No.23335

リジ:リーヴァ

【リジ:リーヴァ】
誰がつけたか解らない。
誰も知らない場所にある、誰も知らない小さな森の名前。
それは世界の果ての果て――。

2008-08-05 00:43:37 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:592   閲覧ユーザー数:554

 

リジ:リーヴァ。

 

誰がつけたか解らない。

誰も知らない場所にある、誰も知らない小さな森の名前。

それは世界の果ての果て――。

 

ここには何もありません。

森と言っても草木は焼け焦げ、大地は枯れ果てていました。

空は真っ赤に燃えていました。

鳥のさえずりなど聴こえるはずもありません。

さみしいさみしい、無色無音の世界なのです。

 

 

 

 

 

 

しかしそこに、たったひとつだけ生命が存在していました。

それは一匹の虎。

しなやかで美しいけれど、全てを拒絶するような鋭い眼孔でした。

 

そんな虎がたった一匹、ここで生きていたのです。

 

 

 

ある日、眠っていた虎は"音"を聞きました。

誰もいるはずがない、誰も来るはずがないのに……。

虎は起きあがると、音の方へ歩いてゆきました。

 

 

"音"はたった一度きり。

それでも何故か虎の歩みには、迷いがありませんでした。

直感なのか、確信なのか。

まるで場所を知っているかのように、歩を進めます。

 

 

 

やがて辿り着いた場所は、水が枯れてしまった、かつては湖だった場所。

そこに一人の女性が、背を向けて座っていました。

真っ黒い髪に黒いワンピース。

何をするでもなく、ただそこに座っていました。

 

 

何故ここに人間が?

虎は酷く動揺しました。

虎は人間に対してよい感情をもってはいません。

それは過去に何かあったから、もしくは特に意味はないかもしれません。

理由は曖昧なのです。

何故なら虎には、この森で目覚める前の記憶がないのですから。

 

 

自分でも説明できないココロのまま、虎は女性に近づいてゆきました。

気配に気付いた女性は、ゆっくりと虎の方へ振り返りました。

しかし驚いたそぶりも見せず、臆することもなく、ぼんやりと見ているだけ――。

 

 

 

虎は女性より5歩手前で、歩みを止めました。

暫くお互い、相手の姿を見ていました。

 

眼が、よく似ていました。

違いは、その奥に隠されているものが虎は炎で、女性が水であること。

総てを拒絶し、なにもかも焼き尽くそうとする虎。

総てに絶望し、ただ水の流れに身を任せようとする女性。

 

 

「ココは、貴方の森?」

ようやく女性が口をひらきました。

 

 

森は誰の物でもありません。

ただ、虎しか生きていなかっただけなのです。

けれど説明することは出来ません。

人間のコトバを理解することが出来ても、声に出来ないのですから――。

 

 

「誰もいないのね、ココには貴方以外。」

「でもよかった。もうアタシは、誰も要らないもの。」

 

女性はそう言うと安心したのか、膝を抱えて眠ってしまいました。

虎は暫く見ていましたがやがて、もう一歩だけ近づくとそこで眠ってしまいました。

 

夢か現か――。

虎は水の流れる音を聞きました。

優しい優しい音を、聞いたのです――。

 

 

 

 

目を覚ますと、女性は昨日と同じように座って虎を見ていました。

自分ではない何処かを見ている、虎にはそう見えました。

 

それから虎と女性はこの森で生きました。

女性は今まで誰にも話せなかった沢山のことを、虎に話しました。

心にある闇を、少しずつ、吐き出していきました。

 

 

「虎さん、コトバってとても難しいの。たった一言で相手を殺すことも出来るの。」

「ねぇ虎さん、だからアタシね、コトバはもういらないのよ。」

 

 

虎はただ聞いて、ただ受け止めました。

苦痛などありません。

聞くことによって少しずつ開いていくココロ。

近くなってゆく距離。

それが虎にはたまらなく、嬉しかったのです。

 

 

いつしか女性は、虎に寄り添って眠るようになりました。

穏やかな眠り顔を見て、虎も安心して眠りました。

虎にとってこの地上で唯一の、癒しになったのです。

 

 

 

気付くと湖に、涙のような美しい水があらわれていました。

そう、この森は虎のココロをうつす鏡だったのです。

 

 

 

 

 

 

 

