No.227709

そらのおとしものショートストーリー2nd 首輪



水曜更新です。
今回は衝動がテーマです。
衝動に駆られるのが人間ですな。

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2011-07-13 00:15:05 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:3296   閲覧ユーザー数:2988

首輪

 

 人間にはどうしても抑えられない衝動に駆られてしまう時がある。

 桜井智樹もまたそんな衝動に駆られる人間の1人だった。

「うぉおおおおぉっ! 首輪嵌めて鎖で引っ張り回されて犬みたいに扱われてぇええぇっ!」

 桜井智樹は衝動に駆られる人間の1人だった。

 ガクガクと膝を揺らし、上半身は陸に上がった魚のようにビチンビチンと跳ねている。

 桜井智樹は如何にも人間過ぎた。

 

「頼むイカロスっ! お前の首輪を俺にくれぇええええええぇっ!」

 イカロスの元へと出向き床に激しく頭を打ち付けながら願い出る智樹。

 少年は衝動を抑える為に根本的な解決を図った。

 即ち、実際に首輪を嵌めて犬扱いされることで湧き出るリビドーを抑え止める。

 犬扱いされることでしか人間を取り戻せない。

 それが桜井智樹の今だった。

「……マスターの頼みですが、了承できません」

 無口系エンジェロイドはマスターの頼みを断った。

「そ、それは何故だぁあああああああああぁっ!?」

 イカロスに断られたことで禁断症状が一段と加速する智樹。

 人間だもの。

 抑えきれない衝動には無力。

「……今の私が首輪を持っていないからです」

「えっ?」

 驚きながら智樹がイカロスの首に注目する。

 すると、確かにイカロスは首輪を嵌めていなかった。

「首輪を一体どうしたんだよ?」

 驚愕する智樹。

 そんな智樹にイカロスは緑と黒の縞々な物体を取り出して見せた。

 それはスイカと呼ばれる物体だった。

 だが、形状が普通のものとは異なっていた。

「それは四角スイカじゃねえか。1個1万3千円もする高級品が何でここに?」

 そして智樹は気付く。

 イカロスの後ろに山となった四角スイカが高く高く山と積み重なっていることを。

「まさかお前、鳳凰院の野郎にスイカと引き換えに首輪をあげたと言うんじゃ?」

 信じられないという想いで目を見開く智樹。

 そんな智樹に対してイカロスはコクッと頷いてみせた。

「……愛はお金では買えません。でも、スイカはお金で買えるんです」

 イカロスのその言葉を聞いた瞬間、智樹は膝から床に崩れ落ちていた。

「イカロスが、スイカの為に首輪を売ってしまったなんて……」

 耐え難い虚無感と絶望感が智樹を襲う。

 涙が、涙が止まらない。

「……スイカが欲しいという衝動を抑えることができませんでした」

 イカロスの言葉を聞いてハッとなる。

「そうか。人間だもんな。衝動に逆らえない時はあるよな」

「……はい。人間ですから」

 智樹はいまだ泣いていた。

 けれど、己が衝動に逆らえずスイカの為に首輪を手放したイカロスを責めることはできなかった。

 彼女もまたもう人間として生を営んでいたのだから。

 

「それはそれとして衝動が止まらないぃいいいぃっ!」

 智樹の体は1秒間に16連打できそうなほど激しく切なく震えていた。

 このままでは後1時間もしない内に衝動が体を内部から突き破って死んでしまうのは間違いなかった。

「こうなったら、ニンフの首輪をもらって嵌めるしかねえ……」

 智樹が思い出したのは桜井家のもう1人の居候の少女。

「ニンフに首輪のことを話すのは気が進まないがこの際仕方がない。でないと、俺は確実に死んでしまうぅ」

 智樹が脳裏に思い出すのは数年前のようなほんのしばらく前のような気もするクリスマスのこと。

 ニンフは首に仕掛けられた時限爆弾によって智樹たちが被害を受けることを避ける為に独りで桜井家を出ていった。

 そんな過去があるので智樹はニンフに首輪の話をしたくなかった。

 けれど、事態は逼迫していた。

 首輪を得なければ智樹はすぐにでも死んでしまう。

 だから、智樹は苦悩しながらもニンフの元へと向かった。

 

 

