No.23166

SF連載コメディ/さいえなじっく☆ガールACT:7

羽場秋都さん

毎週日曜深夜更新!フツーの女子高生だったアタシはフツーでないオヤジのせいで、フツーでない“ふぁいといっぱ〜つ!!”なヒロインになる…お話、連載その7。

2008-08-03 23:40:13 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:653   閲覧ユーザー数:629

「おや。今回の修繕は母屋(おもや)の方かい。めっずラしいねえ」

 須藤家の庭先に抜けるような空を貫く初夏の陽射しを浴びてすっくと立っているのは、巻き舌気味のべらんめえ調、紺染めのハッピ、白髪の角刈りに頑固そうな面構え。まるで絵に描いたような江戸っ子のオヤジである。

 

 

 夕美の父親の耕介と昔馴染みの大工の棟梁で、以前住んでいた街でも、耕介が実験に失敗して家を壊すたびに毎度々々修繕を請け負ってきた。そんなわけで、須藤家のフツーでない諸事情もよく呑み込んでいるので、今更余計なことは訊かないし、昔気質(かたぎ)で口も堅いから助かる。

 ここに引っ越してから最初に家を壊して修理を頼んだとき、例によって下界のゴシップ好きのオバサマたちが何人か語らって、須藤家の秘密をなんとか聞き出そうと山の下で仕事を終えた棟梁を待ち伏せしていたことがある。

 最初は適当に受け流してその場を立ち去ろうとしたが、まるでスポーツ紙の記者かパパラッチのごとくしつっこく付け回してくるもんだから、とうとうぶち切れた棟梁は見事な啖呵を切った。

「べラんめぇ!! こう見えても俺っちはな、人様の敷地に柱ぁ立てても、人様のプライバシーに立てる聞き耳なんざ持ち合わせちゃいねぇんだ!てめぇラみてぇにつまラねぇ連中とウダ話してるほど、こちとラぁヒマじゃねんだ!とっとと失せやがれ!!」

 

 後日、この話を学校の友達から伝え聞いた夕美は(うわ。めっちゃカッコエエ!あっこまでおじいちゃんでなかったら絶対惚れてまうなあ)と思った。夕美は渋好みではあるが、いくらなんでも、父親よりはるかに年上となれば問題外である。

 とはいえ、それ以来、夕美はこの棟梁に一目も二目も置いている。

「棟梁のおじさん、ほんまにごめんなさいねえ、こんな朝早よぉから来てもろてからに」

 耕介が酔っぱらいながら棟梁に連絡を入れたのは昨夜、論の歓迎会の最中だから結構な夜中である。本当なら即、断られるか、二・三日待たされても文句は言えない急で無茶な依頼なのだが、とにかく家の状態を見てからということでさっそく朝早くから山へ下見に上がってきてくれたのである。

「はは、いいってぇ事よ。あんたのおやっさんの研究棟なら雨漏りしようが床が抜けちまおうがウっちゃっとくけどよ、母屋って聞いちゃなあ。嬢ちゃんが困るだろうってな。なに、イマドキ俺ッちみてぇな時代遅れの大工に仕事させようなんて酔狂はそうそういねぇからな。どーせヒマだったのよ。そらそうと───」

 玄関からキッチンまで一直線に吹き抜けるように壁と天井がぶち抜けてしまった家をひととおり眺めながら、棟梁はうーむ、と唸った。

「今までたぁちと壊れ方が違うなぁ。でぇいち母屋ってこたぁ、嬢ちゃんにケガぁなかったのかい」

「え?え、ええ、ええ、あ、あたしは大丈夫。無傷ですよ。あは、あはは。」

 夕美は口ごもった。故意でやったのではないとはいえ、一応自分が原因には違いないので多少の引け目がある。

 

「おう。そいつぁ不幸中の幸いってもんだ。さて、どうするかね?これじゃ屋台骨からいじくるしかねぇんだが、せっかく根っから治すんだ、予算さえ許すんなら、天守閣だって建ててやるぜ。洋風、和風、中華風にアラビア風に韓国風。俺っちの腕にかかりゃあ、どんなリフォームでもござれだぜ?」

 夕美は(中華風、て…料理やあるまいし。)と思いつつも、実際この棟梁ならたいていのものはチャッチャと作ってしまうだけに、彼が生み出す不思議な家をちょっと見てみたい気もした。

 

 

「あっ、あっ。あかん、もう時間やわ。ごめんな、あたし、もお学校いかなあかんねん。棟梁のおじさん、おじさんのセンスと良識に任せるわ。ええよおにしたってえな。悪いけどあとはお父ちゃんつかまえて話つけたってくれはる?」

 夕美は片手拝みにごめんな、ごめんな、を繰り返しつつ、学生カバンをひっつかんで石段を下っていった。

 その後ろ姿を見送りながら棟梁は「…いい娘さんに育ったじゃねえか。」とひとりごとのように呟いた。「…なあ、ご主人さん。可愛くって仕方ねぇだろ?ん?」

 庭木の影から耕介が出てきた。

「はあ。お恥ずかしいかぎりで」

 

「もう何年になるんだっけか。あんたも男でひとつでよく頑張ったなあ」

「いや、もお、ほったらかし…どころか、ずっと俺の方が面倒見てもらってるんですよ」

「んなこたぁ、見りゃわかラぁな。嬢ちゃんはあんたなんかよりずっとシッカリしてんだかラよ…あっ、おいこラてめぇ!」

 棟梁は耕介の肩越しに指をさして、今しがた夕美が降りていった石段の方で携帯電話をいじっている若い男に怒鳴った。

「てめぇ、あにやってやがんでぃ。いくら下見だからって遊んでやがるとぶっ飛ばすぞ」

 言われた若者はペコペコ、と頭を下げつつ小走りに作業用のライトバンへ向かったが、走りながらも携帯電話は離そうとはしていなかった。

「………っったく、近頃の若ぇモンはよぉ。メエルだかケエルだか知ラねぇが、ちょおっと目を離すとすぅぐあのオモチャでサボりやがるから始末におえねぇ。」

「棟梁、あの若いのは…?」

「んああ、半年くレぇ前にへぇった新入りだあな。いつもはそれなりに真面目にやってやがんだけど、ゆんべからやたらと携帯電話ばっかいじってやがって、ちっとも身がへぇらねぇ」

「新機種でも買うたんでしょう。なんかやたらと覚えることが多いですからなあ」

「けっ。それにしても、ンなこたぁ仕事が終わってからやれっつぅんだよ。

「はは、ごもっとも。」

「…で?嬢ちゃんにゃあ、お父ちゃんにに任すって言われたケドよ。」

「は?」

「この母屋さあね。どう直す?洋風、和風、中華風にアラビア風に韓国風…」

「ちゅ、中華風て…んな、料理やあるまいし。」

「んじゃ、地中海風ってなぁどうだ?」

(んな、あほな〜…)江戸っ子に関西風に突っ込んでいいのかどうか、ためらう耕介だった。

 

 

〈ACT:08へ続く〉

 

 


 
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