「お金が、ありません」
こんにちは、智樹です。
いきなりで恐縮なのですが、我が桜井家は困窮の危機に立たされていたりします。
「…で?」
「なに?」
僕が精いっぱい真剣な表情で訴えているのにニンフを始めとした未確認生物達はきょとんとしています。
くそっ! これじゃあ自分が馬鹿みたいじゃないか!
「お金ならアルファーからもらったカードがあればいくらでも出せるじゃない?」
ニンフの言う通り、本来はイカロスからもらったシナプスの転送用カードがあればお金に困る事はないのですが…
「…そはらに没収された」
「え?」
「この前そはらに没収された。これがあると自堕落になるからって」
「ちょっと!?」
「だから、今は家の収入って親からの仕送りだけなんだよ」
さらに言うと、僕一人ならともかく三人も余分な居候を養えるだけの仕送りじゃないわけで。
「…心配ありません。食べ物に関する転送カードは、私が管理しています」
うん。イカロスがそっちの管理をしてくれて本当に良かった。
それさえも没収されていたら今頃僕たちは飢え死にしている事でしょう。
「確かに食べるには困らない、だけど逆に言えばそれだけだ。家が壊れても直す金がない」
「あー… それは拙いわねぇ」
ようやく事の重大さに気付いたのか、アストレアが困った顔をした。
何しろこの未確認生物どもが居候になってからというもの、事あるごとに我が家は爆発と損壊を繰り返しているのですから。
「最悪、どうしても必要な時は出してもらえる様にそはらに頼んである。でも『どうしても』って時だけだ」
「なら何も問題は無いんじゃないの?」
「甘いぞニンフ! 今の状況だと俺達に余分なお金はないって事だ!」
「だから?」
「エロ本が買えないじゃねぇか!」
まあ、つまり僕にとってはそういう事です。
~エンジェロイド改造計画 桜井家編
そのいち おかねのたいせつさをしろう!~
「はいはい。困ったわね」
「ねぇ、それより晩御飯にしない?」
「…えっちなのは、いけないと思います」
俺の苦悩に無関心なニンフとアストレア。そしてどこかで聞いたようなフレーズを呟くイカロス。
つまり私達には関係ないと言いたいんだな? だがそれは大きな間違いだ。
「ふっふっふ… お前ら、他人事だと思うなよ?」
「いや、他人事だし」
「それよりもお腹すいたー」
「…特に、困りません」
「お前ら、このままだと来月からの小遣いは無いぞ?」
俺の言葉と同時に未確認生物達は一斉に立ち上がった。
「なんでよ!? そんなの横暴よ!!」
「お金が無いんだから仕方ないだろ!」
真っ先にくってかかるニンフに反論する。
僕自身が困窮しているんですから、こいつらに渡すお金もあるわけない。
「じゃあ私のお菓子は? 昼ドラ録画用DVDは?」
「ないっ!」
ニンフは意外とお金の使い方が荒く、欲しいと思ったら直ぐに買ってしまうタイプだ。
当然ながら貯蓄などなく、DVDどころかお菓子の購入も危うい。
「私の一日一本うめぇ棒は?」
「ねぇよ!」
アストレアの日課である買い食い用のお金もない。
それにしても一本十五円のお菓子で幸せとは、さすがだなアストレア。
「あの子達の、養育費は…?」
「…ないぞ」
ここでイカロスが言っている『あの子達』とは、もちろん庭のスイカの事である。
種から肥料、ビニールシート等とスイカの栽培とは意外と費用がかかる物だったりする。
というかイカロス、養育費という言葉の使い方は間違ってるからな?
「私とマスターの、愛の、結晶が…」
がっくりと畳に膝をつくイカロス。
いや、確かに俺も手伝った事があるけど。愛の結晶て。
「なんとしてもカードを取り戻すのよ!!」
「はいっ!」
イカロスに気を取られている隙に、戦闘態勢を整えていたニンフとアストレアが居間を出て行こうしていた。
「待てお前ら! そはらと喧嘩でもする気か!?」
「それはソハラ次第ね」
「そうよ! 殺人チョップなんて怖くないわ!」
駄目だこいつら、冷静さを失くしてやがる。
それとアストレア、膝が震えているぞ?
「二人とも、待ちなさい」
俺が対処に困っていると、ゆらりと立ち上がったイカロスが二人を制した。おお、流石にイカロスは冷静だったか。
「そはらさん相手に二人じゃ戦力不足。私が前線に出る」
「イカロスお座りっ!」
一番冷静さを失っていたのはイカロスだった。
それでも渋々ながら俺の言う通りに座るんだから嬉しいやら悲しいやら。
「大丈夫だ。俺に考えがある」
「なんだ、それを先に言いなさいよ」
いやニンフさん? 俺が言う前に君たちが暴走しようとしたんだからね?
