「――分かりました、そこまで言うなら一つテストを行いましょう。」
食い下がる私に諦めたのか、男は一つの条件を出す。
「――てぃっ!」
掛け声をあげながら、右手の剣を振るう。
振るわれた剣は相手の守りをすり抜け、無防備な懐に吸い込まれていった。
ギィ、と短い叫び声をあげ、瞳からは先ほどまでの獰猛な光が薄れていき、白い体毛が赤く染まっていく。
軽く剣を振り鞘へと収める。鞘の中へ刀身が見えなくなると、緊張を解くために大きく息を吐きだす。
「ふぅ・・・ようやく終わった。これで――」
「――おい、まだだ!」
注意を促す声に振り返ると、倒したものと思っていたモンスターが起き上がり、
猿のような毛むくじゃらな腕をこちらに向けているところだった。
とっさに鞘を持ち上げ受け止めようとする。
「ツッ・・・」
受け止めることには成功したものの、予想以上に重い衝撃に腕が痺れる。
(受け止めたのは――失敗、かな。受けるだけで精一杯で剣が抜けないや)
受け止めるのではなく避けるべきだったのだろう、鞘で受け止めてしまったため剣を抜くことが出来ない。
押し返そうにも、相手の方が体格も大きいうえ、上から押さえ込まれ上手く力が入らない。
「手伝った方が良いですか?」
「――まだ、まだぁ!」
つい反射的に声が出てしまった。そのまま声と共に残った力を振り絞り一気に押し返そうとする。
強い思いが届いたかのように大猿の腕がゆっくりと押し戻されていく。
(よし!このまま――)
「――あ」
突然鞘から伝わってくる手ごたえが無くなり、バランスを崩す。
そして振りかぶられ威力を増した拳が再び襲い掛かる、だが先ほどとは違い今度は避けられないだろう。
目を硬く閉じ、回避不可能となった拳の衝撃を待った。
だが、一秒・・・二秒・・・と経つが何の衝撃も無い。
瞼を開けると、拳は私に直撃する20センチほど手前で半透明の何かに阻まれていた。
「――だから力押しではいかないとあれほど言ったでしょう」
振り返ると、呆れたと言う様に溜息をつきながらこちらを見ていた男と目が合った。
「分かってるわよっ」
つい反抗してしまったが、ジッと目を見つめられる。
「・・・油断も禁物ですよ」
「それは・・・・・・ごめんなさい」
言い訳をしようとしたが結局誤ってしまった。
「わかればよろしい」
満足気な顔が少しムカつく。いや私が悪いのだけれど。
「さて、では皆のところに戻りましょうか。ご飯も出来ている頃でしょう」
「ちょ、ちょっと!こいつはどうすればいいの?」
元来た道を引き返えそうとする男を引き止める。
「え?まだその猿に何かするのですか?」
「何って、止めを――うわわっ」
そう言いながら振り返ると、見えない壁が拳ではなく大猿の巨体を受け止めていた。
その巨体からは完全に力が抜け切っているようで、動く気配は無い。
「あれ?」
「まだ攻撃するのですか?個人的には賛同しかねますが・・・」
「え、あ、いや、・・・もういいよ。」
「そうですか、では行きますよ。――勇者様」
「・・・・・・そうね。行きましょう、ご飯が待ってるし」
最初は首を傾げていたが、たぶん大猿は先ほどの攻撃で最後の力を使い果たしたのだろうと納得し、
また先ほどから歩き始めていた男のもとへ駆けていった。
二人が去った後、大猿を支えていた壁が消え巨体が地面に崩れ落ちる。
倒れた身体には、猿の最後の意識を刈り取ったであろう鈍色に光る太い杭が深く刺さっていた。
「おかえりー、どうだった?実践テストは」
キャンプをしている所まで戻ると、私たちの姿を見つけた僧侶のルリアが声をかけてくる。
「ダメだったよ、途中までは結構上手くいってたんだけどね。皆は?」
「だよなー、最初はただの素早い猿かと思ってたのに、巨大化するとか反則だよなー」
私のテスト失敗に嬉しそうな声をあげるのはもう一人の仲間である、格闘家のニックだ。
「私も失敗しちゃったの、一人だと全然勝てる気がしないわ」
「まぁ私たちは皆で戦うんだから、一人で勝てなくても大丈夫よ」
他の皆も倒せなかったと言うことに若干ホッとしつつ、食事の席に着く。
「そんなことでどうするんですか」
そんな私たちに向かって先ほど私を助けてくれた男――魔法使いが言葉を発する。
私たちはこの魔法使いの名前を知らない。なんでも今は教えたくないそうだ。
私は幾度も食い下がり、なんとか今回の実践テストで合格できたら教えてもらう約束をしたのだが・・・・・・。
「いいですか、あの猿――『モンチー』系のモンスターは集団で襲ってくる場合もあるんです。
基本は集団戦法で戦うとはいえ、個人の対応力が高いに越した事はないんですよ?
