「もう限界なんじゃないの」
帝国学園の屋上は原則立ち入り禁止だ。でも、お高い金持ちの坊ちゃんやお嬢さん方じゃない俺たち元・真帝国のメンツは、校則違反なんて気にしない。おかげで屋上はすっかり元・真帝国のメンバーの庭のようになっていた。いや、屋上だから空中庭園かもしれない。
まぁとにかく、その帝国学園の屋上に、この目の前にいる髪の毛がピンクな、小鳥遊忍に呼び出された。そして、至極真面目な顔をした小鳥遊にそう言われたのだ。
「もう限界って?」
俺がとぼけてみせると、小鳥遊は、はぁ、と呆れた様にため息をついて、わかってるんでしょ?と言ってきた。もともと真面目な顔だった表情を、さらにキツくさせて、まるで警戒した猫みたいだな、と思った。言ったら多分殴られるから、思うだけにしておいた。
「もう限界よ。そりゃ、真帝国でも知らない奴らはいるけど…源田と佐久間以外、あなたがこれ以上無理をするのを見てられないってやつもいるのよ」
「無理してるように見える、か」
「当たり前でしょ、もう15なのよ。私たちの年齢の一年がどれだけ変化をもたらすか、あんたが一番身をもって知ってるじゃない」
「…違う。俺は努力してるんだぜ、小鳥遊。俺はサッカーが大好きだから、努力してるんだ」
まるで暗示のようだ、と自分で言っていて思った。小鳥遊はその言葉を聞いた途端、泣きそうな表情になって、だったらそんな表情しないでよ、といった。俺はどんな表情をしていたんだろう。小鳥遊との距離は遠すぎて、小鳥遊の目に映った自分の顔を見ることはできなかった。
「あ、不動」
「ん?」
小鳥遊からの尋問のような説教のような何かを終えて、クラスに戻れば、待ってましたとばかりに鬼道クンが話しかけてきた。鬼道クンとは何の因果か、クラスも一緒で席も隣だ。
「今日、チームを二つに分けてミニゲームをしようと思うんだが、どうだ」
「いいんじゃねーの?あ、でもレギュラーと補欠はバラバラにしろよ」
「もちろんだ」
放課後が楽しみだな、と帝国の制服を着た鬼道クンが言った。FFIが終わって、鬼道クンは雷門に残るもんだと、俺だけじゃなくて佐久間も、源田も思っていた。でも予想に反して鬼道クンはFFIが終わったらすぐに帝国に戻ってきた。おかげで帝国学園はイナズマジャパンのように、二人の司令塔を擁する最強サッカー部になった、らしい。当事者である俺たちは、それを肯定することも否定することもできないし、したくなかったからわかんないけど。
それで、と試合運びやら、試したいフォーメーションを鬼道クンは次々に俺に話していく。最初はふんふん、と聞いていられたのだが、俺の下腹部がキン、と鋭く痛み始めた。
「それでだな、DFラインを今回―」
「痛…」
「…。どうした、どこか痛むのか」
はっきり言って今立てないくらいに痛い。だから鬼道クンの話そっちのけで痛い、と思わず言ってしまったのだが、鬼道クンはそんなこと気にするそぶりもなく、俺に心配そうな表情を向けてきた。
「ああ、うん、まぁ…腹?」
「は?……早くトイレ行って来くればいいじゃないか」
言いづらそうに言う鬼道クンがなんかちょっとかわいかったが、多分俺の腹痛ってそういうんじゃないんだよな、という言葉をギリギリで飲み込む。そうだよな、普通腹痛って言ったらそれだよな。立てない俺は、あいまいに笑ってちょっとほっときゃ治るだろ、と笑った。
そして授業が始まる直前に小鳥遊にメールをして、その授業はかろうじて座っているくらいで、ノートなんてほとんど取れなかった。不幸中の幸いで、今日は当てられなかったので立って発言しなくてよかったのが救いだった。
3限目から、不動の様子がおかしかった。
2限の3限の休憩時間にふらっとどこかに行ったが、そのあといつもと変わらない様子だったのに、今日の部活の活動内容を話していると、なんだが眉を顰めはじめて、だんだんと顔も青くなっていった。どうかしたのか、と聞こうとした矢先「痛…」と不動の口からこぼれた。
不動には本当に悪いと思うが、その時おれはなぜかドキッとした。眉をひそめてつらそうな顔をしたチームメイトが痛いといったことに、俺はなぜか釘付けになった。
「どうした、どこか痛むのか」
そういうと、不動は色のなくなった緑色の目をチラリとこちらに向けて、あいまいに答えた。腹、と言いつつ不動が気にしているのは厳密に言えば下腹部だった。だから、おれはトイレ行ったほうがいいんじゃないか、と言ったが、不動は、曖昧に笑ってほっときゃ治る、といったまま席を立とうとしなかった。
