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少女の航跡 第2章「到来」 28節「不安の足音」

少女の航跡 第2章「到来」 28節「不安の足音」

2011-07-05 06:38:09 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:315   閲覧ユーザー数:283

 

 どこからか、声が聞えて来る。

 

 カテリーナは、はっとして顔を上げた。自分はどこにいるのか。周りは真っ暗で、何も見ること

ができない。

 

 だが、目の前に何者かがいる気配は感じていたし、声も聞えていた。

 

「カテリーナ…、カテリーナよ…、お前は自分の使命を忘れたのか…?」

 

 また、だった。ここのところ、数週間。彼女の前には、この声と、存在感が現れ続けていた。

 

 拭っても拭っても、決して振りほどくことの出来ない汚れのように、彼女に纏わり続けている。

 

 反発してやろうかとも、カテリーナは思った。使命だとか訳の分からない言葉を頭の中に響か

せてきているこの存在もろとも、断ち切ってしまいたい。

 

 これが、実体のあるものだったら、剣で真っ二つにしてやるのも良いだろう。

 

 どんな手段を使っているのかは分からなかったが、私の頭の中にこんな声を響かせるなんて

良い度胸だ。

 

 声は続く。

 

「お前の使命は、何よりも大切なものだ…。決して逃れることの出来ない宿命がお前にはある

…」

 

 という声と共に、暗闇の空間の中から、一人の人間が現れる。それは、カテリーナも知ってい

る人間だった。

 

 特に驚く様子もカテリーナは見せなかった。彼女が見上げると、現れた人間は、余裕のある

笑みをこちらへ向けてくる。

 

 それは、ハデスというあの男だった。だが、声を頭へと響かせているのはこの男ではない。も

っと低く、心の底にまで染み込んでくるかのような声をした男のはずだ。

 

 カテリーナに笑みを向けたかと思うと、このハデスとか言う男の姿は、まるで流れる水である

かのように消え去ってしまう。

 

 次にカテリーナの前に現れたのは、そのハデスの妻の、あのアフロディーテという女だった。

彼女も、夫に負けず劣らずの、余裕な笑みを浮かべている。

 

 そのアフロディーテも、夫のように、水の流れのようにカテリーナの前を通り過ぎ、姿を消して

しまった。続いて同じように現れたのは、あのロベルトと言う男、彼も流れの一部分に過ぎない

かのように通り過ぎて行く、

 

 さらに現れたのは、カイロスというあの、ロベルトの仲間の男だった。彼らは、まるでカテリー

ナにその存在を知ってほしいかのように、水の流れのように彼女の前を流れていく。

 

 この者達に共通している点。それは、いずれも真の正体の知れない、謎の多い存在だという

事だった。そして、彼らは皆、この一連の事件に関わっている。それはカテリーナにも明白に分

かっている事だった。

 

 だが、なぜその人物達が、ここに現れるのだ?

 

 彼女の前に現れたのはその4人だけではなく、さらにもう一人、そこへと続いた。

 

 普段、滅多な事では驚かない彼女だったが、さすがにこの時ばかりは自分の眼を疑うカテリ

ーナだった。

 

 なぜ、あの人がここにいる?

 

 もちろん、今、自分の前で展開されているものが、まやかしに過ぎない事は分かっている。

 

 だが、この虚像を見せている何者かは、なぜ、ロベルト達と同じ扱いでこの人の姿を見せる

のだ?

 

 カテリーナの前に現れたその人物も、ロベルト達と同じように流れて行ってしまう。彼女はそ

の人物の姿を眼で追おうとしたが、あっという間に流れて行ってしまった。

 

 この、虚像のようなものを見せている何者かは、自分に一体何を見せようというのだろうか?

 

 こんなものを見せて、一体、何を知らせようというのだろう?

