「お、あったあった。これだよ、これ」
「ふむ、この少しだけ地面が盛り上がっている所を掘り返すのか」
陳留への移動の最中、小さな山林があるごとに、俺は寄り道を繰り返していた。
たらの芽、ぜんまい、つくしなどの山菜類、しいたけなどのキノコ類・・・
そして、今日は竹林を見つけたので、たけのこの収穫である。
ついてきてくれるのは、もっぱら秋蘭。
二人の華琳は、立場や怪我人という兼ね合いで、興味を示しても周りが止め。
春蘭は毒草、毒キノコばかりを収穫してしまう悪運に恵まれているのがわかったので却下。
風、稟は肉体労働は趣味で無いと公言し、
星は戦い以外で衣服が汚れるのは無粋だと言い切った。
ちなみに今の服装は、兵隊服。天の衣服(=制服)汚れるイクナイということらしい。
「ほら、出てきた」
「おお、意外と小ぶりなのだな」
「あとニ、三本見つけたら、沸かしてあるお湯で灰汁抜きだけしてしまおう」
「・・・たくましくなったものだな、北郷」
「足りないよ。こんなのだって、雑学と言われればそれまでだし」
次のたけのこを掘り返しながら、俺は大したことではないと返す。
実際そうじゃないか。
華琳と一緒になるために、外史を一つ強制終了させてしまった俺に出来ることは、この外史への全力での恩返し。
後ろめたさや、後悔が無いわけじゃない。
ただ、それ以上に俺は、華琳の存在を、狂うんじゃないかってほどに、求めた。
それが叶った以上、多少の苦労や努力なんて、本当に屁でも無い。
覚悟を心から固めるってのは、きっとそういうことなんだと思う。
「3つの世界の記憶、だったな。華・・・蘭樹も知識で知るだけで、実感を伴っているのは、北郷・・・お前だけだ。
私のような記憶持ちは、一つの世界しかハッキリとした記憶が無い」
結論から言えば、秋蘭は俺の声を聞き、顔を見て、自力で前の世界の記憶を最後まで思い出してくれていた。
春蘭は、本能的には思い出しているが、意識レベルには達していない、との秋蘭の弁。
皆と記憶のすり合わせを行い、わかった事実は。
俺と華琳以外は、俺が共に駆け抜けた世界の記憶しか明確には持っていないということだった。
他の世界はモヤがかかったようにおぼろげで断片的で、正直覚えていないのに等しいようだ。
「傲慢だと思うよ。救える可能性のある人を救えるだけ救おうなんて。思い上がりもいいとこだ。
だけど、知ってしまった俺は、もう諦められない」
「だから、以前のように、一緒には行けない・・・か」
「思い出してもらえただけ、幸せだよ、俺は。だから・・・もう死なせない」
その代償に、この世界から弾き出される。そのつもりで来ているんだ。
「俺は遅かれ早かれ、この世界から弾き出される。それでいい。その代わりに、救える命は全て拾い上げていく」
「・・・北郷」
秋蘭の辛そうな声を吹き飛ばすように、俺は茶化してみるんだ。冗談だよ、って言いたげに。
「なんて、かっこつけてみるけど、どこまで出来るかなんて判らないよ?
・・・っと、これで後は灰汁が抜けるのを待って、と。こっちの小振りなものは、薄く捌いて生で頂いてしまおう」
包丁が無いのは仕方が無い。俺が持っているのは模擬刀・・・斬れるかな。
「私がやろう。短刀ぐらい持っている」
俺の手から小振りのそれを受け取り、秋蘭は慣れた手つきで、一口状に捌いていく。
「こちらの華琳さまは全力で私や姉者で守り抜いてみせる。だから、北郷は自由に動いたらいいのさ」
「・・・うん」
「ただな、天に帰る前に、必ずもう一度姿を見せてくれるか。
風のように、私はお前についていくと現時点では決められないが、帰るまでには身の振り方をしっかり決めておくから」
「・・・わかった、約束する」
ちゃんと秋蘭を真正面から見据えて、大きく頷く。・・・最終決戦間近になったら、秋蘭の近くにいないとなぁ。
秋蘭や、春蘭にそうだけど、二人にとっては、幼少時から共に歩んできた、二人の華琳を天秤にかけるようなもの。
おいそれとは選べるわけが無いし、その決断は、俺がちゃんと受け止めてあげたい。
「あ、捌いてもらったものはこの竹皿に乗せてしまって。
んで、こちらの華琳から分けてもらった塩をかる~ぅく振る。そして、このまま頂く」
あー、旨いわ。秋蘭も切れ身を一口運び、ほぅ・・・といった風情の顔。
「採れたての味ってのもいいものだろ。調理もへったくれもないから、華琳はいい顔しないかもしれないけど」
「素材そのものの味・・・というか、これはそのままだからな。私は美味しいと思うんだが」
顔を見合わせて、二人で苦笑い。まぁ、華琳からすると、その辺の野草をいきなり口に運ぶ感覚なんだろう。
精練された感覚、ってのも大変だ。雑食の俺万歳!
