目を覚ましたらすごくいい匂いがして、それに誘われるようにふらふらと居間に行ってみたら、
「おはよう、ほむらちゃん!」
ちょうど鹿目さんがちゃぶ台の上におはしと湯呑みを並べているところでした。
「朝ご飯、もうすぐ出来るからね。とりあえず顔、洗ってきなよ」
わたしは頷いて、洗面所に向かいます。眼鏡を外して、蛇口を捻って、顔に冷たい水をかけたところで――目が覚めました。
あ。
あああ!
見られちゃった!
見られちゃった!!! 鹿目さんに!
わたし、寝起きがすごく悪くて、起きてからしばらくはぼーっとしてて、そんな情けない姿見られたくないから、いっつも鹿目さんより早く起きるようにしてたのに!
ど、どうしよう。
どどどどうしよう。と、とにかく着替えないと。あわてて部屋に戻ろうとして、コンセントに引っかかってすってんころりん。そのままお風呂場のドアに体当たり。吹っ飛ぶドア。倒れるわたし。どんがらがっしゃん。
「だ、だいじょうぶ!?」
慌てて駈けつけてくる鹿目さん。
「ほ、ほむらちゃん、どうなってるの……? わ、わけがわからないよ……」
わたしも、わけがわからないよう……
えーん。
ドアは魔法を使って直して、ついでにべちゃべちゃになっちゃった服も乾かそうとしたら。
「ねえほむらちゃん、せっかくだしお風呂はいらない?」
と鹿目さんは言い、
「きっと楽しいよ、ほら、背中流してあげる」
あれよあれよといううちに、パジャマのボタンを外されて、ちょっとまって下は自分から脱ぐから待って待ってひい――
「な、なんだか鹿目さん、今日は積極的、だよね……」
「そうかな?」
お風呂場の鏡に映った鹿目さんの顔は、なんだかすごく楽しそう。そのまま視線を降ろしていくと、白い首。鎖骨。胸……なんだかいけないことをしてるみたいな気分になって、わたしは目を伏せました。
「ほむらちゃん、今どこ見てたの?」
「ひゃあっ!」
背中をつつーと下から上に撫であげられて、思わず変な声が出てしまいました……。
「ふふ、ほむらちゃんかわいい」
うう。なんだかいつもより意地悪だよう。
……でも、元気そうだし、嬉しいな。
昨日や一昨日なんて、ずっと泣いてたから。
「まず頭洗おっか、後ろに倒れてくれるかな?」
え?
「ほら、美容院みたいな感じ。1回やってみたかったんだ」
鹿目さんはわたしの後ろにいるから、仰向けになったら、ちょうど膝枕してもらう形になるけど……
でも。
「ほら、早く」
肩を掴まれて――あ、え、ちょっと待って、わたし、今タオルとか何にもつけてないから、このままだと、ええと、その、胸が……
「どうしたのほむらちゃん、顔、真っ赤だけど」
うう。
「もしかしてちょっと緊張してる? 大丈夫、痛くないようにしてあげるから」
そういうことじゃなくて……せめてタオル、タオルが欲しいよう。
「シャンプー入ったら大変だから、目、閉じててね」
しゃかしゃか。
「ねえ、ほむらちゃん。ほむらちゃんってさ、可愛いよね」
「えっ! ……ごほっ、ごほっ!」
「口あけちゃダメだよ、危ないよ。気をつけてね」
「ご、ごめ……ごほほっ!」
「うふふ、ほむらちゃんって結構ドジっ子だよね」
そ、そんなことないよう。気をつけたら大丈夫だよう。
「ほーむらちゃーん」
まるで返事を期待するように鹿目さんが声をかけてくるけど、我慢。
「ほむらちゃんが無視する……さみしいな」
がまん、がまん。
「わたしのことなんて嫌いなんだ……」
「そ、そんなこ……ごっ!」
「もう、ほむらちゃんったら、口開けたらだめって言ったじゃない」
鹿目さん……もしかしてわたして遊んでる……?
「ごめんねほむらちゃん、つい、可愛くって。今からちゃんと洗ってあげるね」
しゃかしゃか。
あ、結構上手かも。
しゃかしゃか。
なんだかあったかくて、眠くなって……
くー。
「ほむらちゃーん、起きてー」
……ん?
「起きないとキスするよー」
鹿目さんと、キス……?
