薄暗い墓場の空に、真っ黒い雲が煙のように流れ込んでくる。
あぁこいつは降るなーとか考える隙もなく、ぽつりと先陣を切った粒が攻めこんできた。
もう夏も近いというのに空気は肌寒くて、なのにじめじめしてるのが、私のやる気ゲージをがりがりと削り取っていくのがありありとわかる。
私は、墓場の中にあった大きな土まんじゅうに腰を下ろして、あの真っ暗い雲に目玉が浮かんだらみんなびっくりするかなぁとか考えて私は暇をつぶしていた。
あ、びっくりするっていうより怖い
キケンな想像はポイしちゃいましょー
想像の目玉を振り払うように頭を振ると、視界の端になにかいるような気がした。
しかも私のすぐ隣。
気になって、ひょいとそちらを向いてみると
「やぁ」
「?!」
最近現れたヘンな妖怪が、当たり前のように傘の中に入り込んでいた。びっくりした。
「な、何しにきたの?」
「ん?雨宿りだよ?」
けろっと笑ってそう言った彼女は、実は私の天敵筆頭で
私はひきつった笑みしか返すことができなかった
お屋敷の門番さんと似てなくもないような服装と、額のど真ん中に貼られてるお札が特徴の彼女は、ある日この墓場に突然現れてから、墓場に近づくものをみんな追い出そうとしたのだ。やって来るわずかな人間や妖怪をはじめ、近づいてくるものはなんでも、しまいには虫やカラスまで追い出そうとするほど、徹底的に。
当然、墓場に居座っていた私のことも、彼女は初日から追い出そうとした。
出会いがしら、私が「なんだろうこの子……」と思う間もなく、いきなり「出て行けー!」と言われ、わちきは別に何もしないよっていくら言っても、うるさい黙れちーかよーるなー!の一点張り。ろくに話が通じなかったのを今でも覚えている。おまけに、咬まれると痛そうな鋭い牙で私に噛みつこうとしてきたんだから、もうこれは逃げるほかなかった。
けれど、逃げた後に行く先もないし、冬のコタツにも匹敵すると(私の中で)評判の、墓場の居心地のよさを覚えてしまった私は、結局こっそりとまた戻ってきて、見つからないようにしてればいいよね…と隅のほうに隠れて過ごしているのだった。――それでも毎日なぜか見つかって、全く同じことを毎日繰り返しているのだけれど――それだけ墓場は居心地がいいのだ。絶対みんな驚いてくれるし。
だけれど、毎日そんなことを繰り返していたら、日増しに彼女の攻撃がカゲキになってきて、最近じゃあ正面から襲わないのは当たり前。地面から現れたり逃げ道にトラップがあったり、なんとか逃げ延びたところにいた人が「襲ってきたのはこんなのですかー?」と言ってくるりと振り向くと彼女本人だった、なんてのもあったっけ。怖かったなぁ。おまけに最近、私を追い出すよりかはいっそ食べようとでも思ったのか、彼女は毎日私を喰おうとさらに過激なアタックをかけてくるようになった。
肉食系女子、ホント怖い。
そんな小傘も黙る、黙って逃げるコワイヨウカイサンが自分の左にいる。
自分の左で、体を傘の中に収めようとして、ぴったりと体を私にひっつけているこの状態で、私はただ彼女に噛まれやしないかと冷や冷やしてる。
足先や指先や背筋が冷える中、左側だけがなんだかあったかいのがこそばゆかった。
こそばゆさに拍車をかけるように、なんだか視線まで感じるのだけれど………
「……喰っていい?」
「だめーっ!」
やっぱりその方向かい!
涎を垂らして私の方を見る彼女の瞳には、明らかに”肉”の文字が映っていた。
というか、「だめ」って言ってるのに口を開けて肩口に噛みつかむとしてる?!
やめてー!!
