No.228995

少女の航跡 第2章「到来」 31節「女神」

カテリーナ達は突如として現れた存在、イライナに無謀にも挑んでいくのですが―。

2011-07-20 00:35:36 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:298   閲覧ユーザー数:264

 

 私に迫って来た白い光。もはや私にはそれを避けるだけの脚が残されていなかった。

 

 だが、私の前に影が現れ、それが光から私の身を守った。

 

 私の前に立ち塞がったのはカテリーナだった。彼女は私の盾となり、やって来た光を防ぐ。

 

 だが、彼女の体だけで光は止まらず、光の筋が私のすぐ脇を掠めた。

 

 何が、起こったのか。

 

 カテリーナは呻き、がっくりと膝を付いた。

 

 両手で持っていた剣から左腕を離し、自分の腹を押さえる。あっと言う間に血が手から溢れ

出し、彼女の手甲を血が流れて行く。

 

 カテリーナの背後から見ている私は、傷口が彼女の背中にある事を知った。

 

 鎧は砕け、赤い、いや黒い色の血が、傷口から溢れ出している。

 

「あ、あ…、カテリーナ…」

 

 何が起こったか。イライナが放った幾筋もの白い光、その内の一つがカテリーナを貫いたの

だ。

 

 カテリーナは腹部を押さえたまま、膝を付く。だが、それでも目線はイライナの方へと向けて

いた。

 

 遠くから接近してきていたイライナは、今では私達の目の前にまでやって来ていた。

 

「自分の身を盾として、仲間を守る…、か。さすがは救世主たるものだ」

 

 イライナは、カテリーナへと、何者をも見通すかのような目で見下ろして言うのだった。

 

「カ、カテ…」

 

 ルージェラが、彼女へと寄ろうとする。

 

「く…、来るな…、寄るんじゃあない…」

 

 と言い、カテリーナはふらつく脚で立ち上がる。彼女の脚は震えていたし、足元には、血溜ま

りができているではないか。

 

 幾らカテリーナでも、身体を貫かれて平気なはずがない。

 

 腹側は手で押さえていても血がどんどん溢れているようだし、背中からは、もっと多くの血が

流れているのだ。

 

 彼女の赤い唇からは血が垂れていたが、彼女はそれを見せ付けるかのようにしてイライナの

前でぬぐって見せた。

 

「こ…、この程度で、この私を屈服させたつもりか…? ざ、残念だったな…、」

 

 ふらつく脚で立ちながらも、彼女はまだ剣を手放そうとはしない。右手でしっかりと握り締めた

剣を、彼女はイライナの方へと向けた。

 

「そのまま大人しくしていれば楽だというものを…、どうしてお前達はそんなに愚かなのだ…?」

 

 イライナは特に身構える様子も見せずカテリーナに言い放つ。

 

「我らはお前に道を与えているのだ。お前の未来を与えた道をな。お前はただ黙ってその道へ

と従って行けば良いだけなのだ」

 

 だがカテリーナは、以前として強い意志を見せた。

 

「黙ってお前達に従う事が、正しい道とは限らない…!」

 

「いいや正しい道なのだ! 何が悪だとか、正義だとかを決める事は、我らがする事…! お

前達はそれにただ従えばいい。かつての英雄達がそうしてきたように、お前もただ従えば良い

のだ…!」

 

 イライナの声が、衝撃波のように周囲に響き渡る。大地は奮え、私達は圧倒された。だがカ

テリーナは、

 

「私は…、剣を誓った者以外の、何者もの指図を受けるつもりはない…!」

 

 そう言って剣を構え、イライナへと斬りかかっていった。彼女の受けている傷は、常人ならば

致命傷のはずなのだ。

 

 それなのにカテリーナは剣を構え、跳躍し、イライナへとその刃を向ける。

 

 イライナは手に持つ盾を使い、カテリーナの剣を受け止める。

 

 砲弾が分厚い鉄板に叩き付けられたかのような激しい衝撃が響き渡った。

 

 落雷が起こったかのような衝撃。カテリーナのそんな凄まじい斬撃をも、イライナは受け止め

てしまう。

 

 やはり盾には、ひびの一つも入っていなかった。

 

「分かっていないようだな…、カテリーナよ。お前が何をしようと、全て無駄なのだ。お前は、我

らの手の上にいるに過ぎんのだ」

 

 イライナの声が響く。カテリーナはさらに力を込めようとしたが、腹部の傷が痛んだらしく、更

に血が溢れ出した。

 

