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わたしのお兄さんがこんなに紳士なわけがない あやせたん奮戦記後編

あやせたん奮戦記の後編です。
pixivに比べて文章量を25%ほどカットしてみました。
とはいえそれでも1万8千字になってしまっているのですが。
カナカナ道場にいかないあやせたんのご活躍をグタグタな文章でお楽しみ下さい。

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2011-07-20 00:00:26 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:5927   閲覧ユーザー数:5364

 高坂京介お兄さんはまったくもって破廉恥でケダモノな人です。

 あんな人のお嫁さんになる女の人は一生涯苦労が絶えないに決まっています。

 だからあんな人のお嫁さんになれるのは世界でもわたしぐらいのものでしょう。

 だと言うのにそのお兄さんは黒猫さんという女性と付き合い出し、今日まさに毒牙に掛けようとしています。

 なのでわたしは動くことに決めたんです。

 地上の愛と正義の為に。

 例え我が身を犠牲にしてでもです。

 そう。我が身を犠牲にしてでもです。

 フフフ。

 お兄さんの痴漢行為を止める為にはわたしが犠牲になるしかないんです。

 フフフ、フフフ。

 お兄さんをわたしのものにするしか、全世界の女性たちを守る手段はないんです。

 フフフ、フフフ、フフフ。

 お兄さん、待っていてくださいね。

 もうすぐわたし以外のどんな女も目を向けられなくしてあげますから。

 フフフ、フフフ、フフフ、フフフ。

 黒猫さんなんかにあなたを絶対に渡しませんから。

 フフフ、フフフ、フフフ、フフフ、フフフ。

 あなたは、わたしのものなのですから。

 フフフ、フフフ、フフフ、フフフ、フフフ、フフフ。

 

 

 わたしのお兄さんがこんなに紳士なわけがない あやせたん奮戦記後編

 

 

 さて、改めて状況確認です。

 お兄さんはわたしではない、黒猫という方とお付き合いを始めました。

 そして今日午後から初デートの予定です。

 そんなお兄さんをわたしは自宅に招待し、お姉さんと桐乃をどうするつもりなのか問い質しました。

 けれど、その質問は失敗でした。

 結果、わたしがお兄さんに実は大して想われていないことを確認しただけでした。

 頭に血が昇ったわたしは冷却の為に自室を出て台所に退却してきました。

 それからお茶の準備をしながら自分の内面と向き合いました。

 そして自分はお兄さんとどういう関係になりたいのか結論を出しました。

 わたしのなりたいもの。それは──

 

 1 彼女(BAD END)

 2 愛人(鮮血の結末 END)

⇒3 正妻

 

 お兄さんの正妻、つまりは奥さんです。

 確かにわたしはお兄さんの彼女にはなれませんでした。

 ですが、お兄さんの妻の座はまだ空いたままです。

 そして恋愛バトルの試合終了は婚姻届の提出の時です。

 つまり、試合はまだまだこれからなんです。

「わたしがケダモノと化したお兄さんに襲われて、その責任を取ってもらって結婚する時こそが試合終了なんです!」

 勝利条件を改めて確認します。

 

「この戦い、わたしに正義がないのはわかっています。でもだからこそ、結果だけは手中に収めないと」

 この恋愛勝負、わたしが勝利してお兄さんと親密な関係を築けても確実に黒猫さんには嫌われます。泥棒猫と呪いを受けることでしょう。

 いえ、それだけではありません。桐乃が交際を黙認している黒猫さんからお兄さんを奪うのですから桐乃との仲もギクシャクするでしょう。下手をすれば一生口をきいてくれないかもしれません。

 田村麻奈実お姉さんにも絶交されるかもしれません。

 お兄さんを横取りするというのはそういうことです。

 だからこそ、覚悟と戦果がどうしても必要なんです。

 大切な人たちを失うに足る戦果が。

 それは一気に正妻の座に上り詰めることでしか補えないとわたしは考えています。

 

「だけどお兄さんを落とすには、この服じゃダメみたいですね」

 覚悟は決めても、肝心のお兄さんがわたしを見てくれないのでは話になりません。

 お兄さんが見てくれる綺麗なわたしになることが重要です。

 リボン付きフリル長袖白ブラウスと濃紺のミニプリーツスカートという組み合わせはお兄さんにはあまり好評ではないようです。

 お兄さんの中でわたしは腹黒暴力女なので清純イメージの服は有効ではないのかもしれません。

 何にせよ、別の格好に着替える必要があります。

 

 わたしは幼い時からファッションモデルをして来たので、洋服の良し悪しは多少わかっているつもりです。

 今日だってシンプルながら上品さと清楚さを精一杯表現したつもりです。

 でもわたしが知っているのは女の子が見て良いと思う女の子のファッションの話です。

 女性が見て良いと思う女の子のファッションではありません。

 お兄さんから見て良い服でないといけません。

 お兄さん好みの服を選び抜かないといけません。

「けれど、洋服はわたしの部屋の中。現状の選択肢は決して多くはありません」

 お兄さんはわたしの部屋で待機中です。ですから部屋に戻って着替えるという選択肢は取れません。

 そして部屋の中には私服も、男性が好むという制服も体操服も全部置いてあります。

 逆に言えば、この1階に置いてある服といえばお風呂用ぐらいのものです。

 この劣悪な環境の中、わたしはお兄さんの気が惹ける新戦闘服を選ばなくてはなりません。

「でも、この逆境を好機に変えられる様でなければお兄さんには届かないんです」

 全神経を研ぎ澄ませながらたった1つの答えを導き出します。

 お兄さんに届く、たった1つの答えを。

「お兄さんが喜んでくれる新戦闘服……それは、これですっ!」

 やかんの火を止めておもむろに服を脱ぎ始めます。

 わたしが選んだ服装。それは──

 

 1 裸(DEAD END)

 2 下着(BAD END)

⇒3 バスローブ

 