骨しか残らないボロ傘こがさちゃんになる前に必死に彼女の体を遠ざけた。
肉食系女子、本当に怖い。
そうして私が生命の危機に瀕している間にも、雨足はどんどん強くなっていき、ばらばらと喧しいくらいに雨は地面を打っていた。
露先からはひっきりなしに雫がたれ落ちて、跳ね返った水滴は私たちの足元や腰もとを残さずぬらしていく。
彼女は、なるべく全身が濡れないようにと、私の方へぎゅうぎゅうと体を押し付けているのだけれど、なぜか伸ばしたままの腕の先だけは、傘からはみ出てずぶぬれだった。
「なんで腕を伸ばしたままなの?」
聞いてみた。
「んー、曲げられないんよ。これ。」
そう言って彼女は、ぎっ ぎっ と腕に力を入れたような動きをした。
だけれどさっぱりわからないので、「本当に?」と思い、手首をもって曲げさせようとしてみたら
「あだだだだだ!ちぎれる!腕もげる!」
本気で痛がられた。
慌てて手は離したけれど、涙目で睨まれた。
ヤバイ。命終わった。
とっさに目を瞑って覚悟を決めること数秒。
何も起こらないのでおそるおそる目を開けてみると、
彼女は私に気づかれないようにそーっと近づきながら、口を大きく開けて私の腕を
あーん
「だからだめだってばー!!」
両肩をつかんで、精一杯彼女を引き剥がし、なんとか私は生還することができた。
特に疲れはしなかったのだけれど、大きなため息が口から出てきた。
「けちー」
そんな私の苦労もどこ吹く風に、すねた表情でそんなことをいわれた。
すねられても困る。私は食べ物じゃないし。
左手で傘を持ち、右手で彼女の胸元を押さえる。もうこの体勢じゃないと安心できない。
体をひねりっぱなしなのがちょっと辛いけれど、私の生命のためなら仕方がない。
彼女もさすがに反省したのか、「もうしないからさー。離してよー。」と言うようになった。
でも怖いから離してあげない。
しばらく、彼女は押さえている方の手をじっとしょげた目で見つめていたのだけれど、突然目を輝かせて
「いいこと思いついた!!」
と言ってきた。彼女は私の左肩に手を置いた。その時に、ふっ と私の手にかかっていた重みがなくなった。
あれ?と思って私が気を抜いた瞬間、彼女は私の肩に体重をのせて、くるりと体を回し、私の膝の上にぽすんと座った。
なぜか私と向かい合うようにして。
「え?!ええええ?!」
「これで濡れなくなったぞ!」
驚く私のことはいざ知らず、達成感に満ちた表情で彼女は言い放った。
曲がらない腕を私の肩に乗せて、ちょうど私が彼女を抱きかかえるような、そんな体勢。あまりにも顔が近くて、私は思わず顔を背けてしまった。
眩しいくらいの笑顔に見られて、なぜだかどきどきする。
恥ずかしいからどいてと言おうとしたら、声がまともに出てこなかった。
「あああああああああの、ちょっと、ねえ、」
「んー?なにー?」
「はず、かしい、ん、だけど…離し」
「やだ」
え―――!?
彼女はこの状態をいたく気に入ったらしかった。
そして、まるで離さないぞと言わんばかりに、両足で腰元をがっちりと固めてきた。
そのせいで顔がさらに近くなったのか、彼女のする息が私の頬にあたってくすぐったい。
恥ずかしさで体じゅうガチガチになってしまって、されるがままの多々良小傘。
一方、彼女はそのまま完全に私に抱きつく形になると、満足げに「おやすみー」とだけ言い残し、耳元ですやすやと寝息をたてはじめてしまった。
…寝た――――――!?
ねえ待ってよこれってどういうこと!?なんでひとに抱きついて寝付いてるのこのひと?!
なんかめっちゃ気持ちよさげなんだけど私はどうしたらいいの!!
耳元ですうすう動きつづける寝息がこそばゆくて、頭の中ではどうしようどうしようどうしたらいいんだろうという言葉しかもう出てこなくなるくらいに考えがまとまらなくなってしまった。
なんとか気を落ち着かせよう。そう思い、ちょっとだけ顔を上げて空を見ようとした。すると、墓石の上に一羽の烏がいるのが見えた。
降りしきる大粒の雨をばらばらと受けて、体中からぼたぼたと水滴を滴らせる烏
なんだかおかしいな?と思っていると、不意に烏は飛沫を散らせて飛び上がり、くるりとこちらを向きなおすと、よく通る声でカァー!と一声鳴いて飛んでいった。
なんということはない筈なのだけれど、なぜだか嗤われた気がした
ちくしょう。やっぱり恥ずかしい。
恥ずかしいけれど彼女は起きないし、がっちり私のことをホールドした足はちょっとおかしなくらい外れないし、結局何時になるかわからない彼女の目覚めまでこのままなのかと私はため息をついた。
空いていた右腕を彼女の背中に回して、相変わらず可愛くてくすぐったい彼女の寝息を聞きながら、でも寝ぼけて耳とかかじられたりしないかなぁ。なんてことを考えながら、私は灰白の空を眺めて暇をつぶすことにした。
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だって傘だし、ねぇ? [東方創想話 投稿23作目 初の無印投稿作品]