 

 カテリーナがそんな考えに結論を出す間も無かった。今まで暗い空間だった場所に、光が差

し込んでくる。

 

 それは頭上から降り注ぐ、白い光だった。

 

 まばゆいばかりの白い光が、頭上から降り注いできている。

 

 その白い光にカテリーナが眼を向けると、そこには何か人影のようなものが見えた。

 

 しかし、それは人ではない、大きな翼が見えていたからだ。

 

 白い光をその身に纏い、それ自身からも発せられている光に包まれた何か、が、カテリーナ

の元へと降りてこようとしていた。

 

 その光に畏怖を感じつつもカテリーナはその光を見つめていた。

 

 やがて彼女は眼を覚ました。今までに無いほど、不快な起床だった。

 

 自分達は今、あのディオクレアヌ革命軍のアジト《アガメムノン》から脱出し、『ベスティア』領

土へと戻ったばかりだ。

 

 急ぎ、あのアジトの事を、ピュリアーナ女王陛下に報告しなくては…、カテリーナは急ぎ、自ら

にその言葉を言い聞かせ、身体を奮い立たせた。

 

 

 

 

 

 《アガメムノン》でディオクレアヌを捕まえる事に失敗した私達は、まるで逃げ帰るかのよう

に、北方の山地を抜け、『ベスティア』領土内へと戻っていた。

 

 この数日間、追跡してくる者達の姿は特に無い。逃げようとする私達を、あの革命軍の大部

隊が追跡してくると考えただけでも気が気でなかったが、シレーナ達の監視によれば、追って

来るものの気配は全くないという事だった。

 

 とにかく今は、革命軍の本拠地の存在を、『リキテインブルグ』に伝えなければならないとの

事だった。

 

 誰にも知られる事無く、あんな辺境の土地に、巨大な城塞と軍隊、さらには、ガルガトンや黒

いドラゴンなどの軍事力を控えさせている…。そんな恐ろしい事があろうか。

 

 ロベルトの言っていた言葉が思い出される。

 

 その気になれば、ディオクレアヌの背後にいる者達は、西域大陸の文明を滅ぼすことができ

るだろうと。

 

 本当かもしれない―。あんな大軍隊が都市にでも攻め込んできたら、一体、どうなってしまう

のだろう。

 

 私達は、忍び寄ってくる脅威を、間近で感じていた。

 

 《アガメムノン》から脱出してから4日目の日。私達は『ベスティア』領土内へと戻ろうとしてい

た。

 

 だがカテリーナは、『ベスティア』の都市経由で帰還しようという道を避けようとしていた。

 

「残念だけど、私達はもはや『ベスティア』国内ではお尋ね者さ。下手に目立った行動をすれ

ば、軍が捕えに来るだろう…」

 

 『フェティーネ騎士団』の団長がお尋ね者。それも長年敵対してきた『ベスティア』によって狙

われる。

 

 ディオクレアヌの事もあるし、まるで再び戦争でも起こりそうな気配だ。しかもディオクレアヌの

裏で手を引いている者達は、そんな戦争が起こるという事を望んでいるのだそうである。

 

 見えない者達の操る、見えない糸は、確かにこの西域大陸を操り始めているのだ。

 『ベスティア』領土に入った私達は、大草原を馬で走り、終始、何者の目にも留まらないように

と気をつけていた。

 

 『リキテインブルグ』から伸びている広大な大草原は、途中、峡谷で遮られてはいるものの、

『ベスティア』国内にまでその手を伸ばしている。草原の面積だけでいったら、『リキテインブル

グ』の方が広いのだけれども。

 

 『ベスティア』領土に入ってから2日ほどで、私達は、『リキテインブルグ』『ベスティア』間の国

境に到達した。

 

 ここまで来れば、王都まで連絡が行き、『リキテインブルグ』の騎士達を動かす事ができる。

そうすれば、あの革命軍の本拠地を再攻撃する事ができる、はずだった。

 

 国境に備えられた、ある砦にやって来た私達。そこで私達を待ち構えていたのは、苦労を労

う言葉でも、温かい寝床でも、暖かい食べ物だけでは無かった。

 

「カテリーナ・フォルトゥーナ様! お疲れ様です! 数日前、『ベスティア』内に潜入させており

ます間者から、ある情報が届けられていましたのでご報告をしたいと思います」

 

 そう、『リキテインブルグ』国内に戻って来た私達を早速出迎えたのは、その城塞に駐留して

いる部隊長だった。

 

「何だい? 休ませる暇も無いほど重要な話なのか?」

 

 そのように言ったカテリーナも、さすがに疲れてしまっているらしい。そういえば最近、カテリー

ナはあまり良く夜に眠れていないようだった。

 

