朝から雲の動きが怪しいと思っていたら、どうやらその予感は当たったようだ。
まだ午後も2時を回ったばかりだというのに薄暗くなってくる部屋で、窓際のテーブルに腰掛け本を読んでいたリンクは顔を上げる。
活字を追うのに障りが出るくらいには天気の怪しさは増していて、一雨きそうだな、と思った頃には遠くで硬いものを転がすような音が響いてきた。
「……雨だ」
呟くが、現在この屋敷にまでは届いていない。
窓から見える景色の、ずっと向こう、向こうに見える森よりもずっと遠く。そこでは既に天気は荒れ模様らしく、遠くの空にかかった暗雲と雨が見えた。
今日は乱闘もないオフの日だったのだが、それを幸運に思いながらもテーブルに頬杖をついていると、自分の膝で丸くなっていたピカチュウも眼を覚ましたらしく、ヒョイとテーブルの上に跳んできた。
「起こしちゃったか?」
寝ている時についてしまったのだろう、一部だけが妙な方向に流れた癖のついてしまった毛並みを指で撫で整えながら問いかけると、こちらを見上げてきゅっと眼を細め笑った。
いつもの事ながら愛らしい笑顔に、寝顔も可愛いけれどやっぱり反応が来るっていいなあ等と惚気に頬が緩んでしまう。
リンクが呆けている間にピカチュウはテーブルから窓辺に飛び移ると、遠くに見える雨雲を眺め出した。
微かに響いてくる雷鳴に、ぎざぎざ尻尾が揺れている。
「ピカチュウ?」
「ぴっぴー、ぴぃ! ちゅー、ちゃあ~ぴぃ~」
小動物なら雷雨というものは恐れこそすれ興味のあるものではないだろうに、次第に近くなってくる暗い雨雲を眺めるピカチュウの顔は至極楽しそうで、雨と雷の音にも共鳴して歌うように微かにリズムのある鳴き声を繰り返していた。
やはり、雷属性のポケモンだからだろうか?
ご機嫌な様子のピカチュウに、ふ、と安堵のため息をつきながら、リンクは真っ暗になってしまった部屋の電気をつけた。
ぽつ、と雨粒がひとつ窓を叩き、それが先駆けのようにタタタタタ、と激しい雨が窓を叩いてくる。
予想以上に強い雨だな、とそう考えた途端に、カッ、と一瞬空にまばゆいばかりの光が走り、
ガシャン!
「っぴぃ!」
「うわっ」
雷の音と同時に二人も驚きに声を上げた。リンクのみならずピカチュウも驚いたようで、窓際のシルエットの耳と尻尾がピンと上に立っている。
「……結構、近いな」
稲光とあまり間を置かずに響いた雷にリンクはそう呟き、ひょっとしたら停電になるかもしれないと思い立ち上がった。
「ランプか何か……あったかあ?」
蝋燭ならあったかな、と部屋の隅にある戸棚に向かい歩き出した途端、
ガシャン!!
一瞬のスパークと耳をつんざく轟音、そして、――暗闇。
「うわっ……言った端からだよ……」
どうやらこの雷で電気が落ちたらしい。
暗闇の中で頭を抱えつつ、窓辺のピカチュウを気にするが……先程の様子ではそんなに心配はいらないかもしれない。それならまずは灯りを何とかしないと。
そう思い、戸棚の方向に憶測をつけて再び歩き出そうとしたリンクだが……
「ぴかーーっ!!」
「うわ!?」
一瞬部屋の中を黄色い光が走る。それがピカチュウの放った電撃であると気付いたその瞬間に、
どすっ
「ぐへっ!?」
胸部と腹部のちょうど中間に、物凄い衝撃があり、リンクは衝撃もろとも吹っ飛ばされた。
後ろにあった壁にしたたかに背中と後頭部を打ちつけ、瞬間眼から走る星にクラクラしていると、
「――あ、あれ?」
胸の中に、何かの柔らかな感触が。
手で触れると、手触りのいい毛並みと、小動物特有の高い心音、暖かな体温。
「ピカチュウ?」
リンクの胸の中に飛び込んできたと思われるピカチュウが、リンクの服に顔を埋めてきゅうと抱きついていた。
……どうやら、先程の電撃でリンクの居場所を探し、ロケット頭突き並の勢いで抱きついてきたらしい。つまりさっきの衝撃は、それだ。
胸の中のピカチュウは、かたかたと小刻みに震えている。
「ピカチュウ? どうしたんだ、ピカ……」
言いかけたその時、またも轟音が部屋を包み、呼びかけるリンクの声はそれに掻き消された。そしてその瞬間にピカチュウがまたも驚きに小さな身体を跳ねさせると、ますますぎゅうとリンクの服にしがみついてくる。
わけも解らずピカチュウを宥めるようにその背中を撫でていたリンクは、ふと思い立った。
「ひょっとして、暗闇が怖い……とか?」
ピカチュウは応えないが、そうとしか考えられない。
……さっき雷を眺めていた時はあんなに楽しそうだったのに、打って変わって今の様子は、本当に他の子供や小動物と変わりない。
「そっかあ……」
胸の奥からじわりと沸いてくる、何とも形容しがたい感情のままに思わずだらしなくにやける頬を押さえて、リンクはピカチュウを撫で続ける。
暗闇に怯えたその瞬間に、電撃を繰り出してまでリンクに助けを求めてくるのが何とも嬉しくて仕方ない。
「ぴかぁ……」
「うん、大丈夫、大丈夫だから」
困りきった声で鳴くピカチュウの背を優しく撫でて、リンクは笑った。
怯えているピカチュウには悪いけれど、しばらく電気は回復しないでいてほしい、などと考えながら。
「リンク! ピカチュウ貸して!」
暗闇の中で突然扉が開いて、超能力でか指先を光らせ灯り代わりにしたネスが飛び込んできた。
「え、何で?」
突然の来訪とネスの言葉に驚いていると、ネスはとことことリンクの傍に寄ると、その腕の中にいたピカチュウをひょいと抱き上げる。
「この停電でね、プリンとかカービィとかポポとかナナとかがみんな怖がってるんだ。ピーチ姫が、電力があれば復帰するって言うからピカチュウの電気を少し借りようと思って」
「いや待て、それはピカチュウが可哀想だろ! 研究所のこととかトラウマなってたらどうすんだ!」
「大丈夫大丈夫、少しだけだから!」
「大丈夫って、お前なあ……」
ピカチュウを抱き上げ既に歩き出そうとしているネスを止めにリンクが近寄ると、そのリンクの袖を小さな指が掴んだ。
「ぴぃーか!」
「……ピカチュウも大丈夫だって! リンクも一緒に行こうって言ってるよ」
笑顔のネスとピカチュウに見上げられ、リンクは降参だと手を上げた。
「解った。仕方ないな……」
袖を掴むピカチュウの指をそっと握り返して苦笑すると、やったあと喜びにはしゃいだネスが、電力元に向ってだろう、走り出す。
腕の中にあった温もりを惜しく感じながら、リンクは後を追い、走り出した。
あまねく地上に降り注ぐ雨は、まだ止まない。
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大乱闘スマッシュブラザーズ、リンクとピカチュウのほのぼの、ネスも少し。リンピカ同盟さまへ投稿したものでした。スマブラX・亜空の使者に関する内容が一部あります。