二人の距離は近くなりました。

お互いがお互いを必要とするようになりました。

しかし、そうなればそうなるほど、虎は自分がイヤになりました。

コトバなどいらない、女性は確かにそういいました。

けれどそれがココロの底からの声ではないことに、虎は気付いていたのです。

 

 

 

 

「故郷に残してきたママは、どうしているかしら……。」

 

眠りに落ちる間際つぶやいた其の言葉に、虎はココロを痛めました。

何も伝えられない。

ここから出して、母親に会わせてやることは出来るのに、其れを伝えられない。

なにより自分の側から、女性を離したくなかったのです。

 

自分が虎であることに、そして自分のエゴイズムに絶望しました。

そしてその日、初めて泣きました。

声をあげて、泣きました――。

 

 

 

『何故自分は彼女と同じではない?』

『何故私はこんな身体なんだ。』

『嗚呼、声が欲しい……彼女の名前を呼ぶための声が……。』

 

 

泣きながらあてもなく歩いていると、小屋を見つけました。

虎はこの森じゅうを知っていました。

だからこの小屋に、気付かないわけがないのです。

 

女性と出会ったことで現れた、古い小屋。

入ってみると、中はヒトが住んでいた形跡がありました。

ぽつんと置かれたテーブルと一脚のイス。

その上にはたくさんの原稿用紙と、写真立て。

写っているのは……。

 

 

 

 

嗚呼、何故忘れていたんだろう。

私はこの女性を愛していた。

けれど彼女は死んでしまった。

私の心も、死んでしまったんだ。

 

誰もいない世界を望んだ。

総てを拒絶して、何もない世界を望んだ。

人間は、儚い。

 

愛しい人が先に死ぬのを、もう見たくなかった。

けれど強くありたかった、虎のように。

私の書いたあの物語に出てくる、虎のように――――。

 

 

 

 

 

 

 

虎は真実を知ってしまいました。

宿命から、現実から、虎に姿をかえて逃げ続けてきたこと。

今こうしている自分が、本来存在しえないものであることを……。

 

 

虎は女性の元へ帰りました。

そして眠りから起こすと、森の出口へと引っ張ってゆきました。

 

「どうしたの、なにかあったの?」

 

虎は眼を見ようとしませんでした。

ただ拒絶するように、女性に向かって大きく吼えました。

まるで出て行けと、いわんばかりに――。

 

 

「ここは貴方の森だものね……。」

「ママの所へ、行くわ。遠く離れて気付いたことが、あるから……。」

「今まで、有り難う。」

 

 

また独りになった虎は、女性と初めて逢ったあの湖へ向かいました。

 

 

 

 

森は虎のココロを映す鏡。

みるみるうちに、芽吹きはじめていた草木は枯れ、元の森へ戻ってゆきます。

ただ湖だけを残して――。

 

 

虎にとって女性は、優しい水でした。

 

 

 

 

 

 

虎は湖の中へ入ってゆきました。

深さはまだ、脚が丁度つかるほどでした。

 

 

優しい水に包まれて、虎は静かに息を引き取りました。

女性の幸せを、ただ祈って――。

 

 

 

 

一週間後。

戻ってきた女性は、冷たくなった虎を見て泣き崩れました。

あの時の虎の淋しそうな眼に気付いていたのです。

女性にとって虎は、とてもとても大切な存在だったのです。

だからこうして、またこの森に帰ってきたのに……。

 

水は湖いっぱいになっていました。

水面には厚い氷が張っていました。

もう触れることすら、叶わないのです。

 

 

眠っているかのような虎。

女性は自分を悔いました。

戻らない生命、かけがえのない存在。

手を離してしまった自分を、心底悔いました。

 

 

 

「まだ貴方の名前も知らないのに、ごめんなさい、ごめんなさい……。」

 

 

 

 

何度も何度もそう呟き続けました。

氷ごしに、届かない手を伸ばして――。

 

 

 

 

「私が貴方に、名前を付けてもいいかしら。」

 

「……ライモンがいいわ。」

 

「私が一番好きなお話に出てくる、みんなに慶びを伝える、虎の姿をした神様の名前なの。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タイトルはね……リジ:リーヴァ……。」

 

 

 

 

 

 

 

「素敵でしょう、貴方にぴったりだわ。ねぇ……ライモン。」

 

 

 

 

 

リジ[名詞:透明な水、涙]

リーヴァ[名詞:最後の楽園]

 

 

 

 

 

 

Fin……


 
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