 以前ならば、どんな緊張感のある時でも、彼女は警戒を解くことは無いにせよ、眠りにつく事

ができているようだったのに。

 

 そんなカテリーナの態度に狼狽しながらも、その部隊長はカテリーナに告げた。

 

「そ、それが…、『ベスティア』の首都、《ミスティルテイン》にて、『セルティオン』の近衛騎士団

長、ルッジェーロ・カッセラート・ランベルディ氏が捕えられたとの事。何でも、罪状は王宮への

不法侵入だそうで…」

 

「う、うそ…! ルッジェーロが!?」

 

 カテリーナの背後から、フレアーの声が響く。

 

「やっぱりな…、私達を逃がした後、自分も後を追うとかいって、そのまますっぽかすような奴じ

ゃあないからね…」

 

 カテリーナはいつもながらの素っ気無い声で言ったが、フレアーは気が気でない。

 

 そんな彼女に追い討ちをかけるかのように、部隊長の報告は続いた。

 

「それが…、『ベスティア』は、この行為を、『セルティオン』による戦争行為だとして、声高々に

非難を浴びせています」

 

「そ、そんな…、『セルティオン』は教皇領なんだよ! 戦争だなんてそんな!」

 

 フレアーは血相かえる。更に彼女は踵を返すかのように、どこかへ向おうとしてしまう。

 

「ちょ…! あんたどこへ行こうって言うのよ!」

 

 ルージェラがそんな彼女を呼び止めようとするが、

 

「ルッジェーロを助けに行くんだよ! このままじゃ! あの人、処刑されちゃう!」

 

 兄のように慕っている人物の事で、フレアーは頭が混乱しているようだ。いてもたってもいら

れないのだろう。

 

 だが、大急ぎで砦から出て行こうとするフレアーをカテリーナは捕まえた。

 

「は、離してよ…!」

 

 だが、小柄なフレアーは、カテリーナに捕まえられると何も抵抗できない。

 

「あんたが行ったって一体何になるって言うんだ? 一緒に捕えられるのがオチさ。だが、『ベ

スティア』はそう簡単に、教皇領の人間を殺したりはしない。何しろ他の国にとって刺激が強す

ぎる…」

 

「で、でも、あなた達は殺されそうになってんでしょ!?」

 

「あんたが行っても何も変わらない。それに、私達が行けば、それこそ戦争行為になるんだ。

安心していればいい。エドガー王は必ず恩赦を求めるし、『ベスティア』がルッジェーロを捕えた

のには、恩赦を出させる目的もあるんだ…」

 

「恩赦って…」

 

 と、ルージェラ。カテリーナの言う恩赦と言うのは、ルッジェーロの釈放と引き換えに、『セルテ

ィオン』側に条件を要求するというものだ。

 

 近衛騎士団団長の釈放と引き換えとなると、『セルティオン』には、どれほどの要求が出され

るというのだろう。

 

「おそらく、『セルティオン』への交易の優先権だろうな…」

 

 私が頭の中で結論を出すよりも前に、カテリーナは言っていた。

 

「それって…、」

 

「『セルティオン』は内陸の国だし、山が多いから、自給だけで国を成り立たせるのは難しい

…、だから、近隣の国からの交易が国の生命線なわけで、その相手国は、私達の『リキテイン

ブルグ』か、『ベスティア』…。

 

 20年前の私達との国の戦争以来、『ベスティア』は交易力をかなり弱めてしまったからね…。

もし『セルティオン』に、自分の国との交易の優先権を持たせたら、再び国の力を取り戻せる。

同時に私達『リキテインブルグ』の力も少しは衰えさせる事ができるというわけさ…」

 

「だったら、なおさらルッジェーロを!」

 

 フレアーが叫ぶが、

 

「私達が行って一体何になる? これ以上『ベスティア』を刺激するつもりか?」

 

 カテリーナはそれだけ言い放つと、皆が集って騎士団長である彼女を出迎えていた広間から

出て行こうとする。

 

「ど、どちらへ?」

 

 この砦の部隊長が、広間を出るカテリーナの背中に尋ねた。

 

「私だって人間なんだ。疲れている時だってあるんだよ」

 