 アニメ15話で手に入れたわたしの新たなる力、バスローブを手に取ります。

 ショーツとブラの上からバスローブを巻いて、新垣あやせのニューコスチュームの完成です。多くの視聴者にAV撮影現場と間違えられたに違いない、わたしの色気を最大限に引き出す最強の衣です。

 

 お兄さんはエッチな人です。

 わたしにすぐセクハラしようとするぐらいです。

 でも一方で、ある一線以上は決して踏み込もうとはしません。ある程度以上にエッチな展開には耐えられないというか引いてしまうというか。お兄さんは妙な所で自制心が強いと言うべきなのかもしれません。

 そんな人にいきなり裸で迫ってもお兄さんは性欲よりも理性と警戒感を全開にするような気がします。

 なのであからさまに露出して露骨に迫るのは今のお兄さんには逆効果です。

 でも、このバスローブには裸や下着姿にはない色々な利点があります。

 わたしは勝算を思い浮かべながら再びお茶の準備に取り掛かりました。

 

 

 

 ティーセットを持っておよそ30分ぶりにお兄さんの部屋へと戻ります。

 扉を開けた所、お兄さんは部屋の中央で胡坐をかいて瞳を瞑っていました。何やら瞑想中のようです。

 部屋の中を見回します。

 パッと見た所、物色された様子はありません。

 タンスにそっと目をやります。開けたら折れるように仕組んでおいたシャーペンの芯はそのままになっています。

 てっきり、タンスの中を漁ってパンツとブラの2、3枚ぐらいポケットに捻じ込んでいると思ったのですが違いました。

 その紳士な態度を見直しました。そしてガッカリです。失望しました。わたしのパンツは盗む価値もないということなんですね。本当に失礼しちゃいます。理不尽です。

 でも、今はそんなことで怒っている場合ではありません。

 

「お兄さん、お茶をお持ちしました♪」

 わたしの存在に気付かないお兄さんに話し掛けます。

「あっ、あやせ戻って来たのか」

 お兄さんが目を開きました。ようやくわたしの存在を認めたようです。

「お前が出て行った後、さっきのことをずっと考えていたんだが……って、何なんだよ、その格好はぁっ!?」

 お兄さんが白いバスローブ姿のわたしを見て驚いています。

「バスローブ、似合っていませんか?」

「すげぇ似合ってる。って、そういう問題じゃないっ! 若い娘が男の前でなんて格好をしてるんだぁっ! 恥を知りなさいっ!」

 お兄さんは妙におじさん臭い物言いでわたしの服装を怒ります。でも、その顔は真っ赤に染まっています。視線もわたしの胸元に釘付けのままです。

「何をそんなに焦っているのですか? わたしは撮影の為に人前でバスローブ姿なんてしょっちゅうありますけど?」

「お前は仕事柄慣れているのかもしれないけれど、俺は見慣れていないんだぁっ!」

 お兄さんは首まで真っ赤に染めながら大声で叫びます。

 バスローブの利点その1。バスローブはセクシーな格好であると同時にわたしにとっては仕事着でもあります。だからわたしが破廉恥な格好をしているのではなく、見ているお兄さんが勝手にいやらしく考えているという構図を作り出すことができます。

「大体さっきまで普通の服を着ていたのに何で突然バスローブで戻って来るんだよ!」

 お兄さんから予見していた質問を投げ掛けられます。

 この質問への回答こそがバスローブの利点その2です。

「実は先ほどお茶の準備をしている最中、やかんの水をひっくり返してしまいまして。それでびしょ濡れになってしまったので、急遽お風呂場で着替えたというわけです」

「だからって、そんな格好で戻って来ることはないだろう……」

 お兄さんの視線はさっきからわたしを離れません。ほんと、男って単純ですね♪

「それじゃあお兄さんはわたしに下着姿で戻って来いと言うのですか? わたしをいやらしい目でみたいんですね、この変態っ!」

 お兄さんの耳元で怒鳴ります。

「いや、そうじゃなくて、他の服に着替えれば良いだろうが」

「はあ? 何を言っているのですか? 着替えはみんなこの部屋にあるのですよ。あっ、わかりました。濡れ濡れ現役女子中学生の生着替えが見たい。お兄さんはこう言いたいんですね。このド変態っ!」

「何で微塵も考えてないことで俺は変態扱いされなきゃいけないんだぁっ!」

 先輩の絶叫が室内に響き渡ります。

 バスローブは着替えの候補としてこの状況では極めて自然。これが第2の利点です。

 

 お兄さんにセクシーアピールを訴えることには成功しました。

「……じゃあ、あやせも戻って来たことだし、俺はもうお暇させてもらうぜ」

 でも、わたしが何度も怒鳴ったことで確実に機嫌を損ねています。

 不機嫌な顔のお兄さんはのっそりと立ち上がりました。このままでは本当に帰ってしまいます。これでは何の為にわたしが着替えたのかわからなくなります。

「まっ、待ってください。まだお兄さんをお呼びした本当の理由をお話していません」

「本当の理由?」

 お兄さんが胡散臭い瞳でわたしを見ています。

 本当にわたしって信頼がないんですね……。

「せっかく紅茶も淹れたのですし、まずはお茶にしましょうよ」

 お兄さんの肩に手を添えながら座り直すように勧めます。

「……確かにせっかく淹れてもらった紅茶を飲まずに去るのは失礼だよな」

 お兄さんが座り直しました。

 危なかったです。

 これでしばらく時間稼ぎができます。

 さて、『本当の理由』を今の内に考えないといけません。

 黒猫さんからお兄さんを奪い取りたいとは言えないので代わりとなる口実を。

 

「ささっ、冷めない内にどうぞ」

「おうっ、気を使わせて何だか悪いな」

 そう言って、お兄さんは紅茶を口に含もうとした所で止まりました。

「この紅茶、毒でも入っていないよな?」

「あんまりふざけたことを言っているとブチ殺しますよ」

 自分の持つカップの紅茶をグイッと口に含んでみせます。

「ああ、悪い悪い」

 お兄さんはようやく安心したのか、紅茶を口に含んでくれました。

「うん? 何か変わった味がするな」

 えっ? まさかっ、気付かれた?