「ひゃああああ!」
わたしは慌てて飛び起きます。
「わっ! もう、ほむらちゃん、びっくりしたじゃない」
「え、あ、その、ごめんなさい……で、でもキスって……」
「キス?」
きょとん、と首をかしげる鹿目さん。
「なんの話?」
え?
「夢でも見てたの?」
ええ?
「ねえ、どんな夢? キスってことは彼氏さんとか?」
か、か、か、彼氏!?
「ね、ね、どんな人だったの?」
「そ、そんな彼氏さんだなんて考えたこともなくて……というか、キスしようって言ったのは……」
「言ったのは?」
は、話さないとだめなの……?
恥ずかしい……
「し、し……」
「し?」
「し、知らない!」
「えー」
ぷー、と口をとがらせる鹿目さん。
「でもま、いいよ」
すぐにいつもの笑顔に戻る。
「ほら、今度は身体洗ったげるね。鏡の方向いて」
「う、うん」
「せっかくだし、1人じゃ洗いにくいところ、してあげるね」
あ、洗いにくいところ? それって……ど、どこかな。あ、あんなところとか。こ、こんなところ、とか……?
「ひゃああ!」
「どうしたの、ほむらちゃん?」
「な、なんでもない。だいじょうぶ、だいじょうぶ」
うう。背中にタッチされただけなのに、なんだか、全身に電気が流れたみたいだったよう……
「ならいいけど……背中、タオルでこするね」
ごしごし。
「ほむらちゃんってさ」
「うん」
「肌、綺麗だよね」
「そうかな……」
「ぜったいそうだよ! すっごい羨ましいもん。見てたらなんだか、すっごくドキドキするよ」
ド、ドキドキ……
それなら、わたしだってさっきからずっと……
――1人じゃ洗いにくいところ、してあげるね。
つ、次はどこ、洗われちゃうんだろ……
「じゃあ今度は首いくね」
「う、うん」
ごしごし。
「首も細長いよね。美人の証拠、いいなあ」
「か、鹿目さんだって」
「ううん、わたしなんかダメダメだよ」
「そ、そんなことないよ……すっごく素敵って、思うよ……」
「ありがと!」
わっ!
急に鹿目さんが抱きついてきて。
肌と肌とが触れ合って、すっごくあったかくて。
心臓がさっきよりもドキドキドキって鳴り始めて。
「首も終わったし、腕、洗うね。ばんざーい、ってしてくれるかな」
なんだかもうわけがわからなくなって、わたしはひたすらこくこくと頷いてました。
ごしごし。
「次は前を洗ったげるね」
ってことは、もしかして。胸とか……それからそのまま、下の方とか……
どうしよう。いいのかな。女の子同士で。でもわたし、鹿目さんとキスする夢見てたみたいだし、そんな夢を見るってことはきっとわたし、鹿目さんのこと……そんなダメだよわたし落ち着いて――
「あ、でもそれはさすがに恥ずかしすぎるかな」
え?
「はい、ほむらちゃん、タオル。私も身体、洗っちゃうね。そしたら一緒に湯船はいろ」
う、うん。
「どうしたの。残念そうな顔して」
「そ、そんなことないよ」
でもなんだろう、この、すごい勿体ない気持ち……
もしかして、わたし、さわられたかったのかな……鹿目さんに。
で、でも、まだチャンスはあるよね。湯船って狭いし――って、何考えてるんだろう、わたし。なんだか、おかしくなっちゃってる。身体じゅうが熱くて、それはたぶん、お風呂のせいだけじゃない。
どうしてか判らないけど、急かされるようにわたしは身体を洗いました。湯船が待ち遠しい気持ちでした。
「ほむらちゃんは先に入ってて。すぐ行くね」
わたしは鹿目さんにシャワーを渡して浴槽につかります。
鹿目さんが入るスペース、開けた方がいいよね。
わたしの前か、後ろか。
前が普通かな、でも色々見えちゃうかもしれないし……
後ろは……さっきみたいに後ろからぎゅってされたら、嬉しいな。でも、いいのかな……ど、どうしよう。
うう、決められないよう。
「ほむらちゃん、お待たせ。……えっと、わたし、どうしたらいいのかな」
結局わたしは、湯船の真ん中で体育座り。
「ほむらちゃん、もしかして1人で入りたかった……?」
「う、ううん! そうじゃなくて、えっと……」
「なあに?」
「どうやって入るのかな、って。そ、その、向かい合ってなのかな、とか。そうじゃないのかな、とか」
「あー、そっか」
うんうん、と頷く鹿目さん。ちょっと意地悪気にいひひ、と笑って。
「ほむらちゃんはどっちがいい?」
え?