「それで考えって何? うめぇ棒は食べられるのよね?」
アストレア、お前はそれしかないんかい。
「流石マスター、あの子達の、パパとしての自覚が…」
イカロス、俺はスイカを家族に持つ気は無いぞ?
「…まあいい。俺の考えとはこれだ!」
そう言って俺は一枚のチラシをテーブルに置く。
『アルバイト、ウェイトレス募集…?』
イカロス達が声をそろえて疑問の声を上げた。
次の日。
僕たちはバイトを募集していたファミレスに来ていました。
「あら~。やっぱりこうしてみると可愛いわね~」
「そ、そう?」
五月田根会長の言葉にまんざらでもない表情をするニンフ。
今、ニンフを始めとした三人はウェイトレスの衣装を着ていました。ちなみに僕もウェイターの制服です。
「ここって師匠のお店だったんですねー。びっくりしました」
「うふふ~。これでも会長、手広いのよ~」
そう、バイトの募集をしていたファミレスは会長が経営に関わっているお店なのです。なので会長のコネのおかげで僕らはあっさりと面接に合格し、さっそく今日から仕事に入るというわけです。実は僕がそはらにカードを没収されて困っている時に、会長からお誘いがあったのがそもそもの始まりなのでした。
「あのー会長。一応聞きますけど、ちゃんと給料は出るんですよね?」
「もちろんよ~。ちゃんと桜井くんにも出すわ~」
「うっしゃぁ!」
あの会長が僕に優しいと逆に不気味に感じるのですが、今はその言葉を信じようと思います。
「へー。随分とやる気だね」
「っ!? その声はそはら!?」
後ろから聞こえた声に驚いて振り返ると、イカロス達と同じウェイトレスの衣装を着たそはらがいました。
「なんでお前がここに!?」
「私もここでバイトしてるんだ。せっかくだからイカロスさん達に色々教えてあげるね」
「…お願いします、そはらさん」
「よっし! やるわよ!」
「うめぇ棒、うめぇ棒…」
そはらに連れられてホールに入って行く三人。
まさかそはらの奴、俺達の行動を予想していたのか? そういえば会長からの提案もタイミングが良すぎた気が… いや、そんな事を考える前に俺も行かないと。例えこれがそはらの策略だったとしても他に打開策は無いんだから。
「イカロスちゃん達もだけど、桜井くんも頑張ってね~」
「うす! 頑張ります!」
そはらがついているとはいえ、あの未確認生物達が問題を起こさないとは限りません。
僕の方でも気を遣ってやらないといけないでしょう。なにしろエロ本の為ですからこっちも気合いが入ります。
「待ってろよ! 愛しのエロ本達!」
「桜井く~ん。今度そういう発言をしたら即刻クビよ~」
「はいぃ!」
トモちゃん達が会長のファミレスで働き始めて二週間が経ちました。
今日は初めてのお給料日です。
「みんなお疲れ様~。これが約束のお給料よ~」
「よっしゃあああ!」
「やったわ! 私達、遂にやり遂げたのね!」
「やですねぇ、何泣いてるんですかニンフ先輩」
「アストレアも、泣いてる」
トモちゃんもそうだけど、イカロスさん達も凄い喜びようだなぁ。
「イカロスちゃんたちのおかげで売り上げも伸びたから、ちょっと色をつけておいたわ~」
「ええっ!? 師匠、お札に色なんてつけたら使えなくなっちゃうんじゃ…?」
「馬鹿ねデルタ。ここでの色は割増って意味よ」
「割増ってなんですか?」
「…つまり、沢山もらえたという事」
うん、でもこれくらいじゃないと労働の喜びも実感できないかも。
「お疲れ様トモちゃん。いくらもらったの?」
「はっはっは。なんと野口さんが二枚だ! これでエロ本が買えるぜ!」
「うーん、まあ程々にね。全部使っちゃ駄目だよ」
「おうよ!」
会長がちゃんとトモちゃんにお給料をあげるなんて意外。まあ、ちゃんと働いてイカロスさん達のフォローも積極的にしていたから、その辺はしっかり評価してくれているのかも。
「さあ行こうぜ! 今日はこのまま買い物に行くぞ!」
「うーん、何を買おうか迷うわね」
「ニンフ先輩ってば気が早いですよ~」
「…あれと、あれも…」
トモちゃんに連れられて意気揚々と買い物に行くイカロスさん達。
「またお金に困ったら来てね~。いつでも待ってるわ~」
『はーい』
私と会長はそれを見送った。
…これで今回の計画は成功かな?