『ダ、ダメよ、瑞希。私たちは女同士なのよ。こんなの絶対おかしいわよ!』

『美波ちゃん。明久くんにフラれちゃった者同士、傷を舐め合った方が早く失恋から立ち直れますよ。えいっ♪』

『ちょっ、ちょっ、ちょっと、瑞希!? 何をウチのこと押し倒しているのよ!? ウチ、そういう趣味はないんだからやめてよぉ!』

『美波ちゃんのどこが弱いかはもう調査済みなんですよ。えいっ♪』

『ひゃぁっ!? ちょっ、どこを撫でてるのよ!?』

『それと美波ちゃんは耳がすごく弱いんでしたよね? それっ。フ~』

『ちょっ、本気でやめてよ瑞希っ。ひゃぁあああああああぁんっ!?』

『フフフ。可愛い反応ですね、美波ちゃん。今日は1日、私がたっぷり可愛がってあげますよ。明久くんのことをみんな忘れてしまうぐらいにね。フフフフフ』

『瑞希のケダモノぉ。い、い、嫌ぁあああああああああぁっ!』

 

 

「何、このつまらない昼ドラは?」

 智樹が居間に辿り着くと、ニンフは不満そうな表情を浮かべながらテレビとにらめっこしていた。

「どうして“バカです”の後釜がこんな女同士の不毛極まりない愛を描いたつまんない作品になっちゃうわけ? 男同士の恋愛こそがペガサスファンタジーなのにぃっ!」

 ニンフは昼ドラの設定に不満爆発していた。

 

「なあ、ニンフ?」

「何よ? 今私は機嫌が悪いのよ」

 不機嫌な人間と交渉するのは得策ではない。

 けれど、智樹にはもう時間がなかった。

 ニンフに当たって砕けるしかなかった。

「お前の首輪を、俺にくれないか?」

「なっ?」

 怒り顔が一転、驚きの表情を見せるニンフ。

「エンジェロイドにとって首輪っていうのは欠かせないものなのよ。あげられるわけがないでしょ」

「それでも……お前の首輪を俺にくれっ!」

 智樹は正座しながらニンフの瞳をジッと覗き込んだ。

 智樹の真摯な瞳を見てニンフの決意が揺らぐ。けれども答えは変わらない。

「だ、ダメよ。この首輪には辛い思い出も沢山あるけれど、智樹やアルファ、そはらたちと私を繋いでくれた大事な首輪なんだから。簡単にあげるなんてできないわよ!」

 ニンフは首を横に激しく何度も振った。

「じゃあ、何かと交換しよう。ニンフの大事な首輪をもらうんだ。俺も、それ相応の代償は払うさ」

 智樹はキツツキの如く激しく頭を地面に打ち付けながらニンフに懇願する。

 文字通り命を賭けた交渉。

「……そんなに智樹が私の首輪を欲しいなら、代わりに欲しいものがあるの」

「おうっ! 何でも言ってくれ!」

「そう。だったら……」

 ニンフは智樹の手を掴み

「私と一緒に来て頂戴っ!」

 全速力でダッシュを開始した。

「うぉおおおおぉっ!? 手が、手がもげるぅうううぅっ!?」

 人間の限界を遥かに超える速度と手を引っ張られる痛みに悲鳴を上げる智樹。

 だが、その無茶な待遇が心地良くもあった。

 追い求める“犬”に近いと思った。

 智樹は少しだけ幸せを感じていた。

 

 

「さっ、着いたわよ」

 ニンフが止まったのはジュエリーショップ店内のショーウインドウの前。

 ニンフの視線の先には光り輝くダイヤモンドリングがあった。

「智樹、私はこの指輪が欲しいの」

 ニンフは指輪から目を離さずに言った。

「ダイヤの指輪って一体幾らするんだよ?」

 智樹が指輪の下に提示されている値段を確認する。

「ゼロが6つで……ひゃ、200万円かよっ!?」

 智樹はその金額の高さに驚いていた。

「この指輪でないとやっぱり首輪はくれないのでございましょうか?」

「うん。ヤダ」

 二の句を告げる暇もなく拒否するニンフ。

 智樹はどうするべきか考えようと思った。

 だが、考えようとした所で全身が再び激しく痙攣し始めた。

 智樹に考えていられるような余裕はなかった。

 体が、リビドーが、衝動が首輪を求めていた。

「ちょっと待ってろ、ニンフっ! 今、200万を準備してくるからなあっ!」

 言うが早いか智樹は走り出していた。

 

「会長っ、お願いがありますっ!」

「あらあら~、桜井くんが会長に~何の頼みごとがあるのかしら~?」

 そして智樹は犬すら生ぬるい劣悪な環境に自ら身を投じた。

 

「暗い~暗いわ~会長は暗いのが嫌いなのよ~」

「人力発電は地球に優しい究極のエコロジーだぜぇ。エイサホラサッ」

 