 彼女の声が、広間に響き渡る。

 

「で、ではこちらへ…」

 

 確かにカテリーナの言う通りだ。私達は、どこの街で休むという事も無く、5日もかけて『リキ

テインブルグ』まで戻ってきたのだから。

 

 しかしカテリーナが自分の口から疲れている、などと言うのは聞いた事も無かった。

 

 カテリーナが言ってしまうと、フレアーはどうしようも無くなり、ただ、広間の入り口に立ってい

るナジェーニカの方を向いていた。

 

 だが、彼女はほぼこの状況を傍観しているだけといった様子で、ただ赤く、冷たい瞳でフレア

ーを見返すだけだった。

 

 どうしようも無くなったフレアーはその場でうなだれているしかなかった。

 

 

 

 

 

 広間から解散後、私は、国境にある砦の3階部分にあるバルコニーに、カテリーナが一人立

っているのを見つけた。

 

 確か疲れているから、部屋で休んでいるのではなかったのか。その身に鎧も身に付け、剣も

吊るしたままだ。

 

 私は、バルコニーに寄りかかっているカテリーナに歩み寄った。

 

「何だい? どうかした?」

 

 彼女に姿を見られていないのに、背中に目でも付いているかのようにカテリーナは私へと言

って来た。

 

「いや…、あ…、その…」

 

 別にこそこそしていた訳では無かったのだが、カテリーナはどこかいつもより不機嫌そうだっ

た。

 

 彼女は私の方を振り返ってくる。

 

「さっきはあんな事言ったけれども、実は、最近、良く眠れていない」

 

 そう言ったカテリーナは確かに疲れているようだった。だが彼女が疲れている所など、私は今

まで見た事が無かったから、そう訴える彼女はどこか不自然でもあった。

 

 でも疲れているんだったら、そんなに重い鎧など着ていないで、さっさと休んでいれば良いも

のを。

 

「夢…」

 

 カテリーナは、特に私が何も尋ねていないのに、聞きたい事を見抜いているかのように一言

呟いた。

 

「ゆ、夢って…?」

 

「おかしな夢を見るんだ…」

 

 カテリーナは私の方を向いた。

 

「その夢の中では声が聞えてきていて、その声の主は何でも、この私の力を必要としているら

しい。もう、一ヶ月くらい前から、私の夢に現れてきては、その一点張りさ…」

 

 それは普通ではないな。と私は思う。夢の中に現れる精霊やらの話は良く聞く。タチの悪い

悪霊ともなると、夢と現実をその夢を見るのもに混同させ、夢の中から二度と逃れられないよう

にしてしまうものもいるとか。

 

 だが、カテリーナの場合は少し違うようだった。

 

 そう、どこかで話を聞いた。神の啓示に似たものがある。選ばれし者を呼び覚ますために夢

の中に現れるそうだ。

 

 それが、カテリーナにも現れたとでも言うのだろうか?

 

「何で、そんな夢を見ると思う?」

 

 と、私は尋ねると、

 

「やっぱり、私の力を必要としている者がいるんじゃあないのか?」

 

 カテリーナは素っ気無く一言だけ言った。そこへ、

 

「いいや、そんな声には騙されるな。その声はまやかしだ」

 

 男の声が聞えて来る。はっとして私が振り返ると、バルコニーにロベルトが現れていた。彼は

じっとカテリーナを見つめ、私達の方に近付いてくる。

 

「まやかし…?」

 

 と、私が呟く。

 

「そう、まやかしだ。君を騙し、陥れるためのな」

 

 ロベルトは真剣にカテリーナへと言いつつ、彼女の前に立った。

 

「なぜ、あんたにそんなに言い切れるんだ?」

 

 カテリーナが尋ねた。

 

「それは、だな…。悪いがブラダマンテ…、君は席を外していてくれないか?」

 

「え…? 私…?」

 

 ロベルトは、私にそう言うだけで、詳しい話は聞かせてくれそうに無い。私は仕方なく、その場

から席を外すしかなかった。

 

 ロベルトがカテリーナと二人きりで、一体彼女に何を話すのか。それは流石に私も興味はあ

ったのだが。

 

 

 

 

 

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29.迫り来る脅威


 
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