「えっと、何がですか?」

「いや、うちは日本茶ばっかりだから紅茶って飲み慣れてなくてな。自販機のとは味が違うなって思っただけだ」

「わたしに言わせてもらえば、自販機の商品は砂糖とか香料とか色々入りすぎで紅茶と呼べる代物じゃありません」

「ははっ、そうなのかもしれないな」

 薀蓄を述べるとお兄さんはリラックスした表情で全部飲み干してくれました。

 アレの効果が出るにはまだしばらく時間が掛かるので、しばらくは他の話題をしていましょう。

 

「で、さっき言っていた俺を呼び出した本当の理由って何なんだ?」

 おっと、お茶を飲み終えるなりいきなりその話からきましたか。

 でも、お兄さんのせっかちさんは計算済みなのでわたしも紅茶を飲みながら必死に頭を回転させて答えを考えていました。一応ですが、回答も用意しておきました。

「えっと、それはですね……」

 わたしが導き出したお兄さんを呼び出した”本当の理由”。それは──

 

 1 勉強を見てもらう(BAD END)

 2 勉強を見てもらう(保健体育実技)(DEAD END)

⇒3 デートのリハーサル

 

「デートのリハーサルの為ですよっ!」

 わたしは用意しておいた回答を大声で口にします。

「デートのリハーサル? あやせ、お前、男と付き合ってたりしたのか?」

 お兄さんがすっ呆けた声を上げます。

「わたしが……お兄さん以外の……男と付き合うわけがないでしょうがぁっ! 勝手に尻軽女にしないでくださいっ!」

 とんでもない誤解です。『お兄さん以外の』の部分は小さく呟いたので多分聞こえなかったと思いますが、とにかく名誉毀損も甚だしいです。

 わたしは素直に認めたことはありませんけれど、これでもずっとお兄さん一筋です。浮気なんて考えたこともありません。

「男と付き合うわけがないってことは……あやせのデート相手は女の子ってことか。やっぱりお前って……」

「やっぱりって何なんですかぁああああぁっ!?」

 絶叫絶叫大絶叫です。

 お兄さんはわたしを一体何だと思っているのでしょうか?

「あやせって男に対してすげえ潔癖症っぽいからそうじゃないかとは薄々思ってたんだが。まあ、愛の形は人それぞれなんだし、俺はアリだと思うぞ」

 お兄さんは理解のある人オーラを放ちながらわたしを優しい瞳で見ています。

「だから、そうじゃないんですよぉおおおおおぉっ!」

 ちょっと泣き出したい気分です。

 お兄さんに同性愛者だと思われていたなんて。

 いえ、そういう愛のあり方があるのは知っていますし、今のわたしはそういう物を一概に否定する気はありません。

 でも、そういう愛の形が世の中に存在しているのと自分がそうであるのは違う話です。

 何でお兄さんが好きなわたしが同性愛者にされているのでしょうか?

「ハァ。わたしのデートではなく、お兄さんのデートのリハーサルですよ。お兄さん今日この後、黒猫さんという方とデートなさるんですよね?」

 やっと本題を切り出せました。

 かなり声が尖ってしまっている気がしますが。

 

「何でお前がそれを知っている? 桐乃にも麻奈実にも話していないのに?」

 お兄さんが2歩後ずさってわたしを警戒しています。

「……ゼーレは何でも知っているんですよ」

「ゼーレじゃ仕方ないな」

 この間桐乃に押し付けられて見たアニメの特務機関の名前を出したら何故か納得してくれました。

 というか、お兄さんはあんなおっかない機関とわたしが関係を持っていると本気で思っているのでしょうか?

 ホント、お兄さんの中のわたしの設定が不安でなりません。

 でも、この機を逃すことはできません。

「お兄さんがこのままデートに向かったら、どうせ彼女さんを怒らせるか恥を掻かせるに決まっています。お兄さん、女の子の気持ちがわからないダメダメな人ですから」

「……うっせぇ。ほっとけ」

 お兄さんも自覚があるのか、抗議の声は小さいです。

「そんなわけでこのわたしが一肌脱いで、お兄さんと彼女さんのデートが成功するように指南したいと思います」

 言っていて胸がすごく痛いです。

 嘘が嫌いなわたしが、こんなにも平然と明るい顔で大嘘をついているなんて。

 最悪ですね、わたし。

 わたしにとって恋愛って、最悪な自分になっていくことなのかもしれません。

 いえ、最悪な自分にならないことにはこの大一番、わたしは決戦の舞台の土俵にも上がれないのですが。

「へいへい。どうせ俺には選択肢はないんだろうから、よろしくお願いしますよってんだ」

 いかにもやる気ゼロの承認の声を出すお兄さん。

 その声はわたしの心に火を付けました。

「い、一応人気モデルであるわたしと模擬デートできるのですからもっと嬉しそうにしたって良いんじゃないですかっ?」

「俺の彼女だって超可愛いし。中身危険なお前と違って、ぱっと見電波だけどその実性格も超可愛いし」

 お兄さんの言葉がナイフとなってわたしの体を次々に抉っていきます。

 黒猫さんがお兄さんの心の中心を占めているのは間違いありません。

 でも、負けません。負けませんよ。

 わたしはもう、悪女として生きていくことを受け入れたのですからっ!

 

 

「まあいいです。デートのリハーサルを始めましょう」

 心の中でキープクールと唱えながら、出来る限り朗らかな表情を浮かべて提案します。

 わたしはモデル。表情を操作するプロです。

「無茶苦茶怒ってるな、おまえ。あやせをこれ以上怒らせるとナイフで刺し殺されそうだから大人しく従うさ」

 わたしは表情を操作するプロ、ですよね?