授業が始まる直前、校則違反の携帯をこっそりいじっていた。指の動きからして誰かにメールをしたらしい。誰だろう。そんな青い顔してまでメールをするような相手ってどんな奴なんだろう。
授業中も不動をちらちらと見たが、相変わらず青い顔のまま、ノートすら書かずにただ座っていた。というか、はたから見ても座っているのが限界です、という感じだった。俺は不動が倒れるんじゃないかと勝手にハラハラして、授業に全く身が入らなかった。
授業が終わって早々、不動はゆっくりとした動きで席を立った。どうやら立つのもつらいらしく、ちょっとフラフラしている。
「おい、本当に大丈夫か…?」
「ん・・・・大丈夫だから、気にすんな」
支えてやろうと手を伸ばしたが、それをやんわりと払われる。語尾はちょっと強めで、拒否というよりは拒絶されたようだった。
そのあとフラフラしながら教室を出た不動をちょっと目で追ったのだが、その時あることに気づいた。不動が、教室を出て、階段を上がっていったのだ。トイレはその途中にあるが、そこは素通りした。かといって保健室は1階にある。ここは2階だから、上っていくのはおかしい。
「どこに行くつもりなんだ・・・・・?」
気づいたら俺の足は不動の足取りを追っていた。
不動がそのあと向かったのは階段を上って、3階にある技術塔への渡り廊下を渡った、図書館の前のトイレだった。先ほど授業開始のチャイムが鳴ったから、そこを通る人は皆無だ。俺は不動に気づかれないように、かなりの距離を取って、慎重に進んでいた。
なんで、こんな人通りの少ないトイレなんかに・・・・って、え。
俺は思わず目を見張った。不動がフラフラとした足つきで入っていったのは男子トイレではなく女子トイレだったからだ。
どういうことなんだ・・・・・?
リノリウムの床が鳴らないように、ゆっくりと足を運ぶ。女子トイレが近づくにつれて、誰かと話している声が聞こえてきた。片方は不動。もう片方は誰だろう。
「わりいな、持っててくれて助かったぜ」
不動の声が聞こえる。心なしか安心しているような声音だ。
「あんたちゃんと1つくらい持ってなさいよ。常識でしょ?」
高すぎることもない女の声だった。そしてこの声には聞き覚えがある。確か、不動がまだ真帝国だった時のチームメイトだ。名前は分からない。ただ、ピンク色の髪だった覚えはある。
「半年くらい来なかったんだよ、めんどくさいし、ばれたら気まずいから持ってねえ」
「ハァ…馬鹿じゃないの。しかもアンタ重いんだから、気を付けないと…」
「だよな、あーぁ。今日はこれおとなしく帰らねえとマズイか」
その言葉に思わず身を乗り出してしまった。少しだったので、音もたたず、ばれもしなかった。
おとなしく帰る?今日考えた試合形式のことは、不動がいて初めてできる練習なのに。
すると、不動ではないほうが、そうよ、と同意する声を上げた。
「半年ぶりの生理なんだから、ヘタすると貧血で倒れるわよ。折角今まで男で頑張ってきたのが水の泡になるでしょうね」
せいり。生理。
確かに今あの女子生徒は生理と言った。生理。俺だって保健体育で習ったから知っている。男はならない。男ならならない。
『折角今まで男で頑張ってきたのが水の泡になるでしょうね』
そういえば不動が腹が痛いと押さえていたのは下腹部だった。下腹部というか、あそこには本来女なら子宮がある部分だ。つまり不動は・・・・。
「何度も言うけど、今はないかもしれないけど、これから胸だって膨らんでくし、腰だって細くなる。つけれる筋肉の量なんて歴然ってくらいに違くなるのよ。…みんな心配してる。あのときだって、影山に取り入るためだって言ったから、みんなあんたが男になるのを了承したのに…」
「小鳥遊」
「あんたが、きっと私たち以上に、サッカーが好きなのも知ってる。でもね、私たちだってあんたのこと好きなの。だから心配するの。…少しは私たちの気持ちも汲んで」
たかなし、と呼ばれた女生徒の声が震える。本当に心配なの、とか細くいった。はたから見ればその図はきっと男子生徒に泣きつく女子生徒の姿なんだろう。ただ、俺は盗み聞きとはいえ、その男子生徒が女であることを知ってしまった。
不動明王は、女だったんだ。
多分、この話しぶりからして、真帝国のメンツはきっと前からの知り合いだったのかもしれない。そして影山に取り入るために不動は男になって、そして佐久間や源田を帝国から引き抜いてきたのかもしれない。
そして、サッカーが好きで、そのまま日本代表になってまで、男を演じ続けたのか。
