「ついに…完成したわ」
パチュリー・ノーレッジはいつに無く上機嫌であった。日頃図書館に篭って、これまた日頃不機嫌そうな顔でブツブツと調べ物やら魔法研究やらに没頭している訳で、このような高揚したテンションになるのは珍しい。
「夜も寝ないで昼寝してがんばった甲斐があったというもの!」
うふふふ、と含み笑いをしながらくるくると体を回転させるパチュリー。その表情は充実感にあふれ周囲などどこ吹く風、ある意味恍惚に耽っているとも言えなくもない。客観的に見れば…キモイ。
「…さて、喜ぶのはここまでにして早速臨床といこう」
満足したのかふいに回転を止め、机の上に置かれたフラスコを手にする。フラスコの中は紫色のいかにも怪しげな液体で満たされている。
(これさえ飲めば、もう喘息ともおさらば。スペルだって唱え放題よ!)
そう、彼女が連日調合に勤しんでいたのは自身の喘息の特効薬である。寝る寸前に咲夜にふと思いつきで「ねぇ、迷いの竹林の薬師に私の喘息に効く薬が無いかどうか聞いてくれない?」と頼んだ事がそもそもの発端である。ただ、眠り掛け状態における思い付きであり、目が覚めたらケロッと忘れていたので「パチュリー様、例の件ですがあっさりと恙無くご了承してくれました」という報告を後に受けて首を傾げる事になったのだが。
咲夜に渡されたメモには調合法と必要材料が書かれており、材料はすぐに手に入るものから初めて聞く名の代物もあり、言うまでも無くそういった代物はメイド長に調達させたわけである。そして材料が揃い、いざ調合というところで問題が生じた。
そもそも彼女は、薬を調合するのが不得手だったのである。
調合を間違えて失敗、煎じようとした鍋をひっくり返して失敗、秤量していたら不意に喘息が起きて材料が吹き飛んで失敗。まさしく治そうとしている病状によって治そうとする方法が進まないという本末転倒な展開となっていたのだ(材料が無くなる度に調達に借り出された咲夜がかわいそうである)。
そんなこんなで先ほどの思いつきからちょうど3ヶ月、度々重なる失敗を繰り返し一応の完成を見たわけである。もちろん、こんな状況を繰り返した訳だからこの薬が本当に成功しているのかは極めて怪しい。そんなあやふやな代物をいきなり自らの体で臨床しようというのだからよほど嬉しかったのであろう。
言うまでも無く、無謀である。
「それでは、いただき…ゲホッ、ゴホッ、ガハッ!」
薬を飲もうとした瞬間、ものすごい勢いで咳き込むパチュリー。直前にあんな急な運動をしたのだから当然である。
「ハァッ…ハァッ…、よし、もう大丈夫」
数分ほど苦しんだ後、ようやく体調が落ち着いたらしくふぅ、と一息。この一連の流れだけで無駄に時間が経過。
(確か、この薬には体力増強効果もあるらしい。そっちの効果にも期待ね)
意は既に決してある。後は体が「薬を飲む」という動作を決するだけである。
「今度こそ、いただきます」
手にしたフラスコを口に沿え、斜め六十度に傾けて薬を飲むパチュリー。こくん、こくんと喉が微かに動き、液体はゆっくりと体の中に入っていく。
「…ぅん、このぐらいにしておこう」
全体の3分の1程を飲み干したと思いきや、急に飲むのを止める。せっかく苦労の果てに完成したのだからちびちび飲もうという考えなのだろうか。
「一度に飲みすぎると息が出来ない」
そうでもなかった。と、いうかわざわざ口に出す言葉じゃない。嗚呼、何故捨虫の魔法には健康促進の効果は無いのだろう。
(特効薬というのだから直ぐに劇的な変化が現れていいものだけど、流石にそれは無茶か)
そう思い、薬を机に置いた刹那、『それ』は来た。
「っ!」
全身から突如湧き出た熱さ、同時に小刻みに各所が振動している。苦しさのあまり呼吸をしようにも、横隔膜も震えていて空気の入れ替えにまるでならない。
「かはっ」
息が漏れた直後、骨が軋み出す。メキメキという擬音は聞こえないが、確実に大きく太く成長し、同時に視線が少しずつ上がっていく。