 まあ、目的は果たせたので良しとしましょう。

「それで、デートコースはもう決まっているのですか?」

「うんにゃ。彼女の方が色々と準備してくれているみたいだけれど」

「さすがは彼女さん。お兄さんのことをよく理解していますね」

「どういう意味だっ!」

 お兄さんに任せると変なコースになると先を読んだ行動のようですね。

 だけど困りました。

 デートの目的地は不明。

 けれど目的地の選択権は相手が握っている。

 これではデートのシミュレーションを行うことはほぼ不可能です。

 待ち合わせとお別れ時の会話ぐらいしか再現できません。

 でも、わたしがやろうとしているのはお兄さんと黒猫さんの為のデートリハーサルじゃないから細かいことはどうでも良いですね♪

「それじゃあ、彼女さんが初デートに選びそうなコースをわたしの方で考えて、それに従ってリハーサルしましょうか」

「何か今いち釈然としないが、よろしく頼む」

 相手がよほどのミーハーマニュアル少女でもない限り、デートコースを正確に予測するなんてできることではないんですけどね。

 そんなこともわからないからこそお兄さんなんですけど。

 さて、どんなデートコースを想定しましょうかね?

 

 1 渋谷でショッピング(BAD END)

 2 秋葉原でオタグッズ収集(自滅 END)

⇒3 植物園でのんびり

 

「植物園に行ってのんびりする。というのはどうでしょうか?」

「おおっ、わかってくれるか、あやせよっ! 植物園はグッドチョイスだよな!」

 お兄さんはわたしの手を握ってブンブンと振り回してきます。

 少々うざったいですが、わたしの選択は間違っていなかったようです。

 以前桐乃がお兄さんを取材で連れ回した時に、お兄さんがデートコースに植物園と言ったので大笑いしてやったと語っていたのを思い出しました。

 お兄さんならその屈辱を忘れていないだろうと踏んだわたしの読み勝ちです。

 

「それでは早速模擬デートを始めましょうか」

 手を繋いだまま立ち上がります。

「おおっ!」

 お兄さんも笑顔を振りまきながら立ち上がります。

 植物園発言以来、お兄さんの機嫌が格段に良くなりました。

 わたしも一安心です。

「それで自信あり気に植物園を推すぐらいですから、お兄さんは植物に詳しいと考えて良いのですよね?」

「うんにゃ。俺が知っている野草は……タンポポぐらい、かな?」

 一瞬、何と言って罵ってあげるべきなのか戸惑ってしまいました。

「それって、彼女さんに植物のこと訊かれても何も答えられないってことですよね? 自信満々に誘っておいて。微笑が嘲笑へ変わりますよね」

 とりあえず、キツい事実を伝達してあげることにしました。

「やっぱ図鑑ぐらい空で覚えてないとダメ、か?」

「ダメ、ですね♪」

 最高の笑顔をプレゼントします。

「自分の専門領域、相手の専門領域、両者の興味本位領域。それぞれのフィールドで求められる行動は変わりますよ」

「ただの素人がプロのふりした提案をするなってことだな。……そういや親父は、あんなナリしている割に植物に詳しかったよな」

 お兄さんは指をあごに当てながら考え始めてしまいました。

「だから女の子と付き合う際には幅広い教養と自分だけの専門領域の両方が求められるんですよ。ファッションやその他の流行を追うのも必須教養の獲得の一環です」

「面倒だな」

「それが恋愛ってものですよ♪」

「すっげぇー自信なくなってきた」

 もっとも今のは女の子側の理想を押し付けたものです。

 理想にそぐわないからとぶーぶー言っていたら振られるのは女の子の方でしょう。

 別れ話を持ちかける権利を持っているのは男も女も同じなのですから。

 

「まあ、教養というのは一夕一朝に身に付くものではありませんから、今は立ち居振る舞いの練習をしましょう」

 ニッコリ微笑みながらお兄さんに提案します。

 ようやくわたしのペースになって来ました。

 この好機、絶対に逃しません。

「立ち居振る舞いって俺の動作はそんなにおかしいか? 普通を極めようと生きてきたこの俺の動きが?」

 お兄さんは意外そうな瞳でわたしを見ています。

「普通の人は突然中学生に結婚を迫ったりしません」

「あれはあやせの拒絶反応を楽しむ為のセクハラだから他の子にはしないさ」

 お兄さんはニッコリと含みのない笑みを浮かべました。

「セクハラでプロポーズしないでくださいっ! ブチ殺しますよっ!」

「ぶべらぁあああぁっ!?」

 言いながらお兄さんの顔面にハイキックをお見舞いします。

 吹っ飛んで壁にめり込むお兄さん。

 怒りが、怒りが収まりません。

 あのプロポーズは冗談だったと言うんですか?

 あの後、3日3晩ほとんど眠れずに悩んで、今度きちんとした形でプロポーズされたらお受けしようと思っていたわたしの気持ちはどうなるんですかっ!?

 最終学歴中卒になることを心の中で受け入れていた乙女の純情を弄んだのですかっ!?

 もう、許せません。

 この償いはお兄さんの残りの人生全てを費やして支払ってもらおうと思います。

「プロポーズや他のセクハラ行為だけじゃありません。お兄さんは立ち居振る舞いの一つ一つが優雅さに欠けています」

「痛たたた。そりゃあ、上流階級で、なお且つモデルでもあるお前から見れば俺は優雅さに欠けるだろうが、俺と彼女は庶民同士だから別に……」

「だからお兄さんはアホなんですよぉおおおおおぉっ!」

 渾身の右ストレートをお兄さんの左頬に捻り込みます。

「女の子は、いつだって男の子に王子様を求めてるんです。それがっ、わからないなんてぇっ!」

 怒涛のラッシュ攻撃を仕掛けます。

 わたしの心を弄んだ罪、この場でたっぷりと償ってもらいます。

「うっ、うっ、うわらばぁああああああぁっ!」

 お兄さんの心地よい悲鳴でわたしの胸は少しだけスッとしました。

 

「では、彼女と並んで歩く際の振る舞いを実際に試してみましょう」

「……はい」

 お兄さんは“教育”したら随分従順になってくれました。

「2人の歩き方次第でそのカップルの未来が全てわかると言っても過言ではありません」

「……いや、過言だと思います」

 言いながらわたしはお兄さんの横に立ちました。

 さて、お兄さんとはどうやって歩きましょうか?