いざ一人で戦う段階になって何も出来ない・・・じゃ困るでしょう。」
いつの間にかスープの鍋の場所まで移動していた彼は、掻き混ぜながらも食事の準備をする。
「はい。では食事を配りますよ。ついでにテストの評価も伝えますので取りに来てくださいね。」
ルリアがあんまり聞きたくないなーと言いつつもお椀を受け取りにいく。
「ルリアさん。敵との間合いを広く取ろうとしたのは正解です。特に今回のような素早い敵の場合はね。
ですが、もう少し敵の動きと周囲の状況を良く見て、先を読むようにしてください。
いつも後手に回っていたのでは対処出来ないですよ。30点といったところですかね」
「すみません、気をつけます」
ルリアと入れ替わるようにニックが面倒くさそうに歩いていく。
「ニックさん。攻撃の威力と隙を見つける観察眼はなかなか素晴らしいですが、
自分の攻撃が外れた場合のことも考えてください。
今回のようにカウンターをもらう可能性もあります。45点です」
「悪い、悪い。だが、さん付けは止めてくれ、背中が痒くなる。」
「そうですか、以後気をつけましょう。ニック」
頼むな~と言いつつゆっくり離れていく。いよいよ私の番だ。
「最後に勇者様。」
「はーい。あと出来れば私も名前で呼んで欲しいんだけどなー」
私にだって名前はある、眼前の魔法使いと違って名前だって伝えているのに呼ばれた事など一度も無い。
前に理由を聞いてみたが、『あなたが勇者だからですよ』とはぐらかされてしまった。
それから時々こうして、名前を呼んで欲しいと言ってみるのだが、
「そうですね、考えておきます。」
いつもこの返事だ。
今回だって特に期待してたわけではないのだが、やはり残念だ。
「今回のテストでは、皆さんの中で一番敵を追い詰めました。
敵の攻撃に対する反応も十分早く。突然の巨大化にもそれほど慌てず対処していたようです。
巨大化した分動きに隙が大きくなったところを懐に飛び込む勇気は褒めましょう。」
クッ、最初に褒められると分かっていても褒められるのはむず痒い。
「ですが――」
来た!この男はまず人を褒めて持ち上げておいてからダメな点を告げ叩き落とす。
「最後の最後で油断しては元も子もないでしょう。
猿の攻撃を鞘で受けたとき、どうしようもない事は判断できたでしょう。
無理だと判断したら時には諦めるも重要なことです。
一つのことに囚われては別の道を見つけることは出来ません」
静かながらも僅かに怒りを含んだ声が響く。
そこで言葉を切った魔法使いは、暖かいスープを私へ差し出す。
だが、次に差し出されたのはとても冷たい言葉だった。
「よって――0点です。」
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どうも、海月です。よろしくお願いします。
今回は続きですね。
出来れば壱から見ていただければと思います。