「あ、あ、あ」
胸の周辺が熱さを増していき、それはじわじわと周辺に広がっていく。それに伴い、胸部の重量が増していく。まるで胸に直接ぬるま湯をゆっくりと注ぎ込まれたかのような感覚に襲われる。膨らみを増した半球によって体の比重が変わり、まるで上半身が斜め下にぐいぐいと押されているかのようである。
「く…っ」
思わず机目がけてつんのめり、手で支える形になる。しかし、変化は止まらない。脚は膝が見えるほどに伸び、足は面積を増して靴を圧迫する。胸はますます質量を増やしていき、今度は腰の辺りが強い熱を帯びていく。臀部の肉が増加し、上へと持ち上がっていく。ネグリジェ風の服の下に着ていた下着がきつくなっていく。
「あwせdrftgyふじこ」
声にならない声が発せられ、顔立ちが幼い少女のものから大人に足を入れかけた「お姉さん」的なすっきりしたものに変わっていく。いかにも不健康そうな白い肌が、程よく赤味を帯び変化は止まった。
「…あぅ」
変化の余韻の苦しさを堪えて、魔法で即興の姿見を作り出す。
「…ここまでとは。捨虫の魔法を無視するなんてどういう薬よ」
姿見の向こうにはチビでもやし体型の自分ではなく、すらりとした身長とゆったりした服からでもわかる大きな胸を持つ自分がいた。
バリーン!
「今日は気分を変えて窓から参上だぜ!」
それまでの流れを一気呵成にぶち壊す登場。普通の魔法使い・霧雨魔理沙である。
「気分を変えて…で、窓を壊すな!」
「お、パチュリー…ってこんなだっけ?」
「ちょっと、前!前!!」
変貌を遂げた動かない図書館に気を捕られ、減速を怠った魔理沙は机めがけて一直線!
「ストップ!ストップ!ぎゃあああああ」
ガシャグチャゴシカァン!ものすごい音を立てて机とその上に広げられていた各種アイテムが滅茶苦茶になる。
「あいててて…」
「…あ、あ、あんた!それは」
「ん、あれ?なんだか濡れてるな」
帽子が取れた魔理沙の頭の上にはフラスコ。…残り3分の2残ったフラスコ。さっきパチュリーが3分の1飲み干したフラスコ。その中身が全部魔理沙に頭からぶち撒けられていた。
「…っ!あ、ぐ、ごっ」
パチュリーとは違い、魔理沙の変化はすぐさま起きた。ぐんぐん伸びる身長!たちまちメロンサイズになるバスト!「これで安心安産型」なヒップ!どことなくエロいレディ顔!ついでに服まで巨大化!
1分も経たずに、八頭身という表現が実によく似合う魔理沙が現れた。
「うおおおおおぉぉぉぉぁぁぁ!体がたぎるうううううぅぅぅ!!」
わけのわからない絶叫を唱え、いきなり走り出す八頭身魔理沙。目の前の本棚を次々とふっ飛ばしながら全く止まる様子は無い。なお、レディらしくスカートを踏まないように持ち上げている。ある意味において瀟洒(すっきり垢抜けている)と言えなくも無い…可能性がある。
「…‥・・・・・・」
眼前の惨状を見つめながら、パチュリーはぶるぶると震えていた。空気を読まずに空気を壊し、あげく無茶苦茶な変化の末に滅茶苦茶な暴走を続ける白黒。そして、こんな酷すぎる展開を紡いだ運命を心底呪う。
「まぁ~りぃ~さぁぁぁぁ~~~~~~~!!!」
ついに堪えきれず、八頭身魔理沙の追跡をすぐさま開始する。猛スピードで駆け回る八頭身魔理沙を魔法を乱発しながら追いかけるパチュリー。こんな無茶をしても息切れ一つない。本人は気付いていないかもしれないが、薬の効果は確実に現れている。スペルカードルール?んなもん知るか!
この時、パチュリー・ノーレッジはいつに無く怒り心頭であった。毎日図書館の中で、毎日一定以下のテンションで研究やら友人の無理難題を相手している訳で、このような高揚したテンションになるのはこれまた珍しいのであった。
追記・ちなみに、薬は半日で効果が切れる失敗作であった。
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
10年冬コミの合同誌に提供した作品。テーマ:おっぱいで喧嘩してはいけない。