 

⇒1 腕を組んで歩く

 2 横に並んで歩く(DEAD END)

 3 手を繋いで歩く(BAD END)

 

「恋人同士なら、やっぱりこれぐらいしないとダメですね♪」

 お兄さんの左腕を両手で取って腕を組んでみせます。

 生まれて初めて男性と腕を組みました。

 しかも相手は念願叶ってお兄さんとです。

 わたし、幸せでどうかしてしまうかもしれません。

「お、女の子に慣れていないお兄さんの為にむ、胸まで押し付けてあげているサービスをしているのですから、感謝してくださいね」

 わたしちょっと大胆なことをしています。

 やっぱり、夏は少女を大胆に変えるんです。

 新垣あやせ15歳、青春真っ盛りです。

「……胸? 全然気付かなかった。硬いからてっきり肋骨かと思ってた」

 わたし、怒りでどうかしてしまうかもしれません。

「……わたしの胸、そんなに小さいですかね?」

 これでも加奈子やブリジットちゃんよりは大きいと思うんですけど?

「そうだな。俺に抱きついたことのある女の子を元に考えてみると、沙織とは比べるまでもなく、麻奈実も見た目と違って結構大きい。桐乃も中学生にしてはスタイル良い方だし、黒猫はお前と似たようなもんだが、高校生だけあってあやせより少し大きいかなと」

 わたし、殺意でどうかしてしまうかもしれません。

「つまり、お兄さんはわたしなんかに胸を押し当てられても少しも嬉しくない。そう、おっしゃりたいわけですね?」

 わたしが人生最大級に勇気を振り絞った行動は無意味だったと。

「そんなことはないぞ、あやせっ!」

 お兄さんは腕を組んだまま熱血モードに入りました。

「俺はお前に腕を組んでもらえて、しかも胸まで押し当ててもらえて超嬉しいぞ!」

 以前桐乃とわたしの仲を取り持った時のような熱血ぶりです。

「昔の偉い人は言ったんだよ。貧乳はステータスだってっ!」

「その人絶対偉い人じゃないですよねっ!?」

 お兄さんの言う偉い人の定義がわかりません。

 やっぱりオタクってわたしにはよくわからない世界です。

 

 

 だけど、困りました。これは予想外の展開です。

 腕を組んで胸を押し当てればケダモノなお兄さんは絶対にわたしにメロメロになると考えていました。

 けれど、お兄さんは既に複数の女性と身体的な接触を果たしており、わたしと腕を組んでも特に感じる所はないようです。桐乃以外の女の子の手も握ったことがない人だと思っていたのに……。

 このままでは目的を果たせません。

「な、何とかしなきゃ……」

「うん、どうしたんだ?」

 今回の失敗はお兄さんの女性経験を甘く見積もったのが失敗でした。

 やはり、わたしの全力を傾けなければお兄さんには通じないのです。

「いえ、何でもありません。お兄さんは女性と腕を組んで歩くのに慣れているプレイボーイさんでいらっしゃるようですから、次に進みたいと思います」

「すっげー棘のある言い方だな」

 わたしの全力、それは……。

 バスローブの中の右肘部分に隠しておいたスタンガンを右手に握ります。

 やはり、スタンガンこそわたしの最強最大必殺の武器です。

 これを使ってお兄さんを落とすしかありません。

 だけど、どうやって使いましょうか?

 

 1 お兄さんに電撃(DEAD END)

⇒2 自分に電撃

 3 使わない(BAD END)

 

 このスタンガンは護身用に購入したものです。

 もっと言えば、ケダモノなお兄さんから我が身を守る為に求めたものです。

 ですが、今守るべきはわたしの体ではありません。

 お兄さんとの恋愛フラグです。

 お兄さんとの恋愛成就の可能性こそが、今わたしが命に代えても守るべきものなのです。

「では、次のデートシチュエーションに進みたいと思います」

 そう言いながらわたしは自分のわき腹にスタンガンを押し当てました。

 そして、目を瞑り歯を食いしばりながらスタンガンのスイッチを入れました。

 

「うっ!?」

 それは、強力な電気が体の中を駆け抜けていく初めての体験でした。

 出力は最小限に絞っていたはずです。

 でもその電撃は確実にわたしの体のコントロールを利かなくさせる一撃でした。

 立っていられなくなって床にしゃがみ込みます。

「おいっ? あやせ? 大丈夫かっ?」

 お兄さんが耳元で声を出して体を揺さぶってくれているおかげでわたしの意識が完全に消えてしまうことはありませんでした。

 わたしは気絶せずに済んだのです。

「ちょっと立ちくらみを起こしただけですから、心配しないでください」

 スタンガンをバスローブの中に隠しながらお兄さんに笑ってみせます。

「心配しないわけにはいかないだろうが。そんなに弱々しい笑顔見せられたら、余計心配になるっての」

 お兄さんの心配そうな表情。

「だったら、お兄さんは彼女さんが急に体調不良に陥ったらどう対処しますか?」

 これこそが、わたしの準備した決戦シチュエーション。

 いよいよラストバトルの始まりです。

「そりゃあやっぱり、救急車を呼ぶのが一番なんじゃないのか?」

「医療行為としてはそれが正しいのかもしれません。けれど、2人の仲が両家に公認でない場合、救急車騒ぎは2人の交際に悪影響を及ぼす可能性は無視できないと思いますよ」

「確かに初対面が病室だったら、俺が彼女の父親でも嫌な感情ばかりが浮かぶだろうな」

 お兄さんと父の初対面が病室だったら、わたしは家を追い出されるか、出て行くかのどちらかになるかもしれません。父はそういう人なので。

「じゃあ、ベンチで休ませて……」

「きちんとした姿勢で休まないと体調が悪化してしまう可能性は否定できませんよ」

 お兄さんはゴクリと唾を飲みました。

「じゃ、じゃあ、漫画によくあるパターンでホテルに入って休む、とか……?」

 室内に訪れる沈黙。

「お兄さんは弱っている女の子の隙に付け込んでホテルに連れ込むんですか?」

 お兄さんの瞳をジッと見ます。

「じ、人命救助の為だからな……」

 お兄さんは唇を歪ませ顔をこわばらせながらも目だけ逸らさずに必死に返答します。

 再び訪れる沈黙。

 そして──

「人命救助なら仕方がないですね」

 わたしは笑ってお兄さんに答えました。

 