 彼女は呻き、そこへとイライナが槍を突き出してくる。カテリーナはそれを剣で受け止めようと

したが、まるで強烈な爆風にでも煽られたかのように彼女の体は中空を舞い、何メートルも離

れた場所へと吹き飛ばされた。

 

「カ、カテリーナッ!」

 

 私は叫ぶ。しかし折れた脚では彼女の元に駆け寄る事もできない。

 

「こ、このままじゃ負けちゃうよォ~。カテリーナ!」

 

 フレアーが頭を抱えて子供のようにわめいた。

 

「し、信じられない…。あの娘が、こんなに圧倒されるなんて…」

 

 力が抜けてしまったかのようにルージェラが呟く。

 

 イライナは吹き飛ばされたカテリーナの方へと急接近していく。もはや私達には彼女を止める

事も、カテリーナを救う事もできそうになかった。

 イライナの持つ槍の先端に白い光が集まって行く。それは細い光の束となり、カテリーナのい

る位置へと、次々と飛び込んでいった。

 

「カテリーナ!」

 

 私は叫んだ。この脚が動くのならば、今すぐにもカテリーナを助けに行きたい。這ってでも彼

女の元へと辿り着きたい。

 

 カテリーナが、こんなにしてやられるなんて、絶対にあり得ない。

 

 イライナの声が聞える。

 

「お前の脚を、地に繋ぎとめた。もう逃げ回ったりできんようにな? お前はもう我らの物なの

だ。無駄な抵抗を止め、我らに逆らわないのならば、その傷も全て癒そう…」

 

 何という事だろう。イライナが放った光の筋はそのまま槍の姿となり、カテリーナの両脚を刺

し貫いていた。そしてそのまま地面へと脚を繋ぎとめてしまっている。

 

 カテリーナはその場から動けず、立ち上がることさえもできないようだった。

 

 だが彼女は、そんな有様にさせられても、悲鳴一つ上げず、うめき声すらも漏らさない。た

だ、相手を刺し貫かんとする目線でイライナを見つめていた。

 

 表情も毅然とし、幾らやられていても、いつものカテリーナと変わりは無かった。

 

「良い目だ…。幾ら自分が圧倒されていても、そんな目ができるのは真の覚悟があるものだけ

だ。だが、分かっていないようだな。我らはこのままお前を殺してしまっても良いのだぞ…?

 

 幾らお前の力が必要とはいっていても、肉体は後でどうにでもなる。このままお前の肉体を破

壊し、飛び出してきた魂を我らが手中に納めれば良いだけだ」

 

 そう言ってイライナはカテリーナへと槍を突き付けた。

 

 もはやどうしようもない。イライナの言っている事は私には理解できなかったが、カテリーナを

本当にこのまま殺してしまうのかもしれない。

 

 私達にはどうしようもなかった。

 

「従うか。従わないか。お前の決断次第だ…」

 

 イライナがカテリーナに接近する。

 

 だがカテリーナは即答していた。自分の命が懸かった答えだというのに、何も臆する様子は

無いようだ。

 

「いいや、従わない」

 

 カテリーナの目は変わらなかった。

 

「そうか…、ならばこの命はもらったぞ! カテリーナ!」

 

 イライナの槍がカテリーナへと突き立てられようとする。もはや私達にそれを止める手立てな

ど無かった。

 

 ただ黙って見ている事しかできない。

 

 しかし、

 

 イライナが突き出してきた槍を、カテリーナは手で受け止めていた。彼女の体からは眩いば

かりの閃光が迸っている。それは稲妻だ。彼女が操る事のできる、彼女の力、稲妻が体から

迸り出ている。落雷が起こった瞬間であるかのような光がカテリーナの体から溢れ出し、イライ

ナの放つ光に匹敵するかのような輝きを見せていた。

 

 カテリーナは、変わらず脚を刺し貫かれたまま地面に固定されていて、立ち上がる事もでき

ないでいる。

 

 だが彼女は、座ったままの姿勢でイライナの槍を受け止めていた。槍を、左手で受け止めて

いる。そんな彼女の腕からは青白い火花が閃光のように迸っていた。

 

「な、何だと…! 馬鹿な…!」

 

 イライナの声が響き渡る。

 

 カテリーナは彼女の槍を弾き、今度は右手をイライナの方にかざした。そこからは激しい閃

光が迸っていた。

 

 しかしイライナはそんなカテリーナの新たな攻撃を、盾を使って防御しようとする。

 