「さて、少しぐらいは持って帰るか。メンマの元だから、星は喜ぶだろ」
「こっちの灰汁抜きも出来たようだ。湯から上げてしまうぞ」
こんな穏やかな時間を、秋蘭と過ごす。
前の世界じゃ、正直取ろうと思ってもなかなか取れなかった時間。
「・・・嬉しいな。秋蘭と幾度もこんな時間が過ごせるなんて、俺は幸せ者だ。もうすぐ陳留に着くのが嫌になるぐらい」
「私もこんな時間は夢だと思っていたよ。・・・ふふっ、当面はこれで頑張れそうだ」
お互いに収穫物を片手に抱えて、片手はしっかり繋いで。山林を出るまで、俺たちはつかの間の幸せを噛みしめていた。
「生もいけるものですな・・・しかし、やはりメンマに・・・」
「星のこだわりもそこまで行くと立派だよ・・・」
「あら、大収穫ね。一刀、私にも一口ちょうだい」
「ほい、蘭樹。・・・どう?」
口をあける華琳(黒)に対して、筍の切り身を一口差し出す。
小ぶりな口元が、小鳥に餌をやるような感覚に似てて、俺の中では何となく微笑ましい。
・・・あれ? なんで、風に秋蘭、華琳(金)まで俺を睨んでいるんだ? 星に至ってはしたり顔で笑ってるし・・・。
稟は稟で、なぜ鼻を押さえているかな。
「これは・・・! 向こうで、刺身の美味しさを知ったけれど・・・筍の刺身もイケるわね」
「採れたてをすぐにさばいて、短時間で味わうのが肝だからね」
「今は塩で頂いたけど、山葵醤油も合うかしら・・・」
「それも合うだろうね・・・って、風。どうした?」
ちょんちょんと、風が俺の腕を引っ張る。じ~っと、俺を見上げて、何かを訴えてるんだが・・・。
「食べる?」
・・・と竹皿を差し出してみる。
「半分正解で、半分不正解なのです」
「・・・うーん」
・・・わからん。なんだ、なんだっていうんだ。こう悩んでる間にも、周りの空気はどんどん冷えていくのがわかる。
「(こういうところは本当に相変わらず鈍感なのね・・・)風、素直にこうしなさいな。一刀、あ~ん」
華琳(黒)が口をあけたので、もう一切れ俺は刺身を運ぶ。美味しそうに食べてもらえると、俺もなんだか嬉しい。
・・・ん? 素直にって?
「・・・わかりました、蘭樹さま。お兄さん、あ~ん」
深く考える間もなく、風の声に再度、意識を向けると。
こ、これは・・・! 上目遣いで、うるうるした瞳でおねだりされるとは・・・破壊力が半端ないです、風。
俺は理性と獣がせめぎ合う頭の中がそのまま反映した、
ふるふる震える手で、そっと風の口の中に筍を差し出す。
「はむ、もぐもぐ・・・おぉ、これはっ! 新しい味わいですね~」
満面の笑みでこう言われては、何も返す言葉が浮かばないじゃないか。
良かったな、って風の頭をなでるのが精一杯。もちろん、宝譿が落ちないように支えながら、だ。
「次は私だな。北郷、あ~ん」
瞳を閉じて少し照れくさそうに口を開く秋蘭は、うん、全力でモフりたい気分に駆られて。
それを必死に抑えるために、また俺は震える手で、刺身を差し出す。
「こうして食べると、なぜ美味しさが増すのだろうな」
うん、破壊力満点の微笑でした。クールビューティーの秋蘭のこの微笑みはヤヴぁい。
くらっときた俺の手から素早く竹皿を取り上げてくれた星には、後で酒一瓶を贈らねばなるまい。
「これだけ毒見していれば十分ね。一刀、私にも試食させなさい」
最後に頬が真っ赤になった、華琳(金)が進み出てきた。
春蘭がすごく『私も、私もやりたい!』って目をしているので、こちらへ誘導してから、
照れを必死に隠れながら、遠慮がちに口を開く華琳(金)の口元に、順番に一切れずつ、刺身を運んで行く。
恥ずかしいなら、やめておけばいいのに、って思うのは筋違いなんだろうか。
春蘭は完全に陶酔した目つきで、今にも卒倒しそうだったので、そっと背中を支えておく。
「ふ、ふぅん・・・悪くはないわね」
「だろ? 素材そのものの味を楽しむのも、いいもんなんだぜ」
たぶん、俺はしてやったりって顔で笑ったんだと思う。だから、皆、俺と目線を合わせてくれないんだ。
「(自分の笑顔の破壊力を少しは自覚しなさい・・・天の世界である程度耐性がついているはずの私でも、
直視は未だに厳しいというのに・・・)」
華琳(黒)だけが呆れた顔をしていたのが、妙に印象に残るのだった。
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陳留への道中。一刀は素材集めに精を出す。
そして、種馬の必殺技の一つが遂に炸裂するのだった・・・!