「それじゃあお兄さん、立てないわたしをホテルまで運んでください。お姫様だっこで♪」

 お兄さんに新たなるミッション指令を出します。

「えっ、ええ~っ!? お姫様だっこなんて恥ずかしいこと、俺はしたことないぞ?」

 お兄さんは顔を真っ赤にしながら体全体で拒否の意を示しています。

「だったらなお更デート前に実践しておかないといけません。大体お兄さんは、動けない彼女さんをどうやって運ぶつもりなんですか?」

「そう言われればそうなんだけど……」

 躊躇するお兄さん。

 このヘタレは普段はセクハラまがいの言動しか取らないくせに、どうしてこういう時は意気地がないんですかね?

「つべこべ言わずに、わたしが良いって言っているのだからさっさとお姫様だっこしなさいっ!」

「はっ、はい~~っ!」

 ヘタレが慌ててわたしを抱きかかえあげます。

 

 生まれて初めてのお姫様だっこの瞬間です。

「や、やればできるじゃありませんか。変に恥ずかしがるからおかしくなるんですよ」

 お兄さんに顔を見られないように俯きながら述べます。恥ずかしがっているのが、実はわたしの方であることがバレないように。

「そ、そういうもんだろうか?」

 お兄さんの体は微妙に震えています。

 女の子を抱き上げた緊張から、ですよね?

 わたしが重いから、じゃないですよね?

「ファイトッ、いっぱ~つッ!」

「その掛け声、すっごく傷つくんですけどっ!?」

 わたし、モデルですよ?

 体重管理、いつもしっかりしていますよ?

「おっかさんの為ならえ~んやこ~ら」

「わたしをお姫様だっこするのってそんなに重労働ですか!?」

 まさかお兄さん、わたしの公表スリーサイズと実態の乖離に気付いたんじゃ!?

 芸能に携わる者の身長・体重・スリーサイズが実態と異なるのは騙しているのではなく、夢を膨らませるお手伝いをしているからなんですよっ!

「とりあえず、本当に具合が悪いみたいだからベッドに運ぶぞ」

「あっ、はい。ありがとうございます」

 お兄さんにベッドの上に連れて行かれ、ゆっくりとおろされます。

 

 動けないわたしは、お兄さんによって一体どうされてしまうのでしょうか♪

 さあ、お兄さん。

 理不尽なほど残虐にわたしを襲い、その責任を男らしく取ってくださいっ!

「妹の友達に何かあったら、俺が妹に怒られてしまうからな。何たってあやせは妹の友達だからな。あやせは本当にもう妹の友達すぎるぜ。超妹の友達だぜぇ」

 ……この期に及んでわたしを妹の友達扱いですか?

 1人の女として見られないと。

 O.K.わかりました。

 お兄さんがそのつもりなら、こちらも徹底抗戦するまでです。

 わたしは今日この瞬間にこれまでの、そしてこれからの人生の全てを賭けるつもりです。

 絶対に、負けませんからね、お兄さん。

 

 

「お、お、お兄さんは女の子をラブホテルのベッドに寝かせて何とも感じないのですか?」

 先ほどのシチュエーションを続けます。

「フッ、何を言っているんだ、あやせ? 今の俺は完全無欠の紳士。病状は真摯に心配するが、性欲など欠片も見出せないぜ」

 髪を掻き揚げ、息を吐きながら決めてみせるお兄さん。

 このヘタレ、真面目に話して欲しい時はいつもセクハラばっかりなのに、女の子がこんなにも勝負を掛けている時にはまるで反応を示そうとしません。役に立たなすぎです。

「今は紳士を気取っていますが、実際にホテルに入ったらお兄さんの理性なんてあっという間に吹き飛んでしまうのではないですか?」

「フッフ。甘いな、あやせよ。俺には以前ラブホに入った経験がある。だから今更ラブホに入ったぐらいでこの紳士の鋼の理性は少しも揺らぎはしないのだよ」

「おっ、おっ、お兄さんがラブホテルに入った経験があるだなんて……」

 それは、あまりにも信じ難い、信じたくない情報でした。

「フッフッフ。まあ、俺ほどの大人ともなれば当然ラブホぐらい入ったことがあるわけだ。で、現役女子中学生のあやせくんはホテルに入ったことはあるのかね?」

 何でこの男、ラブホテルに入った経験があるぐらいでそんなに偉そうにしているのでしょうか?

 それは、ともかく……。

「わたしのラブホテルの経験ですか。そんなの……」

 さて、何と答えましょうか?

 

 1 入ったことあるわけがないじゃないですか!(BAD END)

⇒2 仕事の撮影の為に入ったことがあります

 3 入りまくり、エッチしまくりですよ!(ヤンデレあやせたんBAD END)

 

「ラブホテルに入った経験ぐらいなら、わたしにだってありますよっ!」

「なっ、なっ、何ぃいいいいいいいいぃっ!?」

 お兄さんが大げさに仰け反りました。

「おっ、おっ、俺のあやせたんがラブホテルに入り浸っているようなビッチ女だったなんてぇ~っ! やっぱり15話のあのバスローブ姿はAV撮影前の光景だったんだぁっ!」

 お兄さんが床に手を着いてボロボロと涙を流します。

「あやせたんのビッチビッチビッチぃ。今度主演作品を是非俺に見せてくださいぃ~っ!」

 お兄さんが深々と土下座して頼み込んできます。

 その光景を見て、わたしの中の何かが切れました。

「何を言ってるんですかっ! わたしはまだ、正真正銘のバージンなんですからぁ~っ!」

 まったくまったくとんでもない誤解です。

「けど、あやせたんAV女優説は俺の中で天動説の如く揺ぎ無い地位を得ているんだ」

 しかしお兄さんはなおも食い下がります。

 サンタを信じる子供の如きピュアな瞳でわたしをAV女優だと信じています。

 屈辱です。屈辱すぎて泣けてきます。

「そんなにわたしをAV女優だと疑うなら、おにいさんがわたしがバージンかどうか確かめたら良いじゃないですかっ!」

 大声で抗議の声をあげます。

「お、俺がバージンかどうか確かめるって……」

「うるさいっ! 黙れ、変態っ! それ以上口に出すなっ! この、破廉恥変態魔っ!」

 わたしがバージンどうかはお兄さんが確かめれば済むだけの話なんです!