それはやっぱり……
「向かい合ってが、普通かな……」
「普通?」
うーん、と眉をしかめる鹿目さん。
「ほむらちゃんは、ほんとうに、それでいいのかな?」
えっ。
もしかして鹿目さんに、ばれちゃってる……? 後ろに入ってほしい、って。
どうしよう。
どうしよう!?
「ほむらちゃんが決めてくれないなら……えいっ!」
「きゃあ!」
鹿目さんはわたしの後ろに飛び込んで、そのまま。
「んー、ほむらちゃん腰ほそーい。肌やっぱりすべすべだね」
わたしの身体を撫でて。
「理想の女の子だよねー。いいなあ」
ぎゅう、っと抱きしめてくれました。
うう。
なんだか、のぼせそう。
でも、幸せ。
……いいのかな、こんなに幸せで。マミさん。美樹さん。佐倉さん。
「ねーえ」
少し甘えた声で、鹿目さんが言いました。
「ほむらちゃんって、私のこと、鹿目さんって呼ぶよね」
「う、うん」
「名前でよんでほしいな。まどか、とか、まどかちゃん、とか」
えっ。
「今のままだと、なんだか寂しいな。ねえ、呼んでくれないかな」
「う、うん……」
わたしは息を吸い込みます。
まどか。
そう言おうとしたのに、中々口から言葉が出てきません。
「どうしたの、ほむらちゃん?」
言わないと、言わないと鹿目さんを悲しませちゃう。
「ま、ま……」
「ま?」
言わないと。
でも。
急に、これまでのことが頭をよぎって――魔女から助けてくれたこととか、一緒に戦ったこととか、たくさんたくさん――わたしなんかが、鹿目さんの下の名前を呼ぶなんて畏れ多い気がして。
「鹿目さん……ごめん」
「わたしのこと、あんまり好きじゃないのかな……」
「違うよ!」
わたしは思わず、振り向いていました。
「鹿目さんのこと、嫌いじゃないよ。その逆で、本当に尊敬してて、私もこうなりたいって思って、大切で大好きで大好きで――だから、そのっ!」
いつのまにか涙が流れていました。頭をよぎったのは、わたしがこれまでのループで見てきた、鹿目さんの、最後……。ワルプルギスの夜と刺し違えた姿。倒したはいいけれど、ソウルジェムが濁りきって魔女になってしまった姿。
「ほむらちゃん、ごめんね」
鹿目さんは、そっとわたしの涙をぬぐってくれました。
「苦しいこと、思い出させちゃったんだね……」
その時の鹿目さんの表情は。
とても優しくて、けれど苦しそうで――3日前、美樹さんが死んだ日みたいで、ほおっておけなくて。
わたしのほうから、鹿目さんを抱き締めていました。
「鹿目さん……」
「なあに、ほむらちゃん」
「わたし、ワルプルギスの夜を倒したら」
「うん」
「鹿目さんを守れたら、呼ぶよ。下の名前」
「ほんとう?」
「約束する。絶対」
「ありがとう、ほむらちゃん」
それからしばらくわたしたちは湯船のなかで身を寄せ合っていました。無言でした。けれどなんだか、重ねた手から気持ちが繋がってる様に思えました。
「ほむらちゃん」
ふと、鹿目さんが口を開きました。
「ワルプルギスの夜を倒したらさ、2人で、どこか遠くに行こうよ」
「遠く、って?」
「判らないけど……どこか、人のいない場所でさ。2人きりで暮らすの」
鹿目さんの声は、どこか震えていました。
「昼は庭のお花の手入れをしたり、お弁当持ってハイキングしたり。夜になったら窓から星を眺めてお話しするの。そうやって、ソウルジェムが濁りきっちゃうまで、ほむらちゃんとゆっくり過ごせたらな、って」
「素敵、だよね」
「だから頑張ろうね、ほむらちゃん」
わたしは、頷きました。
これまでの2回、わたしは鹿目さんに守られてばかり。
でも、だったけれど、3度目の正直。
今のわたしは、昔よりずっと強いから。それに、大好きな鹿目さんと交わした約束があるから。
ワルプルギスの夜を、倒してみせる。
絶対に。
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短編です。まどかさんとメガほむを一緒にお風呂に入れてみました。いちゃラブ多め。基本的に原作準拠です。(pixivより転載ッス)