あんなに近くにいたのに、今の今まで全く気付かなかった自分が腹立たしくて、また一言も言われないことが悔しくて、思わず拳を握った。
「小鳥遊、大丈夫だ。俺は…いや、私は、中学校でサッカーやめる」
そうしたら、髪の毛だって伸ばすし、スカートはいて、ちゃんと女として生きるさ、という不動の優しい声を、俺はどこか遠くで聞いた。
そのあと俺の足が向かったのは屋上だった。屋上が、真帝国のメンツがよく使っていることは、帝国生徒のほとんどが知っていた。ただ、皆真帝国の醸し出すあの仲間意識が怖くて、誰も何も言いだせないだけだ。
キィ、と鍵もかけていないドアがむなしく鳴いて、誰もいない屋上に立った。ビル風ほどではないが、地上よりも風が体に吹き付ける。
もしかしたら、アイツが俺と一緒にサッカーをしているときも、真帝国のメンツはここから不動を見て、いつバレやしないかとひやひやしてたりしたのだろうか。不動や、不動のこれからを思って心配していたんだろうか。
不動を一番気にかけているのは、俺だと勝手に思ってたのに。
FFIが終わって、本当は雷門に居続けようとした。でも、不動が帝国に転入すると聞いて、俺も後を追うように転入した。不動は誤解されやすいから、俺が気をかけなきゃいけないなんて、頼まれてもいないおせっかいを焼いて、このざまだ。
見返りなんてほしかったわけじゃない。ただ、自己満足であれ自分が一番、と思っていたことが一番じゃなかった。根本的なところが分かっていなかったような気がして、なんだか悔しいのだ。
「鬼道クン!」
ガチャッ、と先ほどのドアが開いて、びっくりしたような顔の不動いた。俺はゆっくりと顔を向けて、不動の顔をみた。
確かに、男にしてはちょっと前から女顔かな、と思っていた。ただ、佐久間のことのあったし、そんなこと一切疑うことなんてなかった。
「佐久間や源田がさ、鬼道クンがいねえって言ってて、クラスメイトの一人がさ、鬼道クンが屋上に行く階段上ってるの見たって言ってたんだけど、まさか、ほんとにいるとは思わなかったから、びっくりしたぜ」
「そうか」
そういえば、こいつが部室やイナズマジャパンの更衣室で着替える時、いつもタンクトップを一枚着ていた。暑くないのか?と誰かが聞いた時も別に俺、スタメンじゃねーし。と言っていたのをふと思い出した。あの時はなんて自虐的なこと言うんだ、と思ったが、そういわないと誤魔化せなかっただけだろう、と今では思う。
あの時やっぱり真帝国のメンバーはハラハラしていたんだろうな。
ああ、ムカつく。
「鬼道クン?」
「なあ不動、お前今日は部活でないんだろ?」
「え・・・・・・・・?」
途端に不動の顔からいつもの皮肉を含んだような笑顔が消える。今言われたことが理解できない、という感じだ。
「そうだな、今日行ったことは一週間後にずらそう。そうすれば不動は倒れることはないんだろ?」
「え、あの、鬼道くん・・・・?」
どういうことか、まだわかっていないのか、不動が不安と困惑を織り交ぜたようなな表情でこちらを見ている。ああ、気分がいい。
いつかは忘れた、影山がまだ総帥だったころにいつも浮かべていた笑顔を浮かべて、俺は不動に近寄った。
「大丈夫だ。俺だってお前を心配してる」
手を伸ばして、腰を触ってみる。不動の体がびくりと震えたが、気になんかしなかった。
たしかに、わずかではあるが、そこは男よりもしなやかな、曲線が描かれていて、ああ、やっぱりこいつは女なんだな、と思った。
「き、どう、クン、なんでそのこと・・・・」
腰を触ってる手に思わず力を込める。不動がウッ、とうめいたが、ゾクゾクした。
『痛』と言ったあの時感じた感覚が、よみがえってくる。
「生理なんだから仕方ないだろ」
「・・・・!小鳥遊との会話、聞いてたのかよ…!」
小鳥遊。その言葉がでただけでイラつく。ああ、俺だって心配しているんだ。誰より、何より、お前のことを。一番。
「お前のことを一番心配しているのは俺だ。小鳥遊でもなくて俺なんだ」
だから、お前のことは全部知りたいんだ。
その時、不動がどんな顔をしていたか、俺は知らない。
*********************
なんか無理やり終わらせてすいませんでした。一番心配してると思ったら、ほかにも心配してる人がいて、しかもその人たちのほうが不動を知っているという事実に嫉妬しちゃう鬼道クンだったはずが、これただのヤンデレ・・・。
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きどふど。女体化注意。女の子だということを隠して生活するあきおの話