

優しいなれど過保護に過ぎる

 

彼女も今宵ばかりは来ない

 

されど空から見守られてるようで

 

さすがに放ってほしいと思った

 

雲もかからず最高の月を見て

 

どうしてここまでひとり気をもむのか

 

呆れる己の傍らの瓶は

 

もはや空っぽになっていた

 

まったくこれじゃあ台無しじゃないかと

 

ひとりぼやくも聞くものはなし

 

あとには月がなにも変わらず

 

素晴らしげに御座いますのみ

 

釈然としない気持ちを胸に

 

障子を閉めて独り寝るのみ

 

 

 

 

 

   五

 

 

 

 

閑古鳥の鳴く店を今日も閉めて

 

夕餉も済ませてさあ寝ようかと

 

そういう時にはたと気づいた

 

そういえば読む本がない

 

倉庫へ行けば読んでない本でも

 

山と積まれて置いてあろうが

 

もうそこまで行く気力もない

 

渋々何も持たず床へ向かう

 

普段これから長々と本を読んでいるからか

 

一向に眠気は訪れず

 

外を吹く風の音が

 

ただ寒々しく響いていた

 

部屋のような空間の中では

 

音と言うのは響くものだから

 

聞こえているほど風も強くなかろうが

 

それでも一抹の不安がよぎる

 

しかしただ本がないと言うだけで

 

どうしてこうも不安に思うのか

 

本の虫でもとりついたのか

 

明日また調べてみようか

 

徒然なるままに布団の中思いをめぐらせば

 

ずるずると寂しいように感じてしまうこの心に

 

年のとりすぎかと自分であきれ返るも

 

ただ眠りの来るのを待つばかりの夜

 

 

 

 

   終

 

 

 

 

こんこんと咳が出て、しんと静まり返った家の中に響きます。仕えの方もすこし休まれているのか、誰かがいる気配がとんとしません。少しさびしく思いますね。

年の瀬のこのような時期に風邪を引いてしまうとは、かなり迂闊であったかもしれません。もとより私の身体は人の三倍は弱いですから、もっと気を使えといろんな方から言われてしまいました。確かに連日連夜ずっと本を編んでいましたから、私が返す言葉はなにもありませんでした。

今の私に出来る事は、頂いた薬を飲んで、安静にしている事。私を心配して来てくれた方が、話の最後に揃いも揃って釘を差して行かれました。それほど私は信用されていないのでしょうか。

ところで、風邪を引いて安静に寝ていて、寝すぎて夜中に眠れなくなる事というのはないでしょうか。私は今まさにその状態です。無理して寝ようともするのですが、如何せん目が冴えてしまいました。

風邪ががたがたと雨戸を鳴らします。おそらく、さしたる風ではないのでしょうけれども、静まり返った部屋に響いていやにうるさく聞こえます。くわえて、普段よりもさらに弱ったこの身とあっては、このまま命の灯火すら薙がれるのではないかとも思ってしまいます。夜中は人の気がまったく無くなりますからね。

ひとたび不安に思った心には、次々と新たな不安が襲い掛かってきます。おそらく、妖が心を喰おうとでもしているのでしょう。殊勝なことです。私もこうしてのんきにしているように見えますが、裏を返せば、私もこうしてのんきにしていないと妖に喰われてしまいそうで怖いのです。

こんこん、とまた咳が出てしまいます。少しだけ布団をかぶりなおします。

自分の身体の熱が布団の中で私を包み込みます。暖かいです。

そんな事どもをぼんやりと考え続けていると、ふと、ある言葉が頭をよぎりました。

 

咳をしても一人

 

たしか外の古い本に載っていた言葉でしたでしょうか。そうだったと記憶しています。

同じようにして書かれた短い言葉の端々から伺える、この言葉を遺した人の生活は、私の『ひとり』とは比べるべくも無いほどに淋しいものですが、今の私にとってはこの今ですらも寂しいのです。彼はいったいどのような一生を送ったのでしょうか。

なんだかどんどんと思索が悪い方へと落ちて行きます。病に伏せた人間の悪い癖です。このままでは夢の中でもうなされそうで、起きている事も寝る事もできなくなってしまいました。日が昇ればこのような思いも少しは晴れるのですが……夜明けはまだ遠そうです。

私は観念して考えるのをやめる事にします。

 

おやすみなさい。

 

 
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