 

「だが俺は、紳士の中の紳士。中学生、しかも妹の友達に手を出すような柔な理性はしていないっ!」

 けれど、まるでアニメ15話でアメリカから日本に戻ることを拒絶する桐乃の様に激しく首を横に振りながら紳士を強調するお兄さん。

「あくまでも紳士を気取りますか。でも、わたしには秘策ありですよ、お兄さんっ!」

 勝利の為の仕込みは既に済ませておきました。

「フン。どんな小細工を使ってこようと、ストイック・オブ・ザ・イヤー受賞のこの俺の鉄の理性を惑わすことはできやしないのさ……うっ!?」

 どうやら、紅茶の中に混ぜておいたあの薬が効いて来たようです。

「あやせ、お前、俺の紅茶に一体何を混ぜたっ!?」

「フフ。一体何でしょうね?」

 わたしが紅茶に混ぜたもの。

 それはお兄さんが自分に素直になることを後押しする薬でした。

 

「ばっ、ばっ、バカなっ!? この俺の、鉄の理性があやせを見て揺らいでいるだと?」

 お兄さんがわたしを見ながらガタガタと震えています。

 ようやく、現役中学生モデルの魅惑ボディーの魅力にお兄さんが気が付いたようです。

「ウヌゥ。だが俺はラノベの主人公という宿命を背負った男。何十巻と単行本を出し、数十人の女と良い感じになるまで1人の女に決めてしまうわけにはいかんのだぁっ!」

 しかしお兄さんは本気で全世界の女の敵のようなことを言いながら頭を抱えて苦悩しています。

「そうだ。この家にはあやせの母親がいるじゃないか。俺にお前を襲わせて、その瞬間に母親を呼び出して警察に突き出すつもりだろう? そうはいかねえぜ」

 先輩は顔を手で押さえながらゆっくりと後ずさって行こうとします。

 けれど、けれどです。

 わたしにはお兄さんを引き止める為の仕込を既に済ませておいたのです。

「お兄さん……わたしはここでトラップカード『母の真実』を発動しますっ!」

 桐乃に押し付けられたアニメのバトルを思い出しながらお兄さんに一気に畳み掛けます。

 母の真実、それは……

 

⇒1 母は秋葉原に中学生補導に出掛けています

 2 実はあやせに化けているだけでわたしが母なんです(BAD END)

 3 母は実は腐女子なんです(NORMAL END)

 

「実は母は秋葉原に中学生補導に出掛けていて今は不在なんですっ!」

「なっ、何ぃいいいいぃっ!?」

 激しく驚いてみせるお兄さん。

「母は女子中学生なのに18禁ゲームを秋葉原に買いに行く不良少女の情報をわたし経由でキャッチしたので、今は大捕り物の最中のはずです」

「それじゃあ、桐乃は……」

「今頃母に捕まってアルカトラズ刑務所に送られている所でしょう。母的ルールで女子中学生のエロゲー所持は罪が重いので、次に会えるのは3年後のことだと思います」

「桐乃……やっと戻ってきてくれたのに……」

 落ち込むお兄さん。

「お兄さん、元気を出してください」

 お兄さんに優しく話し掛けます。

「確かに桐乃はしばらく間、アメリカに旅立ってしまいました。でも……」

 ベッドに寝たままお兄さんの瞳を覗き込みます。

「お兄さんには、わたしが、いるじゃないですか」

「……あっ」

 お兄さんの顔をもっと近くで見ようと上半身を起こそうとします。

 でも、体に上手く力が入らなくて途中でベッドに再び倒れ込んでしまいます。

 その際、バスローブがはだけてピンク色のシルクのブラジャーがあらわになってしまいました。

「きゃっ!?」

 慌てて胸を隠そうとするも手に力が入らずうまくいきません。

「うぉっ!? あやせの胸がっ!」

 お兄さんが野獣のような目つきでわたしを見ています。

 このままではわたし、わたし……っ!

「あやせは桐乃の親友。妹の友達。妹の友達。俺にとっても妹みたいなもの。こいつは妹の友達。妹の友達……」

 チッ! お兄さんときたら、いまだに理性を捨てようとしません。

 妹の友達と念仏のようなリズムで繰り返し唱えて襲い掛かってきません。

 やはりわたし、新垣あやせの最終兵器を投入しないとお兄さんはダメみたいです。

 わたしは言うことをきいてくれない右手を必死で動かして枕の下に隠しておいたそれを手に握ります。

「手錠……どうかわたしに幸せをもたらしてください」

 思えば前回お兄さんがこの部屋を訪れた時もわたしが頼りにしたのはこの手錠でした。

 そして今回も意地を張り続けるお兄さんを素直にさせる最後の武器としてこの手錠に頼ることになりました。

「わたしの体力はもう限界に近付いています。手錠による攻撃は1度しか使えませんね」

 この一撃にわたしは全てを賭けます。

 文字通り、今後の人生全てを左右する行動となります。

「新垣あやせ……今こそ貴方の全力を正面からぶつける時ですよっ!」

 体は動かなくても、気合だけはかつてないほど漲らせます。

 わたしの全力、それは……

 

 1 京介に手錠を嵌める

 2 手錠を自分の手に嵌める

⇒3 手錠を自分の顔にあててメガネと叫ぶ

 

「お兄さんっ!」

 念仏を唱え続けるお兄さんに大声で呼び掛けます。

「どうした、妹の友達よ?」

 お兄さんは一切の邪念を消し去ったとても澄んだ瞳をしていました。

 一切の性欲を振り払ったかのようです。

 でも、負けません。

 わたしは、あなたのことが好きだから。

 世界で誰よりも愛しているからっ!