「見月さんもお疲れ様~。予定通りに終わったわね~」
「はい。本当にありがとうございました」
「いいのよ、結果的にこっちも得したから~。それにしても、これで本当に勤労意欲に目覚めたのかしら~?」
「きっと大丈夫ですよ。あんなに喜んでいたんですから」
「確かにあのままだと、桜井くんは自堕落生活一直線だものね~」
「ええ、まったく」
今回の私と会長が立てた計画。
それはトモちゃん達にお金の大切さと働く事の大変さを知ってもらう事だった。
そもそもトモちゃんはイカロスさん達に依存しすぎてるのよね。
金銭的にも甘えっぱなし。特に家事一切は完全にイカロスさんが掌握しているというのが現状なんだから。
ついでにイカロスさん達がお金の大切さを知ってくれれば言う事無いんだけど。
「そうだ会長。イカロスさん達にはどれくらいお給料をあげたんですか?」
「これだけよ~」
そう言いながら会長は指を四本立てた。つまり野口さん四枚と。
「トモちゃんの倍もらったんですね。トモちゃんが拗ねないといいんですけど」
でも仕方ないかな。
実際、イカロスさん達がバイトを始めてから三人を目当てにしたお客さんが増えたんだし。
「何を言ってるの? 倍どころじゃないわよ~?」
「えっ?」
「会長がイカロスちゃん達にあげたのは野口さんじゃないわ~。諭吉さんよ~」
えっと、それってつまり。
にじゅうばいって事ですか?
「トモちゃんっ!!」
「うおわ!?」
買い物を終えて家でくつろいでいると、いきなりそはらが尋ねてきた。
「イカロスさん達は? もう買い物終わったの?」
「ぐえええ…」
いや訂正、襲撃してきた。
首を掴まれてがっくんがっくん揺さぶられる。やばい、意識が。
「どうしたのソハラ?」
「あ、ニンフさん! えっと、お給料で何か買ったの?」
ふう、偶然ニンフが通りかかったおかげで助かった。
「うふふー。もちろんよ!」
満面の笑顔でニンフが取り出したのは昼ドラのDVDコレクションだった。なんでも有名な韓流ドラマらしい。
ニンフのバイト代は見事にこれに消えた。お菓子とどちらを取るかだいぶ悩んだみたいだけど、最終的にこっちを選んだらしい。
「いやー。お金があるっていいわね♪」
「あー… うん」
がっくりと肩を落とすそはら。
その気持ちは分かる。いくならんでも使い方が荒いよなぁ。
「アストレアさんは?」
「あっちだ」
「むぐむぐ。むぐ?」
山のように積まれたうめぇ棒と、それに埋もれたアストレア。もはや何も言うまい。
「トモちゃん…」
「俺は一応止めたぞ?」
ただ、ここ二週間も禁欲を続けていたこいつらには反動が大きかったらしい。
「…はぁ。イカロスさんは庭?」
「おう。あれだ」
「…設置完了」
庭のスイカ畑にでかでかと鎮座するめっちゃ高い園芸用品の数々。
当然ながらバイト代全額投資である。その時のイカロスには微塵の迷いもなかった。
「まさかこいつらの金使いがここまで荒いとはなぁ。まあ、今回は頑張ったし別にいいんじゃないかと…」
「………トモちゃんも全部使っちゃったの?」
「うん? おいおい、馬鹿にするなよそはら。俺は―」
「当然エロ本に全部使った! むしろ使わないと野口さんに失礼だろ!?」
プチッ
あれ? 今そはらから何かが切れた様な音が…?
「トモちゃんは野口さんに全力で謝りなさい! それとイカロスさん達もそこに座る!」
やべ、そはら火山が噴火した。
「そはら、さん?」
「えー、これから買った昼ドラ見るんだけど…」
「むぐむぐ」
「いいから座るっ!!」
『はい』
俺達は大人しく居間の畳に正座した。
こうなったそはらを止められる奴を俺は知らない。
「遠まわしにやろうとした私が馬鹿だった。これからお金の大切さを丁寧に教えます!」
こうしてそはらの説教は夜通し続きました。
僕たちはお金の大切さと、そはらの恐ろしさを身に染みて理解したのでした。
~了~
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『そらのおとしもの』の二次創作になります。
今回はイカロスさんを少し暴走させてみたり。