「この盾は、いかなる攻撃をも受け止め、弾きかえしてしまう…! 何をしようと無駄だ!」

 

 だが、カテリーナはそう言うイライナに向けて右手をかざす。すると、彼女の掌からは青白い

火花が飛び散った。

 

 それはまるで槍のように、イライナの盾へと飛び込んでいく。

 

 青白い火花は、さながら稲妻のようなもの。何かがそれに触れるならば、一瞬で黒こげにさ

れてしまうほどのものはあるのかもしれない。

 

 激しい閃光と衝撃で、私達はとてもカテリーナの方に近寄れない。

 

 だが、そんな衝撃であっても、イライナは盾で全て受け止めてしまっているようだった。

 

 白い、鏡のように磨かれた盾と鎧が、カテリーナの放つ稲妻を全て防ごうとしている。だが、

カテリーナの稲妻が、まるで意志を持っているかのように、イライナの盾の表面を伝わり、彼女

の盾の内側へと回り込んだ。

 

 イライナの盾の内側へと回り込んだ稲妻は、その形を再び強め、彼女へと襲い掛かった。

 

「な、何…! しまった…!」

 

 巨大な槍か、いや、砲弾のような衝撃が、イライナへと襲い掛かった。

 

 激しい閃光がイライナを打ち砕いた。

 

 

 

 

 

 と、ほぼ同時に、男は、背後へと吹き飛ばされていた。

 

 頭に思い衝撃を受け、まるで鉄槌を受けたかのような痛み。背後へは5メートルは吹き飛ば

されていた。

 

 まさか、あの小娘にこんな力が内在しているとは。

 

 男は、イライナと肉体を調和させていた。いや、そもそもイライナの姿自体、男が創り出し、自

らが仮の肉体を纏ってカテリーナ達の前に姿を現していたのだが。

 

「ゼウス様…! ゼウス様! しっかりなさって下さい…!」

 

 若い女、それも、年の頃、15歳ほどの少女が、背後に吹き飛んだ男の体を庇う。

 

「い、いや、平気だ…。心配するな…、ガイアよ…」

 

 ゼウス、と呼ばれた男は、目の前の少女をガイアと呼び、彼女に心配をかけまいとした。

 

 不意を付かれたカテリーナの攻撃だったが、致命傷ではない。しかし予期しない攻撃だった

し、イライナの肉体はかなりの損傷を受けた。

 

 ゼウス、と呼ばれた男は身を起こし、再び口を開く。

 

「大したものだな、カテリーナよ。その力、予想外のものであったが、是非欲しいものだ。いや、

我々はその力を必要としているのだ…!」

 

 そう言い放ち、再び男は、イライナとの同調を開始した。

 

 

 

 

 

 イライナは兜の半分ほどを消失し、さらに頭部も左上半分が白い光のようなものに包まれて

いた。

 

 彼女の恐ろしいまでに美しい美貌には亀裂が走り、今ではその顔を怒りの形相に変えてい

る。

 

 カテリーナは息を切らし、じっとイライナを見つめていたが、貫かれた腹の痛みが再び込み上

げ咳き込んで血を吐いた。

 

「き、貴様…。いつの間にこのような力を…。あくまで、あくまで我らに逆らおうというのだな…?

 神に、たて突こうと言うのだな…!」

 

 イライナの声だけで地が揺らごうとさえしていた。だが、カテリーナは動じない。

 

「あんたが、本当に神だって、言うんならね…」

 

 イライナの体から、どんどん光が溢れ出してきている。それは何を意味するのか。目の前に

ただ一人立ち向かっているカテリーナが、私にはとにかく心配だ。

 

 イライナの声が響き渡る。

 

「いいな? カテリーナ・フォルトゥーナよ…。我らはお前を諦めたわけではない…! 我らは、

貴様のその力を欲しているのだ…!」

 

 カテリーナは傷つきながらもそんなイライナと対峙している。

 

「ああ…、いつでも来るがいいさ…。だがいいか? 私はお前達に協力するつもりなど無い

…!」

 

 私たちの見ている前で、イライナの肉体に亀裂が走る。その裂け目からは光が溢れ出し、ま

るで殻が砕け散るかのように彼女の肉体は崩壊して行く。

 

 そして、その中から溢れた光が、爆発するかのように周囲に撒き散らされた。

 

 私達の見ていた女神の姿が、その場から消失していく。

 

 

 

 

 

 

 

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32.帰るべきところ


 
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