「これこそが手錠の正しい使い方……メガネ、ですっ!」

 手錠の輪っかになっている部分を両目に当ててメガネに見立てました。

 

「……………………あやせ」

「はいっ」

 

「先に謝っておく。スマン」

「はいっ」

 

「責任は、取るから」

「はいっ♪」

 

 手錠は、わたしとお兄さんの心を繋ぐ最高のアイテムでした。

「あやせぇえええええええええええぇっ!」

「きゃぁ~~っ♪ ケダモノ~~っ♪」

 野獣と化して圧し掛かってくるお兄さん。

 こうしてわたしはAV女優疑惑の無実をお兄さんにより証明することができました。

 わたしの尊厳は守られたのです。

 天井を見ながら嬉し涙が出てきました。

 

 

 めでたしめでたしです

 

 

 

エピローグ

 

「京介さん、そろそろ起きてくださいよ。会社に遅刻しちゃいますよ」

 もうすぐ出社時刻だと言うのにまだ起きない寝ぼすけさんな夫の布団を揺らします。

「ふぁ~。もうそんな時間なのか。昨夜はほとんど寝てないっていうのに」

 起き上がった夫の目の下にはうっすらとクマができています。

 一応地元の中堅企業とはいえ仕事の量は半端ではありません。

 夫は毎日残業残業で大変です。

 もっとも、夫が寝不足なのは仕事が大変というだけでなく、まあ、その、夫婦の円満な関係を維持する為に文字通り一肌脱いでもらったからでもあるのですが……。

「あやせ、鏡を取ってくれないか?」

「はい、京介さん」

 夫に鏡を手渡します。

「ゲッ、酷い顔をしているな」

「顔を洗ってシャキっとすれば、もっと精悍な顔になりますよ」

「顔洗ってくる」

 夫は立ち上がって顔を洗いにいきます。

 とはいえ、狭いアパートのことなので、洗面台はすぐそこなのですが。

「綾は今朝も元気にしてるか?」

「ええ。幸せそうな顔をして寝ていますよ」

 戻ってきた夫がベビーベッドを覗き込みながら尋ねます。

「俺たちの愛の結晶は順調に育っているようだな」

「はい。この間生まれたと思ったら、もう半年ですからね」

 月日が経つのは早いなって思います。

 初めての子育てで毎日試行錯誤を繰り返しながら、気が付くと半年が過ぎていました。

 

「……俺はあやせと綾がいてくれて幸せだ。けど、これで良かったのかなと不安になる時がある」

 洗顔から戻って来た夫は少し陰りの表情を浮かべています。

「どうしたんですか、突然?」

 夫の顔を覗き込みます。

 まさか、わたしのことを嫌いになったとか?

「いや、普通だったらあやせは今頃高校生活を楽しんでいたのだろうし、モデル業をやめさせる結果になったのも悪いなと思うし、何よりその、あやせとお義父さんたちの関係が……」

「そんなことを気にしていたんですか?」

 夫に嫌われたわけではなくてホッとしました。

「確かにわたしは普通の子のようには高校に入学することができませんでした。でも、代わりに京介さんとこの子がいてくれますから十分に楽しくて幸せですよ」

 わたしたちの娘である綾を見ます。

 この子がわたしのお腹に宿ったことで沢山の出来事が起きました。その中には辛いこともありました。たくさんの人と疎遠にもなってしまいました。恨まれているとも思います。

 でも、夫と一緒になれて、この子が生まれて来てくれて本当に良かったと思います。

 2人がいてくれるからわたしは幸せをいっぱいにかみ締めることができます。

「モデル業に未練がないと言えば嘘になりますが、今は綾の育児をしている方が楽しいです。それに何年かしたら若奥さんモデルとして復帰しないかって誘われてもいるんですよ」

 中学生の時のようにモデルの仕事をバリバリこなそうという気持ちはもうありません。やっぱり娘の育児の方が大事ですから。

 でも、家計を手助けする為に、わたしの生き甲斐でもあったモデル業を少しでもやれたら良いなあとは思います。

「確かにあやせは後何年経っても若奥さんだからぴったりだな」

 夫が小さく笑います。

「ええ。誰かさんのせいで結婚したのが16歳の誕生日でしたからね。結婚して丸4年経たないと選挙権ももらえません」

 夫の顔を見ながらわたしも小さく笑ってみせます。

「そしてわたしはお父さんとお母さんには絶縁された状態ですけど……京介さんに勤め先を紹介したのはお父さんですし、いつかは仲直りができると思っています。だから大丈夫ですよ」

 新垣家は所謂厳格な家庭でした。

 友達の家に遊びに行く度にそれを感じていました。

 そんな厳格な家で、中学生の娘が妊娠するなど許されるはずがありませんでした。

 色々と揉めた末に、わたしはお腹の子と京介さんとの仲を守る為に家を出て行くことにしました。

 家を出て行く際に父には二度と顔を見せるなと怒鳴られました。

 その言葉は予想していたものでしたが、実際に聞かされるとちょっと悲しいものでした。

 それからわたしは夫と2人で暮らすようになったのですが、夫の就職先を紹介したのは意外にも父だったという話を後になってお義父さまから聞きました。

 だからきっと今は無理でもいつか両親と仲直りできる日が来るとわたしは信じています。

「ほらっ、早くご飯食べて出勤しないと遅刻しちゃいますよ」

「そうだった。のんびり話し込んでいる暇はなかったぁ」

 京介さんが慌てて着替え始めます。

 狭くて貧しいながらも今日も高坂家は楽しくて平和です。

 わたしは今とても幸せです

 

 

 あやせ Happy End

 

 

 

 

 

 


 
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