「会長~北斗神拳を極めてみたいの~」

「木偶人形には俺がなります……うわらばぁあああぁっ!」

 

「会長、デュエルで負けてしまったわ~。代わりに死の罰ゲームを受けてくれる人はいないかしら~?」

「では、俺が代わりに。うぉおおおぉっ!? 魂が、魂が吸い取られるぅうううぅっ!?」

 

「ジャカジャカ限定ジャンケン始めるわよぉ~」

「カード売却カード売却~っ!」

 

「空美町大食い大会~♪ メニューは見月さんの目玉焼きよ~♪」

「参加者の全員が救急車送りってそれはさすがにヤバ過……あべしぃいいいぃっ!」

 

 智樹は非合法な手段と非道な手段を通じて遂に200万円を手に入れた。

 札束を持って智樹は駆ける。

 もうすぐ首輪が手に入る喜びに興奮しながら。

 

 

「ニンフっ、待たせたなっ!」

 智樹が全速力で宝石店へと再び足を踏み入れる。

「何時間人を待たせるのよ、智樹は!」

 プクッと頬を膨らませるニンフはいつの間にか真っ白なウエディングドレスを着ていた。

 頭には宝石のついたティアラまで乗っかっている。

 特に気にせずに指輪を購入する智樹。

「ほら、約束の指輪だ」

 ニンフにそっと指輪を差し出す。

「智樹が嵌めてよ」

 ニンフはそう言いながら左手の薬指を強調するように手を差し出した。

「この指に嵌めれば良いんだな」

 智樹はニンフに従い左手の薬指に指輪を嵌める。

「Aphrodite(アフロディーテ)展開っ! インプリンティング……開始っ!」

 そしてニンフは自分の指に指輪がすっぽりと嵌められると同時に電子戦用エンジェロイドとしての真価を発揮した。

 七色の翼まで大きくなっている。

「空美町及び法務省民事局のホストコンピューターにハッキング。及び、桜井家の表札の文字にもハッキングっ!」

 ニンフの気合は120%だった。

「婚姻成立(インプリンティング)完了っ!」

「一体、何をしているんだ?」

 智樹がよくわからないという表情で尋ねる。

「戸籍と住民票を偽造して、私があなたと法的に婚姻関係を結んだだけよ。後、桜井家の表札も変えておいたわ」

 

 ちなみに現在の桜井家の表札は

 

『  桜井 智樹

      ニンフ

 

   +α(イカロス)

   ペットΔ(バカ)』

 

 と表示されている。

「ふ~ん」

 智樹は自分がいつの間にか結婚してしまっているというのにあまり関心がなかった。

 それよりも気になって気になって仕方がないものがあった。

「ニンフっ、俺に首輪をくれっ!」

 智樹はいまだ首輪を嵌めて犬のように扱われたい衝動の渦中にあった。

「もぉ、仕方がないわねえ、あなたは♪」

 ニンフが外しておいた首輪を智樹の首に嵌める。

 智樹、大願成就の時。

「いっやっほぉおおぉおおぉおおぉおぉおおぉおおおぉ!」

 魂からの歓喜の叫び。

 智樹は今、念願の首輪を手に入れた。

「ニンフっ! さあ、俺を家畜以下の存在として激しく罵ってくれっ!」

 瞬時に全裸になって四つん這いになる智樹。

 今、智樹は最高に輝いていた。

 これ以上輝きようがないぐらいに輝いていた。

「まったく、しょうがない人ねえ。あ・な・た♪」

 ニンフもまたピカピカと光り輝きながら智樹の尻をハイヒールで踏み付ける。

「この変態犬っ♪ 何を首輪付けられてそんなに喜んでいるのよ♪」

「うぉおおおぉっ! いいっ! 蔑まれてる俺は最高だっ! もっと頼むっ!」

「本当にどうしようもないクズね♪ このビチクソあなたは♪」

 ウエディングドレス姿で新郎を踏み続けるニンフ。

 全裸で首輪を嵌めながら新妻に踏まれて罵声を浴びせられて喜ぶ智樹。

「……夢にまで見たスイカタワーの完成です」

 念願のスイカの縦積みに成功し感動の涙を流すイカロス。

「これで僕は名実共にイカロスさんの犬になったのさ」

 イカロスの首輪を首に嵌め、全裸でナルシーポーズを取り続ける義経。

 この空美町にかつてないほどの笑顔と幸福が溢れていた。

 

 

 お腹が空いたのでお腹いっぱい食べたいという衝動に駆られたが、最期までそれを満たすことができなかったアストレアが大空から笑顔で空美町を見守っていた。

 

 了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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